医学界新聞

寄稿

2015.11.30



【FAQ】

患者や医療者のFAQ(Frequently Asked Questions;頻繁に尋ねられる質問)に,その領域のエキスパートが答えます。

今回のテーマ
一般外来での妊娠期・授乳期の患者の診方

【今回の回答者】水谷 佳敬(国立病院機構長崎医療センター産婦人科)


 妊娠・出産・授乳は,極めて日常的なことであるものの,診療環境によってはこれらを扱う機会に乏しい現状があります。そのために,患者の隠れたニーズに気が付くことができなかったり,ニーズをつかめてもそれに対応するための知識・情報リソース(気軽に相談できる人,参考資料)を持ち合わせていなかったりすることも多いのではないでしょうか。今回は診療科によらず,一人の“ヘルスケアプロバイダー”として押さえておきたい内容を復習しましょう。


■FAQ1

妊娠中の投薬の基本的な考え方はどうあるべきでしょうか。これからの季節,インフルエンザにどのように介入すべきかも気になります。

 まず,薬剤投与の影響の有無とその度合いは,妊娠の時期によって異なります。特に注意が必要なのが妊娠初期(13週頃まで)で,この期間は流産・奇形の恐れがあることを念頭に置いて,投薬の是非を検討しなければなりません。大雑把には,「妊娠4―12週に使用する薬剤は特に配慮が必要」と考えておくとよいと思います。というのも,妊娠検査が陽性となるのは妊娠4週頃(次の月経予定前後)ですが,それ未満の時期であれば,薬剤投与の奇形への影響は少ないとされていること(流産の原因となることはある),さらに,妊娠13週以降はすでに重要臓器の器官形成が済んでいるため,大奇形の恐れがないことが理由に挙げられます(大量のステロイドによって性器の異常を来し得るなど,全ての奇形がないわけではないのですが)。

 ただ,一般内科では妊娠週数が明らかでない患者が訪れることも往々にしてあるものです。したがって,女性患者を診る際には常に妊娠の可能性を念頭に置くことが重要なのだと考えます。診察中に無月経やつわり症状などが疑われれば,必要に応じて妊娠反応検査(自費)を施行してください。

 なお,明らかな催奇形性が証明されている薬剤はごく一部で,ワルファリンやメトトレキサートなどが挙げられます。妊娠中期以降でもNSAIDsなど胎児障害の原因となる薬剤もありますし,他の薬剤も安全性が証明されているわけではないですから,「必要性に乏しい薬剤であれば処方を控える」という姿勢が望ましいです。例えば,妊娠初期の方の風邪を診る際にも,安全性が比較的高いとされているアセトアミノフェンのみで経過を見るといった対応が推奨されます1)

 これからの季節,一般外来ではインフルエンザの予防・治療を求める患者も増えてきますよね。妊婦は重症化のハイリスク群であるため,妊娠週数を問わず,ワクチンによる予防接種・抗インフルエンザ薬による積極的治療が推奨されています2)。2014年には日本産科婦人科学会から,ラニナミビル(イナビル®)も妊娠中に比較的安全に使用できる薬剤であるという声明も出ているので3),安全性の高いとされる薬剤を処方するようにしてください。

Answer…女性患者に対する薬剤処方時は,常に妊娠の可能性を考慮する。その上で,妊娠初期は必要性に乏しい処方(「念のため」「一応」といった処方)は禁止,逆に必要であれば過度に恐れずに処方を。情報リソース(後述)を用いながら,必要性・安全性の高い薬剤処方を心掛ける。

■FAQ2

授乳中の投薬ってダメなのでしょうか。授乳中の患者に対する薬剤処方に気後れがあります。

 添付文書を見ると,ほぼ全ての薬剤が「内服下での授乳を勧めない」という記載になっていると思います。そのため,「授乳中断とするか,または内服を見合わせるべきか」と悩む場合もあるのではないでしょうか。しかし,母乳育児のメリットの大きさを踏まえると,「薬剤を投与しながら,授乳を継続する方法」を第一選択に考えたいところです。なぜなら母乳育児は,児の感染症の予防や将来的な糖尿病の発症抑制に有効であることや,母体にとっても糖尿病や乳がん・卵巣がんの発症抑制効果があることが研究から明らかになっています4)。さらに,WHOは生後6か月までの完全母乳栄養を推奨しており,2歳まで授乳継続のメリットがあると報告しているのです5)

 もちろん,だからといって薬剤が母乳へ与える影響を無視できるわけではありません。一般的に,母体に投与された薬剤の一部は,血中に取り込まれて乳汁中に分泌されています。多くの薬剤は乳汁への分泌がごく少量であったり,児の消化管からの吸収も乏しかったりと,臨床的には問題ないものが大多数です。しかしながら,授乳中の投薬に関する安全性の報告のほとんどがケース報告に留まっている点に注意しなければなりません。発生頻度の低い事象,未知なる副作用が潜んでいる恐れもあるわけです。したがって,妊娠中の患者に対するのと同様,必要性の乏しい投薬は見合わせる態度が望ましいと言えます。

 薬剤選択時の原則は,母乳/血漿比(M/P:milk/plasma ratio)の情報に関する記載があれば確認し,情報リソースを用いながら,乳汁中の濃度が母体血漿よりも低いもの(M/P〈1.0)を選ぶということです6)。また,処方時,患者にいくつかの工夫をお願いすることも必要です。例えば,内服と次の授乳までの間隔を空けてもらう,夜に授乳し,児を寝かしつけてから内服してもらうといった方法が推奨されるでしょう(なお,夜泣き時の授乳を止めるようにお願いする必要まではありません)。

Answer…母乳育児のメリットの大きさから,授乳を継続しながら薬剤を投与できる方法を検討する。ただ,その場合は,母乳/血漿比などに注目して薬剤を選択し,内服時の工夫も併わせて考えてみる必要あり。

■FAQ3

妊娠中の放射線検査やMRIは何か悪影響を与えるのでしょうか? また,造影剤を妊婦や授乳期の患者に対して使用しても大丈夫ですか?

 日常的な放射線検査の線量は,骨盤部CT検査であっても,1回では胎児へ影響を及ぼすほどの線量(50 mGy)には届きません。確率的影響の観点から児の発がん性が話題に上りますが,個人レベルでは無視できるほどの数値とされています。以上のことから,必要性の高い検査であれば,妊娠初期であろうと「検査を行わない」ことの理由にはなり得ません7)。女性・妊婦の急性腹症などで放射線検査の必要性が高いならば,インフォームド・コンセントの上,施行可能と考えて構いません。検査時に用いる造影剤も,必要性が高ければ使用してもよいでしょう(妊娠中の薬剤投与と同様,必要性に乏しければ控えてください)。一方,MRIは被曝を伴わないものですし,基本的に問題はありません。ただ,妊娠初期の胎児への安全性は確立されておらず,妊娠初期(おおむね14週未満)は避けるのが一般的となっています8)

 なお,授乳期にある患者に対する造影剤については,ヨード造影剤・ガドリニウム造影剤のいずれも,乳汁中へわずかに分泌を認めることがわかっています。そのため添付文書上では,授乳中の患者に対しては,CT造影剤静注後は48時間程度,MRI造影剤静注後は24時間程度の授乳間隔を空けるよう推奨されています。ただ一方では,児の消化管からの吸収に乏しく,妥当性の高い明らかな有害事象の報告も少ないことから,授乳制限を設けなくてよいという方針を推奨する報告も存在しています9)。検査前に授乳継続の希望を確認し,患者と相談して,方針を決めていくことが望ましいでしょう。

Answer…放射線検査は必要性が高ければ実施してOK。MRIは妊娠14週以降から実施可能。授乳中の患者への造影剤は患者と相談の上,方針を決める。

■もう一言

 妊娠初期の投薬・画像検査は,比較的安全である場合がほとんどと言えます。しかし,流産や胎児奇形が指摘された場合,薬剤処方・検査施行を行った医師に対する,患者・家族の心象が悪くなってしまうものです。自然経過であっても,流産は15%前後,何らかの奇形も3―5%に認められているという事実を,インフォームド・コンセントの中で伝達しておく必要があります。最近はウェブサイト上やスマートフォンアプリで,妊娠・授乳中の投薬に関する信頼性の高い情報リソースにアクセスしやすくなっていますので,参考文献・URLの他,に挙げたものも積極的に日常診療に取り込まれることをお勧めします。

 参考になる資料・ツール
● 伊藤真也,他編.薬物治療コンサルテーション――妊娠と授乳(第2版).南山堂;2014.
● 日本産科婦人科学会,日本産婦人科医会.産婦人科診療ガイドライン――産科編2014.
http://www.jsog.or.jp/activity/pdf/gl_sanka_2014.pdf
● 愛知県薬剤師会 妊婦・授乳婦医薬品適正使用推進研究班.「妊娠・授乳と薬」対応基本手引き(改訂2版);2012.
http://www.achmc.pref.aichi.jp/sector/hoken/information/pdf/drugtaioutebikikaitei%20.pdf
Lactmed. U.S. National Library of Medicine ; NIH. ※スマートフォン用アプリもあり

参考文献・URL
1)Am Fam Physician.2014[PMID:25369643]
2)Obstet Gynecol Clin North Am.2014[PMID:25454989]
3)Pharmacoepidemiol Drug Saf.2014[PMID:25074683]
4)Rev Obstet Gynecol.2009[PMID:20111658]
5)Adv Exp Med Biol.2004[PMID:15384567]
6)N Engl J Med.2000[PMID:10891521]
7)Am Fam Physician.2010[PMID:20822083]
8)UCSF Department of Radiology & Biomedical Imaging.CT and MR Pregnancy Guidelines.
9)American College of Radiology Committee on Drugs and Contrast Media. Administration of contrast media to women who are breast-feeding. ACR manual on contrast media. 2015;Version 10.1:99-100.
http://www.acr.org/~/media/37D84428BF1D4E1B9A3A2918DA9E27A3.pdf


水谷 佳敬
2006年東邦大医学部卒。亀田総合病院・亀田ファミリークリニック館山で家庭医後期研修,12年より現職。日本プライマリ・ケア連合学会や民間医局アカデミーなどで,プライマリ・ケア医向けの女性診療をテーマとした講演多数。家庭医療専門医・指導医,産婦人科専門医。

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