医学界新聞

寄稿

2015.11.23



【寄稿】

学生の視点から再考する看護倫理教育

鶴若 麻理(聖路加国際大学看護学部准教授 倫理学・生命倫理)


 看護学生が看護実践の倫理を学ぶその最良の場は,まさに臨床実習でしょう。座学の知識や演習で学んだ技術を活用し,看護実践を通して,看護者に求められる倫理を学びます。では,学生はどのような問題に遭遇し,悩み,そして学びにつなげていくのでしょうか。国内外には実習に関するさまざまな倫理教育の先行研究があり,筆者も,臨床実習を終えた学生に実習で遭遇した倫理問題を記述してもらうという調査(以下,本調査)を,3年にわたり行ってきました1)。その内容を紹介しながら,看護倫理教育の在り方について考察します。

 本調査は,2012―14年の各年,半年の実習を終えた大学生274人への質問紙調査を通して,58票の記述を基に分析しました。学生が倫理問題として記述したのは,総計198場面。その内,患者・家族に対するものが89場面,自分や他の実習生に対するものが102場面,その他が7場面でした。

学生が倫理問題ととらえた看護職の態度と言葉

 看護学生が実習の場でとらえた「患者・家族に対する医療職の倫理問題」について,問題となる行動をとった者を職種別に見ると,約7割が看護職,1割が介護職でした。そのような行為を受けた者の多くは患者であり,特に看護職と意思疎通が困難な方(意識障害,認知症,精神疾患を有する方,小児等)とのかかわりが89場面中約半数を占め,特徴的に見られました。

 倫理問題が生じた具体的な場面は,ケアやコミュニケーション場面に多いことがわかります(図①)。また,その中で学生が問題と思う内容として多かったのが,言葉やケアの方法についてでした(図②)。その理由を,日本看護協会の倫理綱領の条文に照らし合わせてみると,人間の尊厳や権利の尊重に関することが約5割,不適切な判断や行為から保護されることが約3割,プライバシーへの配慮に関することが約1割でした。

 学生が実習で遭遇した倫理問題について①②(クリックで拡大)

 先行研究においても同様の結果が示され2-4),学生は,看護職による保清,排泄,食事介助などの日常生活援助の方法や,看護職から患者に発せられる言葉とその使い方に注目し,看護職としての基本的態度,患者に対する尊厳や人権の尊重という観点に関心を示していることがわかります。米国,韓国,トルコの看護学生への調査でも,看護学生がとらえた倫理問題のほとんどが看護職による職業上の規範に反する問題であると示されており5-8),筆者が行った本調査の日本の学生と,問題意識はほぼ共通していました。

 意思疎通が困難な患者の尊厳や権利を守ること,そのような方への看護の在り方に学生が注目している点は,患者への敬意の欠如といった看護職の基本的態度やコミュニケーションの在り方について,臨床現場への示唆を含んでいると言えるのではないでしょうか。

学生に対する指導方法にも倫理問題が潜む

 本調査では,自分や他の実習生に対する倫理問題についても多くの記述がありました。これまで日本では,調査者が,実習指導者あるいは実習記録物を分析する研究が多かったため,実習生自身に対する倫理問題についてはあまり明確にされてこなかった経緯があります。自分や他の実習生に対する倫理問題として学生は,102場面のうち約7割が教員,約3割が看護職による問題と認識していました。そのような行動を受けた者は,約6割が自分,約3割が他の実習生でした。

 教員や看護職側からは分析をしていないため,あくまで学生側の視点に限られますが,主な場面は実習指導やコミュニケーションについてでした(図③)。学生が問題と思った内容は,約4割が指導方法,約3割が言葉,約2割が態度に関することでした(図④)。

 学生が実習で遭遇した倫理問題について③④(クリックで拡大)

 指導方法については,学びが妨げられる,感情的な対応,人前での否定的指導,適切な休息が与えられない,指導者間の指導の不統一,膨大な実習記録の要求等が挙げられました。実習生に向けられる言葉や態度について学生は,自分や他の実習生の人間性が尊重されない場面があると感じていました。海外での調査においても,人前......

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