医学界新聞

2015.10.05



Medical Library 書評・新刊案内


DSM-5®ケースファイル

John W. Barnhill 原書編集
髙橋 三郎 監訳
塩入 俊樹,市川 直樹 訳

《評 者》寺尾 岳(大分大教授・精神神経医学)

DSM-5®の思想を伝える症例集

 この本は,コーネル大医学部精神科のBarnhill教授による『DSM-5® Clinical Cases』(2014)の日本語版である。岐阜大大学院精神病理学分野の塩入俊樹教授や市川直樹先生など10数名の先生方が翻訳され,髙橋三郎先生が監訳をされた。

 この本を読み終わったときに,訳者の先生方の翻訳に対する情熱と惜しみないご尽力に感服した。それは本書には訳のぎこちなさも訳文のわかりにくさもほとんどないからである。そもそも原本で取り上げられた症例が素直な定型例ばかりではなく,そうでないものが結構含まれている。しかもそれぞれの症例は,診断を確定するための全ての情報を含んでいるとは限らない。これらの変化球をなんとかストライクゾーンへ持っていく訳者の苦労は大変なものであったと推察する。それぞれの先生方は日常診療にお忙しい中で,相当な労力と時間を費やされたに違いない。それに加えて,訳者の心優しい配慮も随所に見られる。例えば,マーサズ・ヴィニヤードや聖杯など,日本人になじみの薄い言葉にわかりやすい訳注が付けられている。

 以下に,読後感として印象に残ったことをいくつか挙げたい。

 まず,各章の成り立ちとして,イントロダクションがありDSM-5®での変更の眼目が解説されている。その後に,症例が示され,診断,考察,文献と続く。診断のところには,診断名とともに,『マニュアル』と『手引き』のそれぞれ何ページに診断基準が掲載されているかが明示されている。したがって,本来は診断基準を他の本で確認しながら,この本を読むことが想定されている。先にも述べたように,症例自体は素晴らしい訳によりスムーズに読み込める。しかしながら欲を言えば,寝転がって小説を読むような感じで症例を読み込んでいく楽しみを想定すると,改訂の際には,それぞれの診断基準を何らかの形でこの本に包含していただければと希望したい。原本との整合性から無理かもしれないが,検討していただければ幸いである。

 次に,翻訳の対象とされた19の障害群は,全てに興味深い症例呈示と解説が施され,丁寧に訳されているため,新しい疾患概念であっても理解が促進される。例えば「身体症状症および関連症群」を取り上げると,そこには新しい疾患として身体症状症や病気不安症が具体的な症例とともに提示される。身体症状症は,苦痛を伴う身体症状があり,そうした症状に対する反応を有する患者の一群を表し,病気不安症は身体症状を有さないが健康への強い不安を有する患者の一群である。従来の心気症の多くは前者であり,一部は後者であったという。いずれにせよ,患者にとっては「あなたは心気症です」と言われるよりは,「身体症状症です」とか「病気不安症です」と診断されたほうがよほど腑に落ちるであろう。「食行動障害および摂食障害群」の中の回避・制限性食物摂取症という新しい疾患も,具体的な症例とともに提示されているためにわかりやすい。食べ物を制限したり回避したりすることで意味のある障害を招くが,神経性やせ症の診断基準を満たさない人を記述できることで,この疾患の臨床的有用性は高いと思われる。

 最後に,DSM-5®が患者の苦痛と機能不全に大きく焦点を当てており,誰も苦しんでいないか,誰も悪い影響を受けていないときには,疾患は存在しないという思想がいたるところで強調されているのは,刺激的かつ魅力的である。

 この本がDSM-5®の変更された診断基準のみならずこのような大胆な思想を適切に教示する症例集として,多くの日本人読者の役に立つことを確信している。

A5・頁448 定価:本体6,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02144-9


クリニックで診る摂食障害

切池 信夫 著

《評 者》岸本 年史(奈良県立医大教授・臨床精神医学)

豊富な臨床経験に基づく技術・戦略がつぎ込まれた著者畢竟の書

 本書は,摂食障害治療の第一人者である切池信夫・阪市大名誉教授の畢竟の書であると言っても過言でない。先生は,2012年に定年退官をされたが,現在も外来診療を中心に摂食障害の患者さんとその家族を診ておられる。本書には著者が,摂食障害の患者さんとその家族のために,私たちに伝えたいこと,また伝えるべきことが詰まっている。すなわち,「外来診療を中心にして摂食障害患者を診る方法について,筆者の経験と知識を総結集してまとめあげたのが本書である」(本書「まえがき」より)。

 通読して最も感銘を受けた箇所は,「家族への助言や指導」(第9章)である。摂食障害は生命にかかわる病態であり,患者さんを支える家族の苦しみは想像に難くない。最近当院に入院された実業家の精神病像を伴う重症のうつ病の契機は,長女の摂食障害による急死であった。家族自身も疲れ果てており,自身の生き方を責めると同時に罪業妄想から被害妄想に発展しており入院治療になった。摂食障害の子どもを抱える家族は,その対応に万策尽き果てており,その苦悩は計り知れないものがあることを日常で実感している。本章では治療者が,家族や担任の先生,養護教諭,カウンセラー,スポーツのコーチ,職場関係の人々に対してどのように接するかについて,暖かい視線で,具体的な助言や指導が述べられている。

 また,「動機づけの程度に応じた治療」(第4章),「さまざまな病態に対する治療と問題行動への対処法」(第5章),「生きている価値がない」「やりたいことが見つからない状況」などの「病気の持続に影響している要因への対処法」(第6章),若年発症例,既婚例,スポーツ選手例,糖尿病の併存例など「さまざまなケースの治療法」(第7章)と,著者の豊富な臨床経験に基づく技術・戦略がつぎ込まれている書である。実際に身近にいる著者から指導を受ける感覚で初学者は学ぶことができ,また経験のある精神科医においても摂食障害にかかわる動機付けをされるような感覚を持つであろう。

 第1―3章は,「治療を始めるにあたって」「初診時の診察」「外来治療」であり,摂食障害についての心得,病歴の取り方,治療の進め方などが記されているが,摂食障害のみならず精神科診療に普遍化できる内容であった。

 第8章には,「摂食障害が治った状態」として予後とその後の見通し,再発の予防についても記されている。予後や見通しは良医の条件である。著者が名臨床家の一人であることを痛感し,この書に出合えたことを喜びとするものである。

 多数の医師や治療者がこの書に触発され,摂食障害に取り組むことを望むところである。

A5・頁256 定価:本体3,400円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02166-1


DSM-5®診断トレーニングブック
診断基準を使いこなすための演習問題500

Philip R. Muskin 原書編集
髙橋 三郎 監訳
染矢 俊幸,北村 秀明,渡部 雄一郎 訳

《評 者》井上 猛(東京医大主任教授・精神医学)

DSM診断のエッセンスを学ぶことができる

 1980年にDSM-IIIが登場してから,従来診断とDSM診断(ICD診断も含む)の比較,両者の優劣に関する論争が続けられてきた。両者を中立的に考えてみると,精神科診断における重要な問題点,特に診断論理の特性に気付かされる。したがって,論争はとても意味があったと思う。

 従来診断では精神疾患の診断基準はややあいまいであり,診断は個々の精神科医の裁量・力量に任される部分が多く,診断の一致率に問題があり,従来診断を研究に用いることは難しかった。しかし,その良い点は階層原則を設けて,器質性→内因性→心因性の順番に優先順位をつけて診断することを勧めていることである。一方,個々の疾患のDSM診断基準を『DSM-5®精神疾患の分類と診断の手引』で読んだだけではDSMが階層原則を考慮しているのかどうかはわかりづらいが,例えば『DSM-5®鑑別診断ハンドブック』の「抑うつ気分の判定系統樹」を読むと,実はDSMも階層原則を考慮していることがわかる。

 従来診断に比べると,DSMでは診断の規則が細部にわたって決められており,個々の症例における診断の手引きを提供してくれる。したがって,入門者にはわかりやすいし,研究者同士の間の合意も形成しやすい。一方,診断基準を作成・変更する際にはその根拠を挙げなくてはいけないので,絶えず研究と議論が必要である。私の恩師である故・山下格先生が指摘されたように,DSMの診断基準の細部を漏らさず読むことは非常に重要である。『DSM-5®精神疾患の分類と診断の手引』だけを読んで,DSMを理解したと考えてはいけない。DSM-5®精神疾患の診断・統計マニュアル(以下,マニュアル)』と『DSM-5®鑑別診断ハンドブック』を読んで初めてDSMを理解したと考えるべきである。両者には精神疾患のエビデンスと診断についてのとても重要な情報が書かれており,両書を読むことによりDSMの真髄を知ることができる。さらに,DSM-IIIからDSM-5®にかけてどのようなエビデンスが蓄積されてきたのかがわかる。だてに『マニュアル』のページ数が増え続けているのではないのである。例えば,DSM-5®から初めてうつ病の危険因子の気質要因として神経症的特質が指摘された。DSMの考え方は実に慎重であると思うし,何がエビデンスなのかをわれわれに教えてくれる。

 前置きが長くなったが,本書『DSM-5®診断トレーニングブック』では,問題を解いて,解説を読みながら,DSMが30年以上蓄積してきたエビデンス,DSM診断のエッセンスを学ぶことができる。しかも,解説を読むことにより,『マニュアル』からは読み取りきれなかった微妙なニュアンスも知ることができる。また問題に関する情報が『マニュアル』のどこに書かれているか,該当のページが丁寧に記されているので,本書を通して『マニュアル』の重要性を知ることができる。DSM-5®を理解したいと考えている臨床家・研究者や専門医をめざしている方には,時々本書の問題にチャレンジして,読了することを勧めたい。そして本書をきっかけに『マニュアル』と『DSM-5®鑑別診断ハンドブック』も是非熟読してほしい。

A5・頁400 定価:本体4,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02130-2


大人の発達障害を診るということ
診断や対応に迷う症例から考える

青木 省三,村上 伸治 編

《評 者》本田 秀夫(信州大病院子どものこころ診療部部長)

大人の発達障害を見事に整理し,指針を示した一冊

 大人の発達障害は,今や精神科臨床の対象として大きな割合を占めている。一方で,発達障害に対して違和感を抱く精神科医は多い。特に,オーソドックスな精神病理学や精神療法を歴史も踏まえてきちんと学んできた人たちほど,その傾向が強いように思う。そのような医師たちからよく聞くのが,「発達障害は病気と思えない」という感覚と「発達障害の人たちの考えていることはわかりにくく,修正しようがない」という感想である。一見矛盾するこの二つの違和感にこそ,発達障害の登場が精神医学に及ぼしたインパクトの強さがうかがえる。「病気と思えない」という感覚の背景には,精神病理学が対象としてきた多くの精神疾患概念と異なることへの警戒感があるし,「修正しようがない」という感想の裏には,従来の精神療法の範囲を超越していることへの畏れがある。

 「病気と思えない」というのは,「発達障害は誰にでもある特性の延長にすぎない」という感覚でもある。一方,自分たちとそんなに違わないと思えるまさにその人たちが,なぜか話が通じにくく,何を考えているのかわからない。発達障害をディメンジョナルにとらえる考え方やスペクトラム概念が導入されたのは,まさにこの難しさを取り扱う試みの一環である。誰にでもある特性なのに異質である人たちを診る。それが,大人の発達障害の診療なのである。

 そのような難しさを見事に整理し,戸惑いを覚える多くの精神科医たちに指針を示したのが,本書である。

 主な対象は,「発達障害的なところがあるが,診断してよいかどうか迷うようなグレーゾーン」である。3部構成だが,圧倒的に大部分を占めるのは,51例の症例提示から成る第2章である。それを挟む形で,第1章では「誰にでも多少は見られる発達特性」の視点から発達障害の理解を試み,第3章では「従来の精神疾患概念や定型発達と似て非なる部分」の視点から診療のポイントについて解説を加えている。この構成が,実にわかりやすい。

 本書で印象深いのは,「灰色診断」という視点と「発達障害は生活障害」という視点を提示していることである。灰色は,背景が白であれば黒っぽく,背景が黒であれば白っぽく見える。発達障害の人たちは,生活環境との関係で特性が黒に見えたり白に見えたりする。したがって,発達障害の診療においては,「灰色診断」であることをポジティブにとらえ,症例とその背景にある生活との関係に常に着目しておくことが重要であることを,本書では強調している。そして,生活の中で発達障害の特性が浮上したり背景に隠れたりする様子を,生き生きとした症例を通じて描き出し,さらに精神科医の対峙の仕方について示している。同じ発達障害の範疇ながら実に個性的な51例の症例,そして51通りの対処を一気に読むことで,大人の発達障害の診療に対する視界が開けてくる。

 大人の発達障害を診る臨床家にとって必読の書である。

A5・頁304 定価:本体3,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02201-9


精神科初回面接

James Morrison 原著
高橋 祥友 監訳
高橋 晶,今村 芳博,鈴木 吏良 訳

《評 者》林 直樹(帝京大教授・精神神経科学)

精神医学研修の基本とされるべき一冊

 本書を手に取ると,ついに決定版が出版されたという思いが湧き上がる。実は評者は最近,精神科研修医用の精神科面接の教科書を探していた。わが国ではすでに,創意工夫が凝らされた「精神科面接」についての書籍が多く出版されている。古典は,Sullivan H. S.『精神医学的面接』(1970,翻訳は1986),笠原嘉『予診・初診・初期治療』(1980,新版は2007),土居健郎『方法としての面接――臨床家のために』(1977)あたりだろう。ごく基本的なものには,Aldrich, C. K.の『医療面接法――よりよい医師―患者関係のために』(1999,翻訳は2000)がある。他にも米国精神医学会の診断基準であるDSMに準拠したものがある。特に最近は,次々にわが国の精神科医による精神科面接の良書が著されている。これは,研修医教育のために有用な書籍が求められるようになっている近年の状況を反映した動きだと考えられる。

 かねてより評者は,米国精神医学から生み出される教科書のクオリティーには感心していた。それには,教育スタッフの長年の努力の蓄積,そしてそのスタッフに教育に専念することを許すゆとりが感じられるのである。手元にある精神科面接のそのような例としては,Shea, S. C.の『Psychiatric interviewing, 2nd Edition』(1998),Mackinnon, R. A.らの『The psychiatric interview in clinical practice, 2nd Edition』(2006)を挙げることができる。これらは,それぞれ783ページ,661ページの大著である。この分量をそれぞれ1人,3人の著者が書いていることは驚嘆に値する。少数の著者による著作では,文体にゆらぎが少なく議論の進め方にムラがないといった利点が期待できる。しかし,これらはあまりに長大な著作であることから,評者は,それらを一種の辞典として使うのが現実的な利用法だと考えている。

 このMorrisonの『精神科初回面接』も,翻訳書で本文528ページであり,なかなかのボリュームである。しかし,Sheaの教科書やMackinnonらの教科書の半分くらいであり,一気に読めない量ではない。ただし,本書の分量は,わが国で出版されている精神科面接の書籍の倍くらいであり,しかもその記述内容は,徹底して冗長な記述が排されていて,非常に濃い。

 本書の良いところを挙げると切りがない。まず挙げられるのは,面接の基本的な事項(面接者の姿勢,面接の運び方,面接で取り上げる内容など)に十分な紙幅が割かれていることである。これは,米国の教科書の伝統を引き継ぐ特徴である。

 また,本書では,1時間の初回面接時間が設定され,その中にさまざまな要素を盛り込むという想定になっていることも重要である。そのような現実的設定が不明瞭な書籍は少なくないからである。さらに,多くの新知見が盛り込まれている2013年刊行の『DSM-5®精神疾患の診断・統計マニュアル』(翻訳は2014)に準拠して,診察の流れの中で診断手続きを進める方法が具体的に示されてもいる。驚かされるのは,本書の出版の時点でまだ刊行されていなかった(2015年8月刊行予定だった)DSM-5®の診断面接(SCID)の内容を先取りしていることである。新しい知識に貪欲な人には堪えられない特長である。

 本書の最後のほうには,FAQ & Aの章が設けられていて,「先生は私が狂っていると思いますか?」といった患者からの質問に対する回答例が示されている。このような懇切丁寧さ,学習意欲を高める工夫を盛り込むこともまた,米国の教科書の伝統である。

 本書は,精神医学の研修の基本とされるべき著作である。これを最初に読んでから他の精神科面接の本を読むことによって,効果的に学習を進めることができるだろう。評者は,教科書の選択にもう迷わない。本書に出合えたことに感謝している。

A5・頁544 定価:本体4,500円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02212-5

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