医学界新聞

2015.08.10



Medical Library 書評・新刊案内


画像からみた 脳梗塞と神経心理学

田川 皓一 著

《評 者》山鳥 重(前・東北大大学院教授・高次機能障害学)

「わかりにくい」領域を「わかりやすく」解説する目的を見事に達成した書

 本書は280ページもの大著で,それもなんと全編書き下ろしである。

 著者の田川皓一先生は誰もがご存じの脳卒中学と神経心理学の権威である。医師・研究者としての全てのエネルギーをこの分野の知見の深化と発展のためにささげてこられた。脳卒中症例に関する臨床経験の豊富さにおいて,先生の右に出る人はおそらくいないのではなかろうか。

 脳卒中の症候学で最も厄介なのは認知・行動能力の異常,いわゆる神経心理学的症候である。単純で比較的わかりやすい症候もあるにはあるが,複数の認知的要因が重なり合い,わかりにくい臨床像を呈することのほうがむしろ普通と言っても良いくらいで,多くの医師から「わかりにくい」領域として敬遠される原因の一つにもなってきた。

 本書は,この「わかりにくい」神経心理学的症候群を「わかりやすく」解説することをめざされたもので,その目的は見事に達成されている。

 本書が,なぜわかりやすいかというと,著者が問題の範囲を「血管閉塞症候群(脳梗塞)」に絞っているからである。もともと神経心理学は脳梗塞の症候学として始まった。例えば,ブローカの発表した失語症候群(いわゆるブローカ失語)がたちまちの間に当時の臨床家に受け入れられたのは,その原因疾患が彼らがよく遭遇する脳卒中(左中大脳動脈梗塞)であり,その症候になじみがあったからであろう。

 神経心理学的症候群それ自体から勉強を始めると,敵が心理症候だけに,わかったようなわからないような,なんだか雲の中にいるような気持ちになってしまうが,病巣から勉強を始めると,敵は極めて具体的なものとなり,格段にわかりやすく,頭に残りやすい。膨大な自験症例から選び抜かれたMRI画像がふんだんに提示されており,一層理解を助けてくれる。

 本書のわかりやすさは文体にもある。全編,講演口調なのだ。田川先生の語り口は滑らかで,しかも自信に満ちている。思わず引き込まれてしまう。通常の教科書なら事実が羅列してあるだけだから,ついつい注意が散り,気が付いたら他のことを考えているのだが,本書は違う。集中して読み進むことができた。

 読んでいてうれしいことは他にもある。随所で,病巣との関係があいまいな症候や,定義のあいまいな症候群について,はっきりと,ここはよくわかっていないようだとか,私はそうは思わないなどと,実に率直にご自身の意見が述べられているのである。読者は,あ,この問題ははっきりしていないのだ,とか,あ,この問題はやっぱりおかしいのだ,などと大いに納得されるのではなかろうか。

 本書は,ぜひ読み通されることをお勧めする。読み通せるように実にうまく企んである。この企みに乗せられて,ずいずいと読み通せば,これ一冊で,脳卒中臨床で遭遇する多様な神経心理学的症候群の全体像が把握できるようになっている自分を発見するであろう。そういう素晴らしい本である。

B5・頁280 定価:本体8,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02196-8


実践! 皮膚病理道場
バーチャルスライドでみる皮膚腫瘍
[Web付録付]

日本皮膚科学会 編

《評 者》田中 勝(東女医大東医療センター教授・皮膚科部長)

今までになかった画期的な皮膚病理入門書!

 日本皮膚科学会の編集による,まったく新しいタイプの皮膚病理入門のための貴重な一冊がついに出た!

 各章の執筆者が,現在,皮膚病理診断の中心で活躍している経験豊富な6人,最も頼れる皮膚病理指導医たちである。したがって,全ての章が必要最小限の簡潔で明快な記述で構成されており,病理診断のポイントがとてもわかりやすい。なんとぜいたくな本であろうか。

1.バーチャルスライドがWebで見られる点が画期的!
 この本は間違いなく,今までにないタイプの本である。すなわち,掲載されている病理画像を全て,Web上で,バーチャルスライドとして確認できるのである。したがって,本書を見ながら,日本皮膚科学会総会の教育講演「実践! 皮膚病理道場」で習ったことの復習もできるし,参加できなかった人でも,まるでその場にいて質問したことを教えてくれるかのような,丁寧な解説を読みながらバーチャルスライドを見ることが可能になっているのだ。

2.日本皮膚科学会総会の教育講演「実践! 皮膚病理道場」と密接にリンクしている!
 2013年の日本皮膚科学会総会から始まった「実践! 皮膚病理道場」(以下,「道場」)は,今までにない画期的な皮膚病理入門の場であった。今までは教育講演を聞いて受動的に学ぶことが多かったのが,「道場」では,自らPCのバーチャルスライドを見て能動的に学び,わからない点があればチューターに聞くことができるという,まさに両方向性の学習が可能になったのである。それが,本書の登場でさらに素晴らしい皮膚病理入門の場となったと言えよう。本書を開けば一見してわかる美しい写真と矢印や丸囲みを使った明快な解説が示されている。さらに,「写真が小さくて見えない!」という場合でも,Web上に用意されたバーチャル画像にアクセスすることで解決できるのである。

3.腫瘍ごとに学ぶべきポイントが明確に示されている!
 本書がこれまでの教科書と異なる点はもう一つ。皮膚病理所見のみを扱っている点である。臨床情報もなければ文献もない。だからこそ,病理所見にスッと入っていけるのである。先頭に病理診断のポイントが箇条書きに示されており,これから学ぼうとしているポイントが明解である。しかも,皮膚科における日常的な臨床病理カンファレンスで扱われる皮膚腫瘍をほぼ網羅しているのがありがたい。

4.指導医にも薦めたい!
 本書はこれから皮膚病理に入門する研修医のみならず,指導医層にも薦めたいと思う。なぜなら,教育する側の立場で考えても,教えるべきポイントがはっきりと示されているのだから。というわけで,私も医局員に皮膚病理ティーチングする際に,本書を100%利用したい! と思った。

A4・頁200 定価:本体12,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02118-0


ナラティブホームの物語
終末期医療をささえる地域包括ケアのしかけ

佐藤 伸彦 著

《評 者》松村 真司(松村医院院長)

「愛がなければ無にひとしい」――希望の物語を胸に

 その薄桃色に装丁された書籍が届いたのは,残寒の中にも春の気配が感じられ始めた2月末だった。実家の戸棚の奥のアルバムにあるような写真たちをまとった表紙に誘われるように,少しずつ読み始めた。

 第I部「家庭のような病院を」。かわいらしいカバーとは裏腹に,のっけから筆者の経験した重いエピソードから始まる。筆者は問う。「私が『治した』『救った』と思っていたものは何だったのだろう」――真摯な問いは続く。いのちとは何か。科学とは何か。医学とは,看護とは,介護とは。主治医としてかかわりながらさらに問う。やさしさとは,人間の尊厳とは,死とは。そして,生きるとは。

 そして,第II部「ナラティブホームの風景」が始まる。ここでは,これらの問いの末,筆者たちが「ナラティブホーム」という地域の施設へと結実させていくさまが描かれる。ここで第二章に入ると,途端に問いは少なくなる。支援者を見つけ,構想を練り,開設に至るまでの具体的な過程が記される。最後に,そこで過ごした人々をめぐる四つの小さな物語が始まり,筆者がこれからめざす医療の形を描く短いエピローグで終わる。見返しに貼られた,ナラティブホームをめぐる美しい写真たちが,静かにアウトロを奏でる。

 本書に貫かれているテーマの一つは,「いのちが最期に向かうとき,医療には,医療者には何ができるのか」というものである。

 医療は医学という科学を基盤に成立している。もちろん科学の視点から見なければ医師の仕事は成り立たない。しかし,言うまでもないが医療が人生の全てではない。全ての人にはそれぞれの生き方がある。そして,いのちが最後に向かうとき,医療には何ができるのか。そもそも,いったい医療は何のためにあるのか。

 筆者とその仲間たちは,この普遍的な問いに対して物語と関係性という二つのキーワードを用いた挑戦を行い,富山で始まったその活動は次第に全国へと広がりを見せていっている。

 もちろん多くの医療者は,今日もそれぞれのやり方でいのちと向き合っている。そのやり方は,根底のところは筆者とそう大きな違いはないのであろう。しかし,とりわけ地域医療,終末期医療という,科学が効果を発しにくい場面において,私たちは今のやり方ではしばしば行き詰まる。それを克服するために,さまざまな人たちがさまざま方法を模索している。どの方法も完全ではなく,今もあちこちで試行錯誤が繰り返されている。

 しかし,いかなる方法をとったにせよ,古の書にあるように,全ては「愛がなければ無にひとしい」のである。では,愛とはいったい何か。そして,どうすれば愛は手に入るのか。その答えは本書の中にはない。また,簡単に見つかるものでもない。本書で筆者が自らに問うように,私も自分に問い掛ける。...

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