私がブレークスルーした“あのとき”(安酸史子,須釜淳子,坂下玲子,山本則子,佐々木菜名代,西村ユミ)
寄稿
2015.07.27
【特集】看護研究の道しるべ――先達からのメッセージ私がブレークスルーした“あのとき” |
看護研究には困難がつきもの。長い道のりのなかで,壁にぶつかることは一度や二度ではないでしょう。患者さんの貴重なデータをこれからの看護に生かさなければ,という強い思いが,時に大きな重圧となって押し寄せてきます。また,気持ちだけでは解決できない,分析や考察の難しさもあります。しかし,ちょっとした発想の転換の糸口がつかめれば,すんなり乗り越えられるかもしれません。
今回は,困難の中で少し立ち止まっているナースに向けて,看護研究に取り組む先輩たちが歩んできた道のり,困難をブレークスルーした“あのとき”を紹介します。
❶専門分野,主な研究テーマ
❷最も困難を感じた時期 ❸私がブレークスルーしたあのとき ❹後輩たちへのメッセージ |
安酸 史子 山本 則子 | 須釜 淳子 佐々木 菜名代 | 坂下 玲子 西村 ユミ |
谷底に投げ落とされた子ライオンの気持ちで取り組んだ修士論文
安酸 史子(防衛医科大学校 看護学科学科長/教授・成人看護学・看護教育学)
❶糖尿病患者へのセルフマネジメント支援,経験型実習教育,職場におけるケアリング文化の形成
❷私は,看護学校を卒業し3年間の看護師経験の後,1981年に千葉大学看護学部に1年から入り直した経歴を持つ。看護学校時代に,学校の代表として事例をまとめて発表した経験はあったが,系統的に看護研究を学んでいないという気持ちが強く,修士課程でもずっとその気持ちを引きずっていた。修士課程では,看護研究方法論を系統的に教えてもらえると期待していたが,当時はまだそのような体制ではなかった。修士課程では,途中で教授が変わり,看護教育学に関する研究でないと修士論文として認めないと言われ,2年次にテーマを変更した。2か月間,図書館にこもって教育理論に関する本を読んだことを覚えている。
研究テーマは,「看護学実習における教授=学習過程成立に関する研究」とした。修論ゼミの発表のたびに,レジュメにざっと目を通した後,ため息をついて天井を見ておられる教授の姿に,胃が痛くてたまらなかったことを思い出す。ダメ出しをされるけど,具体的なアドバイスはもらえない。ライオンの親から谷底に投げ落とされた子ライオンの気持ちだった。
しかし,夏過ぎの修論ゼミで,やっとOKが出たときには,自分の考えを自分の言葉で整理して話せるようになってきていると自分でも感じていた。指導する立場になって初めて,その当時の教授の肝の座った指導のすごさがわかる。教えてもらったことではなく,自力で学び取ったことは,身についた能力となる。
❸博士号は,大学の准教授をしながら,1997年に東京大学で取得した。テーマは,「糖尿病患者の食事自己管理に対する自己効力感尺度の開発に関する研究」である。論文はシャープにしなさいと指導教授から何度となく指導された。その当時,質的に分析する手続きの記載にこだわっていたため,カットすることに抵抗があった。実施したことは全て盛り込みたいという気持ちだったように思う。口頭試問時に,主査(指導教授ではない)から「看護師としての臨床経験が研究動機になっていると思うので,あなたでないと書けない尺度開発研究になさい」と言われ,いったん削除した研究動機を盛り込んだ。指導教授に見せたら「こんな記載は恥ずかしいわ」と一言。主査からのコメントは,個人的な研究動機true reasonをreal reasonに置き換える,つまりアカデミック言語に翻訳して記述するという指摘だったことに気付いたのは後になってからである。「研究の過程では多くの汗をかき苦労するが,論文にするときには,余計なものをそぎ落とす勇気をもってシャープに仕上げていく」ことが大切だと博士論文では学んだ。
❹研究能力というのは,系統的に方法論を学べば身につくものではなく,実際に研究をする中で,すぐには受け止められない指摘の意味を自分で見いだせたときに,少しずつ身についていくものではないかと今では考えている。時に厳しかったが信頼できる指導者に指導を受けることができたのが研究者としての私の財産と言える。
ゼロからのスタート,結果が出せるようになるまで10年
須釜 淳子(金沢大学医薬保健研究域 附属健康増進科学センター長/教授・基礎看護学)
❶褥瘡予防における体圧分散ケア,脆弱皮膚へのアドバンストスキンケア
❷私の研究分野である褥瘡は,金沢大学医療技術短期大学部において既に1980年代から研究が行われていた。この当時,全若手看護学教員が短大の中心的研究課題である褥瘡研究に参加し,研究の実践トレーニングを積む体制が整っていた。私も何も疑問を抱くことなく,当然のように褥瘡研究に参加した。大学卒業後,3年間看護師として勤務していた期間に研究のトレーニングを一切してこなかった私にとって,研究に関する知識と実践能力を身につける非常にありがたい体制であったと今になって思う。この体制のもと多様な研究を体験できた。具体的には,体圧分布,皮膚血流量を用いた生体生理計測研究,褥瘡発生を観察する臨床疫学研究,褥瘡発生予測尺度の信頼性,妥当性の検証などである。
さらにありがたいことは,創傷看護に関する豊富な知識と実践,そして優れた研究力を持つ真田弘美先生に師事できたことである。真田先生のもと褥瘡ケアに関する臨床経験を積むことができた。大学附属病院,地域中核病院,特別養護老人ホーム,療養型病院を定期的に訪問し,褥瘡の状態を評価後,臨床現場の看護師と共に発生要因・悪化要因を考え,その要因を除去するケアを実践した。このプロセスを通じて,日常生活援助技術,特に患者の生活の場であるベッドやマットレスの構造と機能が,褥瘡発生や悪化に直接影響することを目の当たりにした。そこで,真田先生の勧めもあり自身の研究テーマを褥瘡予防の体圧分散マットレスに絞ることにした。その後,産学連携による寝たきり高齢者用体圧分散マットレスの開発,健康成人を対象とした基礎研究,高齢者を対象とした安全性の研究,ランダム化比較試験による研究までの一連のトランスレーショナルリサーチにもかかわることができ,研究の醍醐味,すなわち研究によって臨床看護の質向上に貢献できることを学んだ。
しかし,褥瘡発生は確かに減ってはきたが,依然として皮下組織を超えた深い褥瘡が発生するという臨床の課題が残っていた。この課題解決にはなぜ深い褥瘡が発生するのかを根本的に追究する必要があり,これまで自身が採ってきた研究手法では,全く歯が立たなかった。なぜなら,褥瘡発生に至るまで圧を負荷し続け,その生体反応を観察する必要があり,人を対象とすることは倫理上不可能であったからだ。そこで,1995年から動物モデルを用いた研究に着手し,結果が出せるようになるまでに10年間を要した。ゼロからの出発であり,どこから何を始めてよいかわからず,何回実験しても褥瘡は全くできず,正直,私にはこの研究は無理かなと思うこともあった。
❸❹そのような中で諦めずに研究を継続できたのは,「看護には限界がない」という真田先生の強い信念を表す言葉であった。この言葉によって,必ず現状を打破する方法が見つかるはずだと思えるようになり,今に至っている。ぜひこの言葉を後輩の皆様に贈りたい。
再現性を確保しようとするほど介入は不自然で不自由になった
坂下 玲子(兵庫県立大学大学院 教授・基礎看護学)
❶「食」からはじめる生活再構築支援
❷「看護研究はつらい」。久しぶりに大学を訪れた元ゼミ生は,大きくため息をついた。彼女の病棟では足浴の疼痛緩和への効果をみる研究に取り組んでいた。つらい理由を尋ねると「決められた手順以外のことをしてはいけないから,患者さんと自由に話ができない」という。「だって,話をすると,そのことで効果が出てしまい,足浴の効果が正確にわからなくなってしまう」と顔を曇らせた。
それはかつての私でもあった。手応えのある看護介入は,研究してその効果を示し普及させたい。でも研究という枠に入れた途端,今まで患者さんを見違えるように元気づけた介入は,まるでシンデレラの魔法が解けたかのように色あせてしまった。科学的であろうとすればするほど,再現性を確保しようとすればするほど,介入はとても不自然で不自由なものとなった。
❸今から思えばそれは当然であった。私が行った実験研究は,看護介入の本質的な効果,人間の相互作用が生み出す効果を排除するものであったからだ。看護の専門性の一つは,患者と人間的な相互作用を引き起こすことにより,患者の内なる力を引き出し,その認識や行動を変えるところにある。それを捨てることは看護介入の最も威力あるところを捨ててしまうことになる。一方で,患者との...
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
医学界新聞プラス
[第3回]冠動脈造影でLADとLCX の区別がつきません……
『医学界新聞プラス 循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.05.10
-
医学界新聞プラス
[第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰に,どれだけ投与するのか?
『救急外来,ここだけの話』より連載 2021.06.25
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
対談・座談会 2025.03.11
最新の記事
-
対談・座談会 2025.04.08
-
対談・座談会 2025.04.08
-
腹痛診療アップデート
「急性腹症診療ガイドライン2025」をひもとく対談・座談会 2025.04.08
-
野木真将氏に聞く
国際水準の医師育成をめざす認証評価
ACGME-I認証を取得した亀田総合病院の歩みインタビュー 2025.04.08
-
能登半島地震による被災者の口腔への影響と,地域で連携した「食べる」支援の継続
寄稿 2025.04.08
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。