医師不足の現場で働いて(李啓充)
連載
2015.07.20
還暦「レジデント」研修記
24年ぶりに臨床に戻ることを決意した還暦医師の目に映った光景とは。
全4回の短期集中連載でお伝えします。
【第4回】(最終回)
医師不足の現場で働いて
李 啓充(大原綜合病院内科)
(前回よりつづく)
前回までのあらすじ:震災復興の一助になるべく臨んだ臨床再研修は,還暦の身にはとりわけこたえる過酷なものだった。
私にとって,市立恵那病院における業務が過労死の恐怖におびえるほど厳しいものであったことは前回も述べた通りである。医師不足の現場で働くことで,日本の地域医療の現実を文字通り肌で実感することとなったのだが,医師を過重な労働に追い立てることの最大の弊害は,彼らから「優しい心」や「気配り」を奪い去ることにあるのではないだろうか?
例えば,ひっきりなしに患者がやって来た休日の日直で,入院を5人入れたことがあった。2台目,3台目の救急車はまだ「今日はよく来るな」と思う余裕があったが,疲れが蓄積するにつれ,「救急隊からの電話」と聞いただけで「もう勘弁してくれ」と反応する状態になっていた。
本来であれば17時に日直の業務から解放されるはずだったが,入院患者が立て続いたせいで残務が多く,前日に入院させた高齢のインフルエンザ患者の病室を訪れたときは,21時近くになっていた。39度台の発熱が続くことが気になったものの,患者が「前日より楽になった」と言うので,特に追加の指示を出すこともなく病院を後にした。
翌朝,「インフルエンザ患者の酸素飽和度が上がらない」との病棟からの電話で起こされた。胸部写真を撮ってみると,わずか40時間の経過で両肺が真っ白になっていた。お看取りの過程で,奥様が患者にすがりついて「あなた,ごめんなさい。許して」と泣き続けたので,「いったい,何を謝っているのだろう」と不思議に思ったが,疲労で朦朧(もうろう)とした頭ではその理由が思いつかなかった。
その後,奥様が謝っていた理由は何だったのだろうと,気になってならなかったのだが,奥様が謝り続けた理由を作ったのは自分だったと気が付いたのは,2-3日後のことだった。来院時の問診で感染は奥様経由らしいと判明した際に,「夫婦仲がよろしいようでよかったですね」と私が軽口をたたいたがために,奥様は「自分がうつしたせいだ」と思い込み,自責の念に苛まれておられたようなのである。疲れで頭に靄(もや)がかかった状態でなければ,もっと早くに気が付いて「責任など感じる必要はない」と説明できていただろうに,そういった気配りをする余力がなかったがために,家族に不必要な「罪の意識」を負わせる結果となってしまったのだった。
医師の「優しい心」を奪う「コンビニ受診」と過重労働
「疲れると患者に対する思いやりの気持ちが減じてしまう」自分の人格の至らなさをあらためて思い知らされる次第となったのだが,優しさが減じるだけにとどまらず,疲れるといらいらしたり不機嫌になったりするのは,人格の如何によらず,極めて普遍的な現象なのではないだろうか。最近,ある病院の救急外来で,医師が患者家族に「クソ,死ね」と暴言を浴びせた事件があった...
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還暦「レジデント」研修記(終了)
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