統計家を臨床医の良きパートナーに(森本剛,新谷歩)
対談・座談会
2015.06.29
【対談】統計家を臨床医の良きパートナーに |
森本 剛氏(兵庫医科大学 臨床疫学 教授) 新谷 歩氏(大阪大学大学院医学系研究科 臨床統計疫学寄附講座 教授) |
臨床研究を支える統計の専門家である生物統計家が,日本の医学研究分野には少ない。生物統計家の人材不足は,昨今の臨床研究論文不正問題の遠因となっただけでなく,臨床研究の国際的な競争力をも失わせてしまっている。臨床研究の発展には,生物統計家の育成が急務であるとともに,臨床研究にかかわる医師にも統計学の知識や研究のリテラシーが求められるのではないか。
医師として米国で生物統計を学び,現在日本の若手医師らに統計教育を行う森本氏,そして米国で20年にわたり,生物統計家として臨床研究や統計教育にかかわってきた新谷氏の2人が,日米両国の臨床研究の動向を比べながら,今後日本が進めるべき統計教育の在り方について提言する。
新谷 降圧薬バルサルタンをめぐる臨床研究の論文不正問題を発端に,臨床研究に関する問題に対し社会の厳しい目が集まっています。一連の不祥事が起こった背景として,研究の倫理的問題の他に,生物統計家(Biostatistician)の不在という,日本の臨床研究体制の脆弱性も浮き彫りになりました。
森本 臨床研究のチーム内に生物統計家が常駐していないことでチェック機能が果たされず,利害関係者による不正な解析を許してしまったわけですね。
新谷 そこで,国際水準の臨床研究推進などを目的として2015年4月に法制化された「臨床研究中核病院の承認要件」では,研究不正の防止に向けたガバナンスが盛り込まれ,さらに,実務経験を1年以上有する専従の生物統計家は2人以上必要と明記されました1)。ただ,臨床研究中核病院に匹敵する米国の施設では,30-50人もの生物統計家がいるのがすでに当たり前になっています。
森本 この条件を一目見れば,日本はいかに生物統計家が不足しているかがわかりますね。
新谷 たとえ2人でも見つけるのは至難の業でしょう。法制化を受け,2015年4月9日付の『日刊薬業』では「臨床研究の質向上へ『生物統計家』育成急務 厚労省『やらねばならない課題』」との見出しが出たほどです。
生物統計家の不在が臨床研究に与える影響とは
森本 日本で生物統計家が不足している一番の理由は,ニーズに対し,育成数が少ないというギャップにあります。
新谷 そうなのです。日米で比較できる2007年の養成数を見ると,生物統計学への博士号授与数は,米国120人2)。それに対し日本は,生物統計学のプログラムがある8大学のうち,主だった3大学で授与された博士号が,2007人に4人,2008年はなんと1人だけです3)。
また,主要医学雑誌における基礎研究の論文数を見ると,日本は世界で5位と上位に入りますが,臨床研究の論文数は,24位と大幅に後退しており,生物統計家の不足が影響していることがうかがえます(註1)。
森本 これは起こるべくして起こっています。生物統計家に対する日米の認識にも違いがありますね(図参照)。日本で生物統計家というと,新たな統計理論を開発する統計研究者が尊ばれ,臨床研究の実施を主たる仕事とする応用統計家は,アカデミアでは軽視される風潮があります。そのため応用統計家の多くはアカデミアではなく,企業に就職してしまうのです。
図 日米の臨床研究体制の違い(クリックで拡大) |
新谷 修士・博士を含め,医学系研究科以外の専攻からの学位授与が多いため,医療の現場からは足が遠のきます。
森本 臨床医と一緒に汗をかく生物統計家が現場に少ないがために,臨床研究データの解析を企業内の統計担当者やアカデミアの統計研究者に依頼せざるを得ず,医師主導の臨床研究の解析においても結果的に“丸投げ”になっているのです。
新谷 人材不足は,研究不正を防ぐために機能しなければならないデータセンターの未整備も引き起こしています。データの信頼失墜や利益相反問題を招き,結果として臨床研究の国際的な競争力をも失ってしまう。今の日本の実情を米国で耳にしていた私は,対策が急務と考え,昨年帰国しました。
統計解析は“料理の味付け”,臨床研究は“食材選び”から
森本 日本では,臨床研究を医師と統計家が最初から共同で行うという認識がまだ少ないですね。
新谷 ええ。つい最近もこんな話を聞きました。国内のあるプロジェクトで,最初のデータ収集からかかわろうとした統計家が,「データを固定する前に統計家がデータに触るとは,前代未聞」と研究者に怒られたというのです。
森本 本来は,統計家と共に進めていかなければならない大切な作業です。米国では,そもそも臨床研究はチームで行うものと位置付けられています。
新谷 統計家はデータ解析に限らず,グラントの申請や研究仮説を立てる段階から臨床医の相談に乗ります。そしてグラントが取れたらデータを一緒に集めてプログラムを書き始め,発表や論文執筆まで共に進めます。
というのも,NIH(米国立衛生研究所)のほとんど全てのグラントで,博士号を持つ統計専門家の参加が義務付けられているからです。最近は主要な国際学術誌も,統計専門家によるデータ解析を奨励しているとあって,統計家の需要はますます高まっています。
森本 私はよく,臨床研究を料理の手順に例えます。料理では,最後の“味付け”は大切ですよね。臨床研究において統計解析はこの“味付け”に当たります。でも,本当に良い料理は,データ処理に当たる“調理方法”,きちんとしたデータである“食材”,さらにはしっかりした研究デザインとなる“畑や漁場”まできちんと作り込んでおかなければできません。ところが,日本の臨床研究ではすでに調理まで済んでしまったところで統計家に,「なんとか味付けをしてくれ」ということが非常に多い。国際学術誌にそのような論文を投稿しても,うまくいくことはまれです。
新谷 “Garbage in, garbage out”で,誤った研究デザインを基に集めたデータは,どんなに素晴らしい統計解析をしてもダメです。“良い材料”を仕入れるには,それを見定める疫学的な視点が欠かせません。生物統計家の養成では初めに疫学を教えます。統計家との共同研究が当たり前の米国では,臨床研究を志す医師の間でも,疫学や医療統計の基礎知識の必要性は重視されているのです。
“裾野の広い”統計教育で臨床医にも研究リテラシーを
森本 先生は,生物統計家の立場から,日本の臨床研究に資する統計教育をどのように進めるべきだと考えますか?
新谷 まず生物統計家の養成は必須です。しかし,1施設に数十人もの統計家がいる米国のような体制を作るのは,今すぐには難しい。そこで,生物統計家の育成を進めるのと並行して,研究に携わる臨床医に疫学・統計学を教え,研究リテラシーを身につけてもらう,言わば“裾野の広い”統計教育を行っていくことが重要になると思うのです。
森本 同感です。私も,そう思いながら米国で生物統計を勉強し,日本で統計教育に携わってきました。
新谷 私は,イェール大で医療統計学の博士課程を修めた後,縁あってテネシー州にあるヴァンダービルト大のCenter for Health Services Researchに移り,2013年まで13年間勤めました。そこでの私の役目は二つ。臨床医の方々と共同研究を行うことと,若手の臨床医に対して医療統計を教えることでした。
森本 医療統計の教育はどのようなプログラムでしたか。
新谷 ヴァンダービルト大では2000 年に,若手の医師に医療統計も含め臨床への橋渡しとなる研究の手法を教える,臨床研究修士号コース(Master of Science in Clinical Investigation;MSCI)が開設されました。1日3時間の講義を月20日,これを年数回に分け,2年間にわたって受けると修了です。毎年15-20人が卒業します。若手の医師に,臨床研究で使える統計ツールを提供することが目的ですから,私は理論よりもHow toを中心に...
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