医学界新聞

2015.06.22



Medical Library 書評・新刊案内


ナラティブホームの物語
終末期医療をささえる地域包括ケアのしかけ

佐藤 伸彦 著

《評 者》川嶋 みどり(一般社団法人日本て・あーて,TE・ARTE,推進協会代表)

医療人を魅了するケアの物語を,東日本大震災の今に重ねて

 目の前に山積みされている他の新刊書に気兼ねしながら,「ものがたられるいのち」について,まず読まなくてはと思った。本書の刊行は,東日本大震災からちょうど四年,ようやく心の垣根を壊して本当の物語をしてくださる方が,一人二人と出てきたころであった。きざな言葉ではなく「お互いの琴線に触れた会話」が成立するまでには,これだけの時間が必要だったのである。そんな被災の物語が語られる場面に胸を打たれる最中であったから,私は本書を東北での情景と重ねながら読んだ。

 「同じ想いでゆるく結ばれた仲間は,一見とても弱そうな関係に見えますが,実はとてつもなく強く,何よりも一緒にいて楽しい」と著者は言う。医師として患者の生死に向き合い,「医学が科学として関与できるのは,そのほんの一部分」であると認め,「命」は自分のものであるけれど「いのち」は自分一人のものではなく,関係性の中で生きているという。そして,高齢者医療に携わるようになり,ただそこに“在る”だけの高齢者のナラティブを通して見えてくる関係性から,医療のあらゆる現場での主役は「ものがたられるいのち」であるとして,ナラティブホーム(物語の家)構想が始まった。だが,実現への道は決して平坦ではなく着想からかなりの年月を要している。

 創立以来五年間の歩みを通しての著者の思いが,評者たちの被災地での活動との共通点でもあり,一層の親しみを覚えた。そして,被災地でもタンポポの綿毛が風に乗って,少しずつ広がり新しい芽になりつつあることの喜びを,著者のエピローグの言葉を拾って共有したのであった。

 現代の医療現場は,効率性重視が募って人間性が軽視されかねない状態があり,看護や介護現場でも,ケアが作業化しつつある深刻な様相がある。そのような折であるからこそ,人間と人間とのかかわりに最高の価値を求め続ける著者の活動には敬意を惜しまず心から賛同する。「高齢者医療は,人が,人として,人間の最期の生を援助する高度専門医療である」との記述に背筋を伸ばす一方,日本特有の高齢者医療の本質について,元気であれば老後の楽しみを味わえたであろう「本人の無念な想い」と,会話することもできなくなった人への「家族のやり場のない想い」のあいだに成り立つ「物語」の中にある,とは,まさに著者の経験の結晶であると受け止め,一度は訪れてみたいナラティブホームのありようへの想像をかきたてられた。

 本書は,くじけない夢と着実な歩みのプロセスにかかわった多くの人々の「物語」でもあり,著者の哲学とそれを裏付ける...

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