医学界新聞

対談・座談会

2015.04.20



【座談会】

『急性腹症診療ガイドライン2015』が刊行
今知りたい,腹痛診療の基本

田妻 進氏(広島大学病院総合内科・総合診療科教授)
吉田 雅博氏(国際医療福祉大学 化学療法研究所附属病院 人工透析・一般外科教授)
古川 顕氏(首都大学東京健康福祉学部 放射線学科/大学院人間健康科学研究科教授)
真弓 俊彦氏(産業医科大学 救急医学講座教授)=司会


 日常臨床でしばしば遭遇する突然発症の腹痛,「急性腹症」。致死的な疾患が背景にある場合もあり,初期の判断と対処が予後を左右するが,これまでは半ば経験に頼った対応が行われてきた面があった。診療のスタンダード策定を望む声の高まりに応え,日本腹部救急医学会ほか急性腹症の診療にかかわる5学会が共同で作成したのが『急性腹症診療ガイドライン2015』だ。同ガイドラインでは,急性腹症を「1週間以内の急性発症で,手術など迅速な対応が必要な疾患群」と定義。疾患に細分化せず,症候そのものへの対応について体系的にまとめた国内初の指針として,幅広い診療科での活用が期待されている。

 本紙では,同ガイドライン出版委員会の委員長を務めた真弓氏,および副委員長の三氏による座談会を企画。ガイドラインの内容をベースに,急性腹症の初期対応の基本について議論していただいた。


コモンな「腹痛」,その診療のポイントは

真弓 救急外来では日頃から,腹痛を主訴とする患者さんに頻繁に出会います。わが国での複数の報告でも,突然発症の腹痛を受診動機とする方は,救急外来受診者の5-10%を占めることがわかっています。プライマリ・ケア領域でも,同様の状況がありますね。

田妻 開業医への初診の約7-15%を腹痛が占め,受診事由として最多という米国の調査結果があります。また,当院総合診療科で1年間調査した結果も,成人の受診理由の1位が腹痛で,約15%を占めていました。小児の受診理由でも5位以内でしたから,そういった意味で,非常にコモンな症候と言えます。

真弓 診療のポイントは,どのような点にあるのでしょうか。

田妻 急性腹症の初診時において,かつては「非特異的腹痛」,つまり診断名が付かないことがおよそ40%の高率でありました。近年は,検査機器の進歩などで早期に確定診断に至る確率は格段に高くなりましたが,それでも原因疾患の鑑別が困難な場合は確実に存在します。つまり診療においては,診断を付けることに時間をかけるより,まずは症候自体の対処に重点を置くべきであると考えられます。

吉田 腹痛を主訴に受診したとしても,原疾患が腹部にあるとは限らず,消化器はもとより,循環器,呼吸器,泌尿器,産科・婦人科など,関連領域は極めて広範囲にわたります。まずは,緊急に対処すべきものを迅速に区別して初期対応ができること。その後,緊急性の低い疾患をきちんと診断し,治療に持ち込める,という二つのステップの習得が重要になりますね。

真弓 心筋梗塞による心窩部痛や,肺炎など呼吸器系,精索捻転など生殖器に原因があって腹部に痛みが生じる場合もあります。腹痛→腹部疾患と1対1の対応にとどめず,痛みの性状を正確に読み取って対処しつつ,鑑別を絞り込んでいく。そのスキルが,急性腹症の診療には求められていると言えるでしょう。

まずはバイタルサインを評価し,緊急度を鑑別

真弓 では具体的に,どのように診療を進めればよいでしょうか。

田妻 開業医・家庭医などプライマリ・ケア医の方々が初診の窓口になるのか,それともある程度の規模の病院での初診になるかで,診療の道筋は多少異なってこようとは思います。ただ,どのような環境下でも,腹痛を訴える患者さんが来られたらまず行うべきは,バイタルサインの評価です。

 気道(Airway),呼吸(Breathing),循環(Circulation),意識(Dysfunction of central nervous system)の4点,いわゆる「バイタルサインのABCD」を確認します。ABCDのいずれかに異常があれば,状態を安定させるための気道確保・静脈路確保といった緊急処置を行う一方,心電図や超音波などのモニタリングを実施し,緊急性の高い疾患を絞り込んでいきます。

真弓 バイタルサインに異常があった場合,即治療を始めるべき「超緊急疾患」,あるいはそれに準じた「緊急疾患」によるものか,鑑別できることが重要ですね()。

 鑑別すべき「超緊急疾患」と「緊急疾患」
急性腹症診療ガイドライン出版委員会編.急性腹症診療ガイドライン2015.医学書院;2015,p158より引用

 急性心筋梗塞,腹部大動脈瘤破裂などの超緊急疾患では,場合によっては精密検査の結果を待たず早急な対応が求められます。一方肝がん破裂,異所性妊娠などは,診断がつき次第手術や処置を行うべき緊急疾患に挙げられます。もし,こうした疾患に対し十分な検査・治療を行えるだけの医療資源がない場合は,高度な医療設備を備えた施設への転送も迅速に検討すべきでしょう。

吉田 緊急性の鑑別後,鎮痛薬は速やかに使用してよいというのが,ガイドラインでの見解です。急性腹症の診療では,最近まで「痛みが過小評価されてしまうので,所見をとるまで鎮痛薬を控えるように」と指導されてきたと思いますが,診断のために痛みを我慢するなどということは,本来あってはならない。実際,オピオイド,非オピオイドを問わず,鎮痛薬の使用の有無で診断の精度に変化はありません。むしろ患者さんの苦痛を和らげ,診療をスムーズに進めることができることはシステマティックレビューによって明らかになっています。

真弓 私も研修医時代,「腹痛の患者さんが来たら,外科医が診るまで痛み止めを使ってはいけない」と言われたものです。しかし痛みへの対応と,診断プロセスの進行とは十分両立可能,というわけですね。

吉田 ええ。痛みの強さについては,NRS(Numerical Rating Scale)を使って0(痛みなし)-10(これまでで最悪の痛み)の11段階で,患者さんに評価してもらうとわかりやすいでしょう。鎮痛薬のファーストチョイスは非オピオイドのアセトアミノフェン静注1000 mg,さらにNRSで6以上(高度疼痛)になる場合は,オピオイドを追加していきます。なお鎮痙薬については,第一選択というよりも,補助的な使用にとどめるべきと考えられます。

病歴聴取と身体診察が診療の核をなす

真弓 バイタルサイン評価の次のステップとなるのが,病歴聴取と身体診察ですね。ここでは患者さんの訴え,医師による客観的な身体所見,両方の視点から痛みを評価し,緊急手術の要不要などを鑑別していきます。

田妻 病歴では「激痛」「突然発症」「進行性増悪」という3つが緊急手術適応のキーワードになるため,問診ではこれらを重点的に聴くべきでしょう。

 そして注目すべきは,痛みの「性状」です。腹痛の痛みには大きく分けて「体性痛」と「内臓痛(疝痛)」の2種類があり,壁側腹膜や腸間膜への刺激による炎症で起こるのが体性痛で“持続性の刺すような痛み”と表現されます。対して内臓痛は,管腔臓器の平滑筋の攣縮や臓側腹膜の急な伸展・拡張で起こるもので,“周期的,間欠的に差し込むような痛み”と言われます。一般に体性痛は内臓痛に比して,緊急手術などの迅速な対応が求められる場合が多く,この性状を鑑別することが,その後の方針を決める一つの指針になり得るわけです。

真弓 身体所見については,全身を視診,聴診,打診,触診で診て,どこがどのように痛むかを調べることが基本になります。ただ,今回ガイドラインを作る中で,半ば慣習化していた身体診察の手技に実は確たるエビデンスがなかった,といった事実も確...

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