医学界新聞

対談・座談会

2015.04.06



【対談】

“帰してはいけない”子どもを
見逃さない医師になる

崎山 弘氏(崎山小児科 院長)
長谷川 行洋氏(東京都立小児総合医療センター 総合診療科/遺伝子研究科/内分泌・代謝科 部長)

収録は,崎山小児科(東京都府中市)。お二人には診療時の服装で登場していただいた。


 「子どもはうまく喋れなくて,主訴が取れない」「病歴や身体所見が取りにくい」。このような小児の情報収集の難しさなどから,小児の外来診療に苦手意識を持つ医師は少なくない。

 このたび上梓された『帰してはいけない小児外来患者』(医学書院)では,症例をベースに最終診断までの経過をたどり,外来で小児患者を診る際のポイント,陥りやすいピットフォールがまとめられている。本紙では,同書の編集・執筆に携わった崎山氏と長谷川氏による,小児患者を診る医師に求められるマインドセットに注目した対談を企画。“帰してはいけない”小児患者を見落とさないために医師がすべきこと,できることとは何か? 病院とクリニックという異なる立場にあって,「子どもが大好き」と口をそろえる両氏に,その問いに答えていただいた。


腸重積を見逃す,冬の夜

崎山 医師になって15年目ぐらいのことだったと思います。開業してからもしばらくは都立府中病院(現・都立小児総合医療センター)で当直を担当していたのですね。ある冬の晩,嘔吐を訴える小児を「胃腸炎」と診断したんですが,帰らせてしまった後になってから「腸重積だったかもしれない」とも思えてきて……。翌朝,その悪い予感は当たってしまった。先方の小児科医長から電話越しに「昨晩,腸重積の患者を見落としているよ」と伝えられました。反省しつつ話を聞いていると,続けて言うんです。「崎山先生,1人だと思ってる? 見落としていたのは,2人の腸重積患者ですよ!」と。

長谷川 2人ですか。でも,それは悪い偶然が重なった面もありますね。当院でも腸重積患者は年間で40-50例。ひと晩に2例というのはなかなかありません。

崎山 「ひと晩で腸重積を2例,しかもそれらを見落とすなんて“記録もの”だ」なんて言われてしまいましたね。

 でも反省は大きかったです。確かに一例こそ怪しいと思える段階まで至りましたが,もう一例に関してはまったくのノーマーク。その片鱗すらつかめていなかったのですから。診断を誤る時って,疑いすらも意識の上に上がらないのだなとあらためて思わされましたね。

長谷川 実は,私も一生忘れることができないであろう患者がいます。卒後4-5年目の頃,昼に診た患者が夜になって急変し,亡くなってしまったんです。染色体異常のハンディキャップを抱える小児で確かに症状が見えづらい部分もありましたが,昼には問題があるようにも見えなかった。ただ,当時はまだ私も未熟でした。「もっと慎重になっておくべきだった」「悪くなる可能性もきちんと保護者に伝えておくべきだった」と,振り返って考えてしまいます。

崎山 おそらく,誰しも見落としや診断を誤った経験はしているはずです。後からは「ここに気を付けてさえいれば,見落とさずに済んだ」ともわかるのですが,不確定要素の多い臨床の場では,必ずしもその教訓が全ての症例に通用するわけではない。やはり外来診療には難しさがあると思うのです。

小児科外来診療では2人を“相手取る”

長谷川 「小児の外来診療は難しい」。普段,成人の患者を対象にしている医師からもそのように言われることがよくありますよね。

 小児科特有の難しさがあるとすれば,それは何だと思われますか? 私としては,一つは進行の早さにあると思うのです。例えば,急性心筋炎は一見風邪のような症状を見せる。しかし,そこで風邪と思い込み,「自宅で様子を見てください」と帰してしまうと,再診に至る前に生命にかかわるような悪化をたどるケースもあり得ます。

 もう一つの難しさは,患者である小児は自分の不調を上手に訴えることができない点。成人相手であれば主訴を適宜確認しながら行える診療も,小児相手だとそうはいきません。小学校高学年になるぐらいまで,小児自身から症状をきちんと聴取するのは難しいものです。

崎山 同感です。特に後者は小児科特有でしょう。だから,われわれは診療時に2人を同時に“相手取る”必要がある。つまり,子どもを診ながら,保護者からも病歴の聴取を行っていかなければならないわけです。そこに難しさの要因があるように思います。

長谷川 実際,保護者の声,特にいつも接しているお母さんの声が診断の鍵を握ることも多いですよね。先ほど話に挙がった腸重積もそうです。間欠的に起こる子どもの不機嫌な様子や腹痛が重要な所見となりますが,それは診察室に訪れる前から子どもを見ている保護者にしかわからない場合も多い。

崎山 小児科外来診療というと,対象となる小児の診かたに注目しがちですが,実は成人女性,つまりお母さんといかにうまく対人関係を築けるかが大切なのですよね。

 もちろん身体所見も重要なのは言うまでもありませんが,保護者からの聴取が不十分なものにとどまっては,診療そのものが難しいものになる。診断までの道のりが遠回りになってしまうし,嘔吐などのよくある症状に潜む重篤な疾患の見落としだって起こしかねません()。

 「死の合図に該当」する疾患
崎山氏は,小児外来において帰してはいけない対象疾患を,「死の合図に該当」の語呂にまとめている(『帰してはいけない小児外来患者』2ページより)。

保護者の気掛かりをあらゆる手段で聴取する

長谷川 そういう意味では,保護者の方が何でも話しやすい雰囲気を作り出す,これが小児外来診療で「帰してはいけない患者」を見つけるポイントの一つになりますね。

崎山 ええ。子どもに起こっている症状について,保護者は医学的重要性を踏まえて話すわけではない。話しやすい状態でなければ,保護者は訴えを省略してしまいます。医師側に,保護者の気掛かりをあらゆる手段でもって聞き出す姿勢が求められるのです。これは多くの保護者より若かった20代の頃,私も難しさを感じていたところではありましたが……。

長谷川 今,その点で意識されていることってありますか? 私自身は指導医として若い研修医と接するようになって,「第一印象で自分の印象を悪くしないように」と言うようにしています。病院の救急外来という忙しい現場であっても,患者・保護者を呼び入れるのではなく,自分から迎えに行くようにする。そしてきちんと自己紹介し,「今日はどうしたことでいらっしゃいましたか」と切り出す。一見些細なことに映るのですが,そうした一つひとつの所作が,保護者からきちんと話を聞くために大事なのだと思うのです。

崎山 診療中であれば,“待つ姿勢”を持とうと心掛けていますね。自分の説明よりも,保護者の話に耳を傾けることに時間を掛けるのです。

 研修医教育に携わっていると,若い医師の診察でそれができていない場面に出くわします。保護者の不安を一つ聞いただけで,あれこれと説明し始めてしまう。ただ,保護者側に言いたいことが残っているうちは,先方も上の空で,話を聞ける準備が整っていません。まずは保護者が一つの不安を語り終えたら,「他に不安なことはないですか?」と深堀りしていったほうがいい。そうすることで,疾患に有用な情報を聞き漏らすことも少なくなりますから。

長谷川 そうした中で「気になることがあれば,あの医師のところで聞いてみよう!」という関係性も生まれてくるものですよね。仮に帰宅させた後に何かあっても,フォローできる体制を作ることにつながります。

小児の「健康観」を持つと,外来診療の質が上がる

長谷川 保護者からの聴取が基本にあるとして,その他にも何か大切だと思われることはありますか。

崎山 子どもの“健康の範囲”をとらえておくと,小児外来診療にも厚みが出ると思いますね。

 保護者は「子どもが健康状態を崩した!」と医師を訪れるわけですが,実は健康そのものはグラデーションのある幅広いものです。「毎日出ていた便が2日も出ていない」「熱が高い」といっても,それらが必ずしも「不健康」とは限らない。様子を見ていれば良いものであったり,健康の範囲に十分に当てはまるような症状であったりすることも多いわけです。

 そうした中,小児の健康を考えるための指標が医師に確立されていなければ,切迫感を持った保護者の不安にあおられ,軽微な症状の小児に対して過剰診療を行い,それがまた保護者の不安を招く。いくら保護者の主訴が大切といえども,医師として適切な診察ができなくなってしまっては意味がありません。だからこそ,小児の健康の範囲を知る,言わば小児の“健康観”を持つことが大事なのだと思うのです。

長谷川 健康のイメージを正しく持つことこそ,異常を知ることにほかならない,ということですよね。

崎山 そのとおりです。こうした小児の健康観は,健康な小児を診ることで作られていくと考えています。

長谷川 学校医や健康診断を行えば,健康な小児を診る機会になり得ます。ただ,そうした機会はあまり多くもてませんよね。

崎山 例えば,軽い風邪の子どもに注目してみるというのでもいいと思うんです。まったくの健康とは言い切れないけれど,健康に近い子ども。そうした子らがどのような過程をたどって健康の状態に戻っていくのかを知る。その過程を繰り返し見ていくことで診る目が養われ,小児の健康の幅の広さをきちんとイメージできるようになると思うのですよ。私自身,病院勤務時代に軽症の小児患者に注目してきたことが,自分の中で小児の健康観を作ることに役立ったと感じています。

長谷川 なるほど。そのような視点でもって診療に当たるようになれば,患者さんが軽い風邪で来院されても,「忙しいときにこんな軽い症状で来るな」なんてことも思っていられない。どのような経過をたどるかを見ていくことも学びになるわけですからね。

崎山 そうそう,日常診療すらも学びの多い場であるととらえられます。

経験を最大限に生かし,技術・判断力に還元させよ

崎山 小児科の専門医になったからといって,外来診療で何でもミスなく診られるわけではありませんでした。地道に一つひとつ蓄積してきた症例こそが,見落としをなくしていくために重要なのだと感じています。

長谷川 思い返すと,われわれが小児科のトレーニングを受けた頃というと,外来診療で必要な技術・判断力は経験から学べと言われるような時代でしたね。

崎山 ええ。私もオーベンから簡単な処方を教わった程度で外来を任されたものでした。確かに経験は大事です。でも,「経験を積め」の一言で終えてしまうのはよくない。それは,診療を経験したことのない疾患の見誤りを認め,そのために泣くことになる患者の存在を許容することにほかなりません。

 そこで,例えば「今日は麦粒腫の患者を診たけど,霰粒腫とはどう違ったっけ?」と,一症例の一疾患を知ることにとどめず,経験した症例から派生して知識を増やしていく。そうすることでまだ診ぬ疾患への対策にもなりますし,それが帰してはいけない患者を見落とさないためにできる最大の努力だと思います。

長谷川 大切なのは,経験したことを最大限に,自分の外来診療で生きる技術・判断力に変えていく姿勢ですね。

崎山 今回,われわれも編集・執筆に携わった『帰してはいけない小児外来患者』は,見逃したら怖い疾患の診断までのプロセスを追った教育的な内容です。見落とせば絶対に後悔するような疾患ばかりで,実際の臨床の場ではなかなか体験できない疾患についても言及されています。

 こうしたプロセスの疑似体験を通してもまた,外来診療における技術や判断力を養うものになるだろうと思います。

長谷川 本書が「子どもはすぐ泣いてわけがわからないし,診療は難しい」なんて,ただ子どもを遠ざけてしまっているだけの医師の意識を変えるものにもなるといいですね。

(了)


崎山 弘氏
1983年三重大医学部卒。東大病院小児科,関東労災病院小児科,都立府中病院小児科を経て,89年に崎山小児科を開業。東大非常勤講師,三重大非常勤講師を兼務し,学生への講義や臨床外来実習を担当する。予防接種に関する研究に参加し,厚労省予防接種研究班で予防接種率の調査を担当した。「小児科医の自分がかかわり,子どもたちが楽しい日常を取り戻すことを支えたいんです」。

長谷川 行洋氏
1982年慶大医学部卒。同大小児科学教室に入局し,都立清瀬小児病院非常勤医,都立久留米養護学校校医を兼任(88年まで)する。88年より都立清瀬小児病院内分泌代謝科,89年スタンフォード大小児科内分泌部門留学を経て,90年都立清瀬小児病院内分泌代謝科。2010年より,現職(都立清瀬小児病院は病院再編により,2010年から都立小児総合医療センター)。「発達のステージにある子どもをサポートできる,それが小児科医にとって最大の喜び」。