医学界新聞

寄稿

2015.03.09



【特集】

実践型実習が,医学生の「学びたい!」思いに応える
闘魂ホスピタルケア東京


 医学教育モデル・コア・カリキュラムに,2010年度の改訂版から「診療参加型臨床実習の実施のためのガイドライン」が盛り込まれるなど,現在,「実践型」の医師育成が進む。より臨床に近い診療を経験することに,医学生の関心も高く,実践に臨む場は学内にとどまらない。その期待に応える取り組みの一つに「闘魂ホスピタルケア東京」(以下,「闘魂HC」)がある。東京城東病院総合内科(江東区)が主催するこの研修は,医学生が病棟や救急処置室で,診察や基本的な手技を行う。大人数の講義や見学中心になりがちな臨床実習では得られない経験ができるのが大きな魅力だ。実際にどのような研修が行われ,なぜ医学生は「闘魂HC」に集まるのか。本紙では,その取り組みと,背景を取材した。


 白衣に着替えて病棟へ出れば,医学生ではなく“現場の医師”になる。「失礼します。○○さん,体調はいかがですか」。東京城東病院の「闘魂HC」に参加した医学生は,緊張した手つきで聴診・触診を行い,入院する70代男性患者の身体所見を取る。後ろに控える和足孝之(わたりたかし)氏(同院総合内科副チーフ)が,聴診で呼吸音を聞いた医学生に「coarse crackles? それともfine crackles?」と質問すると,医学生は首をかしげた。そこで和足氏は血圧計を持ち出し,腕に巻くバンドのマジックテープを剥がす音を聞かせてfine cracklesを表現。「詳しい病態生理まで理解しておくといい。家に帰ってから勉強しよう」と声を掛けた。「エピソード記憶は多く残る。実際の患者さんの症例から質問を重ねることで,医学生に何がわかっていないかを気付かせている」と和足氏は指導のポイントを語る。

超実践型の現場実習が卒前と卒後のギャップを埋める

 次に向かったのは,電子カルテを閲覧する部屋。和足氏は先ほどの患者について,30分以内にプロブレムを最低5つと,治療のプランを挙げるよう指示し,「一人にするからね」と言い残して部屋から出て行った。

 「闘魂HC」は,同院総合内科チーフの志水太郎氏が主宰する実践型の現場実習だ。医学生らが丸一日病棟や救急処置室に立ち,臨床医の監督,指導の下で患者の診療を経験できる。大学で行われる臨床実習とは独立した形で,超実践型の実習が市中病院の有志の医師らによって行われているのだ。同院では,志水氏が赴任した2014年11月から始まり,1日最大2人の医学生を月-金曜の間,毎日受け入れている。「より実践的な卒前の実習で,現場に出る前後のギャップを埋められる」と志水氏は期待を込める。

写真 (1)病棟回診で聴診を取る医学生(中央)と和足氏。「闘魂HC」では医学生が安全に診療を実施できるよう,必ず後ろで臨床医が見守る。

 取材日,「闘魂HC」に挑戦していたのは,患者を総合的に診る小児科医や総合診療医を志す医学生(4年生)。大学での臨床実習前に現場をいち早く経験してみたいとの思いから応募したという。

 「では挙がったプロブレムリストについてプレゼンして。あなたの情報を基に,私も治療方針を考えるよ」。先ほどまで電子カルテを前に思案していた医学生に,和足氏が声を掛ける。医学生は,カルテを書くこともプレゼンを行うことも初めて。UpToDate®を用いながら,これまで学んだ知識を総動員して情報を伝える。「プレゼンは初めて? よく言えているよ。特に患者の社会背景にも触れた点はいいね。でも,もっと良いプレゼンにするには,何が問題かを最初のワンセンテンスに込めよう」。明るい雰囲気の中,やりとりが進む。医学生に今後の課題を次々に指摘するのは「力不足を感じさせることで次の学びのモチベーションにつながり,教育効果を高めるから」(和足氏)。このように「闘魂HC」では,臨床医からのポジティブ・フィードバックを通じて,医学生の学びが丁寧にサポートされる。

写真 (2)電子カルテから情報を集めてプレゼンを実施し,医師からフィードバックを受ける。

救急外来のファーストタッチも医学生が行う

 「発熱を主訴に80代男性が救急搬送され,まもなく到着する」。PHSに情報が入ると,医学生は志水氏と共に救急処置室へ急ぐ。患者が搬送されると,医学生は患者に声を掛けて様子をうかがう。救急搬送された患者のファーストタッチも医学生が実施する。焦りからかうまく言葉が出ず,志水氏に「もっと大きな声がいいよ」と促される。同行した家族とケアマネジャーにも話を聞き,搬送されるまでの経過を確認。体温や食欲の有無から採血・点滴を実施し,入院の要不要を判断することになった。穿刺を前に,志水氏が用意した血管代わりの駆血用のゴムチューブに,皮膚に見立てた紙をかぶせルート確保を即席でシミュレーションする。練習が終わると「針を刺しますね!」と患者に向かう。これは練習ではなく,本番そのもの。つい先ほどまでぎこちなかった声掛けも大きな声に変わる。看護師に手を添えてもらいながら,初めての穿刺が成功した。病棟看護師へ入院の引き継ぎを終えた医学生は,「穿刺は緊張したが,大学で行う機会はないので,良い経験になった。大学での講義や実習に向かう姿勢も変わりそう」と表情を引き締めた。

写真 (3)救急搬送直後にルート確保の手順を教える志水氏(右)。針の仕組み,血管のとらえ方,穿刺の角度など,短時間のやりとりでも,実践ならではの学びは多い。

卒前臨床実習を補完する役割

 「闘魂HC」の現場で行われる実践的な実習スタイルには,モデルとなる取り組みがある。それは2010年,筑波大附属病院水戸地域医療教育センター・水戸協同病院総合診療科において徳田安春氏(現・地域医療機能推進機構本部顧問)が始めた「闘魂外来」だ。当時医学生だった廣澤孝信氏(現・沖縄県立中部病院)が,徳田氏の日直・当直に同行したいと申し出たのが始まりだという。その後,指導に協力した志水氏らと共に,全国の医学生・研修医を対象に定期開催されるようになった。「闘魂HC」が入院患者の管理をメインとする一方で,「闘魂外来」は救急外来を主な舞台とする。指導医が後ろに控える中,医学生が,救急搬送されてきた患者に対し問診,診察,アセスメントに至る一連の診療を行う。そして,振り返りカンファレンスではプレゼンを行い,指導医から診療のアクションが妥当だったかのフィードバックを受ける。徳田氏は,「学生自ら診療に当たる,“診療主役型”というのが最大の特徴」と語る。現在では,医学生の申し込みが殺到するほどの人気ぶりだ。

 医学生の関心が集まる背景には何があるのか。近年,卒前教育では「診療参加型臨床実習」の充実が促進されているが,実際には“診療の見学”で終わってしまうことも少なくない。しかし,国試を終えて臨床現場に身を置けば,患者と向き合い,医師として適切な診療が求められる。卒後,臨床に出てすぐに,医師として動けるだけの教育を受けているのだろうか――。「闘魂HC」や「闘魂外来」は,そうした漠然とした危機感を抱く医学生の受け皿になっていると徳田,志水,和足の三氏は口をそろえる。「医療の現場はダイナミック。座学で得た知識がどれだけあっても,いざ患者が目の前に来たら動けないもの。医学生のうちに臨床に出て,身体で覚える経験は大きい」と徳田氏は意義を強調する。

“愛される医師”の心構えも

 ただ,志水氏はこうも話す。「私たちが伝えたいのは,ベッドサイドで活きる技術だけではない」。病院は医師の他,看護師や技師,医療事務などさまざまな職種が働いている。円滑な組織運営には他職種に対する医師の気配りが大切になる。「日常診療の場は多職種で成り立っていることを卒前から知ることで,他職種からも“愛される医師”としての心構えを身につけてほしいんです」と志水氏は力を込める。病棟に立たないと知り得ない雰囲気を,医学生自ら感じ取ることができるのが「闘魂HC」ならではの特徴なのだ。

 通常業務と並行して教育を行うことに医師の負担感はないのか。相手は研修医ではなく,経験も技術も乏しい医学生である。前出の和足氏は,「業務と教育はセットと考えているので手間に思うことはない。むしろ“教えることは二度学ぶこと”。相手のレベルを見極めて経験と知識を言語化することは,自分の研鑽にもなりますね」と意に介さない。志水氏も「指導することで医学生がどんどん成長するのは見ていてうれしい」と笑顔で話す。

 たった1日でも,臨床を「主役」として経験することで,医学生は自分にできることとできないことを自覚する。そのインパクトにより,これから何をすべきか,学習へのモチベーションが上がるに違いない。一連の「闘魂」実習は,徳田,志水両氏による他施設への「出前講座」も行われ,各地に広まりつつあるという。「類似の活動が広まれば,『闘魂』は発展的に解消されることもあるだろう」(志水氏)。卒前教育の“補完機能”として行われる取り組みだが,医学生の真のニーズをくむために医学教育はどう応えていくべきか,そのヒントにもなり得るだろう。

写真 左:週に1度「闘魂HC」の指導にも訪れる徳田氏。右:「『闘魂』を経験すると学生生活が大きく変わる」と語る志水氏。

◆「闘魂HC」参加の申し込み・問い合わせは,jotosec@gmail.com(メールを送る際,@は小文字にしてご記入ください)まで


◆「闘魂」を経験した研修医の活躍


目からうろこが落ちる経験の数々

廣澤 孝信(沖縄県立中部病院 後期研修医(卒後4年目))


 筑波大医学部の5-6年次に,同大附属病院水戸地域医療教育センターでの臨床実習において,病歴聴取と身体診察の重要性を学ぶ機会がありました。その後,第1回水戸医学生セミナー(2009年)に参加した際,その当時毎月第1土曜日に当直をしていた徳田先生に,厚かましくも懇親会の場でご指導をお願いしたのが,私の「闘魂外来」参加のきっかけです。

 正確には「闘魂外来」と命名される前でしたが,とにかく実践的でした。病歴と身体診察からアセスメントをして,プランを立て,徳田先生にプレゼンを行い,フィードバックしていただくという,今考えても大変貴重な経験でした。それまで机上でしか学んでいなかった自分にとって,主訴や病歴,身体所見から鑑別診断を挙げるという発想そのものがなかったため,教えの一つひとつに目からうろこが落ちるようなインパクトがありました。また,徳田先生のジェネラリストとしての所作は,医師としての一歩を踏み出す前の自分にとってとても強烈で,今でも脳裏に焼き付いています。

 その後も,有志の同級生や後輩と共に,徳田先生の毎月の当直に参加しては稽古をつけていただき,そうしたものが「闘魂外来」のプロトタイプとなっていきました。多くの先生方や同志,他分野の方々とも交流を深める機会を得ることができ,モチベーションの向上と視野を広げることができました。

 初期研修を開始してからも,「闘魂外来」での実践的な経験が生きています。特に,救急センターのような,多忙を極める研修の中で,限られた時間内に最善のDecision Makingを求められる場面では,当時のトレーニングがよりどころとなっています。「闘魂外来」での経験は,現在の自分の医師としてのまさに“源流”と言えます。


「闘魂HC」で磨かれた臨床力

寺田 教彦(筑波大学附属病院 水戸地域医療教育センター・水戸協同病院 初期研修医(卒後2年目))


 「闘魂外来」を知ったきっかけは,勉強会や実習でお世話になっていた大学の先輩に誘っていただいたことです。学部4年次に初めて参加した際,単に診療の見学のつもりでいたところ,徳田先生に「では,診察してください」といきなり言われ,緊張しながら患者さんに問診や身体診察を行ったことを覚えています。素晴らしい総合診療医の先生方から,直接診察の指導を受けることで,学習に対するモチベーションも高まり,その後も機会があるたびに参加しました。

 外来では,問診や身体診察にとどまらず,どのような検査を行うかを自分で考え,検査で得たデータをその場で解釈。さらに追加の検査内容を考えたり治療のプランを立てたりし,患者さんへの説明もしました。検査や治療が必要な場合は,指導医の指導の下,医学生も静脈・動脈採血や腰椎穿刺,静脈ルート確保などを実施しました。

 その後参加した「闘魂HC」では,入院後のマネジメントを学びました。実際の臨床現場ではどのような知識や技術が必要なのか,また多くの職種の方々と連携を取って診療に当たる大切さを体験できました。どちらの研修も,目の前に患者さんがいるため,一切妥協をせずにベストの診断・診療を行う必要に迫られるので,医師としての責任感も身についたと思います。

 終了後は,診察した患者さんの病態をUpToDate®で調べたり,書籍を読んだりして知識を補充。大学の臨床実習でも,次に自分がこの手技をどう行うのか,準備する器具や注意すべきポイントは何かを,常にイメージして臨めるようになりました。

 初期研修医になってからも,「闘魂外来」「闘魂HC」で学んだ診察の基本の型や手技がすぐに活用でき,診療もスムーズに進められています。

 多くの知識や技術を習得できたこと以上に,徳田先生や志水先生の診療現場での患者さんへの態度や,患者さんにとってのベストな診療を最後まで考え抜く姿勢を間近に見られた経験は今も大きいです。診療や治療に関して共にディスカッションできる友人たちと出会えたことも財産になっています。

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