医学界新聞

2015.02.02



Medical Library 書評・新刊案内


正しい膜構造の理解からとらえなおす
ヘルニア手術のエッセンス

加納 宣康 監修
三毛 牧夫 著

《評 者》三澤 健之(慈恵医大准教授・外科学/慈恵医大附属柏病院 外科副部長・手術部長)

ヘルニア診療に対する信念と情熱が伝わってくる良書

 著者のヘルニア診療に対する信念と情熱までもが伝わってくる圧巻の一冊である。本書は,長年,第一線で実地臨床と若手教育に携わってきた外科医師による入魂の書であるといえよう。本書にはヘルニアに関する言葉の定義から,分類,歴史,発生学,解剖,診断,治療に至るまで,ヘルニア学のおよそ全てが収められている。しかも各項における著者の理論展開は合計475編という膨大な量の参考文献の精読に基づいているため,若手外科医のみならずベテラン外科医にとってもヘルニアに関するあらゆるエビデンスを知ることができる内容となっている。近年,へルニア修復用の類似のデバイスが相次いで登場し,それに踊らされるように安易に治療方針を変更する向きがある中で,本書のような体系的な成書を通じてヘルニア学の奥の深さをあらためて認識することはことさら重要であろう。また,本書の特色としてもう一つ忘れてはならないのが,著者の知人の筆によるシェーマの美しさと精密さにある。ここにも著者の強いこだわりがうかがえる。

 本書は,基礎編と応用編に分かれる。

 基礎編はヘルニアを扱う上で,しばしば誤解されやすい言葉の定義や使い方についての解説から始まる。また,腹腔内の内ヘルニアを理解する上で欠かせない発生学や腹壁の膜構造,腸管回転と腸間膜との関係についても明快なシェーマとともに実に簡潔・明快な解説がなされている。さらにヘルニアの結果として引き起こされる腸閉塞症にまで言及し,そこにあるわが国と欧米との考え方の相違点を指摘するとともに,今後,わが国の外科学を海外に向けて発信するためには言葉の定義を世界標準に適合させる必要があることも強調している。

 応用編では鼠径ヘルニア,大腿ヘルニア,腹壁ヘルニアに加えて傍ストーマヘルニア,骨盤壁ヘルニア,腹腔内内ヘルニアといった,頻繁ではないが,日常診療で遭遇した際に診断・治療のdecision makingに迷う疾患も取り上げている。鼠径ヘルニアの項では本書の3分の1以上の頁を割いて,精緻な解説が展開されている。特に解剖用語の定義に関する考察は著者の真骨頂といえる。また,術式の詳細はstep by stepで注意点とともに緻密に解説されており,読み応えがある。さらに,本書ではSide Memoと称して17個の興味あるトピックスが差し込まれており,大いに耳学問的勉強になったと個人的に感謝している。

 なお,鼠径部ヘルニアの分類に関しては,数多ある中から,European Hernia Society(EHS)分類を重視している。国内外を問わず,他施設間でヘルニアの治療成績をディスカッションする上で,共通の指標がなくては議論にならない。したがって,ヘルニアに関する分類(個別化)は必須のものと考えられる。そして,それは著者の指摘のとおりよりシンプルなほうが良い。これらの考え方を十分踏まえた上で,最近,日本ヘルニア学会が独自のヘルニア分類(JHS分類)を考案し,現在,国内で広く用いられるに至った。本書でもJHS分類の紹介とそれに関する考察があればさらに良かったのではないだろうか。

 『ヘルニア手術のエッセンス』と題した本書ではあるが,実際の内容はエッセンスどころか,ヘルニアを学問として幅広くそして緻密に分析している。その研究姿勢はまさに科学者そのものである。本書はヘルニア学を学ぶための臨床医必携の教科書であるのみならず,外科医は自然科学者であるという,つい忘れがちな事実をあらためて再認識させてくれる真の良書である。

A4・頁212 定価:本体9,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01927-9


解剖と正常像がわかる!
エコーの撮り方 完全マスター

種村 正 編

《評 者》遠田 栄一(三井記念病院検査部部長)

技術習得に必要な知識を網羅超音波検査ビジュアル入門書

  超音波検査の第一人者である種村正先生の熱き思いが伝わる教科書が誕生しました。読み進めていくうちに,いやはや驚きました。初学者の入門書のかくあるべき姿がここにあったからです。

 超音波検査は非侵襲的かつ短時間で多くの情報を得ることができるため,日常診療では必須の検査法となっています。しかし,本法は全く臓器の見えない体表からプローブを当てて,ある目印を頼りに検査担当者が自らの手で異常を探すという技術を必要とする検査法です。この技術をマスターするためには解剖学や病態生理学はもちろん,プローブの当て方,装置の調整法などを系統立てて覚えていくことが必要となりますが,指導者のいない施設では難しいと言わざるを得ません。

 本書はこうした方を対象に「見たらわかる。読めばもっとわかる」をコンセプトに多くの写真とわかりやすいシェーマを駆使し,初心者でも超音波の撮り方が学べるように配慮された教科書です。第I章の総論ではプローブの種類と持ち方,装置の調整法などを実際の写真と超音波画像を並べて,装置に触れたことがない方でも簡単に理解できるように解説しています。第II章からの各論では多くの初心者が難しいと感じる断面設定法(撮り方)を,プローブを当てている写真,解剖図,超音波の画像とそのシェーマの4点をセットにし,超音波のビーム方向と臓器の位置関係が一目でわかるように工夫しています。この点が本書の最大の特徴であり,その試みには友人としてエールを送りたいと思います。

 本書のもう一つの特徴は,全ての筆者が各分野の第一人者であるということです。経験に裏打ちされた撮り方のコツや知っておくべきポイントを,簡潔明瞭な文章と「ワンポイントアドバイス」「ピットフォール」などで惜しげもなく伝授しているため,ページをめくるのが楽しくなること請け合いです。また,各分野の最後に掲載されている日常でよく遭遇する症例の写真や所見,観察のポイントは実践書としても使えるため,初心者にとってはうれしい限りです。

 本書は全領域の超音波検査の撮り方をマスターするのに必要な基礎知識や実践的な技術,検査の進め方などが網羅されたビジュアル入門書です。臨床現場の初心者のみならず,学生の実習テキストとしても大いに活用できると思います。

 正しい超音波検査の技術習得をめざしている皆様に,ぜひとも推薦したい撮り方の教科書です。

AB判・頁272 定価:本体5,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-02018-3


キーストンのトラベル・メディシン

岩田 健太郎 監訳

《評 者》徳田 安春(地域医療機能推進機構(JCHO)本部顧問)

実践力を付けながら教養も身につくテキスト

 トラベル・メディシンのバイブルである「キーストン」が岩田健太郎氏監訳で,ついに日本上陸を果たした。「トラベル」は日常化し,われわれの周りの人々やわれわれ自身は普通に国境を越えて地球上を移動しており,帰国者や渡航予定者,そして外国人を診察する機会は増えてきている。一方で,トラベルに関連する臨床医学には,予防接種や旅行者下痢症,マラリアなどの感染症関連分野だけでなく,生理学的・病理学的・機械物理的・精神医学的機序によるさまざまな病気も含まれている。これらはプライマリケア医がカバーすべき分野であり,いまやトラベル・メディシンはエキスパート・プライマリケア医にとって必須の分野となってきている。

 2014年10月,米国テキサス州ダラスにおいて,米国内で初のエボラ出血熱を発症した男性は,入院の2日前に病院救急室を訪れたが,風邪と診断され帰宅しており,その後入院し,最終的に死亡した。このケースでは,救急室の初療医は渡航歴を確認していなかったらしい。一方,わが国は,地球温暖化の健康影響を懸念する評者の以前からの予想が不幸にも当たり,デング熱発症地域となった。新興・再興感染症の知識はジェネラリストにとり重要となり,この「キーストン」が必須のテキストとなるであろう。

 実践的な予防,診断,治療の知識や指針が豊富な「キーストン」は,科学的なエビデンスの範囲をきちんと示しており,関連する文献も網羅したスタンダードなテキストの特徴を備えている。旅行者との面接法やトラベルクリニックの立ち上げやメンテナンスなども有用だ。それでいて,読み進めていくと,リベラルアーツ的な社会科学や自然科学のブロードな分野の英知を動員していることにも気付く。特に,「特別なニーズをもつ旅行者」や「特殊な旅程の旅行者」「環境面からみたトラベル・メディシン」「旅行中の健康問題」などの章では,さまざまな学問分野の知識がインテグレートした形で記載されており,実践力もつけながら教養も身につくというぜいたくなテキストとなっている。

 このような内容のうち評者が特に興味深いと感じた内容をほんの少しだけ下記に列挙する。

●旅行中の死亡原因で多いのは交通事故,心臓突然死,溺死
●感染症で死亡するリスクは意外に小さい
●ホテルのランクが高ければ高いほど下痢症の予防処置が十分というわけではない
●旅行者の10%が新たなセックス・パートナーを得,約半数は無防備性交
●高官保護医学(dignitary protection medicine)ではVIP高官旅行団のトラベル・ミッションやアジェンダも考慮して臨床判断を行う
●国際養子縁組の小児患者では栄養評価と精神心理的サポートが重要
●VFR(visiting friends and relatives)旅行者は感染リスクが高い
●メディカル・ツーリズムで術後合併症が起きると問題がかなり複雑化する
●機内キャビン環境での呼吸器系病原体の感染リスクはそれほど高くない

 さらには,個人的にとても役に立ったのは第51章の「個人の安全と犯罪の回避」。現地でのホテルやバー,街路での行動などの科学的アドバイスが有用。最後に,岩田氏の本領である「脚注」とオヤジギャグを含めた「はじめに」は,いつもながら楽しめた。すごいテキストが上陸したものだ。

A4変型・頁624 定価:本体16,000円+税 MEDSi
http://www.medsi.co.jp/