正しい膜構造の理解からとらえなおす
ヘルニア手術のエッセンス

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外科医にとって必修とされるヘルニア手術は、基本的手術だからこそ奥が深い。本書では、発生学に基づいた正しい膜構造の理解をベースに、術式の原典までさかのぼり、ヘルニア手術を深く精緻に考察していく。用語の定義・臨床解剖から各部位別の手術手技まで、美しく明快なイラストとともに懇切丁寧に解説した手術アトラスであり、読者の知的好奇心を刺激する。若手はもちろん、ベテラン外科医にも新たな気づきを与えてくれる1冊。
監修 加納 宣康
三毛 牧夫
発行 2014年07月判型:A4頁:212
ISBN 978-4-260-01927-9
定価 9,900円 (本体9,000円+税)

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    2022.12.22

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監修者序

監修者序
 私は長年外科医として生きてきて,数多くの弟子を育ててきましたが,鼠径ヘルニアおよび大腿ヘルニアに関しては,昔からの知識,手技に慣れてしまって,つい日頃の勉強を怠ってしまいがちです。私がこの分野で新たに一生懸命勉強をしたのは,腹腔鏡下手術をこの分野に導入した1990年代前半のことでした。この新しい手技の導入にあたり,この分野のパイオニアの一人としての責任から当時は必死に勉強し,手技の開発・改良に心血を注ぎました。
 しかし,最近の10年間を振り返りますと,全くの勉強不足を実感し,恥じ入るばかりです。
 その点,本書の著者である三毛牧夫部長は,常に新知見を求め,最新の論文を読破するのみならず,その過程で常に多くの論文に引用されている原著にあたり,原著者の意図をくみ取る努力を続けています。近くにいて,その情熱には圧倒される思いです。100年以上前に出版された論文でも,あらゆる手を尽くして探し出し,目を通してからでないと納得しません。その姿勢はまさに修験者を思わせるものです。
 そんな生き様を見せている三毛部長が,今回,医学書院のご厚意により,『正しい膜構造の理解からとらえなおす ヘルニア手術のエッセンス』を上梓いたします。本書では,鼠径・大腿ヘルニアに対する基本的治療法を,発生学的にみた正しい筋膜構成の考え方に基づいて詳述しました。また,現在までのさまざまな手術法については,原著を中心に据えて記載しています。
 若い外科医達にとって,新しい手技の習得のみならず,外科医として永遠に続く基本姿勢を学ぶうえでも大変参考になる,刺激的な一冊になっていることは間違いありません。
 さらに,鼠径・大腿部以外のヘルニアについては,現時点での治療法の考え方,間違った理解のしかたも含めて,その論拠となる論文を交えて本質を解き明かしています。
 著者は本書を通じて,今みずからの行っている手術に甘んじている多くの外科医たちに,「今行っている手技が理想的なものかどうか常に省みて,自分の手技を再認識するためにsound scientific principlesを用いてみずからを検証してみませんか」という提言をしたかったと述べています。それを具体化したものが本書です。
 臨床解剖については,すでに前著である 『腹腔鏡下大腸癌手術-発生からみた筋膜解剖に基づく手術手技』(医学書院,2012)の中で十分に記載されておりますので,同書を傍らに置いて参考にしながら本書を読んでいただけると,さらに理解が深まると確信し,おすすめいたします。
 本書が年齢,経験年数に関係なく,すべての外科医にとって新たな勉強への一助になることを祈っております。

 2014年6月吉日
 亀田総合病院 副院長,外科顧問,内視鏡下手術センター長  加納宣康



 外科学は,decision makingと臨床解剖の学問である。こう言うと,当然と考える外科医は多いであろうが,現実は異なる。
 Decision makingとは何か。外科の疾患のdecision makingは,診断で終わってしまうわけではなく,患者の症状が刻々と変化するなかで,Aの選択をすればよいのかBの選択をすべきなのかを考え,決定を下していくことである。AとBのevidence(あえてこの言葉を使用する)が外科医の頭になければ,decisionは,確かなものとはならない。さらにAとBの選択しか持ち得ない外科医には,それ以外のdecisionはできない。たとえば,ある臓器の手術において,本当は多くの術式があるにもかかわらず,たった2つの術式しか選択できないとすると,患者にとってその2つ以外がベストである場合,患者が不利益を被ることになる。したがって,正しいdecision makingを行うためには,あらゆる術式の枝を持ち合わせ,その良し悪しを判断できなくてはならない。常に患者をいかに治療するかの哲学をもち,臨床に則したdecision treeの枝を多く蓄積することにより,患者の得るものは大きく,外科医の価値も上がる。病態の基礎を押さえ,病態全体を理解してから疾病に向かうのが外科治療であることを理解する必要がある。
 臨床解剖については,拙著 『腹腔鏡下大腸癌手術-発生からみた筋膜解剖に基づく手術手技』(医学書院,2012)に十分に記載したが,まず外科学とは定義に基づいた「言葉」によって確立された総論の上にあるべきであることを強調したい。そのうえで,手術手技の基礎となる臨床解剖が必要となる。そして,手術手技の基礎となる視認に耐えうる臨床解剖を「発生学的」に理解することで,はじめて新しい外科医の誕生といえる。

 さて,本書では,鼠径・大腿ヘルニアに対する基本的治療法を,発生学的にみた正しい筋膜構成の考え方に基づいて詳述した。また,現在までのさまざまな手術法については,原著を中心に据えて記載した。さらに,鼠径・大腿部以外のヘルニアについては,現時点での治療法の考え方,間違った理解のしかたも含めて,その論拠となる論文を交えて論じた。間違ったヘルニアの概念についてもできるだけ私の考えに則りエッセンスを加えた。実は「ヘルニア」を書きながら,日々行っている手術に甘んじている多くの外科医たちに,「今行っている手技が理想的なものかどうかを常に省みて,自分の手技を再認識するためにsound scientific principlesを用いてみずからを検証してみませんか」との提言をしたかったのが本音である。本書が,少しでも読者の方々のdecision treeの枝を増やし,正しい臨床解剖の理解に基づいた手術を行っていただくためのお役に立てれば,望外の喜びである。

 最後に,恣意的な文章にもかかわらず,校正・指導をしてくださり,大きな心で見守ってくださった副院長の加納宣康先生に厚く御礼申し上げます。そして,私の原点を教えてくださった,亡くなられた元癌研究会附属病院外科部長 高橋 孝先生にも,本書を捧げ厚く御礼申し上げます。さらに,日々の手術において一緒に仕事をしてくれている同僚の医師ならびに看護師や技術スタッフの方々にも深く感謝いたします。
 姉 直子の心尽くした看護にもかかわらず,天国に行ってしまった母 康にも本書を捧げます。この2年間オリジナルのイラストを作成してくださった,兄 巧の友人でもある青木出版工房の青木 勉氏に御礼申し上げます。さらに,このように仕事に十分に専念できるのは妻 千津子の支えのおかげでもあります。
 今回,本書を上梓する機会を与えてくださった医学書院の伊東隼一氏,飯村祐二氏,筒井 進氏に感謝いたします。

 2014年6月 房総の初夏の南風を感じながら
 亀田総合病院外科  三毛牧夫

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基礎編
  はじめに
  I 言葉の定義-ヘルニア
   1.剥離・切離と癒合・癒着
   2.胎生期の腹膜配置・体壁
  II 腸管回転と腹膜,癒合
  III 腸閉塞症
   1.言葉の定義
   2.small bowel obstruction(SBO)の頻度の変遷
   3.SBOの診断とその定量化
  IV ヘルニアをみずからが作らないために
  -腹壁瘢痕ヘルニアを通してなぜ腹壁縫合のevidenceを学ばないのか
   1.開腹術
   2.閉腹のポイント
   3.閉腹の手順
  V メッシュに関する知識と考え方-利益相反
  VI すべてのヘルニア術式は原論文・原著書に戻らなくてはならない
   おわりに
   文献

応用編
 A 鼠径ヘルニア
  I 鼠径部の臨床解剖
  II Hesselbach三角と外側三角
  III 下腹壁動静脈とヘルニアの種類
  IV 鼠径大腿部の動静脈と死冠
  V 腹腔内から見た鼠径・大腿ヘルニア手術の理解-特に解剖の簡略化について
   1.腹腔内鼠径・大腿部の解剖の簡素化
   2.腹腔内から見た各ヘルニア修復術
   3.考察
  VI ヘルニア手術の古典的三原則
  VII 現在のヘルニア手術での混乱
  VIII 手術適応-ヘルニアの個別化は必要か
   1.EHSの鼠径部ヘルニアの分類
   2.各ヘルニアの修復術の個別化
   3.考察
  IX 手術手技
   1.位置と配置
   2.皮膚切開
   3.皮下組織の切開
   4.外腹斜筋腱膜の切開
   5.外鼠径輪の位置
   6.神経の温存
   7.鼠径靱帯の露出と精索の位置
   8.精索のテーピング
   9.内ヘルニア合併の有無と鼠径床脆弱化の有無の検索
   10.内鼠径輪部への剥離
   11.精索内からのヘルニア嚢の剥離分離
   12.ヘルニア嚢の結紮・切離
  X 鼠径管再建法
   1.Lichtenstein法(Lichtenstein repair)
   2.pure tissue repairに関する基本事項
  XI 創の閉鎖と皮膚縫合
   1.外腹斜筋腱膜の縫合
   2.皮膚の縫合
   3.皮膚接着剤とガーゼの利用法
  XII 腹腔鏡下ヘルニア修復術-再発・特殊症例における鼠径ヘルニアに対する手術
   1.腹腔鏡下手術
   2.腹腔鏡下手術に必要な解剖
   3.手術の実際
   4.考察
   文献
 B 大腿ヘルニア
  I 診断
  II 解剖
  III 手術適応
  IV 手術手技
   1.皮膚切開
   2.皮下組織の切開法
   3.大腿窩の露出
   4.外腹斜筋腱膜の切開
   5.精索のテーピング
   6.外鼠径ヘルニアの合併の確認
   7.鼠径床の切開
   8.大腿輪でのヘルニア嚢の剥離
   9.鼠径部におけるヘルニア嚢の剥離とテーピング
   10.大腿輪の開大
   11.内鼠径ヘルニアへの変換
   12.ヘルニア嚢の開放-大腿窩で行うか,鼠径靱帯頭側で行うか
   13.ヘルニア嚢内容の状態の確認
   14.ヘルニア嚢の閉鎖
   15.大腿輪および鼠径床の補強
   16.創の閉鎖と皮膚縫合
  V 考察
   文献
 C 腹壁ヘルニア
  I 総論
   1.腹壁の基礎的解剖
   2.定義と分類
   3.ヘルニア修復術におけるメッシュ位置の定義
   4.腹腔鏡下腹壁ヘルニア修復術の基本的概念
   5.考察
  II 臍ヘルニア
   1.発生と解剖
   2.定義と診断
   3.手術法のevidence
   4.手術法
   5.考察
  III 上腹壁ヘルニア(白線ヘルニア;epigastric hernia)
   1.症状と病態
   2.病因
   3.手術法
  IV Spiegelian hernia
   1.病因
   2.発生学的病因
   3.外科解剖
   4.手術法
  V 腰ヘルニア
   1.発生学的病因
   2.解剖学的構造
   3.分類
   4.手術法
  VI trocarsite hernia(port-site hernia)
   1.分類
   2.予防法の考え方
  VII 腹壁瘢痕ヘルニア
   1.定義
   2.手術手技の設定
   3.ヘルニア分類とメッシュ使用法の分類
   4.ヘルニア分類の実際とその結果
   5.手術法
   6.考察
   文献
 D 傍ストーマヘルニア
   1.定義
   2.発生メカニズム
   3.分類
   4.手術法
   5.予防のための手術法
   文献
 E 骨盤壁ヘルニア
  I 閉鎖孔ヘルニア(obturator hernia)
   1.閉鎖孔の解剖
   2.診断
   3.非観血的還納法
   4.手術法
  II 膀胱上窩ヘルニア(supravesical hernia)
   1.解剖とヘルニア分類
   2.診断
   3.治療
  III 坐骨ヘルニア(sciatic hernia)
   1.解剖
   2.診断
   3.治療
  IV 会陰ヘルニア(perineal hernia)
   1.解剖
   2.治療
   文献
 F 腹腔内内ヘルニア
  I 総論
   1.結腸と結腸間膜の基本
   2.臨床所見と診断
   3.言葉の定義と分類
  II S状結腸間膜が関与する内ヘルニア
   1.結腸と結腸間膜の基本
   2.S状結腸の定義
   3.S状結腸間膜とその癒合およびS状結腸間陷凹
   4.S状結腸間膜が関与する内ヘルニアの定義と鑑別
   5.治療
  III 横行結腸間膜が関与する内ヘルニア
   1.胃と横行結腸との関与-特に横行結腸中央部での関係
   2.横行結腸間膜が関与する内ヘルニアの考え方
   3.治療
  IV 傍十二指腸ヘルニア(paraduodenal hernia)
   1.歴史
   2.発生
   3.治療
  V 大網ヘルニア(omental hernia,epiploic hernia)
  VI 子宮広間膜ヘルニア(hernia of the broad ligament of the uterus)
   1.原因と分類
   2.病態
   3.治療
  VII Winslow孔ヘルニア(hernia through the foramen of Winslow)
   1.解剖と発症機序
   2.治療
  VIII 盲腸周囲ヘルニア(pericecal hernia,paracecal hernia)
   1.解剖とヘルニア分類
   2.治療
  IX 肝鎌状間膜裂孔ヘルニア(hernia involving the falciform ligament)
   1.解剖
   2.形態と治療
  X 腸間膜ヘルニア-特にTreves’ field pouch hernia
   1.解剖
   2.分類
   3.治療
  XI mesodiverticular vascular bandによるヘルニア
   1.発生と解剖
  XII 後天性腹腔内内ヘルニア-特にPetersen’s hernia
   1.Petersen’s herniaの概念
   文献

欧文索引
和文索引

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ヘルニア診療に対する信念と情熱が伝わってくる良書
書評者: 三澤 健之 (慈恵医大准教授・外科学/慈恵医大附属柏病院外科副部長・手術部長)
 著者のヘルニア診療に対する信念と情熱までもが伝わってくる圧巻の一冊である。本書は,長年,第一線で実地臨床と若手教育に携わってきた外科医師による入魂の書であるといえよう。本書にはヘルニアに関する言葉の定義から,分類,歴史,発生学,解剖,診断,治療に至るまで,ヘルニア学のおよそすべてが収められている。しかも各項における著者の理論展開は合計475編という膨大な量の参考文献の精読に基づいているため,若手外科医のみならずベテラン外科医にとってもヘルニアに関するあらゆるエビデンスを知ることができる内容となっている。近年,へルニア修復用の類似のデバイスが相次いで登場し,それに踊らされるように安易に治療方針を変更する向きがある中で,本書のような体系的な成書を通じてヘルニア学の奥の深さをあらためて認識することはことさら重要であろう。また,本書の特色としてもう一つ忘れてはならないのが,著者の知人の筆によるシェーマの美しさと精密さにある。ここにも著者の強いこだわりが伺える。

 全212ページからなる本書は,基礎編と応用編に分かれる。

 基礎編はヘルニアを扱う上で,しばしば誤解されやすい言葉の定義や使い方についての解説から始まる。例えば「剥離と切離」あるいは「癒合と癒着」といった普段あまり気に留めることなく繁用される用語の違いが述べられている。また,腹腔内の内ヘルニアを理解する上で欠かせない発生学や腹壁の膜構造,腸管回転と腸間膜との関係についても明快なシェーマとともに実に簡潔・明快な解説がなされている。さらにヘルニアの結果として引き起こされる腸閉塞症にまで言及し,そこにあるわが国と欧米との考え方の相違点を指摘するとともに,今後,わが国の外科学を海外に向けて発信するためには言葉の定義を世界標準に適合させる必要があることも強調している。加えて「ヘルニアをみずからが作らないために―腹壁瘢痕ヘルニアを通してなぜ腹壁縫合のevidenceを学ばないのか」と題して,開腹術や閉腹術のポイントを紹介している点には感心させられた。ヘルニア治療を考える前に,まず外科医として腹部手術の合併症である腹壁瘢痕ヘルニアを起こさないための努力を怠ってはならないという当然の,しかし忘れられがちな問題点についての鋭いメスが加えられており,私自身も大いに反省させられた。

 応用編では鼠径ヘルニア,大腿ヘルニア,腹壁ヘルニアに加えて傍ストーマヘルニア,骨盤壁ヘルニア,腹腔内内ヘルニアといった,頻繁ではないが,日常診療で遭遇した際に診断・治療のdecision makingに迷う疾患も取り上げている。

 鼠径ヘルニアの項では本書の3分の1以上の72ページを割いて,精緻な解説が展開されている。特に解剖用語の定義に関する考察は著者の真骨頂といえる。「ヘルニア嚢の高位結紮の高位とは何を指標とするのか」「19世紀にドイツのHesselbachが唱えたHesselbach三角は本来,大腿輪も含んだ領域であったが,鼠径靱帯の頭側のみがHesselbach三角鼠径靱帯の頭側のみがHesselbach三角と呼ばれるようになってしまった。いつからそうなったかは定かではない」などのくだりは何とも興味深い。解剖に関する解説は常に臨床(=手術)を意識しており,腹腔鏡下手術を考慮しての腹腔内からみた局所解剖も実に詳細に記されている。

 鼠径部ヘルニアの分類に関しては,数多ある中から,Nyhus, Archen, European Hernia Society(EHS)分類を重視している。国内外を問わず,他施設間でヘルニアの治療成績をディスカッションする上で,共通の指標がなくては議論にならない。従って,ヘルニアに関する分類(個別化)は必須のものと考えられる。そして,それは著者の指摘のとおりよりシンプルな方が良い。これらの考え方を十分踏まえた上で,最近,日本ヘルニア学会が独自のヘルニア分類(JHS分類)を考案し,現在,国内で広く用いられるに至った。本書でもJHS分類の紹介とそれに関する考察があればさらに良かったのではないだろうか。

 本書における術式の詳細は,体位,皮膚切開から精索のテーピング,ヘルニア嚢の結紮・切離とstep by stepで解説され,Lichtenstein法,Marcy法,iliopubic tract repair法,Bassini原法,McVay法,Shouldice法,さらに腹腔鏡下修復術について注意点とともに緻密に解説されており,読み応えがある。近年,鼠径部ヘルニアの治療で大きなウェイトを占める,メッシュを用いたいわゆるtension-free法については,Lichtenstein法に焦点が絞られている。確かに「EHSではLichtenstein法が推奨されている」し,私自身もLos AngelesにあるLichtenstein Hernia Instituteを訪問してAmid医師にLichtenstein法の手ほどきを受けた経験があり,従来から本法の合理性・有用性を高く評価している。しかし,現実的にはわが国においては,他の術式,例えばメッシュ・プラグ法なども広く行われていることから,Lichtenstein法以外の術式に対する著者の考えもぜひ知りたいと感じた。

 大腿ヘルニアについても診断,解剖,手術適応に触れた後,シンプルでわかりやすいシェーマを用いて術式の説明を行っている。続いて,腹壁ヘルニアの項では,とかく混乱の多い「腹壁ヘルニア修復術におけるメッシュ位置の定義と表現」に関して,EHS working groupによる明快な図を紹介し,解説を加えている。主に腹腔鏡下修復術について記載されているが,2014年にInternational Endohernia Society(IEHS)から腹腔鏡下腹壁ヘルニア修復術に関するガイドラインが発表されているため,関連するエビデンスについては併せて参考にするとより理解が深まると考えられた。その他,汚染手術となり得る,傍ストーマヘルニアに対する考え方,治療に難渋することの多い閉鎖孔ヘルニアや膀胱上窩ヘルニア,比較的珍しい坐骨ヘルニア,会陰ヘルニアについても簡潔な解説が加えられている。最後に腹腔内内ヘルニアに関しては基礎編で述べた発生学を考慮しつつ,再び「言葉の定義と分類」に触れ,S状結腸間膜,横行結腸間膜,傍十二指腸,大網,その他,部位別に内ヘルニアの原因,病態,治療法について述べている。

 本書ではSide Memoと表して,「鼠径ヘルニアの偽還納」「女性の鼠径ヘルニア」「巨大鼠径ヘルニア」「減張切開の重要性」「鼠径靱帯は切断してはいけない」「Amyandヘルニアとde Garengeotヘルニア」「腹腔ドレナージチューブの挿入の原則」「re-entrant hernia」など,17個の興味あるトピックスが差し込まれており,大いに耳学問的勉強になったと個人的に感謝している。

 『ヘルニア手術のエッセンス』と題した本書ではあるが,すでに述べたように,実際の内容はエッセンスどころか,ヘルニアを学問として幅広くそして緻密に分析している。その研究姿勢はまさに科学者そのものである。本書はヘルニア学を学ぶための臨床医必携の教科書であるのみならず,外科医は自然科学者であるという,つい忘れがちな事実をあらためて再認識させてくれる真の良書である。
過去の多数の文献を正確にひもといたバイブル的教科書
書評者: 早川 哲史 (刈谷豊田総合病院副院長)
 外科学の黎明〈れいめい〉期から今日までに変わることのない大原則は,正確な解剖の理解です。われわれ外科医師が安全で質の高い手術を行うためには,過去の歴史の真実をひもとき,正しい解剖を認識した手術手技を完成させなければなりません。近年では従来認識できなかった腹壁解剖も次第に解明されており,内視鏡外科手術の導入により手術法や手術手技もさらに多様化しながら変化しています。鼠径部や腹壁ヘルニアは個々の症例ごとに手術前の状態や解剖の状況が異なり,完全に定型化した手術が行えないことが多々あります。基本的な腹壁解剖を熟知した上で,個々の症例に見合ったヘルニア手術を完遂させ,患者様にとって短期的にも長期的にも高いQOLが維持できる手術を提供する必要があります。

 わが国で1990年代に内視鏡外科ヘルニア修復術が開始された当時は,不鮮明な暗い2次元画像による手術でした。現在では鮮明な高解像度画像や3D画像の手術が可能となり,鼠径部や腹壁解剖が腹腔内から解明されつつあります。これまで認識できなかった微細な膜構造や神経・血管走行が認識できる時代となり,数々の新しい知見が得られています。それに伴い,多彩な解剖学的用語や数々の解剖認識についての相違が報告されています。今後この異なった用語を統一する方向で検討しながら,正しい腹壁解剖を認識した術式を普及させていくことが重要です。この20年以上の歴史の中で腹壁ヘルニアに対する内視鏡外科手術での手技は大きな変遷が見られますが,まだまだ質の高い手術手技が普及しているとは思えません。2014年の診療報酬改定により日本での内視鏡外科手術数も大きく増加しています。今後ますます多様化していく鼠径部や腹壁ヘルニア治療の手術手技に向かって,若い外科医師はさらなる努力と勉強が必要となります。

 本書は過去の多数の文献を正確にひもとくことで,鼠径部や腹壁の解剖を詳細に記述し,手術手技や歴史も解説した一つの重要なバイブル的教科書といえます。若い内視鏡外科医は本書のような教科書を熟読し,過去から引き継がれて発展してきた手術手技や解剖を十分理解し,現在も解明されつつある新しい知見を得ながら,さらに新たな時代を開拓していただきたいと思います。
明解な臨床解剖が印象的な,熟練外科医もハッとする書
書評者: 執行 友成 (医療法人社団涼友会東京ヘルニアセンター・執行クリニック院長)
 副題として「正しい膜構造の理解からとらえなおす」とあり,流行の腹腔鏡下ヘルニア修復術の著書かな? と思い読ませていただきました。まず基礎編では,言葉の定義から始まり,胎生期の腸回転による膜構造の図解など,正しい臨床解剖について解説されており,日常臨床として鼠径へルニアを専門として外科治療を行っている私にとって基本に帰ることのできる流れには感嘆の一言です。腹腔鏡手術が主流になりつつある昨今は,どこから切開をすれば正確な手術が可能であるかの判断をできない中堅・若手が横行する可能性があり,切開線の重要性と皮膚縫合の重要性をご教示いただける内容となっています。

 応用編の「A. 鼠径ヘルニア」のセッションでは,引き込まれるように一気に読破できる明解な臨床解剖がひときわ印象的であり,すぐに役に立つ,そして熟練の外科医がハッとする著書と感じました。
 私とはアプローチの手法は少し異なりますが,「A-IX-11. 精索内からのヘルニア嚢の剥離分離」の段はぜひとも読者にはもう一度理解をしていただきたいところだと思います。p46に「内精筋膜(横筋筋膜の続き)とヘルニア嚢(腹膜の続き)との間には,腹膜下筋膜浅葉と深葉が存在するはずである。この浅葉と深葉の間に精管・精巣動静脈が存在する。したがって,精索内にヘルニア嚢が存在するときはその分だけ精索が分厚くなっている」とあります。私のアプローチは著者とは違い,一気に精索をヘルニア嚢と一緒に挙上はしませんが,前方から挙睾筋を走行に沿って分離をすると,その下方には必ず内精筋膜,浅葉が存在します。そこで精巣動静脈は深葉を残しつつヘルニア嚢を分離すれば,おのずから残った物がヘルニア嚢であり,その剥離層を内鼠径輪へ向かって行けば簡単に前腔へ到達でき,直下に下腹壁動静脈が露出されます。本書の明解な腹膜前筋膜の解説は,無駄な操作と過剰な剥離をせずに深葉をヘルニア嚢(腹膜の続き)につけたまま,前腔に到達できることを示されており,これまでになかったより臨床的なヘルニア嚢の剥離・分離の素晴らしい解説書であると思います。私の弟子たちにうまく伝えることができなかった解剖を一気にご説明いただけたことに感動しました。このような解剖の知識は腹腔鏡下手術でも全く同様の基本的事項であり,万人が共有すべきことです。

 「C. 腹壁ヘルニア」の解説で特筆すべきはp106の図98です。「腹壁ヘルニア修復術におけるメッシュ位置の定義と表現」についてあらためて整理整頓されており,外科医としての基本的事項を再確認させていただきました。

 鼠径へルニアをはじめとしたヘルニアの解説書は多く出ておりますが,本書は臨床を重視した著書として,一読ではなく必読すべきものと感じました。

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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。

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