医学界新聞

対談・座談会

2015.01.26



【対談】

今こそ看護研究は飛躍の時!
取り組むべき課題,受け継ぐべき思いとは?
太田 喜久子氏(慶應義塾大学看護医療学部長・教授)
真田 弘美氏(東京大学大学院医学系研究科教授)


 世界に先駆けて超高齢社会を迎え,さまざまな健康課題に直面している日本。臨床現場からも多元的なケアの開発が求められており,看護学研究者に寄せられる期待は大きいと言える。こうした中,2014年7月には日本学術会議健康・生活科学委員会看護学分科会より,提言「ケアの時代を先導する若手看護学研究者の育成」(以下,提言)1)がまとめられ,若手研究者育成に向けた方策が示された。

 本紙では,提言作成に同分科会委員長の立場で携わった太田喜久子氏と,日本の看護研究を牽引し,かつ後進育成にも尽力されてきた真田弘美氏の2氏による対談を企画。日本の看護研究の現状と課題を再確認していくとともに,看護学のさらなる発展の道を探った。


真田 昨年7月に出された提言を拝読し,感動して太田先生にすぐにメールを差し上げました。看護学教育に携わる一人として,私自身,この提言を心待ちにしていました。近年,日本の看護研究が,世界から取り残された状況にあることに危機感を抱いており,それを打開する必要性を感じていたのです。

太田 創傷を主軸とした老年症候群に対する看護研究において,第一線で活躍される真田先生にそう言っていただけると心強いです。

 日本が直面している健康課題を解決していくには,多様な形のケアの開発が求められており,そのためにも若手看護学研究者の育成は欠かせません。真田先生は日本における看護研究の現状をどのように見ていますか。

超高齢社会を迎えた日本だからこそ伝えられること

真田 まず,発表される論文数が少ないことは問題でしょう。日本は看護学の大学教育化が短期間で進み,大学数は1990年と比較して20倍以上に増えています(註1)。現在では,概算で学部生の約20人に1人が大学院へ進学しており,もっと論文が出てきてもいいと思うのですが,論文数はそれほど増えていません。

 世界各国との比較からもその状況は明らかです。看護系の英語論文数をPubMedでfirst authorに絞って検索してみると,世界で年に約6000本出ており,その半数以上は米国からの発表でした。米国を除くと,英語圏であるオーストラリア,カナダ,英国が多く,東・東南アジア圏では台湾が多くなっています。日本からの英語論文数も徐々に増加しているとはいえ,韓国や中国,トルコやイランといった他のアジアや中東圏と比較すると,論文数の増加幅は小さい(2)。現在のところでは中国や韓国とも同程度の発表数ですが,こうした傾向に鑑みると,数年のうちに逆転される可能性は高いと思います。

  国別看護系論文数の推移(米国,英語圏除く)
参考文献2を参考に作成,検索条件は以下の通り。
・Key words: nurs*[ad] NOT review Limit: English
 [ad]=First authorの所属
・Period: 2008.1.1-2012.12.31(Result by year)

太田 私たちは日本の看護を世界に伝えていく力を,もっとつけていかなくてはならないとあらためて考えさせられますね。

真田 私は常々,日本の看護師のケアの質は世界一だと感じています。患者さんに寄り添って信頼関係を築いていく心配りや,患者さんのニーズを汲み取り,それに応えていく力は他の国にはないものです。

 また,世界に先駆けて超高齢社会を迎えた日本だからこそ,伝えられる新たなケアもあるはずです。私たちはそうした日本の看護を世界に発信していく責任があるし,その役割を若手の方々にも積極的に担っていただくことを期待したいです。

“育てる側”が果たすべき役割

太田 提言内で取り上げた調査から,若手研究者が研究に取り組むには,環境が整えられていない現状がよくわかりました。

 日本はもともと博士号を有する看護学研究者が少ない状況がある中,看護系大学が急激に増加し続けてきたため,修士課程,博士課程を修了した若手研究者はすぐに教員になることが求められてきました。その結果,研究者として十分にトレーニングされないまま,実習や演習指導などの教育業務に多くの時間を割かれる事態が生まれ,研究を継続できず,論文を出すことも困難になる――。彼らはそうした厳しい環境に置かれています。

真田 研究者,特に若手研究者が研究に専念したくても,そうできない現状は残念でなりません。日本の看護研究の内容を見ても,実態調査やツール開発の割合がまだまだ多いようです。この点からも,実験研究や介入研究など,より多くの時間と労力を要するような研究に十分に注力できていないという環境や体制の厳しさの一端が垣間見えるのではないでしょうか。

太田 研究を推進していくためのその他の課題として,科研費などの研究費の獲得があまり進んでいないことも,分科会では挙げられました。科研費の応募数は年々増加し,採択数も増加してはいるものの,採択率をみると実はあまり変わっていません。1課題当たりの平均獲得額もほぼ横ばいの状態なのです。今後は申請数だけでなく採択率の向上を図ること,助成額の大きい科目への申請数を増やし1課題当たりの獲得額を増やしていくことが必要になると思います。

真田 その点に関しては,若手研究者を“育てる側”の果たすべき役割が大きいと思います。つまり,どう頑張れば助成額の大きな研究費を獲得できるのか,それによってどのような研究が可能になるのかを,後進に見せなければなりません。

 私たちの研究室も,今年は新学術領域,基盤研究(S)と(A),挑戦的萌芽研究(註2)の4つを申請しました。実は,看護の領域から新学術領域と基盤研究(S)を申請した研究者は過去に一人もいません。採択は非常に難しいとわかっていますが,誰かが実績を作っていかねばという思いもあって挑戦したんです。

太田 素晴らしいですね。新学術領域への挑戦に関しては提言でも取り上げた点です。現代の複雑化した健康課題の解決には,「異分野融合研究」による多元的なケア理念の構築と,それを具現化するための理論・方法論の開発が不可欠だと考えています。そのためには看護学の枠組みを基盤とした上で,個別の研究領域・研究方法論に依存しない「モード2科学」などの領域越境型の方法論を用いて,研究を進めていくことのできる研究者が必要になるでしょう。

新たな技術に挑戦し,看護学の理論を創りだす

真田 他分野との融合研究は,世界でも散見されます。看護系英文誌の中でインパクトファクターの高い雑誌である『Oncology Nursing Forum』誌や『International Journal of Nursing Studies』誌では,「セロトニン輸送遺伝子と術後副作用の関係」,「唾液コルチゾールとQOL」,「胃管チューブ挿入位置確認における信頼性の検討;pH測定と検診」といった,分子生物学や生理学などの異分野との融合による研究も出てきています。研究内容から考えても,やはり日本の看護研究は新たなチャレンジの時期を迎えていると言えるでしょう。

太田 異分野との融合と言えば,真田先生です。さまざまな領域の方々と連携した研究を実践されていますよね。

真田 ええ。看護の研究フィールドから生じた疑問に対してシーズを見つけ,産学連携によって臨床で使えるツールを開発し,また新しい課題を抽出するという,トランスレーショナル・リサーチの円環を作る研究を行ってきました。

 一例としては,褥瘡予防のための振動機器の開発に至った研究があります3)。褥瘡は皮膚の血流減少によって生じるものです。そこで,ベッドを振動させることで血流を増加させ,褥瘡を予防できないかと考えました。

 この仮説を証明する手法はまずは動物実験しかなかったので,他大学の形成外科の先生にマウスの扱い方から習って実験を行いました。ただ,実際に実験をしてみると,振動強度によっては血流量が減少してしまうことがわかったのです[PMID: 20103887]。

太田 振動を与えすぎても駄目なのですね。では,血流を増加させる適切な振動数はどのようにして発見したのでしょう。

真田 電車に乗っているときの振動がヒントになりました。あるとき,電車の揺れが気持ちよくて寝過ごしてしまったことがあったのですね。非侵襲的であるばかりか,逆に心地よいくらいの揺れ具合,「これこそ“看護”じゃないか」とひらめいた(笑)。「この振動数ならいける!」と直感しましたね。

太田 すごいですね! それで実際に効果は証明できたのですか。

真田 はい。さらに作用...

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