新春随想2015(井村裕夫,高久史麿,山本紘子,矢野晴美,鶴田修,筒井真優美,増田寛也,五十嵐隆,福井トシ子,中室牧子,野村真波,片桐一男,尾身茂)
2015.01.05
2015年
新春随想
第29回日本医学会総会とわが国の医学・医療――なぜ今変革が求められるのか
井村 裕夫(京都大学名誉教授/第29回日本医学会総会会頭)
日本医学会総会は明治35(1902)年に始まり,4年に1回開催されて本年の総会で29回を数えることとなる。総会が始められたのは医学の専門分化が進む中で,専門の異なる医師が集まって議論するためであったとされている。もちろん明治時代とは異なって,現在の医学では細分化が一層進んでおり,異分野間の議論は極めて難しくなっている。しかし他方では,広い知識を持って患者に接することができる総合医ないしは家庭医を求める声が高まっている。テレビで放映された『ドクターG』が人気を集めたのも,患者と話し合う中で診断を進める総合医,いわゆるナラティブな医療への期待を表していると考えてよいであろう。
それでは今なぜ総合医が求められるのであろうか。それはわが国の社会の変化,特に人口構成の変化とかかわっている。現在わが国では少子化と高齢化が急速に進み,医療費と介護費の高騰が深刻な問題となりつつある。戦後のベビーブーマーは本年で全て65歳以上になっており,いよいよ本格的な高齢社会に入ったといってよいであろう。しかも高齢者を支えるべき若い世代は年々減少しているので,誰が医療費と介護費を支えるのか,そのために医療をどのように効率化していくのかが問われている。高齢者は複数の疾患を抱えていることが多く,そのため総合医の存在が必要となるわけである。特にわが国では人口構成の変化に人口の移動を伴っており,若い人の首都圏への人口集中が続いていて,近い将来消滅の危機にある自治体は相当数に上ることが指摘されている。こうした中で,人口が減少する地域の医療を支えるのは,総合医と緊急の場合の搬送体制の確立であろう。
最近「2025年問題」という言葉が,時々用いられている。それは戦後のベビーブーマーが全て75歳を超えるのが,2025年だからである。75歳を超えると一人当たりの医療費は急増し,介護が必要な人も増加する。消費税を増やしても,到底追い付かないことは明らかである。それまでの間にわが国の医療制度を変えて持続可能なものにしない限り,わが国の医療制度が,そしてひいては社会が崩壊の危機に直面するであろう。残された時間は,それほど多くないのである。
第29回の医学会総会のプログラム委員会は,こうした認識のもとに「医学・医療・きずな」という3つの分野で20の柱を立て,重要な課題を選定した。例えば「医学」の分野の中には,再生医療,リハビリテーション,先制医療(個の予防医学)など,高齢社会における重要課題が含まれている。また少子化が進む中で,子どもの心の発達をどう支えるのか,増加しつつある心の病気にどう対応するのかも課題である。また新しい医療技術を開発し,それを速やかに臨床に適用していくためのトランスレーションや,臨床研究も取り上げられる。最近わが国で問題となっている不祥事に対する反省も込めて,今後一層臨床研究を推進していくことが求められているからである。また,がん,認知症などの高齢社会におけるコモン・ディジーズの最新の知見が紹介される。
「医療」の分野における重要課題は,わが国の医療・介護制度の在り方,医療技術の評価と医療資源の配分,医療におけるITの活用,周産期・小児医療,在宅医療などである。医師の偏在は,地域の間のみでなく専門分野間にも見られるので,これらはいずれも重要な課題である。日本のどこにおいても安心して出産と子育てができるようにするためにどうすればよいか,また自宅で人生の最期を迎えられるようにするために何をなすべきかが議論される。
さらに「きずな」の分野では,医療人の育成の問題,死生学,災害と医療などを取り上げる。この分野には特に看護師,臨床薬剤師などの医療のパートナーのみでなく,一部のセッションでは患者の代表にも参加してもらうし,学生だけのセッションも設けている。すでに近畿地区の医学部,看護学部,薬科大の学生が,夏休みに泊まり込みで議論してくれているので,その報告を聞くのも楽しみである。若いときから,広い視野で医学・医療の在り方を見ることのできる人を育てることが目的だからである。このようにいくつかの側面で,従来の医学会総会よりも,さらに社会に開かれたものにしたいと考えている。
従来,医療は医師,看護師など,医療供給者の問題であった。しかしこれからの医療には,社会全体の参加が必要である。社会のさまざまなセクター,自治体,企業,NPO法人,町内会,そして最後には個人が健康づくりに参加することによって,初めて健康で,内容の豊かな長寿が達成できる。そうした社会をどう構築していくのか,それが大切な設問である。ぜひ多くの人に本年の医学会総会に参加していただいて,この問いへの答えをそれぞれに考えていただきたい。
法人化された日本医学会
高久 史麿(日本医学会長)
日本医学会は1902年に16の分科会によってスタートしたので,既に113年の歴史を有していることになる。その後加盟する分科会の数が年々増加していたが,第2次大戦後,GHQの要請に基づき,日本医師会の定款第10章40条(当時)で日本医師会の中に日本医学会を置くことになった。それ以後,日本医師会の中で日本医学会が運用されることになり,その状態が70年近く続いた。その間日本医学会と日本医師会とのインディペンドコーディネーションなどの主張があったが,私は2005年の定例評議員会で日本医学会と日本医師会との関係を今後,慎重に検討する必要を述べた。それを受けて日本医学会の中に「あり方委員会」が作られ,各分科会にアンケートを求めたところ,大部分の学会から日本医学会の法人化に賛同する意見が寄せられた。その結果を受けて,11年5月に当時の原中日本医師会長,横倉副会長をはじめとする日本医師会の執行部の先生方と日本医学会の役員との話し合いがもたれ,日本医学会の法人化について了承が得られた。その後医師会長になられた横倉氏から,法人化の延長のご要請があった。しかし13年8月,10月に開かれた日本医学会臨床部会,基礎部会,社会部会で14年に法人化することが決議された。ただ,法人の名称は日本医学会連合となった。日本医師会の中の日本医学会は存続し,既存の委員会は現在の形で存続することとなった。日本医学会連合は,
1)常置委員会として(1)企画運営会議,(2)日本医学会連合あり方委員会,(3)総務委員会,(4)財務委員会,(5)研究倫理委員会,(6)研究推進委員会
2)時限委員会として(1)日本医学会総会あり方委員会,(2)プロジェクト委員会
を設け,運営を開始している。
また,法人化することによって,日本医療安全調査機構,日本専門医機構などの重要な組織の正式な社員となることとなった。このことも法人化の利点といえよう。日本医学会と日本医学会連合の役員は同一であり,両者が学問的な面で日本医師会を全面的に支持することには変わりがない。
将来日本医師会の定款が変更され,現在の2本立ての体制でなくなることを希望している。
女性医師が就労を継続するための提案
山本 紘子(並木病院院長/公益社団法人日本女医会会長)
1999年に男女共同参画社会基本法が施行されて15年余り,政権が変わるたびに女性の社会進出促進が唱えられ,医療界においても医師不足改善のために女性医師が継続して就労・活躍することが期待されています。
最近では院内保育の充実や勤務時間の短縮,ワークシェアリング,当直免除など,確実に女性医師の勤務環境は改善され,最も問題とされている社会全体あるいは男性の意識もじわじわと改革されつつあると思われます。
そのような状況でも就労を困難にする最も大きな要因は,教育を含めた子育ての問題と女性医師自身のモチベーションにあると思われますが,これらは最終的にはそれぞれの価値観に左右される問題でしょう。
国民が立派な次代を育てることを期待されているとすれば,医師不足の折ではありますが,一時子育てに専念する選択も是であり,医業でなく他の仕事で,社会に貢献していればそれも佳でしょう。しかし,一度離職をすると時代に遅れたと考え,復帰するのを躊躇する傾向は否めません。
そこで新年の提案です。ヒポクラテスが「Art is long」と言った「Art」,つまり「ベッドサイドの診察技術」を復活させましょう。
筆者が詳細な病歴聴取と聴打診・神経診察をすると,決まって患者さんは「こんなに丁寧に診てもらったことはない」と言われます。診察室で医師は何を診ているのでしょう? 知っていても実行しなければ絵に描いた餅です。
卒前・卒後教育で,診察技術を自家薬籠中のものにしておけば,一時,離職しても自信を持って外来診療ができ,復帰プログラムなどなしに再就労が容易です。また外来診療を手掛かりに支援される立場から支えを必要とする仲間を支援する立場に転換し,地味ですが,男女共同参画を確実に前進させたいものです。
医学部開国のススメ――国際医学部の創設に向けて
矢野 晴美(筑波大学医学医療系教授)
現在,世界中のヒト,モノ,情報の行き来がますますさかんになり,実質上,国境がなくなっている。医学教育においては,カリキュラム改革や交換プログラム,グローバルヘルス教育の推進などで,これまで以上に医学教育機関同士での人的交流がさかんになってきた。医療者には朗報であるが,学生も教官も自分に最適な教育環境を自由に選択できる時代に到達している。日本の医学部もこのような時代の恩恵を十分に享受するため,私は“医学部の開国”をススメたい。ゼロベースで“国際医学部”の創設をススメたい。
ボーダーレスな,フラットな社会背景の中では,さまざまな文化背景を持った医師がその他の医療者と協力して働くスキルや,さまざまな背景の患者を理解して診療にあたるスキルは,医療者として重要な能力(コンピテンシー)となっている。こうしたスキルや経験は,従来の大教室での講義や病棟見学では身につけられない。多様な学生,多様な教官との切磋琢磨,多様な患者の診療を実体験することにより,“自分の感性で体感”する必要がある。多様性との遭遇は自己成長にも関連し,他者を尊重しつつ自己の意見を明確に述べるなど医学を越えた一般的なスキルの向上にもつながる。
多様な人材と切磋琢磨することは,日本の国際競争力を自然と高めることにもなる。国際社会におけるさまざまな取り決めは会議によることが多い。そうした場で鋭い洞察による質問や明快な発言をすること,国際的な背景を基にして論理的で説得力のある提言や提案ができることは,世界でリーダーシップをとるためには不可欠である。
“医学部の国際化”により,同質化した組織から多様な人材が集うグローバル組織へ変貌することは,STAP細胞をめぐる日本の基礎研究での大きな課題の克服,企業との癒着による臨床研究不正問題の解決の糸口ではないだろうか。
2020年の東京オリンピックは大きなチャンスである。日本がさまざまな点で世界中から注目される瞬間である。医療も含めあらゆる側面で多様性への対応が求められる。この機会を追い風にして,国全体で,“21世紀の開国”をめざしたい。“全世界公募”によって学生および教官・スタッフが切磋琢磨する国際医学部は日本が進むべき医学教育の道であると確信する。
看護における先達たちの業績と,われわれに残されたさらなる発展への課題
筒井 真優美(日本赤十字看護大学教授)
米国における代表的な看護理論家として,以下の先人たちが挙げられる。1914年にテキサス州で生まれ,20代後半から看護学の探究のために大都市ニューヨークで勉学を続け,宇宙の看護を唱え続けたロジャーズ。看護学校を卒業後,働きながら大学を修了し,87歳になっても実践を追求し著作の第6版を世の中に刊行したオレム。1960年代に言葉も通じず,命の保障もないニューギニアのガッドサップ族と生活を共にして異文化における看護を一人で探究したレイニンガー。40代でヒューマンケアリングセンターを設立し,1990年代後半コロラド大の学部長時には自身が事故に遭い,精神的にも肉体的にも苦痛を伴った療養生活を送り,療養直後に夫を亡くしてもなお,ケアリングを探究し続けているワトソンなどだ。
1960年代,日本でも臨床家が集まり看護理論の著作物を翻訳し始め,訳者の前書きや後書きで次のように記述している。「論文に表されている思想は,看護が自ら汗を流しながら生み出してその価値を社会に問うた努力の結晶であり,いわば看護にとって大切な共有財産であって,看護に関与する者,看護に興味を持つ者誰もがこれと自由に接し,これを利用する機会が与えられなくては嘘である」1)。「本書の計り知れない魅力に取り付かれながらも,途中で何度か翻訳を断念してしまいそうになったのは,著者のこれほどまでに厳しい学問的態度に圧倒され,自分たちのあまりにも粗雑な思考方法ではとても歯が立たないことを痛感させられたからである。それでも何とか最後まで耐えてきたのは,まだ学問的に未開拓な看護の分野であればこそ,このような厳しい探究の姿勢が要求されるのであり,それなくしては看護独自の学問の発展など考えられないのだ,という悲壮なまでの確信に支えられてのことである」2)。
築かれた遺産をいかに後世に伝えていくのか。実践の科学である看護学がどのように発展してきたのか,われわれに残されたさらなる発展への課題は何か。これらは,2015年春に出版予定の『看護理論家の業績と理論評価』(医学書院)に掲載される。本書は翻訳ではなく,約30人の日本における看護者が,看護学への情熱を持ってこの課題に迫るべく,看護学発展の歴史をたどり,看護学および看護...
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