SBARから始める職場の安全風土づくり(浅香えみ子,石松伸一,鴇田猛)
対談・座談会
2014.08.25
【鼎談】 | |||
石松 伸一氏 聖路加国際病院 救命救急センター長・副院長 | 鴇田 猛氏 亀田医療技術専門学校副学校長 | 浅香 えみ子氏 獨協医科大学附属越谷病院 看護副部長=司会 |
チーム医療が進み,多職種協働で動く場面が増えている今,円滑な言葉のやり取りがますます欠かせなくなってきています。救急の現場や患者の急変時など,迅速な対応が求められるときこそ,チーム内の確実なコミュニケーションが必要になります。このときにエラーが重なると医療事故へと発展しかねません。では,患者を守る医療安全文化をどのように醸成すればいいのでしょうか。本号では救急の現場を中心に活躍してきた医師・看護師の3人に,報告・伝達をスムーズにするコミュニケーションツールの活用や,コミュニケーョンエラーを防ぐ組織の作り方について語っていただきます。
浅香 医療事故の3分の2はコミュニケーションエラーが原因と言われます。ちょっとした会話の食い違いさえも大きな事故につながる危険性をはらんでいるわけです。迅速な判断を生かす的確なコミュニケーションは,あらゆる医療の現場で求められます。では,コミュニケーションエラーが発生しにくい環境を医療者はどのように作り上げていけばいいのでしょうか。臨床の場面でも,特にスピードとチームワークが求められる救急の現場での経験が豊富なお二人に,まずはスムーズに対処できたときのポイントを伺ってみたいと思います。
石松 トラブルなく対処できたときというのは,チームに一体感があり,心地良い感じで終わるものです。しかし,バタバタした対応になってしまうと,疲労感ばかりが残ってしまう。「この違いって何だろう」と考えてみると,スムーズに進んだときというのは,役割分担が自然になされていて,指示に対するやり取りがしっかりできています。
浅香 「うまくいった」というときは,心地良さがありますね。チームでやるべきことを把握できていれば,ノンバーバルコミュニケーション状態でも次に何をするかが共有でき,そのまま静かに過ぎていきます。多くを話さずとも意思が伝わり,良いアウトカムにつながったときは,チームのメンバーの達成感も高まり,自分の価値観も変わりますね。
鴇田 確かに,うまくいっているときはメンバーの口数も少なく,まさに「阿吽の呼吸」で進みますね。誰かが大声を出しているときは,リズムが悪い証拠です。口数が少ないチームというのは,かなりチームトレーニングができていると言えます。
どう防ぐ?コミュニケーションエラー
浅香 逆にうまくいかないときにはどのような原因が考えられますか?
鴇田 ひとつの要因としては,チーム内のスタッフにレベルのばらつきがあり,細かくフォローしきれない場合があります。ある程度熟達した看護師であれば,次はどうなるか判断できるところも,キャリアの浅い看護師では判断力が不十分なため,“指示待ち”の姿勢になりがちです。すると,看護師同士,次々と指示が飛び交ってしまい,急変対応時の“リズム”がちょっとずつ遅くなってしまう。
浅香 レベルのばらつきによる小さなコミュニケーションエラーの積み重ねが流れを悪くし,最悪の場合,医療事故につながってしまうわけですね。
鴇田 ええ,やはり仕事中のリズム感というのは,それぐらい大切な要素だと思います。ですから,チーム内に経験の浅い看護師がいれば「そんなに慌てなくていいよ」「いまの指示については確認できてる?」と声を掛け,皆で支援しようと気を配る。するとチーム全体も落ち着き,バタバタしなくなるということを何回も経験しています。
浅香 周囲からのプレッシャーで変に緊張してしまうと,焦って本来できることもうまくできず,チェック漏れも出かねません。目配せ・気配せもできて,強すぎる緊張感に包まれない雰囲気があればコミュニケーションも円滑に進み,ミスも未然に防げますね。
石松 医師・看護師以外にも臨床検査技師や薬剤師など,いろいろな職種がいる場合であっても一体感を感じるには,お互いのことを気にかけたコミュニケーションを行う。これも欠かせませんね。
浅香 若手やベテラン,あるいは職種間を問わず,お互いを思いやれるような環境が理想であることはお二人の経験からわかりました。
一方,お互いの顔が見えない場面では,意思疎通のハードルがより高くなりかねません。例えば看護師が医師に電話連絡する場面を想定してみますと,報告する看護師と受け手の医師は,持ち場が異なります。すると,言葉のやりとりにも細かいニュアンスのズレが生じてしまいますね。
石松 医師としても報告に対しどのように指示を出せばいいか,悩ましい場面もあります。
浅香 看護師の報告の仕方によって,判断が変わってくることもあるのでしょうか。
石松 当直中ですと,他の外来患者さんに対応しているさなかに報告がくるので,焦ったり,ピリピリしたりしながら自分の仕事の優先順位を決めています。困ってしまうのはなかなか結論が見えない長い報告をする看護師さんです。「結局,どうしたらいいの?」と判断を下せない。一方,要点を押さえた報告,例えば「2階北病棟看護師の山田です。212号室のAさんが,息苦しさを訴えています。1時間前98%のSpO2が現在92%です。酸素投与の必要があると思います。至急,診察と酸素投与開始の指示をお願いします」というように,明快に言ってくれる方は,判断しやすいです。
浅香 “要領よく手短に”ですね。医療者にとって最優先すべきはもちろん患者さんの安全です。医療者間のやりとりで情報がうまく伝わらないと次のステップに進めず,患者安全が脅かされかねません。看護師は,自分の考えをしっかり医師に伝えるための報告の仕方を意識することが重要になると言えます。
急変の予兆を察知! 報告のポイントは適切なAssessment
浅香 医療者間のやりとりを円滑にし,チームの力を向上させるため,近年注目されているのが「Team STEPPS(チームステップス)」というフレームワークと,その中で提唱されているコミュニケーションツール「SBAR(エスバー)」です(MEMO)。看護師が急変前の徴候を見逃さず的確に医師に報告し,いかに急変を防ぐか。これこそがこれから看護師に求められる役割だと思い,SBARに着目した経緯があります。
一般的に,急変対応とは心停止になり蘇生が必要なレベルを指します。ところが,予期せぬ死亡の60-70%の症例では,心停止の6-8時間前に何らかの前兆が表れている。その前兆を看護師が察知し,医師にしっかり報告することで早期に対応でき,急変を防ぐことができると思っています。
鴇田 バイタルサインは変化していなくても,ちょっとした発話の変化や,ボーっとした印象,普段と顔色が違うといった,ある種感覚的なものも含め,何らかの徴候はありますね。患者に一番近い看護師がこまめに見ているからこそ気付くわずかな変化を,どうやって言葉として伝えられるかが大事です。
石松 急変が起こる前に,看護師が医師を動かす力をつけなければいけない,ということですね。
浅香 ええ。これまで,看護師から医師への報告のスタイルは個々人の経験知によるところが大きかったと言わざるを得ません。その点SBAR活用の利点は,観察した情報をどう報告へとつなげるかという枠組みがあらかじめ決まっており,その枠組みによって観察の視点が誘導されること,そして,一つの伝達方法をチームで共有できる点にあります。ですので,誰でもわかりやすく情報が伝えられるようになるのです。
急変の徴候を報告・伝達する上で特に大切になるのがAのAssessmentです。看護師は報告の際,「懸念がある」という少しボンヤリとした表現を使うことが多いのですが,数値に表れない段階で,患者の状況をどう適切に評価できるか,Assessmentの成否が医師への報告の際のポイントとなります。SituationとBackgroundは持っている情報を整理すれば簡単に伝えられるのですが,AssessmentとRecommendation,Requestは,トレーニングをして身につけなければならず,学習の必要があります。
鴇田 たしかに経験だけで習得するのは難しいですよね。そもそも,急変を経験する看護師というのは意外に少ない。救急救命士が心肺停止の患者に遭遇する確率は,東京都内であっても月に1回程度だそうです。ということは,病棟では年に1-2回程度。それを経験の積み重ねで身につけるというのは現実的ではありません。スポーツの団体競技であっても,個人の技術を磨くのはもちろん,それ以上にチームでの練習もたくさんしますよね。医療も一緒で,SBARをツールとしたチームでのシミュレーション学習などの“練習”を行うことで効果が上がると言えます。
石松 Assessmentがしっかりできるようになると,それに伴って,Recommendation,Requestはうまく伝えられるようになります。医師への報告を念頭に置けばAssessmentもしやすくなりますし,Assessmentがしっかりできれば,Recommendationも説得力を持ってくる。医師に対し,「すぐ診てほしい」のか,あるいは「朝までに1回診に来てほしい」なのか,Recommendation,Requestの使い分けがはっきりすれば,医師も動きやすくなるはずです。
医療者間のTeam STEPPS共有でSBARが生
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