日本における遺伝カウンセリングの今(田村智英子)
寄稿
2014.07.28
【寄稿】
日本における遺伝カウンセリングの今
認定遺伝カウンセラー制度開始から10年目の現状と課題
田村 智英子(胎児クリニック東京医療情報・遺伝カウンセリング室/順天堂大学医学部附属順天堂医院遺伝相談外来)
2005年に日本において遺伝カウンセラーの認定制度が始まってから,10年が経過しようとしています。最近では,新型の出生前検査の登場や遺伝性乳がんの遺伝子検査の話題に伴い「遺伝カウンセリング」という言葉を報道で目にすることも増えています。日本における遺伝カウンセリングはどのような状況にあるのか,現状と課題を俯瞰したいと思います。
「遺伝」「カウンセリング」という言葉の定義はあいまい
遺伝カウンセリングとは一般的に,遺伝性疾患や先天異常などについて心配や疑問を抱える方々に,医学的情報や情報資源,社会資源など様々な情報を提供するとともに,心理的,社会的支援を行うものとされています。遺伝カウンセリングの定義は複数知られていますが,以下は2006年に米国遺伝カウンセラー学会が提示したものです。
遺伝カウンセリングは,疾患に対する遺伝学的寄与のもたらす医学的,心理的,家族的影響に対して,人々がそれを理解し適応していくことを助けるプロセスである。このプロセスは,以下の3つの事項を統合的に組み入れたものである。(順不同)
(1)疾患の発生および再発の可能性を評価するための家族歴,病歴の解釈 (2)以下のことに関する教育:遺伝(遺伝形式や遺伝形質),検査,マネジメント,予防,資源,研究 (3)インフォームド・チョイス(情報を得た上での自律的な選択)とリスクや状況(疾患状況)に対する(心理的)適応を促進するための(心理)カウンセリング Resta R, et al. J of Genet Counsel. 2006;15 (2):77-83. ※カッコ内は筆者注釈 |
しかし実際にはさまざまな疾患領域で多様な実践が行われており,「これが遺伝カウンセリングだ」と示すのは容易ではありません。日本における遺伝カウンセリングは主に,臨床遺伝専門医(約1100人)や遺伝カウンセラー(認定資格保有者は約150人)によって実施されていると考えられていますが,これらの資格を持たない医療者が同様の話をしている状況も多々存在します。
そもそも「遺伝」という語の指す範囲が不明確です。日本では40年以上前から「遺伝相談」が行われてきましたが,これは子どもの先天的な疾患について広く相談にのるもので,扱う疾患は遺伝性疾患ばかりではありません。また,欧米の臨床遺伝専門医の多くは,遺伝性とは限らない先天異常症候群の診断を行う専門家です。出生前診断に関連して話題に上る「ダウン症候群」も,遺伝性疾患ではなく誰にでも起こりうることです。妊娠中の薬の服用や風疹感染などの影響によって生じる可能性のある先天異常について妊婦さんと話し合うこともありますが,これらはもはや,遺伝子の話ですらありません。生活習慣病などに関連した遺伝子やゲノムの解析研究が進む中,どんな疾患でも遺伝子にかかわる問題は広く遺伝カウンセリングで扱おうとする意見もあります。
また,「カウンセリング」という語の意味もあいまいです。心理職の行うカウンセリング理論に基づいた専門的な行為に限らず,「医師の丁寧な説明」や「医師の説明後に看護師がゆっくり話し相手になること」をカウンセリングと称しているケースも多々あります。米国遺伝カウンセラー学会の定義にあるように,「自律的な選択や心理的適応を促進するためのカウンセリング」をうたっていても,実際には「おうちでよく考えてきて」「ご家族で話し合って」と伝えて終わり,という状況もしばしば見かけます。
個人的な努力に頼らざるを得ない現状がある
筆者自身は,米国式の自立した遺伝カウンセラーとなるためのトレーニングを受けて帰国してから10年以上臨床に携わり,胎児や小児の先天異常から出生前診断,神経難病,代謝疾患,がんの遺伝の相談などに対応してきました。自分の仕事を振り返ると,遺伝カウンセリング実施者には,遺伝学の知識だけでなく,各種遺伝性疾患や先天異常の症状,自然歴,検査・診断,治療,さらに患者・家族の生活状況や心理的・社会...
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