医学界新聞

対談・座談会

2014.03.31

【対談】

女性医師がもっと輝くために

村木 厚子氏(厚生労働事務次官)
片岡 仁美氏(岡山大学大学院医歯薬総合研究科 地域医療人材育成講座・教授)


 フェイスブックのCOOシェリル・サンドバーグは,著書『LEAN IN』(日本経済新聞出版社)において,キャリア形成の道のりを「マラソン」に例え,走り続けてこそ見えてくるものがある,と説きます。また,希望するキャリアプランを実現するためには「はしご」のように一方通行でなく,「ジャングルジム」のような柔軟なルート取りができることが重要と述べています。

 辞めずに働き続けられること,個々人に合った働き方ができることは,女性医師が,出産,育児などのライフイベントと仕事を両立するために必須の要素でもあります。今回の対談ではまず,それらの要素を具現化すべく医療現場で,政策策定の場で進む取り組みについてご紹介します。さらに,少しずつ“働き続ける”ための環境が整いつつある今,そこから一段階進んで持つべき視点についても論じます。

 村木氏と片岡氏,それぞれ組織で責任ある立場に就く二人が考える,やりがいのある仕事を長く,楽しく続けていくための“術”とは――。一歩,踏み出すことの大切さをお伝えします。


片岡 今,日本の女性医師が医師総数に占める割合はおよそ19%。国際的に見ればまだまだ少ない状況ですが,近年では医師国家試験の合格者の3割が女性ですし,男女比がそのままであれば,2040年には医師全体でみても,3割が女性医師になる,といった試算も示されています1)

 ただ,女子医学生に話を聞くと「仕事と家庭をどう両立していけばいいのか」「結婚や出産はいつしたらいいのか」といった問いが次々と出てくるのです。これだけ女性医師が増えつつあるのに,20年前,医学生だった私と同じ不安を抱えていることに驚いて。先に社会に出た者としてできることがあるはずと,女性医師支援に取り組んでいるところです。今日は,行政の立場から働く女性の支援を手掛けられ,ご自身も家庭を持ちながら,キャリアを築いてこられた村木さんにヒントをいただけたらと思っています。

医師だからこそ,の難しさ

村木 日本の女性全体の現状を言うと,一人目の子どもの出産後,退職をする女性は6割に上り,30-40代にかけて労働力率が減少するいわゆる“M字カーブ”を描くことが知られています()。女性医師も,同様の状況があるのですか。

 日本女性の労働力率“M字カーブ”
日本の「働く女性」は2406万人で,雇用者総数の43.3%を占める(2013年)。“M字カーブ”は年々緩やかになっているが,欧米諸国に比べると,就業率自体の低さ,カーブの凹み度合いが目立つ(総務省統計局「労働力調査」より)

片岡 そうですね。データにもよりますが,女性医師の約4割が仕事の中断・離職を経験,その主な理由が出産や育児など女性特有のライフイベントにあることもわかっています2-4

村木 医師ならではの両立の難しさもありますものね。

片岡 ええ。医師の場合,当直や夜勤はもとより,特にオンコール体制で,受け持ちの患者さんの状態に合わせて動くことが求められます。

 帰ろうと思ったとたん,患者さんが急変してその後何時間も対応に追われたり,やっと帰宅できたと思ったら病院にとんぼ返りしたり,といった状況に対応しきれず「同僚にも家族にも患者さんにも謝って,こんなにしてまで働かなくてはならないのか」と,現場を離れざるを得ない方も多くいます。

村木 人命に直結する職業という点は大きいですね。

片岡 また,いったん現場を離れると,知識のアップデートはできたとしても,臨床スキルや現場感覚を取り戻すことが難しい。そのことが長期休業につながったり,非常勤やパートのような不安定な働き方で復帰せざるを得ない背景にあります。

 私の所属する岡山大病院も,もともと女性医師の数が少なかったこともあり,働き方も100%フルタイムか休職するか,という二択。ハンデを背負った女性医師が戻りやすい,働きやすい職場とはいえない状況でした。7年前,文科省の医療人GPに,女性医師支援のプロジェクトで採択されたことを機に,具体的な支援策を模索していくことになったんです。

「皆にメリットがある制度」を「トップダウン」で

村木 どういうことから始められたのですか。

片岡 当初は,女性の先輩から後輩へ経験や知識を伝えていけるサポートネットワークの構築や,現場感覚を取り戻せるようなシミュレーショントレーニングの実施などを考えていました。ただ「内々で仲良くなって盛り上がっているだけでは,問題は解決しない」という指摘をいただいて。「確かに,戻ってくる“場所”の確保が先決だ」と,柔軟な働き方ができる枠を院内に作りたいと考えました。

 とはいえ,多忙な医療現場において,例えばもともと5人の部署に,5人目としてフルに働けない人の枠を作っては,もし周囲が協力的でも,本人は肩身の狭い思いをすることは間違いない。ですから,あくまで増員というかたちで,その部署の“6人目”になって働いてもらうことにしたんです。

村木 いいですね。忙しい部署に短時間勤務の人を増員するなど,win/winの関係になるようにするとやはりうまくいきますね。

片岡 そうなんです。皆にメリットがある制度だとわかってもらうことが,まず重要だと感じました。

 最初は,「当直・オンコールなし」のみが条件の5枠で募集したところ,あっという間に埋まってしまって。同時に,「週3だったら働ける」「毎日来られるけど,お迎えがあるので16時で帰りたい」など多様な希望が出てきたんです。病院長に相談したところ「どれだけ需要があるかわからないから,希望はできるだけ取り入れて,人数もまずは上限なしで受け入れてみよう」ということになりました。

村木 すごい! トップダウンで実施するというのも,ポイントですね。

片岡 病院長に理解があったことは,プロジェクトをスムーズに進める上ですごく心強かったですね。

間口の広い制度が“他人事”をなくす

片岡 プロジェクトを3年間継続した結果,超短時間のケース,ほぼフル勤務のケースを取り混ぜて,常勤医の勤務時間換算でだいたい20人分の枠が必要,ということがわかりました。それを受け,2010年からは正式に制度化して,今日まで継続しています。これまでの利用者は80人を超えており,現在常時40人ほどがこの制度を利用しています(MEMO)。

村木 男性も利用できるのですか? 

片岡 今は,男女問わず利用できます。

村木 なるほど。本当にお手本みたいなやり方をしていらっしゃるなと,うらやましく思います。

 厚労省で働く人たちには,そうした「枠」があるわけではないのですが,ここ数年入省者に占める女性の割合が,3分の1を占めるまでに増えています。また,男性にも育児休業を推奨しており,1割以上が取得している。結果として,変則的な勤務をする人が常に一定割合いるようになり,イレギュラーな存在ではなくなってきたんです。

 すると「あの人だけ楽している」といった感情は薄まってきて,逆に「困ったときはお互い様」のような風潮が生まれ,すべてを組み込んだかたちで組織がスムーズに動き始める。そんなふうに感じます。

片岡 それはとてもよくわかります。間口の広い制度にすることで“他人事”でなくなるんですよね。

 休職経験者に「復職の際,何が一番大事か」を聞いたところ,上位を占めたのはハード面の整備よりも「周囲の理解」だったんです。当院でも復職者を支える「サポータークラブ」や,周囲の人への感謝を示す「サポーターアワード」などを設けていますが,理解を深めるのになにより効果的なのは,イレギュラーな働き方をする人が周囲に増えて,いつの間にかそれが普通の状態になっていることだと思うのです。

 実際私自身も,結婚はしていますが子どもはおらず,どちらかというとワーカホリックに働いてきた身です。ですから,子育てをしながら働いている人の悩みや苦労について頭では理解しているつもりでも,実感がなかなか得にくかった。支援制度ができて,一緒に働く機会が増えて初めて,その人たちの気持ちが本当に理解できるようになったかな,と感じているんです。

「チームで仕事を分け合う」 ことが普通になるといい

村木 政策的な話をさせていただくと,厚労省でも,病院の労働環境の改善についてここ数年検討を続けてきました。その議論の中で,労働環境を整えるためには,先ほどのお話にあったようにトップダウンで,病院全体の取り組みにすること,そしてもう一つ,「チーム医療」が鍵であるという共通認識が生まれています。チーム制というのは,女性医師の働きやすさにも直結するポイントですよね。

片岡 確かに,チームでカバーし合うことで,物理的な負担はもちろん,心理的な負担も大幅に減りますね。「自分が行かないと解決しない」一人主治医制ではなく,チーム主治医制ですと,さらに働きやすくなると思います。

 ただ,患者さんに「隣の患者さんの主治医の先生は夜遅くでも来てくれるのに,何で先生は夕方までなの?」と言われ申し訳なく思った,という声も耳にしたことがあります。“医師は24時間働いて当たり前”という認識が患者さんにも,医師自身にも染みこんでしまって,葛藤を生んでいるところがあるので,その解消から始めないといけないのでしょうね。

村木 チーム制にすることで,フルに働けない人だけでなく,全員の負担が軽くなり,皆が働きやすくなる。それが結果的に,患者さんへのケアの質の向上にもつながると思いますから,医師もシフト制で働いたり,仕事を分け合っていくということを,もっと一般化させていくべきなのでしょうね。

 そのあたりは行政としても,政策レベルで支援できることがあると考えています。2014年度の医療法の改正でも,院長が責任を持って,病院の医療スタッフの勤務環境を計画的に改善することを求めたり,専門家による支援を行っていく仕組みを新たに導入する予定です5)

「待機児童ゼロ」に向けて

村木 また,全ての働く女性にとって最も逼迫した課題が「待機児童問題」,つまり保育所の確保だと思います。これに2014年度から増税される消費税の一部を充て,13-14年度で約20万人分の保育サービスの供給を確保します()。もう少し待っていただくと,保育所の状況は目に見えて良くなるはず。地域の保育所だけでなく,事業所内の保育所や保育ママなどのサービスへの支援も強化しますので,医師のように変則的な勤務をしている方も,応援できるようになると思います。

片岡  託児所や保育園の整備・拡充というのは,いろいろな調査でハード面では常に上位にくる要望です。院内保育所の設置も増えてはいますが,さまざまな制限があり活用しきれていない場合も多いので,その充実を支援していただけるととてもありがたいです。

 あとは,まだまだ足りていないのが病児保育です。経営的にはなかなか安定しませんし,「病気のときくらい親が看たい」という考え方もあるかもしれないのですが,万一のときの選択肢として存在していることが安心を生むと思うので,この拡充もぜひ,お願いしたいところです。

村木 私自身の子育てを振り返っても「絶対に親が必要」というときに“出番”をとっておきたいと思っていたので,それ以外のときには思い切って預けるようにしていましたね。ですから病児保育・病後児保育の選択肢が増えれば本当に助かりますし,その重要性は認識しています。

 逆にこちらからのお願いになりますが,例えば病院内の保育所で,院外からの病児保育の需要にも対応してもらえるようになると,その地域全体の保育事情の改善につながります。余力とやる気がある病院にはぜひ,地域への貢献の一つとして,考えてもらえるとありがたいです。

“働き続ける”から一歩進んだ視点を持って

村木 まだまだ課題もあるのですが,私たちのころとは比較にならないくらい働く女性は増えていて,“働き続ける”ための制度は少しずつ整ってきています。ただ,その次のステップに進む人が,なかなか増えない。

 政府でも「社会のあらゆる分野において,2020年までに指導的地位に女性が占める割合が少なくとも30%程度」にするという目標も掲げています。ただ現状では「管理的な職業従事者」に占める女性の割合は1割,「課長級」以上となるとわずか7.5%という状況です。欧米諸国の25-43%という割合に比べると,いかに低い水準かがよくわかりますよね。

片岡 医師についても同様というか,むしろ顕著ですね。日本の医学部や附属病院で教授職に付いている女性医師は約2.6%で,約3分の1の医学部には女性教授が一人もいない,という報告もありました6)。また,日本医学会分科会105学会に女性医師会員は16.4%いますが

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