医学界新聞

2014.02.17

Medical Library 書評・新刊案内


《神経心理学コレクション》
音楽の神経心理学

緑川 晶 著
山鳥 重,河村 満,池田 学 シリーズ編集

《評 者》佐藤 正之(三重大大学院准教授・認知症医療学/三重大病院音楽療法室室長)

脳の障害が与えた影響を具体的症例を通して紹介

 20世紀を代表する大指揮者フルトヴェングラーは音楽を「カオスの形象化」と言った。ロマン派最後の大交響曲作曲家マーラーは「言葉で表せないことがあるから音楽がある」と述べた。歴史に名を残す巨匠たちのこれらの言葉は音楽の価値が,言語や具体的な形を超えたところにあることを示唆している。その一方で,著者が引用したイソップ童話やピンカーの記述のように,音楽を不要不急のぜいたく品とする意見もある。明治の文明開化以降,今日に至るまで実学重視が続き,「音楽は子女のたしなみ」との風潮が残るわが国では,特にその傾向が強い。「万葉集を調べ知ることに,何の意味があるのですか?」。国文学者に真顔でそう質問した学生を私は知っている。しかし,文字はもちろん,おそらく言語が形成される前から,音楽は存在していたと考えられている。文明が産声を上げるはるか前,ヒトが生存と繁殖という生物学的欲求の充足に大部分のエネルギーを費やしていた時代においてすら,音楽は存在していた。そうであるならば,音楽は不要不急どころか必要不可欠であったに違いない。個体や集団の生存に音楽が大きな意味を持っていたからこそ,その時代に音楽は存在した。その意味とは何か?

 著者はそれは,共有であり同期(合わせること)であるという。そして,さまざまな具体的症例の描写を通して,脳の障害が患者の音楽能力と生活に与えた影響を紹介している。失音楽症としての歌唱や楽器演奏の障害,ピッチやリズムの障害,楽譜の読み書きの障害について,脳血管障害のみならずアルツハイマー病や前頭側頭葉変性症などの神経変性疾患,脳腫瘍,あるいは脳梁無形成といった先天性の器質的障害など多岐にわたる原因疾患を挙げている。「できなくなった」という欠損症状だけでなく,変性疾患の進行による認知機能の悪化の中で「それでもできている」あるいは「できるようになった」という症状も紹介されている。症例の描写は詳細かつ正確で,著者の神経心理学者としての面目躍如である。多くの症例研究が紹介され,著者による適切な解説と要約により,この領域の主たる論文をすべて俯瞰できる。脳賦活化実験という便利だがともすればかすみを通して物事を見るような手法に対し,具体的症例における脳の損傷部位と症状という実体としての裏付けを与え,両者を車の両輪として議論は展開される。そうして著者が得た結論の一部が,「音の高さを誤るために歌が歌えなくなった症例の損傷部位は非優位半球に限局」することであり,「楽器の演奏に特化した基盤というのはなく,音楽の表現をするために,道具と共通の基盤を借用」することである。

 本の全編を通奏低音のように流れているのは,著者の音楽に対する深い愛と信頼である。本書評冒頭の二人の巨匠の言葉のごとく,そもそも言葉で表せないものを言葉で表しデータを示していくという作業を前にして,科学者としての著者と音楽家(著者は長年のトロンボーン奏者である)としての著者の心の葛藤が垣間見える。しかし,音楽を愛し信頼するからこそ,確固たる基礎に根拠を置いた確かな議論をしたいという科学者としての著者が,全編を主導する。実学からほど遠いとされがちな音楽が,実はヒトの根本を理解し,医療現場で生かすノウハウの宝庫であることをこの本は教えてくれる。「人はパンのみで生くるに非ず」――聖書に出てくるこの言葉が,前記の学生の問いに対する答えである。

A5・頁168 定価:本体2,800円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01527-1


解剖を実践に生かす
図解 前立腺全摘術

影山 幸雄 執筆
吉岡 邦彦,近藤 幸尋,蜂矢 隆彦 執筆協力

《評 者》松山 豪泰(山口大大学院教授・泌尿器科学)

若手・中堅泌尿器科医に勧めたい前立腺癌外科治療を航海するための海図

 本書はこれまでの手術書とは全く異なる前立腺癌外科治療のためのチャート(海図)である。本書の付録として,手術の重要な部分の動画をオンラインで視聴できるが,書籍では動画収録部分はもちろん,動画に収められていない部分についても美麗なイラストで明示されており,ともすればビデオ動画のみではよくわからない操作手順やコツが初心者にもわかりやすく解説されている。しかもビデオ動画でもわからない血管神経の走行もイラストに描かれているため,剥離や切開の際,注意すべき局所解剖が理解できるようになっている。

 著者が小切開前立腺全摘術のエキスパートであることは,多くの読者がご存じのことと思うが,自己の術式にこだわらず,腹腔鏡下およびロボット支援前立腺全摘の術式も詳細な解説図とともに掲載しているところも,本書の特筆すべき点であろう。ビデオ動画を見る限り,他の術式に比べロボット支援前立腺全摘術に一部の利があるようにも見えるが,本書の意図するところは単なる術式の優劣の比較ではなく,読者がいずれの術式を選択した場合にも役立つ汎用性を追求していることは明らかである。また本書の第1章「手術に役立つ臨床解剖」では,前立腺癌外科治療の究極の目標であるtrifecta(癌根治,尿禁制,男性機能温存)を達成するために必要な,エキスパートによる神経解剖や恥骨前立腺靱帯に対するさまざまなアプローチ法が詳細に解説されている。本書は,これから前立腺全摘術を開始する若手泌尿器科医やさらなる技術の向上を目指す中堅泌尿器科医が,前立腺癌外科治療という暗礁の多い海を航海するためのチャート(海図)となることであろう。

A4・頁320 定価:本体14,000円+税 医学書院
ISBN978-4-260-01752-7


慢性頭痛の診療ガイドライン2013

日本神経学会/日本頭痛学会 監修
慢性頭痛の診療ガイドライン作成委員会 編

《評 者》高橋 良輔(京大大学院教授・臨床神経学)

頭痛診療に携わるすべての医師に必携の書

 診療ガイドラインに必要な条件はまず,EBMの手法に忠実にのっとって作成されていることであるが,次にどれだけ読みやすく使い勝手がよいかという,読者の利便性を考慮することが挙げられると私は考えている。ガイドラインの目的は医療の標準化であり,広く読まれなければその目的を達成することができないからである。

 本書は,その前版の,日本頭痛学会による『慢性頭痛の診療ガイドライン』(2006年)から読者への配慮が行き届いているのが印象的であった。臨床的に重要な問題がクリニカルクエスチョンに網羅されているだけでなく,クリニカルクエスチョンも推奨文も短い文章にまとめられ,解説,文献まで含めて2-3ページ以内に収められている。短......

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