医学界新聞

対談・座談会

2013.10.28

【座談会】

QOVの追究,生物製剤,再生医療……
眼科医療の新しいスタンダード
吉村 長久氏(京都大学大学院医学研究科 眼科学 教授)=司会
後藤 浩氏(東京医科大学眼科学教室 主任教授)
谷原 秀信氏(熊本大学大学院生命科学研究部 眼科学分野 教授)
天野 史郎氏(東京大学大学院医学系研究科 眼科学教室 教授)


 この十数年で大きな進歩がみられた眼科診療領域。病態理解の進展や機器の開発によって診断と治療が変わり,失明の回避だけでなく視覚の質も追究されるようになった。また,近年ではiPS細胞を用いた臨床試験も注目されており,今後の発展が期待される。本座談会では眼科領域のエキスパートとして第一線で活躍する4氏に,新しく変わった眼科医療と未来への期待をお話しいただいた。


失明の防止から視覚の質向上へ

吉村 眼科領域では,ここ十数年の間に病態理解が進展し,同時に治療技術も飛躍的に向上したため,治療が大きく変化しています。これによって,診療における目標も,「見える/見えない」に挑戦する“失明の防止”から,より良く見える状態への復帰をめざす“QOV(視覚の質:quality of vision)の向上”へと転換してきています。

天野 最も象徴的な例が白内障手術の変化でしょう。高齢者に多い白内障は,現在日本で年間100万件の手術が行われており,社会的なニーズが大きい疾患です。以前から手術による治療が行われてきましたが,手術に用いる器械の技術革新が進んだことで,より小さいリスクで自然に近い見え方を実現することが可能になり,高齢者の視覚の質改善に大きく貢献しました。

谷原 緑内障治療も,かつては失明を防ぐことに主眼が置かれていましたが,最近では手術や投薬によって失明にまで至らないケースが増え,より質の高い見え方が求められるようになりました。高齢社会を迎えたいま,病気を抱えて長生きするのではなく,健康な長寿を実現していくことを,われわれ医療者も考えていかなければなりません。そのためには,ロービジョンケアの導入なども重要でしょう。

吉村 十数年前と比較して,いま患者さんからの治療要請が大きい疾患にドライアイがあります。これも視覚の質の向上が求められる疾患ですね。

天野 ええ。ドライアイの患者さんの数は,およそ1000万人,統計によっては2000万人とも言われていて,有病率が非常に高い疾患です。患者さんがQOV向上を求める典型的な疾患と言えるでしょう。特に現代社会は,VDT (Visual Display Terminals)作業が非常に増えていて,携帯電話やパソコンのモニター等を見続けることで瞬目回数が減るため,ドライアイになりやすい環境だと言われています。日本では基礎研究・臨床研究ともに以前から非常に盛んで,ドライアイ治療は世界の中でも最も優れているのではないかと思います。

後藤 患者さんがより質の高い視覚を求めるようになったという点では,強度近視の眼軸進行を食い止める予防的な治療介入も最近注目されていますね。

吉村 このように,眼科診療はこの十数年で社会から求められる治療が変わり,技術の進歩によってその選択肢も大きく広がってきました。本日は,そうした変化を振り返りたいと思います。

病態の理解が大きく変化した疾患は?

吉村 まずは病態理解が大きく変化した疾患をみていきましょう。神経眼科領域では,視神経炎の分類に変化がありましたね。

後藤 ええ。それまで特発性視神経炎と考えられていた疾患のうち,抗アクアポリン4抗体が陽性で,かつ視神経脊髄炎の診断基準を満たさない症例が,一定の割合で存在することが明らかになりました。また,抗アクアポリン4抗体陽性視神経炎の患者さんは,重症で予後不良なことが多く,再発も多いことがわかってきました1)。近年これらの患者さんに対しては血漿交換療法等の新しい治療が試みられていますが,確実に有効な治療法はいまだ確立されていないのが現状のようです。

吉村 決して満足できる予後ではありませんね。ただ,病態理解が進展したことの意義は大きいように思います。

後藤 同じく病態理解が進んだ眼炎症性疾患が,ぶどう膜炎の一種であるサルコイドーシスです。東医歯大の病理学教室の研究によると,サルコイドーシス症例の約8割の病変部肉芽腫内にアクネ菌が存在していることが病理組織学的に明らかにされました2)。ぶどう膜炎は原因が多岐にわたり,治療にも難渋することが少なくありませんが,サルコイドーシスに関しては,アクネ菌が発症に関与しているとなると,今後治療方法が大きく変化していくかもしれません。

吉村 角膜領域では,感染症の分子生物学的な顕微鏡検査が進みましたね。

天野 ええ。最近では,採取した検体を分子生物学的手法(ポリメラーゼ連鎖反応法:Polymerase chain reaction;以下,PCR法)で検査する方法が開発されています。

 例えば,これまで原因がわからなかった免疫健常者に起こる虹彩炎や角膜内皮炎の一部の症例について,サイトメガロウイルスDNAがPCR法によって前房水から検出され,このウイルス感染が原因であることが明らかにされました3)。今では確定診断をする際の検査としてPCR法が用いられています。この疾患もそれまで治療に難渋していたのですが,サイトメガロウイルスが原因菌と判明したため,ガンシクロビルなどの薬が治療の選択肢に加わっています。

後藤 PCR法を用いた診断は,ぶどう膜炎でも普及しつつあります。やはり,従来であれば特定できなかった原因不明の症例について,眼内液などの微量な検体を用いた網羅的なスクリーニングによって原因菌が特定され,適切な診断とともに的確な治療が選択されるようになってきました。患者さんへの負担が少なく,検査の感度やスピードも向上しており,一昔前とは大きく変化していると言えます。

吉村 新しい検査法の導入によって,病態理解が進み,新たな治療法が確立されるのは素晴らしいことです。その他の疾患でも解明が期待されます。

 緑内障では,疫学調査によって初めて病態の実態が把握されました。

谷原 以前は高眼圧による視神経症と理解されていた緑内障ですが,緑内障学会が大規模疫学調査「多治見スタディ」()において住民を対象に緑内障検診を行ったところ,緑内障と診断された人のうち約70%は,眼圧が高くない“正常眼圧緑内障”であることが明らかにされました。「緑内障=高眼圧」というそれまでの常識が大きく覆されたのです。

吉村 これは日本だけにみられる傾向なのでしょうか。

谷原 最初はそう考えられていたのですが,アジア諸国でも同様のデータが報告され,共通の問題であることがわかっています4)。疫学調査の結果からは,緑内障の原因として眼圧以外に近視と加齢が挙げられており,それらの相互関係が新たに論じられるようになりました。

画像診断技術の進歩によって疾患概念がとらえ直される

谷原 多治見スタディで明らかにされたもうひとつの重要な点は,緑内障と診断された症状はすべてが同一ではなく,異なる要因から同一の症状がもたらされている可能性が指摘されたことです。

吉村 緑内障という疾患概念そのものを,もう一度本質的に考え直す時機に来ているのかもしれませんね。

谷原 そこで今後非常に有用だと思っているのが,網膜硝子体領域でここ数年大きく発展したOCT(optical coherence tomography:光干渉断層計)をはじめとするイメージング技術です。視神経や網膜に生じていることを,客観的かつ定量的にとらえることができるため,疾患概念を見直すのに非常に有益な情報となるのではないでしょうか。

吉村 イメージング技術の進化は,この十数年で眼科領域に大きな変化をもたらしました。画像による診断も普及し,それまでは経験を積んで熟練した医師だけが

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