医学界新聞

対談・座談会

2013.09.30

鼎談
発達の視点でつながる
子どもと大人の精神科診療

齊藤 万比古氏(母子愛育会総合母子保健センター 愛育病院小児精神保健科 部長)
黒木 俊秀氏(九州大学大学院人間環境学研究院 実践臨床心理学専攻 教授)
岡田 俊氏(名古屋大学医学部附属病院 親と子どもの心療科 准教授)=司会


 これまで児童精神科は,精神科医療のなかのサブスペシャリティとして扱われることが多く,成人精神科と協働する機会が限られていた。ところが,昨今精神科を受診する患者のなかには,通常は成人期に発症する精神疾患の前駆症状を呈する子どものケースや,支援を受けずに成長した発達障害の大人のケースがみられ,診断と治療に児童精神科と成人精神科の双方の知識が求められている。

 本鼎談では,臨床現場で活躍する児童精神科と成人精神科の医師を迎え,これからの児童・成人精神科医が社会のニーズに応える精神科医療を提供するために必要な視座についてお話しいただいた。


岡田 本日は,児童精神科の重鎮である齊藤先生と,成人精神科医でありつつ児童精神科領域にも造詣の深い黒木先生と一緒に,近年の児童精神科と成人精神科の関係性を振り返るとともに,今後の精神科医療に求められるものは何か,考えていきたいと思います。

プロセスをみる視点から疾患の成り立ちをたどる

岡田 成人と児童では,同じ診断名でもその症状の現れ方が異なることが指摘されています。これは年齢による表現の違いととらえられるかもしれませんし,そもそも病態が異なるとも考えられます。

黒木 例えば早期の精神病が疑われる子どもを追跡すると,青年期以降に統合失調症が顕在化する場合もあれば,うつ病や双極性障害,パニック障害に発展する場合もあります。何らかの異常が認められる子どもの精神状態は,大人のある特定の精神障害と必ずしも1対1の関係になるわけではなく,将来の精神障害のリスク因子を表していると考えたほうが適切なのでしょう。

齊藤 大うつ病の場合にもまったく同じようなことが言えて,「子どもの大うつ病と大人の大うつ病は1対1で結び付けられないかもしれない」という議論がなされています。子どもの大うつ病患者の追跡研究では,大人になったときに大うつ病よりも双極性障害になる人のほうが多かったという報告もあるようです。

黒木 子どもから大人まで一貫した症状がみられないのはなぜですか。

齊藤 おそらく子どもにみられる精神疾患の症候は極めて原始的で非定型性が高く,大人の精神疾患にみられるような疾患特異的な症状を見いだしにくい。つまり精神疾患を持つ幼い子どもは,未分化な状態のまま症状が現れるため,うつになったり不安が強まったりすることがあるのでしょう。

岡田 脆弱性-ストレスモデルの視点に立てば,人生のなかでそれほど心理・社会的ストレスが蓄積していない子どもの年代で発症するのは,精神疾患罹患への生得的な脆弱性が強いからだという考え方もできます。そして多くの場合,成人で発症するよりも重篤な経過をたどる可能性が高い。つまり,子どものときに精神疾患が疑われた場合,その多様な経過をどのように見極めていくかが,精神科医に求められるのでしょう。

齊藤 そこが子どもの精神疾患を診る難しさです。子どもの精神状態を理解するには,まずその精神状態を常に変化していく過渡的なものとしてとらえ,“プロセスをみる”ことが非常に重要です。そのため,児童精神科医は,疾患の現在の状態を幅広く横断的に診ることと同時に,生まれてから現在までの疾患の成り立ちや経過を縦断的に診ることに重点を置いているのです。

黒木 大人の精神科医もぜひ知っておきたい視点ですね。

成人精神科に導入された“発達”という新しいヒント

岡田 成人精神科において児童精神医学が注目されるようになった最大の理由は,発達障害でしょう。発達障害の概念は比較的新しいものですが,診断を受ける子どもの数はこの20-30年の間に加速度的に増えていますね。

齊藤 ええ。日本の児童精神科医が自閉症や中等度以上の精神遅滞を除いたいわゆる“発達障害”を現在のように認識したきっかけはおそらく,1980年に米国精神医学会から発行されたDSM-IIIに広汎性発達障害や注意欠陥障害が記載されたことでしょう。1994年に発行されたDSM-IVではアスペルガー障害が記載され,これも大きな出来事でした。

 また,同じころに起きたいくつかの犯罪事件では,背景にアスペルガー障害があると報じられました。臨床家への批判も多く出たのですが,残念ながらその時点ではまだ,アスペルガー障害を診断する経験を十分に積んだ児童精神科医は少なかったように思います。その後,医師たちも発達障害に対して非常に敏感になり,診断する数が増加していると考えられます。

岡田 発達障害特性の軽い,あるいは知的障害のない人が精神科医療の支援対象となった。これは成人精神科にも多大な影響を与えたと思います。

黒木 そうですね。DSM-IVに「アスペルガー障害」が登場したことで,成人精神科領域も大きなインパクトを受けました。幼少期だけではなく大人になってから診断されることもあるため,おのずと成人精神科診療でも発達障害を扱わねばならなくなったからです。先述の犯罪事件は社会に大きな衝撃を与え,個人的にも2000年から04年にかけて九州で起きたいくつかの少年事件には心が痛みました。「これは真剣に勉強しなければならない」と危機感を持ったのも,そのためです。

 もちろん,それ以前には発達障害の成人患者がいなかったわけではなく,そうした視点を私たち成人精神科医が持っていなかっただけです。発達障害概念の導入は,患者の背景や病態の理解を深め,アプローチの選択肢を広げた点で,私たちにとって非常に意義のある出来事だったように思います。

岡田 臨床現場に新しいヒントが与えられたのですね。

 「発達障害の診断をする」ことは,発達の過程と,それに伴う困難の歩みを聞くことでもあります。子どものころの状況を正しく把握するためには,親との協力関係の構築も非常に大切な要素です。成人患者ではいかがですか。

黒木 患者の小さいころの様子を知るためには,ご両親ともお話しできたほうが望ましいでしょう。ただ,成人の場合,必ずしもご両親から情報が得られるとは限らないので,その場合は患者本人から丁寧に聴き取ります。

齊藤 親からの聴取で言えば,家族歴の確認も大切ですね。発達障害は統合失調症などよりも遺伝負因が深く関与していると言われています。

黒木 確かに,成人の発達障害診療の現場では,「息子が発達障害ではないか」と相談にみえた母親に発達障害の傾向がみられたり,母親から「実は夫がこの子にそっくりで」という話を聞いたりすることがあります。成人精神科で発達の視点を持つならば,「ご家族のなか,ある

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