医学界新聞

寄稿

2013.09.23

【特集】

主体的に学ぶ意欲を引き出すシミュレーション教育


 教育手法の一つとして注目を集める看護のシミュレーション教育は,どのように進めればよいのか。本紙では,日本最大規模を誇る「おきなわクリニカルシミュレーションセンター」において,新人看護師を対象に行われたシミュレーション教育を取材するとともに,阿部幸恵氏(同副センター長)に看護学生や新人看護師を育成するための今後の看護教育の方向性を聞いた。

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阿部幸恵氏に聞く


 「用意,はじめ!」。合図とともに,一人の受講者が,懐中電灯を片手に消灯された病室のドアをソロソロと滑らせて入室する。患者の掛け布団をめくり,チューブの状態を確認し始める。マジックミラー越しに見学するメンバーも息をひそめ,シミュレーション病棟には緊張感が張り詰める。1クールの制限時間は10分。「はい終わり!」。首から下げたタイマーを手に,阿部氏がマイクに向かって終了の合図を出す。「さあ,廊下に出てデブリーフィングを始めましょう」。あっという間の10分間に,受講者は不安そうな面持ちで廊下に出て,グループごとにホワイトボードの前に着席する。

写真 シミュレーションの様子。グループごとに先輩看護師兼患者役のファシリテーターがつく。

学習者に課題を発見させるデブリーフィング

 この夜間巡視を想定したシミュレーション研修は,阿部氏が講師を務める「新人看護師応援プログラム(全4回)」の,第2回「夜勤独り立ち対策編」において実施された。受講した14人の新人看護師は1グループ4-5人に分かれて3つのグループを作り,各グループにはファシリテーターとして病院勤務の看護師1-2人がつく。設定は,4人の患者がいる病室を,17時に検温,消灯後22時に夜間巡視するというもの。患者の身体・心理的変化や観察のポイント,病室内での動きの違いなど,日勤とは異なる夜勤看護のエッセンスを身につけることが狙いだ。

 シミュレーション教育というとシミュレーター相手に手技修得のために行われるイメージが強いが,阿部氏が展開する今回のプログラムは,必ずしも手技の修得をメインとしていない。1回のシミュレーションが終わる度にデブリーフィング(振り返り)を行うという本来のシミュレーション教育を忠実に実践していた。「学習者に課題を発見させ,学習意欲を引き出すデブリーフィングこそ,シミュレーション教育の核となる」と阿部氏は強調する。

 10分間のシミュレーションの後に行われるデブリーフィングでは,まず観察によって得た情報と優先順位をつけられたかを皆で確認し合い,ホワイトボードに書き出していくことから始まった。「Aさんは術後だよね。そうしたら何に注意しないといけないの?」「Bさんのチューブの先端は確認した?」。さらに,睡眠時の体温,心拍数,代謝,自律神経のバランスがどのように変化するかなど,進行役の阿部氏から矢継ぎ早に質問が投げかけられる。受講者らは考え込みつつもディスカッションを行い,一つひとつ答えを出していく。夜間の睡眠を妨げないためにはどう配慮すべきか,患者の状態の何を把握するかなどの改善点をまとめ,次のシミュレーションに臨む。

 この一連の作業は「GASモデル」と呼ばれるデブリーフィング技法の一つだという。さまざまな学習理論をシミュレーション教育に援用し,融合することで,高い学習効果が期待されるのだ。

写真 デブリーフィングでは阿部氏から次々と質問が投げかけられる。また,説明の合間にタイミングよく配布されるオリジナル資料で知識を補う。

事前の準備が成否を分ける

 実はこの背景には指導者側の入念な事前準備がある。睡眠時の生体反応のように,知識を問う内容は事前学習として受講生に宿題を課している。また,阿部氏らが作成し,指導者が共有する「デブリーフィングガイド」には,想定されるQ&Aがびっしりと書き込まれており,それを元にファシリテーターは受講者らにヒントを与えたり阿部氏の質問をかみ砕いて説明したりする。投げかけられる問いには,「一つひとつの行動の“なぜ?”を聞くことで,知識と根拠に基づいた看護を行えるようになる」という狙いがあると語る阿部氏。質問の先には実践力向上への道筋が描かれているのだ。

 夜間巡視シミュレーションの最終ラウンドでは,課題がステップアップ。22時,患者Cさんに抗菌薬を点滴する指示が新たに出された。すると,各グループで「注射の5R」(正しい患者,正しい薬,正しい投薬量,正しい時間,正しい方法)と「ダブルチェック」徹底の確認が始まった。このように,受講者の到達度に合わせて臨機応変に課題を変化させられるのも,事前の準備と指導者間の連携があるからと言えよう。

写真 和やかな雰囲気の中,ファシリテーター(左)は丁寧に答えを引き出していく。他の人の意見を聞いて「知らなかった」と気付けば自分の課題もわかる。

課題を見つけた喜びを実感

 プログラム全体のまとめでは,今回の経験を踏まえ,課題や改善点,めざす看護師像をグループ内で話し合った。受講者からは「優先順位はつけられたが,夜勤での予測や準備に課題があった」「1つの情報を知っているか知らないかで,患者を看る優先順位が変わる。“なぜ”を考えながら進められる看護師をめざしたい」などの声が聞かれた。また,ファシリテーターの一人は,「最初は皆,緊張した面持ちだったが,徐々に生き生きとした表情になっていくのがわかった。次の課題が見えた喜びを感じたのではないか」と話した。

 シミュレーション後のデブリーフィングを重視した今回の研修では,次々と繰り出される指導者からの質問にもグループで協力して答えを出していく新人看護師の姿があった。課題の“気付き”が次の看護の実践につながる。阿部氏が提唱する,答えを引き出す「学習者主体の教育」の実際が見えた。

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