医学界新聞

インタビュー

2013.09.09

【interview】

基礎・臨床医学を統合し,各分野を横断した教育で,
総合的な診療能力を全医学生に

長谷川 仁志氏(秋田大学大学院医学研究科 医学教育学講座教授)に聞く


 日本の医学・医療の進歩とともに,医師に求められる知識や技術もまた進化している。今,大学教育において,臨床現場で活躍できる医師を養成するためには,どのような取り組みが求められるのだろうか。

 本紙ではそのヒントを探るべく,1年次から臨床の場を想定した授業を展開する秋田大医学部を取材。中心的な役割を担っている長谷川氏に,医学教育を取り巻く環境の変化と,氏が描く医学教育の展望について話を聞いた。

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1年次から,臨床現場を見据えた教育を


「どのような医師を育てるか」,そのビジョンの共有が必要

―― 秋田大医学部では先進的な教育を進められています。まず,そうした教育に取り組むことになった背景から教えてください。

長谷川 この20-30年間,医学・医療の発展は著しく,専門分野の細分化が進みました。基本事項から先端医療まで,それぞれの専門分野において医師が学ぶべき知識・情報は,かつてよりも著増していると言えるでしょう。

 こうした変化がある中,これまでの教育と同様に,各分野がバラバラに教育していくカリキュラムでは,6年間という決められた期間内に,現代の医療が求めるレベルにまで診療能力を高めることが難しくなってきています。今必要なのは,「卒業までの期間でどのような医師を育てるか」というビジョンを各専門領域で共有し,分野横断的な教育に取り組むことなのです。

―― 各分野で育成目標を共有する,ということですね。具体的にはどのような目標を共有すべきでしょうか。

長谷川 「限られた6年間の学部教育のなかで,将来どの専門分野に進んだとしても必要となる“総合的な診療能力”を養成する」という目標です。

 超高齢社会をあゆむ日本では,各科横断的な疾患・病態を持つ高齢患者を診る機会も多いため,幅広く総合的な診療能力が求められます。そうした能力を養うためには,各分野が専門教育に偏り過ぎることなく,まずは医師として必ず持つべき知識・技術・コミュニケーションスキルを膨大な情報から精選する。その上で,分野横断的に教育を展開していく必要があります。教育の在り方そのものから見直すことが求められていると言えるでしょう。

―― 医学部教育に大きな見直しが迫られますね。

長谷川 日本の医療の実情を考えても,卒前教育の時期にこそ,総合的な診療能力を養成する意義が大きいと考えています。

 日本の医師のキャリアパスを考えると,その大多数が特定分野の専門医をめざす現状があります。昨今,プライマリ・ケア領域の医師を専門的に育成する体制も整いつつありますが,それが十分な量・質となるには,相当な時間がかかることが見込まれるでしょう。

 こうした状況を踏まえると,今後の日本の医療を支えるためには,各科専門医をめざして歩み出す前段階に当たる卒前教育において,いかに総合的な診療能力を養成するかが重要なポイントになると思うのです。それが将来的には,しっかりとした基礎を持った上で専門研修に臨む環境の構築や,すべての専門医の診療能力の底上げにもつながるはずです。

医学部での学習が,現場でどのように役立つのかを示す

―― そうした考えのもと,秋田大医学部では低学年から総合的な診療能力を養う教育に取り組まれています。特徴的な授業を教えていただけますか。

長谷川 本学では,1年次の必修科目「初年度ゼミ」(毎週火曜日2-4コマ/通年)を通し,臨床症例を用いながら,基礎医学と臨床医学のエッセンスが身につく教育を行うように心掛けています。

 具体的には,1学期に,臨床現場でよく見られる「頭痛」「胸痛」「腹痛」といった主要症状の鑑別診断のポイントとピットフォール,それらを導き出すための医療面接の方法をPBL(Problem Based Learning)形式で学習する他,臨床推論と医療面接のロールプレイ,心・腹部エコートレーニング,模擬患者によるOSCE(関連記事参照)も実施しています。さらに2学期には「早期臨床実習」として,大学病院と県内医療機関で各2回ずつ,3-4人のグループごとに臨床実習を行う機会を設けています。

―― 1年次の1学期からかなり高度な内容を学ぶ印象を持ちます。

長谷川 6年間という限られた時間のなかで,現在の医療現場で求められる診療能力を身につけるとなると,やはり低学年のうちから症例をベースとした実践的な教育を開始しなければ間に合いません。

 実際のところ,臨床推論の基礎,症候に応じた対応や病歴聴取の基本となる医療面接のコミュニケーションスキルは,1年次からでもトレーニング可能なものです。むしろ低学年のうちから経験することで,「6年間かけて,何をどのように学んでいく必要があるか」を早い段階で認識することができるのではないでしょうか。

―― 2学期に行う早期臨床実習も,同様の狙いがあるわけですね。

長谷川 そうです。さらに言えば,早期臨床実習は,医師の“人間力”の重要性を認識させる貴重な機会ととらえています。医師としてのプロフェッシナリズムの涵養にも大きく寄与すると言えるでしょう。

 そうした狙いは受け入れ先である医療機関の指導医の方々にもお伝えしており,臨床現場での判断と基礎医学の知識が関連するポイントをご教示いただく他,例えば医師の人間力が問われるチーム医療の場面や,各科の基礎的な疾患・症状を持つ患者さんとのコミュニケーションを可能な範囲で体験させてもらえるようお願いしています。

―― 協力してくれる施設を探すのは大変そうです。

長谷川 ええ。最優先すべきは患者さんであり,各施設ともに非常に多忙ですから,大学から無理なお願いをすることはできません。県内医療機関の熱意ある指導医の協力があってこそ,この1年次からの実習が成り立っているのだと思います。

―― 早期臨床実習をはじめ,こうした取り組みを大学ぐるみで開始するのは簡単なことではありません。なぜ,秋田大では導入することができたとお考えですか。

長谷川 本学では40年前の創設当時から,6年次の県内全域の医療機関における臨床実習を行っていました。こうした歴史的経緯の上に,大学,医療機関,県医師会の多くの方々の意思がひとつとなったことが最大の理由でしょう。

 また,私自身が,大学と県内の先生方とともに,そして分野横断的に1年生の教育に通年でかかわり,研修医を含め学年横断的にもシームレスに関与できるポジションにあるという理由も大きいかもしれません。

―― 導入に当たり,ヒントになった事例もあったのでしょうか。

長谷川 欧米各国の医学教育が参考になりました。これらの国々では,1年次から,模擬患者と話してコミュニケーションスキルを高める機会や,具体的な症例・事例と関連付けながら各分野の基礎医学と臨床医学を学ぶ環境が整っています。

 特に,100年以上前から卒前・卒後教育を重視してきたメイヨークリニックを訪れたとき,その素晴らしさに驚嘆しましたね。日本の医学生と比較し,欧米の医学生のほうが卒業時点での総合診療力が平均的に高い理由は,臨床実習の経験のみならず,低学年から症例をベースとしながら,分野横断的な教育が実践されている点にあると痛感しました。

 各分野の医学知識が増加し続け,“情報爆発時代”とも言える今日,日本においても,医学教育の1本の柱として,こうした教育が必須だと考えます。

さらなる基礎・臨床の統合,各分野横断的な教育を

―― 最後に,秋田大医学部における医学教育の展望について教えてください。

長谷川 取り組んでいきたいこととしては,大学と県内医療機関とが一体となって展開する,各分野の基礎・臨床医学・学年横断的な医学教育の充実です。そのための一歩として今年度からは,本学の卒業時に行っている16ステーションのadvanced OSCEに,大学関係者だけでなく県内医療機関の医師にも評価者等として参加していただく方向で進めています。こうした取り組みを通し,1年生からの教育に携わる機関全体で卒業時の学生の評価も共有することができますし,それがより充実した教育の実践へと結びつくのではないかと考えています。

 欧米と比較すれば,本学もまだまだ充実した教育を行っているとは言えません。それでも,臨床現場で活躍できる医師を育てるため,総合的な診療能力を身につけさせる工夫を確実に進めています。こうした取り組みがブラッシュアップされ,各地に広がることで,日本が医学教育を先導する時代になることも夢ではないと思っているのです。

 医学教育のさらなる質の向上をめざし,これからも挑戦は続きます。

―― ありがとうございました。

(了)


長谷川仁志氏
1988年秋田大医学部卒(94年医学博士号取得)。同大附属病院で研修後,山本組合総合病院,秋田労災病院を経て,96年に同大附属第二内科。2007年同大循環器内科学・呼吸器内科学分野准教授,08年同大総合地域医療推進学講座教授を務めた後,13年5月より現職。総合内科専門医,循環器専門医,米国内科学会フェロー。将来何科に進もうとも基本となる総合診療力を,すべての医学生・医師が修得することを目標に,1年次から生涯教育までシームレス・各科横断的な医学教育の実践に力を注ぐ。

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