ICUから始める早期離床(讃井將満,長谷川隆一,高橋哲也,宇都宮明美)
対談・座談会
2013.09.02
【座談会】退院後の生活を見据えてチームで取り組むICUから始める早期離床 | |
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近年,ICU患者が術後早期からリハビリテーション(以下,リハビリ)等を行う“早期離床”の取り組みが注目を集めている。早期離床が人工呼吸器離脱までの期間を短縮する等のエビデンスも明らかにされ,米国ではすでに多くの施設で推奨されているが,日本で導入に至っている施設はいまだ少ない。
本紙では,早期離床の重要性にいち早く着目して第一線で活躍するICUの医師・看護師・理学療法士の方々を迎え,チームとしてICU患者の早期離床を実践するために必要なことは何か,具体的な取り組みとともにお話しいただいた。
讃井 私がICUにおける早期離床の取り組みに注目したきっかけは,米国でICUのフェローをしていたときのことでした。気管挿管下の人工呼吸器装着中の患者が,呼吸療法士と看護師に付き添われながら廊下を歩いているのを見て,「この状態からリハビリを始められるんだ」と大きな衝撃を受けました(関連写真)。
近年の研究では,急性呼吸窮迫症候群(ARDS)から回復し退院した患者は,肺機能自体は回復しているのに,身体的能力や社会的・心理的な充足度が健常人より劣ることが示されました1)。そうしたなか,早期のリハビリによって人工呼吸患者のせん妄発生率や呼吸器装着時間が減少し,日常生活機能が早く回復することも,多施設ランダム化比較試験2)をはじめとする複数の研究で支持されています(図1)。また,深い鎮静が患者予後へ与える悪影響や,せん妄が遠隔期死亡の独立危険因子であること3)等も認識され始め,人工呼吸患者に対して「できるだけ覚醒させて早期にリハビリを」という考え方が広まりつつあります。
図1 日常生活機能の回復率(文献2より) |
早期リハビリ群のほうが対照群よりも早期に機能的に自立したことが示された。 |
「安静が一番」は正しい?
長谷川 一昔前まで,離床に向けた取り組みを始めるのはICUを退室してからでした。そのころには四肢筋力の低下など身体機能がかなり落ちてしまっていて,リハビリで体を動かすことに苦労される患者を多く見てきました。最近になって,早期離床の有効性を示すエビデンスや米国ICUにおける早期離床の取り組みなどの情報が日本にも入ってきていますが,ICU在室中から早期離床に取り組んでいる病院はいまだ少なく,呼吸器やカテーテルを装着している患者を動かすことへのタブー意識も残っています。
讃井 日本と米国では,重症患者に対する医療者の考え方が違うように感じました。米国には,「できる,頑張れ」と患者を叱咤激励して,離床への意欲を高める積極的な医療者が多いのですが,日本の医療者には,患者が少しでも苦しそうな顔をしていると気の毒な気持ちになってしまい,手が緩んでしまう方が多いのではないでしょうか。
高橋 私が留学していた豪州と日本とでは,早期離床に対する患者自身の受け止め方にも違いがあるように思います。豪州の方は自分自身で身の回りのことを行うのを重んじるようで,心臓手術をした患者もその日から体を起こすなど早期のリハビリに自ら積極的に取り組んでいました。一方,日本のICU患者は“重症患者らしく”おとなしく,動かないようにする方が少なくないように思います。
宇都宮 確かに日本には「安静が一番」という社会通念がありますね。患者の安楽を重視するのは大切ですが,予後を見据えたリスク管理の観点からすると「全身状態が良くなるまでじっと動かずにいる」のは誤りでしょう。動かないことがもたらす弊害や術後のリスクと離床の効果を医療者が患者や家族に正しく説明し,「積極的に体を動かすのは患者自身の役割である」ことを理解してもらう必要があると思います。
讃井 早期離床には日本人になじみにくい面もあるようですが,すでに取り組んでいる施設ではその効果が実感されていることと思います。ここからは,実際に取り組むために大切なポイントを共有していきましょう。
十分な鎮痛のもと,鎮静は浅く
宇都宮 早期離床に当たって非常に悩ましいのが,患者の疼痛・せん妄をどうコントロールするかですね。痛みをうまく制御できない患者は早期離床を拒否してしまいますし,せん妄患者は医療者の指示を理解できません。また,深く鎮静させてしまうと,患者は起き上がることすらできず,早期離床には取り組めないでしょう。
讃井 私が医師になった1990年代のICUでは,患者を深く鎮静して休ませるのが一般的でした。しかし2000年以降,過剰鎮静による呼吸器装着時間やICU滞在日数の延長,長期予後の悪化などのデメリットが明らかにされ4),“1日1回の鎮静中断”または“できるだけ浅い鎮静”が浸透しつつあります。その背景には,“十分な鎮痛が得られていれば鎮静は必要ない”という,鎮痛と鎮静を分けてとらえる考え方5)が普及したことが大きいでしょう。
長谷川 それらの知見を集約して,米国集中治療医学会(Society of Critical Care Medicine;以下,SCCM)が作成に携わり,今春発表された「成人患者の鎮静管理のためのガイドライン」6)では,“浅いレベルでの鎮静”や“鎮静よりも鎮痛の優先”が推奨され,集中治療の世界に大きなインパクトを与えました。
讃井 早期離床を達成するには,患者が覚めていて,痛みもなく落ち着き,理解力がある状態――ひと言でいえば“良質な覚醒状態”が求められます。つまり,十分な鎮痛のもとに鎮静を最低限に抑えることが,早期離床に取り組むための第一歩と言えますね。
せん妄モニタリングの感度を上げるコツは“継続性”
長谷川 鎮静を浅くすることで問題になることの一つは安全面です。2007年に日本呼吸療法医学会で「人工呼吸中の鎮静のためのガイドライン」7)を作成した際にも「鎮静の中断」を盛り込むことを検討したのですが,「患者の自己(事故)抜管が増えて看護師たちが困るのではないか」という慎重な意見が出たので見送りました。実際,鎮静しないことによって離床は進むが自己抜管が増えるという研究結果もあるため5),看護師に鎮静中断を勧めるには抵抗があったのです。
宇都宮 自己抜管などのインシデントの多くは,過活動型せん妄の患者が起こすと考えられがちですが,実は低活動型せん妄の患者によることも少なくありません。活動が激しく目立つ患者には看護師が意識的に注意を払うため重大な事故に至ることが少ないのですが,おとなしい患者の場合,看護師が気付いたときには事故になっていることが多いのです。こうした事故を防ぐには,患者の認知状況をあらかじめ把握しておき,積極的にモニタリングすることが有用でしょう。
認知状況の把握には,CAM-ICU(Confusion Assessment Method for the ICU;ICUにおける混乱評価法)やICDSC(Intensive Care Delirium Screening Checklist;ICUにおけるせん妄スクリーニングチェックリスト)など,せん妄のアセスメントツールを用います。すべての患者を毎日モニタリングするのは難しいので,判定スコアが高い患者に対してのみ継続的なモニタリングを実施し,せん妄が疑われた場合には薬物指導や生活指導などの介入を行うのがよいのではないでしょうか。
讃井 CAM-ICUとICDSCは,SCCMのガイドラインでも信頼性と妥当性が高いツールとされていますが,感度がやや低い点が課題ですね。
宇都宮 ええ。しかし,どんなツールも100%ではありませんから,症例数を重ねながら医療者のアセスメント力を高めていかなければなりません。
長谷川 継続性は重要ですね。当院の看護師もCAM-ICUを用いているのですが,使い続けるうちにCAM-ICUで「せん妄なし」と判断された患者についても「様子が少し気になるので早めに対応しましょう」と積極的に提案するようになり,とても驚きました。恐らくCAM-ICUが現場に根付いて,看護師たちの見極めが良くなってきたのでしょう。ツールの欠点を経験で補えるようになれば,検査の精度はますます
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