医学界新聞

寄稿

2013.08.26

【寄稿】

新人看護師が直面するリアリティ・ショック

谷口 初美(九州大学大学院医学研究院保健学部門看護学分野教授・助産学・母性看護学)


 Kramer(1974)は,リアリティ・ショックを「数年間の専門教育と訓練を受け,卒業後の実社会での実践準備ができていないと感じる新卒専門職者の現象,特定のショック反応である」と定義付けている1)。本稿では,新人看護師が入職後リアリティ・ショックに直面し,その後自己を確立していくようすを看護学生時代にさかのぼって検証するとともに,われわれの研究から得た結果を基に,リアリティ・ショックの緩和策について論じる。

臨床実習だけでは実践準備を整えられていない

 超高齢社会の到来と医療施設の高度化に伴い,より質の高い看護ケアの提供が求められている。必然的に,臨床現場では高度医療機器を扱う場面やハイリスクな患者が多くなるため,看護学生にできることは少なくなり,基礎看護臨床実習(以下,臨床実習)はかなりの制約を受けている。その結果,看護基礎教育を修了した時点の能力と,臨床現場で求められる能力にはギャップが生じる。新卒看護師は,臨床現場でハイリスクの患者をケアするに当たり,高度医療機器に囲まれた医療環境に身を置いている自己に対して,能力とのギャップから危機感を抱いている現実がある。

 そこでわれわれは新人看護師のリアリティ・ショックに焦点を当て,その状況にある新人看護師を理解して解決方法を考案することを目的にインタビュー調査を行った。対象は,A大学を卒業後,附属のA大学病院に就職した入職後7-11か月の新人看護師10人である。

 調査の結果,新人看護師の多くは,看護学生時代に学際的な知識を学ぶことはできていたが,十分な臨床実習は受けられていなかったことがわかった。ある回答者は,「実習計画を立てても,実習生にできることは限られていたので,計画を実行できませんでした……」「自分が看護師だったらと想像しながら患者さんのための看護計画を考えたけれど,実際には患者さんの状態が悪化して実践できなかった……」と発言していた。学生は大学で学んだ知識を活かそうと真剣に実習に取り組むが,臨床現場ではハイリスクな患者が多いため学生によるケアは制限されることが多い。「実習に行ったからといって大したことはできないし,バイタルサインを測るくらいしかできなかったので……患者さんとのコミュニケーションを取りに行ったことぐらいしか印象に残っていないですね」と述べた看護師もおり,期待していた臨床実習への失意と,最低限のケア(患者とのコミュニケーションとバイタルの測定)しかできなかったことへの不満を感じていたことがわかった。また,忙しくしている先輩看護師に声を掛けることもできず,疎外感さえ感じていたようだ。期待していた臨床実習が計画倒れになったり,臨床の慌しさの中で指導スタッフをも見失ってただ片隅に立ち尽くすだけの学生もしばしば見かけられた。

 このような現代の医療環境が学生たちの目的意識を希薄化させ,その結果,新人看護師として入職してみると,求められる看護ケアのレベルの高さに対して何もできない自己に直面し,「学生時代にもっと長期間実習をしていたかった」「ハイリスクな患者のケアや診療にも深くかかわっておけばよかった」と思うのである。これこそが,Kramerが言うところの「実践準備ができていないと感じる」リアリティ・ショックである。

リアリティ・ショックの時期は大切なターニングポイント

 日本だけでなく欧米諸国でも新卒看護師のリアリティ・ショック現象が起こっているという(Wu, et al., 2012)2)。欧米ではこの時期のことをtransition period(移行時期)と呼んでおり,「専門看護職としての知識・技術・価値観が要求される職業的社会化のプロセス」と定義付けている(Mooney, 2007)3)。入職して最初の12か月から24か月は新人看護師にとってもっとも不安定な時期で,専門職としてやっていけるかどうか,またはその施設で勤務し続けるかどうかの決定を促す大切な時期でもあると報告されている(Price, 2009)4)

 また,この時期は新しい環境で専門知識・技術・責任・新たな役割,そして人間関係に直面するため,身体的にも精神的にも,そして知的にも大いなるチャレンジが求められ,ストレスフルで不安定で刺激を受けやすい時期である。本研究においても,何人かの新人看護師は毎日緊張の連続で,食事さえ喉を通らず,ただ帰って寝るだけの生活が続いていた。このように,あまりにも学生時代と異なる現実が続くと,仕事についていけなくなり,欠勤が目立ち始め,最終的には離職につながると......

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