MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2013.08.05
Medical Library 書評・新刊案内
誰も教えてくれなかった「風邪」の診かた
重篤な疾患を見極める!
岸田 直樹 著
《評 者》青木 眞(感染症コンサルタント)
風邪診療と不明熱診療の距離
本書は「風邪」診療と「不明熱」診療の距離が極めて近接していることをあらためて認識させる良書である。「風邪は万病のもと」というが,恐らく正確には万病は病初期,みな風邪のようにみえるということなのだと思う。言い換えれば問題の臓器も病因も不明なのである。"Harrison"の内科書で長らく感染症を担当したPetersdorfは「多くの病気が不明熱と名付けられている。それは医師が重要な所見を見逃し,無視するためである」と喝破した。これは評者が長らく指摘してきた「風邪」という診断名の乱用が問題臓器と病因の検討不足の表現である事実とも関連している。さらに外科学領域の古典ともいえる"Cope's Early Diagnosis of Acute Abdomen"が「胃腸炎という診断は,まだ診断できていない病態に名前を与える行為であることが多い」とコメントしていることも,胃腸炎と風邪の違いはあれど同じ性質の病根を扱っている。
明解な構成
本書は極めてわかりやすい構成になっている。第1章「風邪を風邪と診断するノウハウ」と第2章「風邪に紛れた風邪以外を診断するノウハウ」が本書を構成する2つの基本的なモジュールで,さらに第3章で「外来診療での処方と高齢者診療のノウハウ」というプレゼントが添えられており,漢方薬の使い方まで入ったサービス付き。第1章では「風邪を風邪とする」ためには病変の解剖は基本的に上咽頭付近に限局している点,および「風邪」のように見えるが本当の鑑別すべき数種類の病態について,意識すべき点などが綺麗にアルゴリスムを添えて提示されている。第2章では発熱のみで必ずしも上咽頭に問題が限局しない不明熱的な病態を扱い,さらに「皮疹」型,「関節痛」型,といった+α(プラスアルファ)で亜型に分類,診療を進めている。この点では野口善令先生らによる名著『この1冊で極める不明熱の診断学』1)も+α(プラスアルファ)に注目した点を想起させ,さらに原点をたどればTotal Family Care(TFC)をお作りになった田坂佳千先生による「かぜ症候群における医師の任務は,他疾患の鑑別である」2)という源流にたどり着く。
新しい世代の感染症医を輩出するもの
同じ施設で仕事をさせていただいた経験はないが,おそらく著者の岸田先生は非常に臨床的センスのよい方に違いない。不明熱,風邪,胃腸炎……どれも漠然とした臨床の風景である。この漠然とした「風邪」の臨床風景を2つに大別,さらに亜型に切り分けていく作業には,臨床現場に必須のよい意味での思い切りのよさが求められる。そして,この思い切りのよさは一朝一夕に生み出されるものではなく,日々の誠実な診療経験からのみ生まれるものである。
岸田先生ご自身のみならず,若くしてここまでの本を書く医師を指導されてきた先生方,田坂佳千先生が始められたTFCや日本感染症教育研究会(IDATEN)の先生方にも深く敬意を払う次第である。多くの読者を得ることを望みます。
参考文献
1)野口善令(監修).この1冊で極める不明熱の診断学.文光堂;2012.
2)田坂佳千."かぜ"症候群の病型と鑑別疾患.今月の治療.2005;13(12):1217-21.
A5・頁192 定価3,360円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01717-6
ローレンス・ティアニー 著
松村 正巳 訳
《評 者》八重樫 牧人(亀田総合病院総合診療・感染症科)
臨床診断の「愉しみ」を心ゆくまで体験できる144パール
ティアニー先生は「診断の神様」と言われ,NIH(米国国立衛生研究所)が毎年1名だけ選出するGreat Teacherにも選ばれたことがある全米を代表する総合内科医である。症例カンファレンスでの卓越した診断能力・教育能力,そして愛すべき人柄にファンが多く,毎年日本全国から講演依頼が殺到している。それだけでなく,先生の影響で臨床診断学や総合内科に興味を持ち,キャリアまでも変えた医師も数多い。数多くの症例カンファレンスで,ほんの一握りの追加情報が加えられただけで,診断に卓越した医師ならどう考えるかを研修医にもわかりやすくホワイトボードに書きながら語りかけてくれる。その診断能力が素晴らしいのは言うまでもないが,臨床医学の「愉しさ」が伝わってくるのもティアニー先生のカンファレンスの特徴である。
診断能力などの技能を極めるためにはその分野が好きであることが近道である。好きであれば技能を極めるために必要な努力を惜しまず,積極的に努力できる。ティアニー先生のカンファレンスが素晴らしいのは,本来ならばティアニー先生の技能がないと感じられない臨床診断の「愉しみ」を,参加者までもが感じられるからではなかろうか。医療のサイエンスではなくアートの部分である。
そのカンファレンスでの学びを一般化し,心にとどまりやすくし,ティアニー先生のカンファレンスを特徴付けているのがクリニカル・パールである。エビデンスに基づく教科書的な記載と異なり,「ざっくり」とした切り口で,わかりやすい形でわれわれ臨床家の心に響いてくる。ティアニー先生のカンファレンスは1つのパール,多くて数個のパールに集約されることが多い。このようなパールは一朝一夕にできるものではなく,数多くの経験によって洗練され,磨かれ抜いて光輝く。年代物のワインやビンテージ・ジーンズのように年を重ねるほど上質となる。Less is moreと言わんがばかりに余計な記載がなく,1,2文であるがために鋭く心に響く。
本書には厳選されたパールが144も収載されている。ティアニー先生のカンファレンスに144回も参加できるほど恵まれている医師はそうはいないだろう。ぜひ一読し,ティアニー先生のアートを144回疑似体験してほしい。
A5・頁186 定価2,625円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01712-1
香坂 俊 著
《評 者》山下 武志(心臓血管研究所所長・付属病院長)
「文系」の香りで心電図を身近に感じさせる好著
『もしも心電図が小学校の必修科目だったら』という一風変わった書名を見て思い出したのは,そう……,ベストセラーとなった「もしドラ」(「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」,ダイヤモンド社)だ。考えてみれば,本の着想もよく似ている。「もしドラ」は,ドラッカーの『マネジメント』という若干とっつきにくい本(病院長には必読の書である)をわかりやすいストーリー展開で身近に感じさせようとしたものだ。この本も,心電図という基本でありながら,ややもすればとっつきにくいと思われる検査を,小学校という舞台を使って身近に感じさせようとしている。
著者の香坂俊先生は,新進気鋭の,そして米国帰りの循環器内科医であり,また同時に優れた臨床研究家だ。米国と日本という文化の違う環境で行われる循環器医療を両方熟知しているという強みがある。評者は,心房細動を対象にして日本でJ-RHYTHM試験という無作為化比較試験を行ったが,この研究でデータの解析や発表に加わってもらい,その力を存分に発揮してもらった。
「まえがき」の最初の文章には,「心電図は苦手です」と書かれているが,彼の最初の論文がなんとP波についてなのである。苦手なものを対象にして一流誌に論文を載せられるわけがない。彼は,謙虚なハードワーカーに違いない。そして,実際に本書を読めば,彼の心電図,また心臓電気生理学に関する幅広い知識に基づいていることがわかるだろう。
本書を読み始めると,いわゆる心電図の教科書とは異なることにすぐ気が付く。心電図を用いながら,循環器病学あるいはその基礎を語ろうという本に思える。私見だが,これまでの心電図に関する教科書はどちらかというと「理系」だった。電気現象なのでそうなりやすいのだ。原理・原則・定理みたいなものを覚えて出発する数学や物理の世界である。しかし,この本はなぜか「文系」を感じるのである。実際,1時間目:国語,2時間目:体育,3時間目:音楽,4時間目:社会,5時間目:英語と文系科目が続き,理科と数学は最後に少し顔を出す程度である。評者はいわゆる心電図や心臓電気生理学を専門としてきたので内容はよく知っているものの,同じ内容であってもなぜかこれまでとは違った香りと新鮮味を感じた。そう,聞き慣れた音楽を異国の地で聞くような感覚である。
読み始めると一気に読み進められる好著である。心電図の基本だけを知ってこれから深く学びたい人,内科研修医,循環器専門医をめざす人,また循環器専門医でもう一度心電図を学びたい人に勧めたい。ただ……この小学校,短いBreak Timeは2回あるものの,昼休みがなく,なんと7時間授業の学校だ。これも,香坂先生の熱意とハードワーカーぶりを示したものなのだろう。
A5・頁192 定価3,360円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01711-4
Jane M. Orient 原著
須藤 博,藤田 芳郎,徳田 安春,岩田 健太郎 監訳
《評 者》松村 理司(医療法人社団洛和会総長)
知性そのものが刺激される身体診察のバイブル
翻訳中とは聞き及んでいたが,思いのほか早く出版されたので驚いている。早速散読させてもらった。誠に慶賀に堪えない。理由はいくつかある。第一には,身体診察のバイブルである。万事に考察が幅広く,深い。第二に,もともとはサパイラ先生の単著である。つまり,1990年の初版は,米国における「悪しき検査主義」に抗し続けた先生の サパイラ先生の医者人生と還暦での引退が,米国でのH&P(history taking & physical examination;病歴聴取と身体診察)の消長を裏打ちするのは,「初版の序」からもうかがえる。1936年生まれの先生は,61年にピッツバーグ大学医学部を超優等で卒業。根っからの一般内科医なのだが,身体診察研究者としても頭角を現され,全米中で活躍された。私は90年代の中ごろにお付き合いをしたのだが,60年代初頭の米国の内科の臨床・教育のまとまりをしきりに懐かしがっておられた。専門分化に伴う知識の分断化に対する憂いは,実に深かった。
「過去30年間のH&Pの不在ほど嘆かわしいものも,そう多くはありません。どこへ行っても,一人の内科患者に十人の専門医が群がってきて,あれこれ言ってお金をふんだくっているだけじゃないですか。『どうして研修医を呼ばないのか?』の連発ではあまりに芸がありません」。
本書は,身体診察に関する卓越した,重厚な辞書である。普通の医学生にはちょっと難しすぎる。忙しい研修医が,診察上の疑問を解消するために斜め読みできる代物でもない。しかし,たまに時間があるときに任意の箇所をめくってみると,個々の記載に大いに啓発される。そして,この方面の指導医がじっくり読めば,知性そのものが刺激されることにも疑いはない。
B5・頁888 定価12,600円(税5%込)医学書院
黒﨑 喜久 編
《評 者》村田 喜代史(滋賀医大教授・放射線科)
最近,『単純X線写真の読み方・使い方』(黒﨑喜久編)という書物が出版された。約400ページとコンパクトな本にもかかわらず,編者の意図がよく組み込まれた充実した内容となっているので紹介したい。本書は全身の単純X線写真を対象としていて,臨床現場に役立つことを意識した内容構成となっている。編者が序文で述べているように,現在の画像診断はCTやMRIが中心となってきており,放射線科においても,その診断から撤退している施設も多く,現在どの診療科においても単純X線写真読影トレーニングの機会が著しく少なくなってきている。しかし一方,臨床の現場を見てみると,簡便な単純X線写真は依然として最初の画像診断法として数多く撮影されていて,それらが適切に読影され,情報が臨床現場で生かされているかどうか,不安を覚えるところである。本書の出発点もそこにある。
単純X線写真の役割はもう終わったというような極論も一部には聞かれるが,しっかりと読影する能力があれば,診療の方向性を決めるような重要な情報を簡便に単純X線写真から拾い上げることができる場合も少なくない。また診療現場で単純X線写真の撮影が今も変わらず続いているという現状を考えるならば,画像診断医は,その読影能力を維持し,その有効な利用に向けて努力していく責任があるように思われる。現状の画像診断の読影環境はそう簡単には改善しないと考えられることから,単純X線写真の読影に関しては各個人の努力に依存せざるを得ない。自ら単純X線写真を読影する環境を模索する必要があるが,その際に,コンパクトで充実した内容の教科書は非常に心強い味方になると思われる。
今まで,「胸部X線写真の読み方」といった限られた領域の単純X線写真の読影法に関する教科書は数多く出版されているが,本書のように,すべての領域をカバーした単純X線写真読影法の教科書はこれまでなかったのではないかと思う。また,本書を読んでいくと,各分担執筆者が編者の意図をよく理解されていて,現在の臨床現場で役立つポイントを意識して単純X線写真の読影法を記載されているのがよく伝わってくる。結果として,これが臨床現場にあると単純X線写真の読影に役立つことが多い,というような一冊に仕上がったのではないかと思う。
これを読めば単純X線写真の読影はすべてOKというようなものではないが,通して読み,また症例に当たって読み返すことができる,手元に置いておきたい一冊として推薦したい。
B5・頁408 定価7,140円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01419-9
すべての領域をカバーした手元に置いておきたい一冊
ISBN978-4-260-01568-4
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