医学界新聞

連載

2013.07.29

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第250回

米医師会 肥満に対する新姿勢

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


3035号よりつづく

 米国において肥満が公衆衛生上の最大問題であることはこれまで何度も述べてきた。CDC(米疾病予防管理センター)によると,現時点で肥満者(BMI≧30)は米国民の35.7%を占め,肥満関連の医療費支出も1年当たり1470億ドル(約14兆円)に上ると見積もられている。

 70年代前半まで,米国の肥満率は約15%のレベルでほぼ安定していた。米国社会が急速に肥満化したのは70年代後半以降の現象()なのであるが,医療界は決して肥満の急増に手をこまねいてきたわけではなかった。「摂食量を減らして運動量を増やせ」とする「お説教」を,十年一日のごとく患者にし続けたのである。しかし,お説教が効果を上げることはなく,米国の肥満率は30年の間に2倍以上に増えてしまった。これまでと同じ方法を漫然と繰り返すだけでは社会の肥満化は防げないとする危機感が医療界に広まったゆえんである。

肥満を独立の疾患に「格上げ」

 6月18日,「肥満に対するやり方を改めなければならない」とする医療界の危機感を如実に示す事件が起こった。米医師会代議員総会が「肥満は(独立の)疾患であり,その治療・予防には独自の対処が必要である」とする決議を採択したのである。これまで,肥満は,ややもすると糖尿病や虚血性心疾患等のリスク・ファクターとしか認識されてこなかったことに対し,独立の疾患に「格上げ」することで,対策を強化する姿勢が鮮明にされたのである。

 しかし,今回の決議はすんなり代議員総会を通ったわけではなかった。総会に先立って,米医師会は「肥満を疾患として扱うべきか否か」について「科学公衆衛生専門委員会」の諮問を仰いだのであるが,同委員会は「BMIで肥満を定義するやり方には科学的に問題があり,疾患とみなすのは適切ではない」とする決定を下していた。代議員総会は,専門委員会の諮問を覆す形で,「肥満は疾患」とする決議を採択したのだった。

 専門委員会の決定を覆すに当たって強力な運動を繰り広げたのは,米臨床内分泌学会および米心臓病学会の医師たちだったとされている。2型糖尿病や虚血性心疾患等,臨床の場で,肥満がもたらす重大な結果と毎日向き合っている医師たちが,「肥満に対する医療界の姿勢を改めなければならない」と,今回の決議採択を推進したのである。

狙いは医療界にはびこる古い認識の打破

 今回の決議採択が実質的効果をもたらすのか,それとも象徴的意義にとどまるのかについては,今後の推移を待たなければならないが,少なくとも,決議採択を推進した医師たちは,疾患に格上げすることで,肥満治療についての保険給付を拡大させる効果を狙ったといわれている。現在,肥満治療の保険適用については保険者によって大きな差があり,例えば,低所得者用公的保険のメディケイドにおいて,栄養指導・内科治療・外科治療の3つ全てに保険適用を認めている州は8州にとどまっている。

 保険適用の拡大もさることながら,今回の決議採択の最大の目的は,医療界にはびこる「肥満は生活習慣の問題」とする古い認識を打破することにあったと言われている。というのも,肥満の病態生理についての理解が進むとともに,治療の困難さに対する認識が深まってきたからであり,例えば,生活習慣の改善によって体重減少に成功したとしても食欲調節ホルモン等の内分泌異常や代謝異常が持続することが明らかとなっている。

 実際,今回の決議には,「肥満は疾患ではなく過食と運動不足という生活習慣を体現したものでしかないとする立場は,肺癌は喫煙という生活習慣に起因するのだから疾患ではないとする立場と変わらない」とする一文が入れられ,「肥満を生活習慣の問題で終わらせてはならない」というメッセージが,これ以上はないほど明瞭に述べられているのである。

つづく

:興味深いことに,ここ30年,米国の肥満率は高果糖コーンシロップ(HFCS)の消費量とほぼパラレルに増えてきた。「HFCSの消費増を招いたのは穀類生産偏重の補助金政策であり,米社会が肥満化した根本の原因はその農業政策にあった」とする説が唱えられている。

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