医学界新聞

寄稿

2013.06.10

【寄稿】

研修医教育で強化する院内感染対策

中澤 靖(東京慈恵会医科大学附属病院感染対策室長)


医師の手指衛生遵守率は極めて低い

 標準予防策をはじめとする感染対策の基本的な手技は,臨床に携わるスタッフ全員が理解し実践しなければならない重要事項である。たとえ一部でも,感染対策を十分に行わないスタッフがいれば,病原微生物が伝播し院内感染が発生する可能性が生じるからだ。

 病院感染対策の担当者としては,医師の感染対策に対する認識の低さに危機感を持っている。看護師などは感染対策の教育を比較的よく受けており,手指衛生や接触予防策のコンプライアンスが高いが,医師はなかなか手指衛生を実施しない。当院で医師の手指衛生を直接観察法によって調べたところ,手指衛生の遵守率はたった15%に過ぎなかった。

初期研修は感染対策を学ぶベストタイミング

 医師はどの時期に,誰から基本的な感染対策を学ぶのか。卒前教育では,標準予防策や経路別予防策の理論,血液曝露事故の対応などを講義で学び,臨床実習等で感染対策の教育が実施されている。臨床実習の時間は拡大される傾向にあり,今後は卒前教育の中での感染対策もますます重要になるだろう。

 しかしわが国の現状において,主体的に臨床を行い,院内感染の問題に直面するのは,研修医になってからである。自分の受け持ち患者が院内感染にさらされた場合,その対応をしなければならず,責任の一部を分担する立場にもなるからだ。経験を通して院内感染への理解を深めながら,自分の患者を院内感染から守るためには日々どうしたら良いのかという観点まで認識を向上させる必要がある。感染対策に対する意識をいつまでも持ち続ける医師を育成するためには,モチベーションの高い初期研修の時期に院内感染対策の基礎を教育する必要があるだろう。

 その一方で,研修医は多忙だ。さまざまな知識を吸収しなければならず,感染対策まで注意が回っていない場面もたびたび見受けられる。標準予防策等の感染対策は日常のすべての診察時に実施されるべきものであるから,日々上級医からOJT(on the job training)を受ければよいのだが,感染対策をあまり重視していない上級医からは良い感染対策を学べるはずがない。しかも大学病院においては現場医師の入れ替わりも頻回な上に,専門性の高い上級医が多く,感染対策という極めて初歩的な事項について必ずしも理解があるとは限らない。つまり,現場のOJTのみでは,感染対策の正しい手技やその背景にあるエビデンスを教えることは難しいと予想され,専門的な知識を有する病院の感染対策チームが直接教育し,フィードバックする機会が必要ではないかと考えた。

多様な機会を通して適切な手技とエビデンスを学ぶ

 そこで当院では,初期研修医の2年間を医師の感染対策教育の重要な時期ととらえて,病院の感染対策チームによる教育を以下のとおり行っている。

1)研修医オリエンテーション(4月に開催)
 入職時に感染対策の基本的事項(健康管理,標準予防策,経路別予防策,針事故時の対応)について講義している。特に針事故対策においては,正しい安全作動器具の使用方法についてシミュレーターを用いて教育している。また当院で推奨している血液培養の採取方法についてもビデオにて提示し,教育している。

2)シミュレーション教育(4月・11月に開催)
 シミュレーション教育は本学の教育センターが主催しているもので,7-8人のスモールグループに分かれ,1セッション30-40分の講習をラウンド形式で8セッション受講する。このシミュレーション教育は年2回,1年目の初期研修医全員が参加して行われる。そのうち1セッションを感染対策として割り当ててもらい,主に感染対策手技を教えている(写真)。

写真 本年4月に実施されたシミュレーション教育のもよう。感染対策チームスタッフによる指導のもと,手指衛生の方法やPPEの着脱方法など基本的な感染対策手技について学ぶ。

 4月は実際の診察場面を想定し,エビデンスの解説も交えながら,どのような場面で手指衛生や接触予防を実施すれば良いのかを考えさせると同時に,PPE(個人防護具)の正しい着脱方法等の実地教育も行う。11月には4月と同内容の復習も行いつつ,診察場面では,MRSAによるカテーテル関連血流感染(CRBSI)やC. difficile感染症(CDI)など,より具体的な患者像が設定されている。日常診療で重要な感染症の診断・治療に関する知識が身につくよう工夫されており,感染症診療と感染対策を関連付けて教育している。

 個々の患者に対する適切な感染症診療による感染巣のコントロールは,病院の院内感染対策にもつながっている。当院ではこのシミュレーション教育以外にも,全医師への携帯版「抗菌薬使用マニュアル」の配布や,感染対策チームが日々行っている広域抗菌薬使用患者ラウンドでは,初期研修医とのディスカッションの場を設けるなどの試みを実施している。

3)グループワーク(12月に開催)
 1-2年目の初期研修医全員が小グループに分かれて,病棟内で感染症患者が発生した際の対応についてグループワークを行う。昨年度は12月という時期に合わせ,病棟でインフルエンザの患者が発生した場合の対応について検討した。このグループワークでは,チーム医療の観点から,医師が感染対策の場で果たす役割についても強調している。アウトブレイクや経過途中に発生する医療関連感染を未然に防止するためには,医療チームでリーダーシップをとる医師が感染対策の基本を理解しておくことが不可欠である。

4)ガフキーカンファレンス(年6回開催,年 2回以上参加必須)
 当院では以前から入院後に肺結核と診断される症例がしばしばあり,スタッフや患者の曝露者の増加が院内感染対策上の重要な問題となっていた。その対策の一つとして,医師の胸部X線写真やCTの読影能力の向上を目的とした「ガフキーカンファレンス」を年6回開催しており,初期研修医は最低年2回の参加が義務付けられている。

 このカンファレンスでは,当院で診断された肺結核の症例の読影を参加者にさせ,その後放射線科医師が解説している。2年前から開催しているが,初期研修医は結核の病変を指摘する以前に,粒状影やコンソリデーションなど一般的な画像診断上の所見を理解し,指摘するのに慣れていないことがわかった。そのため現在は,まず結核に限らず胸部X線写真上の基本的な所見を理解・表現する方法をレクチャーするところから始めている。研修医らは,回を重ねるごとに病変を適切に表現できるようになり,日常診療でもこのカンファレンスの効果が生かされているようだ。

 また,このカンファレンスでは,N95マスクのフィットテストも行っており,空気感染予防策の手技も同時に教育している。

5)外科回診時の感染対策手技の教育(随時)
 回診時の清潔/不潔の考え方は,どの外科系診療科においても共通する感染対策上重要な項目である。当院では,外科に配属された初期研修医は,創部の処置を行う場合の適切な感染対策を,感染対策チームの看護師から教わっている。

 以上のような初期研修医に対する感染対策の教育を形づくるにあたり,本学の研修医管理部門をはじめ,附属病院の医療安全部門,放射線科など学内のさまざまな部署の理解が極めて重要だった。感染対策チームとして,日ごろから学内(病院内)の関係者に感染対策の重要性を理解してもらう努力も必要と感じている。

感染対策はすべての臨床医が生涯必要とする手技

 厚労省が提示している臨床研修の到達目標には,「院内感染対策を理解し,実施できる」と記載されている。しかし研修で教育される内容は施設によってまちまちであり,マンパワーが乏しい研修病院では,十分な教育がなされていない可能性もある。感染対策は診療科にかかわらず臨床医として生涯必要とされる手技であることから,初期研修の時期に習得するべき最低限の感染対策の具体的内容が,定められるべきではないかと考える。

 このような研修医に対する教育が,より多くの研修施設で強化されれば,国全体の感染対策も少なからず向上するのではないだろうか。感染対策に限らず,さまざまな施設での研修医教育の取り組みを共有していくことも,今後必要と感じている。


中澤靖氏
1990年慈恵医大卒。92年同第二内科(現腎高血圧内科),2001年同感染制御部所属。08年より現職。10年慈恵医大感染制御部講師。私立医科大学感染対策協議会事務局長を務める。

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