プライマリ・ケア医への臨床研究のススメ(松島雅人,錦織宏,横林賢一,渡邉隆将)
対談・座談会
2013.05.06
【座談会】いつやるか? "今"でしょ!プライマリ・ケア医への臨床研究のススメ | |
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プライマリ・ケア医の皆さんは,日々当たり前のように続けている臨床実践について,「自分のやり方は正しいのかな」「患者さんの予後改善につながっているのだろうか」と,ふと疑問を抱いた経験はありませんか? それこそが,臨床研究が萌芽する瞬間です。研究をすることは,疑問を解決して自らの診療の質を向上させるだけでなく,プライマリ・ケア独自のエビデンスを創出し,領域全体を発展させることにつながります。そして何より,未知の世界から何かを創り出す“楽しさ”をも教えてくれるのです。
本座談会では,プライマリ・ケア領域の臨床研究に携わる4人が,自らの体験を踏まえ,研究の意義と魅力を語ります。あなたの医師生活を一味違ったものにするかもしれない研究,始めるなら“今”です!
松島 まず,出席者それぞれのプライマリ・ケア領域とのかかわり,そして研究とのかかわりから伺っていきたいと思います。
私がプライマリ・ケア領域にかかわり始めたのは,大学院で糖尿病の疫学研究をしていた折,当時普及し始めていたEBMの考え方を学ぶためカナダ・マクマスター大でのワークショップに参加したことがきっかけです。
糖尿病を専攻し,ずっと大学に所属してはいましたが,もともとは“町医者”志望だったことも手伝い,一緒に参加したジェネラリストの方々と親しくなりました。その後大学の総合診療部に移り,プライマリ・ケア医の方々との交流が広がるにつれ研究のニーズを感じ,自分の臨床疫学研究のスキルを活かしてこの領域の研究者を育てていきたいと考えるようになりました。
その思いが実現したのが,文科省の「地域医療等社会的ニーズに対応した質の高い医療人養成推進プログラム」(通称:医療人GP)による「プライマリケアのための臨床研究者育成プログラム」1)です。本プログラムには2008年から毎年約10-20人ほどが入学し,2年間,e-ラーニングを中心に臨床研究を学んでいます。
錦織 私の場合,もともと臨床志向が強く,市立舞鶴市民病院での初期研修の際にも徹底してジェネラルマインドを教え込まれ,“ジェネラル原理主義”的なキャリアのスタートだったと思います。その後,次第によい臨床実践を行うための教育に興味を持ち,後期研修中には初期臨床研修システムの改革にかかわるなど,教育活動にも携わってきました。
その過程で成功も失敗も経験し,自分の実践は果たして正しいのだろうか,という疑問がわいてきたのです。自分自身の教育活動を客観視したい,さらに背景の理論や根拠まで知りたい,という思いから大学院に進み,英国にも留学しました。帰国後は,医学/医療者教育研究を主に行っていますが,最近では質的研究やアクションリサーチを用いた臨床研究にもかかわるようになってきました。また,臨床マインドは相変わらず強いので,洛和会音羽病院の総合診療科で診療にも従事しています。
松島 錦織先生には,「ジェネラルマインドを持った研究者」としての立場からお話を伺いたいと思っています。
一方渡邉先生,横林先生はともに,本学の研究者育成プログラムの卒業生です。
渡邉 私はもともと家庭医志望で,後期研修では診療所で家庭医療を中心に学びました。その後,しばらくは診療しながら後輩の教育に当たろうと考えていましたが,メンターの藤沼康樹先生(医療福祉生協連家庭医療学開発センター:CFMD)と相談する中で研究の重要性を認識し,リサーチフェローという立場で,育成プログラムを含めた4年間を過ごすこととなりました。
現在は研究日を週1日確保し,それ以外の日は診療所長として臨床をしつつ,合間の時間を研究に充てている状況です。
横林 私も,いろいろな人の人生にかかわってみたくて,高校生のころから家庭医を志して今に至ります。ただ実際に家庭医になってみると,とても奥深い仕事である反面,独り善がりになりやすいとも感じます。エビデンスが乏しい,あるいは海外からの“借り物”のエビデンスしかないなか「患者さんが笑顔であればいい」という気持ちだけでは,いつの間にか主観的・恣意的な医療を行ってしまう可能性もぬぐいきれない。そんなことを漠然と考えていたとき,家庭医の師匠・藤沼先生を介して松島先生のプログラムに誘っていただきました。
在籍中に実現できたのが「在宅高齢者の発熱」に関する一連の研究であり(註),家庭医としての臨床の中で疑問に思っていたことを,研究としてかたちにできた意義は大きかったと感じています。
研究が満たす“欲求”とは?
松島 さて,プライマリ・ケア医として,毎日臨床現場で忙しく過ごす中,その合間を縫って,なぜ研究をするのでしょうか。横林先生のお話からは,プライマリ・ケアの現場からのエビデンスを創出したい,という普遍的理由と相まって「独善的になりたくない」という内在的意識がモチベーションになっているように感じましたが,いかがですか。
横林 そうですね。エビデンスが乏しいため,医療の入り口を担うはずのプライマリ・ケア領域に人的・物的資源が還元されず,その対象となる人たちの満足度も低くなる。資源がない状態が続くことで,さらにエビデンスも生み出しにくくなる。そうした“悪循環”への問題意識と,「独り善がりになっていないか確認したい」という自分の“心の声”が重なり合ったところで,研究への意欲も,テーマも生まれるように感じています。
錦織 プライマリ・ケアのコンテクスト(文脈)をベースにした問いは,まだまだ解かれていないという実感があります。近年注目されている質的研究を用いて,プライマリ・ケアの文脈と切り離すことなく未知の問いを解き明かしていきたいという思いも,原動力の一つとなっているのかもしれません。
松島 プロセスを重視する質的研究の手法は,“心の声”に応えていく作業とも何となくフィットする気がします。
渡邉 何らかの形でリサーチに常に触れ,エビデンスの構築に携わっていれば,他からエビデンスを引用する際にも「RCTだから素晴らしいはずだ」といった表面的な評価ではなく「この領域ではRCTの実施は現実的に困難だから,RCTではない文献を,自身のセッティングとの差異を意識しつつ参照するのが妥当だろう」など,自分なりの判断で適切に活用できると思います。エビデンスを正しく使えれば臨床の質の維持・向上につながりますから,それだけでも研究をするメリットは非常に大きいと,個人的に感じています。
松島 研究にかかわることで,自分自身でエビデンスを作り出すことはもとより,既存のエビデンスも適切に使えるようになる。それらのことが,結果的に臨床実践の充実に結びついて患者さんの満足度を上げるし,さらには自らの“内なる欲求”も満たせる,というわけですね。
■日本版「アカデミックGP」を増やしたい
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