医学界新聞

2013.02.18

Medical Library 書評・新刊案内


小児から高齢者までの姿勢保持
工学的視点を臨床に活かす 第2版

日本リハビリテーション工学協会 SIG姿勢保持 編

《評 者》小池 純子(横浜市総合リハビリテーションセンター長)

総合リハビリテーションの視点から姿勢保持について説き起こす

 初版から5年,車いすや座位保持装置に関する法制度の改正,姿勢保持に関する新たな知見や技術を加えて,内容を大幅に刷新した改訂第2版が上梓された。

 人体の機能や構造の不全や欠損に関わる治療は,細胞レベルの研究や臓器移植など,その成果や社会問題としての側面がしばしばメディアに取り上げられる。人体の,とりわけ運動器の機能や構造の不全や欠損に対するもう一方の取り組み,義肢・装具・車いすなどについては,先のロンドンパラリンピックで,さまざまな競技用車いすや義足が,観衆の目を驚かせることはあっても,普段はあまり関心を寄せられないのが実情である。

 身体障害者が自由に活動し,参加するためには,姿勢,移動,そしてコミュニケーションの確保,環境設定は不可欠であり,そのなかでも姿勢保持はあらゆる活動の基盤となる。身体の麻痺や変形のため姿勢を自力で保つことが困難な状況を改善するため,「身体各部のポイントを外的に支え,安定した姿勢や自発的な動きを引き出す姿勢を維持しやすくする方法」が姿勢保持の技術である。

 本書の特徴は,姿勢保持が困難な方々への支援について,「総合リハビリテーションの視点」をもって書き進められており,執筆者らの所属する日本リハビリテーション工学協会の立ち位置である「工学」を超えて,障害児者や高齢者が人生に向き合おうとする積極的な「姿勢」をも応援するぞ! との熱意が読み取れるところである。また,このような障害者のニーズに応えるためには,多職種のかかわりが必要となるが,医学,教育,福祉,介護,工学,製作などさまざまな専門領域の読者を想定し,写真・図を多用して視覚的にわかりやすく飽きさせない工夫がされている。

 本書は,「姿勢保持の基礎知識」「小児」「高齢者」「姿勢保持装置製作の実際」「生活支援と姿勢保持」の5章から構成され,巻末に支給制度にかかわる資料が添付されている。「小児」の章では,脳性麻痺,Duchenne型筋ジストロフィー,二分脊椎を取り上げ,発達・姿勢制御のメカニズムから説き起こし,ADL,遊び,学習,余暇活動場面での姿勢保持に言及している。教育現場での教材として工夫された,姿勢保持装置のネーミングの妙には思わず笑みがこぼれる。「高齢者」の章では,脳血管障害,中心性頸髄損傷,パーキンソン症候群,脊髄小脳変性症,筋萎縮性側索硬化症,関節リウマチを取り上げ,加齢による心身と姿勢の変化について,施設生活の考え方や介護時のリスク管理も含め対応を紹介している。「姿勢保持装置製作の実際」では,測定した身体寸法を記録する情報カードなどの例示がされているが,コピーして実際に使用できるようにとの親切さである。

 最後に,本書は装置を使って遊びやスポーツを楽しむ子どもたちの写真,その笑顔に心が和む本でもある。われわれ,リハビリテーションに携わる者は,この笑顔のために,日々地道な努力が続けられるのである。

B5・頁256 定価4,935円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01541-7


ブルガダ三兄弟の
心電図リーディング・メソッド82

野上 昭彦,小林 義典,鵜野 起久也,蜂谷 仁 訳
Josep Brugada,Pedro Brugada,Ramon Brugada 著

《評 者》三田村 秀雄(東京都済生会中央病院心臓病臨床研究センター長)

心電図を読むことへの興味をかき立ててくれる書

"The Kiss of the Girl from Ipanema."

 これが何のことかを知るだけでも一読の価値がある。

 心電図の解説書は次から次へと出てくるが,どれを読んでも本当に読めるようにはならない,多くの読者がそう嘆いているに違いない。確かに心電図は深い。特に不整脈の読みは基礎的な電気生理学的法則を理解した上で,後は幾何学の問題をパズルのように解いていく頭の体操みたいなものである。心電図の診断基準を羅列しただけの本を読んだだけでは,読めるようになった気がしないし,実践にも役立たない。心電図は読む人の「好奇心」と「ねちっこさ」がなければ,猫に小判でしかない。でもそのきっかけとなる興味をかき立ててくれる導火線の役割を担うのが本書である。

 できる人はその推理の進め方にセンスと冴えがある。名だたる不整脈学の権威は皆,心電図が好きで,皆,それを読みこなす才能を兼ね備えている。あたかも先天性のように。いや,もしかしたら本当に先天性なのかもしれない。そう思わせるのも本書の執筆者が,あのブルガダ三兄弟だからにほかならない。

 Pedro,Josep,Ramonの三兄弟はスペイン生まれで,バルセロナの大学卒業後にこの道に入ることになる。その後,各人が世界を股にかけて活躍中である。後にブルガダ症候群と名付けられた最初の症例報告は1992年,PedroとJosepが発表し,Ramonは1998年,在米中にNatureに発表された特発性心室細動の分子生物学的研究で有名になった。ちなみにブルガダ症候群という名前は1996年にJACCに掲載されたわれわれの論文で初めて使用したものであるが,白状すると,ブルガダ症候群と名付けてしまえば査読者のブルガダ某がきっと採用してくれるだろうと読んだゴマすりがきっかけである。

 さて本書の内容であるが,三兄弟が長年かかって大事に集めた愛すべきケースが全部で82例,取り上げられている。いずれも珠玉の心電図といえるようなものばかりである。個人的には心房梗塞の心電図につい見とれてしまった。それぞれ代表的な記録がまず,右側ページに示され,そこには最初に掲げたような奇抜なタイトルが付いている。それだけで,読者はそこに何が秘められているのか,探索せざるを得ない気持ちになってくる。一例ごとに工夫を凝らしたタイトルが付けられており,それが何の意味なのか,深読みするのもまた楽しいが,訳者の野上昭彦,小林義典,鵜野起久也,蜂谷仁の各先生にとっては心電図の解読よりもこの翻訳が難しかったに違いない。

 面白いのはそれぞれの心電図にゆかりのある人達の名前があげられており,その人達にささげる,という形式を取っていることである。なぜこの人にささげるのか,と変なことを考えるのもまた一興である。ブルガダ波形の心電図はCharles Antzelevitchにささげられていた。この心電図は当然ながら「Our most precious jewel」として提示されているが,なぜかこれが一番,平凡な心電図に見えてしまったのは私だけであろうか。Michael Haissaguerreにささげられたのは「Concepts are changing」と題された心電図で,これなんかもP on Tで始まらない肺静脈起源の心房期外収縮が紹介されていて面白かった。

 とにかく楽しみながら,深みにはまっていくのが本書である。ブルガダ三兄弟がこんな部分に興味を持ったのだ,と知るだけでも面白い。多分,翻訳者達も苦労しながら,でも存分に楽しんだに違いない。今度は読者が楽しむ番である。

 そういえば,「Super-wolff」,これもこの本に教えてもらったすてきなサインである。「イパネマの娘のキス」も多分,一生忘れないだろう。何なのかは本書を読んでからのお楽しみ。

B5横・頁232 定価4,725円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01544-8


精神療法の基本
支持から認知行動療法まで

堀越 勝,野村 俊明 著

《評 者》古川 壽亮(京大大学院教授・健康増進・行動学)

認知療法,認知行動療法と騒ぐ前と後に

 堀越勝先生が『精神療法の基本――支持から認知行動療法まで』を書き下ろしてこのたび医学書院から上梓されると聞いたとき,「いよいよ堀越先生,動き出されたな!」と喜びました。書評をお引き受けし現物を送っていただいて,本書が堀越先生の書き下ろしの部分と,野村俊明先生との対談の二部構成になっていることを知ったとき,「素晴らしい。堀越先生の真価を発揮してもらうのに,これに勝る形式はないぞ!」と驚きました。

 読み通してみて,まさに期待に違わないと感じました。堀越先生と私とは約10年来の知り合いで,この10年間は私自身が認知行動療法を学び,また若い人に教えるようになった10年でもあったので,さまざまな機会を通じて堀越先生に教えていただきながらようやくその任をこなしてきたというのが真実です。その過程で私の中には「堀越語録」がたまっています。この知恵をぜひ日本で精神療法を学ぶ人のみならず,メンタルヘルス関係者すべてにシェアしていただきたいと思っていたので,今回の出版ほど時宜にかなったものはありません。本書の中に堀越先生の知恵が詰まっています。以下にその一部を,私の中の「堀越語録」に照らし合わせながら,お伝えしましょう。ただし,「堀越語録」とはいえ,私というフィルターを通しての記録ですから,以下の引用の責任は私にあります。

 堀越先生の一貫した主張のその一は,「精神療法とは何ら深遠な名人芸ではなく,(ほとんど)誰でもが学べる技法である,ただし学ぶためには(今の日本の実情からは)想像を超える練習が必要である」です。その練習をするにも,これまた「芸を盗む」などという密教もどきの世界ではなく,学習者が学べるように工夫した具体的なステップがあり,堀越先生のワークショップではその手練手管がまるで手品のように繰り出されますが,本書第1章にもその一部が開陳されています。第1章のステップ1の原則の辺りがそうですね。

 堀越先生の主張のその二は,「認知行動療法は確かに実証的な基盤が一番豊富なので大切ですが,それ以上にそしてそれ以前に,基本的な精神療法を身につけていなくては,認知行動療法はできませんよ」です。自分が育ってくる中で身につけた素のコミュニケーションスキルの上に認知行動療法を乗せるのではなくて,基本的なコミュニケーションスキルを習得する訓練をしなくてはまさに"木に竹を接ぐ"の例え通りになります。本書の副題が「認知行動療法まで」となっているのは,そのためです。

 また,堀越先生は,「エビデンスがある,エビデンスがある」と騒ぐ人がいるが,エビデンスがあるということはそのエビデンスの元となった臨床試験の通りにするからエビデンスがあるといえるのだとも指摘されます。今の日本で認知行動療法を行っている人の中でどれだけの人が,臨床試験の中でどのようにされているから認知行動療法が対照群よりも有効性が高いことが示されるのかを実体験を通じて知っているでしょうか。また,エビデンスを冷徹に眺めたとき,認知行動療法は今世間に叫ばれているよりもはるかに相対化されます。堀越先生はそのことも十分に知って(というのは,先生の訓練の始まりが精神分析であったからでもあるのでしょうが),本書を書いておられます。だから,本書はやはり「精神療法の基本」なのです。

 堀越先生のアプローチは極めて実践的,学習的,効果的です。精神療法のステップを「助けて」「どうされましたか?」「どうしましょうか?」「~しましょうか?」「いかがですか」「さようなら」という具体的な言葉がけにサマライズしているところに,堀越先生のアプローチが象徴的に現れているといえるでしょう。

A5・頁288 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01672-8


医療事故の舞台裏
25のケースから学ぶ日常診療の心得

長野 展久 著

《評 者》徳田 安春(筑波大大学院教授/筑波大附属病院水戸地域 医療教育センター・水戸協同病院総合診療科)

紛争事例から得られた貴重な教訓が満載

 この本は損害保険会社の顧問医師により書かれたものである。本書で記載されている25のケースはドキュメントファイルと呼ばれ,実際の医療紛争事例を臨場感あふれるドキュメンタリー風のケースシナリオにアレンジしたものであり,なぜ医療事故や訴訟に至ったのかが丁寧に解説されている。数多くの医療事故での紛争を観察した著者ならではのことであるが,賠償金の支払いをめぐって医師側に責任があるのかないのかなどについてのポイントがわかりやすく記載されており,貴重な教訓が豊富にまとめられている。

 第一章では,診断での思い込みや見落としなどのピットフォール・バイアスによる診断エラーについてのケースファイルが収録されている。続く第二章では,患者さんや家族に対するインフォームド・コンセントの在り方が問われたケースファイルが記載されている。そして第三章では,検査や治療のための医療手技に関連する事故についてのケースファイルが収録されており,CVカテーテルや内視鏡手技に伴う事故などで争われたものが集められている。

 それぞれのケースファイルの項の最後には,教訓として箇条書きにポイントがまとめられており,読者にとってはこれからの診療の助けになる。例えば「コンビニ救急受診の患者さんの診療には注意を要する」ことなどが明言されており,リスクの多い現場の具体例を示してくれている。他科への紹介などへの注意点,初診患者のバイタル測定の重要性も強調されており,評者も同感である。

 症例のピットフォール例において特に印象的であったのは,検査にかなり依存した判断を行った場合に診断エラーが起こっているケースが目立っていたことである。例えば,小児の重症細菌感染症に対して,初期CRP値が高値でなかったということで,重症度の判断を誤った症例がある。経験ある医師による重症感やバイタルサインによる判断を重視すべきである。また,大腸閉塞の患者に対して,腹部X線所見で便秘として判断を誤った症例がある。患者の病歴,重症感,身体所見を軽視し検査に溺れる誤診例であろう。

 この書にはまた,11の有用なコラム記事がある。この中で法律用語がやさしく解説されており,また診療現場での医療事故を防ぐような簡単な工夫のポイントなどがある。医師が診断パフォーマンスをハイレベルに維持するために重要な点に,平静の心を保つ,と『平静の心――オスラー博士講演集』(医学書院)にも記載されている。本書にも同様に,自身の陰性感情に気付いたらまずは深呼吸するようにと,医師の感情的な動揺のコントロールの仕方などが記載されており,実践的で役立つアドバイスである。

A5・頁272 定価2,625円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01663-6


運動器疾患の「なぜ?」がわかる
臨床解剖学

工藤 慎太郎 編著

《評 者》板場 英行(川田整形外科リハビリテーション科統括部長)

直面する臨床徴候の発現機構を考える上での糸口となる一冊

 医学書院から,理学療法士である工藤慎太郎氏の編著による『運動器疾患の「なぜ?」がわかる臨床解剖学』が出版された。理学療法士養成校で学生教育に専念し,現在は運動器疾患の理学療法を臨床で実践している立場から本書を書評する。

 骨・関節・筋系障害の運動器疾患理学療法は,理学療法業務の根幹的存在である。理学療法士は,運動機能障害を有する対象者(機能障害に関連する活動制限,参加制約を含む)に対峙し,何を評価し,どのような治療を行うかを最初に考える。

 理学療法の対象はヒトであり,理学療法士が実施する理学療法は,失敗の許されない最大効果の治療帰結に向けたスキルとアートの集積である。対象者に対する的確で最良の理学療法を提供するためには,臨床における諸現象を憶測や経験に頼ることなく,得られた臨床データから推論した仮説に基づいた治療介入と再評価を通して,仮説の証明・棄却を行いながら対象者の問題を論理的に解決するプロセス(臨床推論)を構築する必要がある。

 この臨床推論能力獲得には,臨床実践の基盤となる「ものの考え方」を堅持した上で,さまざまな次元(知識・認知・超認知)で推論,検討,考察,思考,決定する自己能力の涵養が要求される。臨床推論過程は,理学療法士養成校や卒前の臨床実習において,相応の教育・指導が展開されるが,その確立には国家資格取得後10年以上の持続した臨床実践に基づく自己研鑽が必要とされる。

 日々の臨床の中で,「なぜ?」という疑問を持ち,その解決に向け,最良の判断/判定/考察/対応ができる専門家が理学療法士であるといえる。

 運動機能障害に対する理学療法は,的確な障害評価分析(3モデル:運動学的,病理運動学的,運動病理学的)を基に,関連学際領域(3学際領域:機能診断学,障害分析学,臨床判断学)を駆使し,統合的・包括的治療(3根拠治療:実践的,科学的,叙述的)に向けた治療方略が必務である。

 本書は,理学療法士が日常の臨床で担当する頻度の高い20例の骨関節系運動器疾患に対し,臨床徴候や障害像を解剖学的視点から考察,解釈,説明したものである。執筆者は臨床に従事する傍らで,学生時代に解剖学書で学んだ「人体地図」の再学習を実践し,その学問的基盤を基に運動器疾患の運動療法を見つめ直している。

 その内容は,肉眼解剖学的見解を中心に,病態解剖学,臨床運動学,運動機能障害分析学を包含している。1950年代から最新のものまでの有益論文を参考・引用し,「なぜ,そのような臨床徴候が発現しているのか」を臨床解剖学的見地から説明し,理学療法治療への示唆を提示している。

 日常業務に忙殺されて看過しかねない問題や疑問に対して,解決の糸口を与えるセラピスト必携の一冊である。読者となるセラピストには,本書に記載されていない疾患に対しても,直面する臨床徴候の発現機構を考える「臨床的くせ」を持ち,その臨床的集積が臨床推論能力の向上につながることを望む。

B5・頁232 定価4,830円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01498-4


パルス波ECTハンドブック

Mehul V. Mankad,John L. Beyer,Richard D. Weiner,Andrew D. Krystal 著
本橋 伸高,上田 諭 監訳
竹林 実,鈴木 一正 訳

《評 者》粟田 主一(東京都健康長寿医療センター研究所研究部長)

パルス波ECTの知識水準を高め,治療手技の議論を深める重要な書

 本書は,米国のデューク大学メディカルセンター精神行動学のWeiner教授と,同センターのスタッフであるMankad臨床助教授,Bayer助教授,Krystal教授によって執筆されたパルス波ECTの系統的教科書である。

 1930年代後半にイタリアのCerlettiとBiniによって精神科治療に導入されたECTは,その後の70年の歴史の中で,麻酔,酸素化,筋弛緩,発作モニター,パルス波型治療器の導入など安全面での改良が重ねられ,今日ではある種の精神障害(重症の精神病性うつ病や緊張病など)に対しては最も有効かつ安全な救命的治療法であることが広く認識されている。それにもかかわらず,この治療の利用度に不均衡があるのは,専門家以外の人々が抱く有害作用についての誤解と,ECTに携わる精神科医がそもそも不足していることによる,と本書の序論で指摘されている。この事情は日本も同じである。有効かつ安全なECTを普及させるためには,知識と技能を持った医師と関連スタッフの育成が欠かせない。

 本書の監訳者の一人である本橋伸高氏は,2002年にパルス波ECTをわが国に導入し,わが国における安全なECTの普及,治療手技の標準化,教育体制の整備において中心的な役割を果たしてきた精神科医である。また,監訳者の一人である上田諭氏と訳者の鈴木一正氏は,実際にデューク大学のWeiner教授の下でパルス波ECTの治療手技を学び,竹林実氏とともに,ECTの有効性と安全性に関するわが国独自の臨床エビデンスの蓄積に貢献してきた研究者であり臨床家である。上田氏の言葉を借りると,「頭に100ボルト前後の電気を流す,けいれんが起きるということで治療がほぼ完結する」サイン波ECTとは異なり,パルス波ECTには「麻酔,電気刺激,発作後反応の段階でのさまざまなパラメータを適切に設定し,評価する」という治療手技がある。欧米に比べて,わが国におけるパルス波ECTの歴史はまだ浅い。そのためにパルス波ECTの有効かつ安全な治療手技をめぐる議論も未熟な状況にある。議論を深めていくためにも,まずはパルス波ECTの治療手技に精通する必要がある。

 本書の第1部にはパルス波ECTの歴史,適応,患者の評価について,第2部には電気刺激の基礎理論,臨床の実際(刺激用量設定の方法や発作の適切性の評価など),使用する麻酔薬や他の薬物の選択について,第3部には発作時の運動反応,脳波反応,心血管反応のモニタリングについて,第4部には有害作用,適切な発作への対処(発作の増強法や遷延発作への対処など),急性期ECT,維持ECT,ECT施行手順についての解説がある。いずれも簡潔かつ実践的な記述であり,今日的な議論についてもわかりやすく要約されている。本書は,わが国におけるパルス波ECTの知識水準を高め,治療手技の議論を深める重要な書である。ECTに携わるすべての臨床家にご一読いただきたい。

A5・頁224 定価5,250円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01565-3


成人期の自閉症スペクトラム診療実践
マニュアル

神尾 陽子 編

《評 者》加藤 進昌(昭和大附属烏山病院長)

需給のミスマッチの現場ですぐに役立つマニュアル

 自分が自閉症スペクトラム(ASD)ではないかと疑って,一般精神科を受診する成人が増えている。この場合,児童期に診断を受けた例はごく少数であり,児童期の自閉症およびその後に成長した臨床像を想定した今までの議論とは対象を異にする可能性が高い。しかもその有病率は本書にもあるように,およそ1%と見積もられている。多くの一般精神科医にとっては,いきなりなじみのない患者群が現れたに等しく,戸惑いを覚えている方が多いのではないだろうか。同じことは患者とその家族にも当てはまるように思う。これまでの長い挫折や引きこもりに疲れ果て,ようやく見つけた一縷の希望から医療機関を訪れても,診断だけで治療も具体的な指針もないままに帰ることが多いと予想される。場合によっては診断もはっきりしないことが多いかもしれない。

 本書は,この需給のミスマッチの現場ですぐに役立つマニュアルとして用意されたものである。II部構成になっており,まずI部では,診療現場で問題になることが多いテーマを順に選んで,具体的に説明されてあり,実際的である。また,患者や家族から質問を受ける頻度の高そうなポイントについてコラムが用意されているのは,出色といえよう。II部では30例の症例報告が挙げられている。ボリュームはほぼ同等であり,具体的な症例記述が多いことが,本書の最大の特色であるように思われる。内容面では,この編集に当たった神尾陽子氏の文章は,豊富な経験と内外の文献への該博な知識がうかがえ,読み応えがある。

 あえて問題を挙げるとすれば,症例編で女性例が3分の1を占めている点であろうか。コラムにあるように,典型例や不適応が目立つ例はASDに関する限り,男性が圧倒的に目立つというのが私の臨床的実感であり,本書は女性例がやや多すぎる。私の経験では女性例はむしろ「ASDもどき」が目立ち,典型例中心に社会的スキルを訓練する当院のデイケアでは男女比は4:1くらいになる。一方,非典型例である特定不能の広汎性発達障害(PDD-NOS)という診断例ではせいぜい2:1,「ASDではないと思います」という群になると男女比は逆転する。ただし,この診断の微妙さは現在の診断基準の問題点と直結しており,むしろ臨床現場を正直に反映しているということかもしれない。読者は症例記述をうのみにするのではなく,多少批判的に受け止めて読み進めるようにすれば,より深い理解に到達できるようにも思う。

 いずれにしても,混乱する臨床現場にとりあえずという形で,マニュアルを提供した試みは高く評価したい。今後は就労支援の実例やその具体的な方法などをさらに充実させて,臨床医たちにとってのゴールドスタンダードをめざしてほしいと願うものである。

B5・頁208 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01546-2

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