終末期の“物語り”を充実させる(清水哲郎,佐藤伸彦,会田薫子)
対談・座談会
2013.02.04
【座談会】終末期の"物語り"を充実させる「情報共有・合意モデル」に基づく意思決定とは | |
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終末期医療の在り方をめぐる議論が高まりを見せている。特に人工栄養,なかでも胃ろう造設の是非をめぐる議論は社会的にも関心の高いテーマとなった。しかし,現在も医療者や国民の間で一定の共通理解は形成されておらず,患者一人ひとり異なる終末期における"最善"を実現するために,現場では日々難しい判断が求められる。
本座談会では,終末期の患者の最善をいかに実現するか,高齢者ケアにおける人工的水分・栄養補給に関する医療者の意識と実践を調査した会田氏と,医療者である佐藤氏,臨床倫理学の観点から清水氏が議論した。
会田 現在,慢性疾患の終末期における医療およびケアへの関心が高まっています。そのなかでも最も注目されているテーマの一つが,終末期と考えられる高齢患者に対する人工的水分・栄養補給法(AHN:Artificial Hydration and Nutrition),特に胃ろう造設の是非をめぐる議論です。本日はその議論を起点に,人生の最終章とも言える終末期を充実させる術を探りたいと思います。
「終末期の生の在り方」への共通理解のなさが議論の根本に
会田 かつての日本では,脳血管障害や認知症などの慢性疾患の終末期に,経口摂取が永続的に不可能となり,また意識レベルの低下によってインフォームド・コンセントはもちろん,意思疎通も困難になった寝たきり状態の高齢患者に対しても,AHNとして胃ろうを導入する状況があったようですね。
佐藤 長期のAHNには,中心静脈栄養法や経鼻経管栄養法,PEG(経皮内視鏡的胃ろう造設術)による胃ろう栄養法などがあります。そのなかで胃ろう造設が増加した背景には,出来高払いから包括払いへの診療報酬制度体系の変更,短い在院日数で転退院させなければならない急性期病院側の事情,PEGの保険点数の上昇など,複合的な要因があるでしょう。それらに加え,安全性が高く,造設が簡易であるが故に,安易に実施されてきたという理由もあったのだと思います。
清水 2000年代前半ごろまでは,「口から食べられなくなったら胃ろう」という考えを,多くの医療者が持っていたように思います。佐藤先生はそのような終末期医療の在り方に当時から疑問を持っていらっしゃいましたが,そのころは少数派だったのではないですか。
佐藤 そうでしたね。2004年の日本慢性期医療学会で,胃ろうを造設せずに自然の経過に任せて看取った症例を発表したところ,フロアの聴講者から「先生は患者を餓死させるのですか」と言われたことがあったぐらいでしたから。現在では,適応の判断が適切になされないと患者や家族の不利益に帰結する事例もあることが浸透し,ようやく社会的に議論されるまでになりました。
清水 議論が必要になった背景には,医学的な妥当性が明確でないことがあるのはもちろんですが,そもそもその妥当性の基準になる「終末期の生はどう在るべきか」という共通理解が,現在の社会で形成されていなかったことがあると考えています。そのため,胃ろうを中心としたAHNを導入することにも,あるいは導入しないことにも「倫理的な問題を感じる」という迷いが多くの医療者の内に生じているのでしょう。現在,議論を通して,その共通理解が形成されつつあるところと言えます。
医療者・患者・家族,共同の意思決定が求められる
会田 2012年1月,高齢患者の終末期医療の在り方について,「『高齢者の終末期の医療およびケア』に関する日本老年医学会『立場表明』2012」1)が公表されました。胃ろうなどの経管栄養や気管切開,人工呼吸器装着について,患者本人の尊厳を侵害したり,苦痛を長引かせる原因となり得る場合,複数の医療者と患者・家族との話し合いの上で差し控えや,一度開始した栄養分の減量,中止も臨床上の選択肢になると明言されています。
それを受ける形で同年6月には,現場の医療・介護・福祉従事者がAHN導入をめぐって適切な対応ができるよう,日本老年医学会「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン――人工的水分・栄養補給の導入を中心として」2)が策定されました。ガイドライン作成ワーキンググループでは,清水先生がその中心を担っていらっしゃいましたね。
清水 ええ。私のような医学の専門家ではない者がガイドライン作りに参加したことは,一つの特徴と言えるでしょう。終末期における医療およびケアを取り巻く課題は,医学的見地からの検討だけでは結論は得られず,人々の生活,さらには日本人の死生観といった点まで考慮していく必要があります。ですから今回のガイドライン作成には,看護や介護の専門家はもちろんのこと,人文・社会科学の専門家も議論に加わりました。
会田 ガイドラインの構成は,第1部「医療・介護における意思決定プロセス」,第2部「いのちについてどう考えるか」,第3部「AHN導入に関する意思決定プロセスにおける留意点」となっています。意思決定に至るまでの過程を重視していますが,何がその要点となるのでしょうか。
清水 「情報共有」から「合意」へというプロセスを通して意思決定に至ることです(図)。つまり,医療者側は科学的根拠に基づき,生物・医学的な観点から,人々の共通の価値観と考えられているものを物差しに,選択可能性のある手段を示します。患者本人・家族側はその情報を受け,自分たちの人生計画,価値観と照らし合わせ,人生の"物語り"のなかに,どう治療を組み込もうかと考えることになります。医療者側は,そこで患者本人の側からその人生の物語りを伴う意向を聴きとる。このように医療者側と患者本人・家族側との対話を通し,互いの持っている情報を共有して,両者が納得できる合意を形成し,それを実行することが大事なのです。
図 「情報共有・合意モデル」に基づく意思決定プロセス |
会田 医療者側の医学的見解のみ,あるいは患者本人・家族側の意向のみで決定するのでは不十分ということですね。
清水 そうです。そもそも医療者が提示できるのはあくまで「その時点の身体の状態から導き出した一般的な判断」であり,それは患者本人・家族側の「このように生きたい」という希望と調和するとは限りません。かといって,医学的根拠を無視し,誤解や思い込みを含んでいる可能性のある患者本人・家族側の意向に「本人の意思尊重だ」として従うだけでは,本人や家族の益を真に実現することにはならないでしょう。
さらに言えば,「生きていることは良いことであり,多くの場合本人の益になる」には違いないのですが,当該患者にとってそれが最善か否かも個別に評価しないとならないのです。
佐藤 終末期医療における選択肢の増加,価値観の多様化がみられる現代においては,医療者と患者本人・家族とのコミュニケーションの重要性がますます高まってきたと言えますね。
会田 「差し控えや中止の刑事責任を問われるのでは」と心配される医療者は少なくありませんが,その点は問題ないのでしょうか。
清水 本人の最善をめぐって,患者本人にかかわる人々とコミュニケーションを通して意思決定プロセスを進め,全員で合意を得た結果としての選択と実行は,倫理的に適切な手法で進められた意思決定です。その要件を満たせば,後になって司法が介入することは「実際上はあり得ない」と私たちの研究班の一人である樋口範雄教授(東大法学部)が保証しており,ガイドラインを作る過程でも多くの法律家がこの点について支持を表明してくださっています。
会田 清水先生が示した「
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