地域包括ケアの未来地図を描く(辻哲夫,秋山正子,新田國夫,松田晋哉)
対談・座談会
2013.01.07
【新春座談会】
2025年の医療と介護
地域包括ケアの未来地図を描く
辻 哲夫氏(東京大学高齢社会総合研究機構特任教授)=司会
新田國夫氏(医療法人社団つくし会理事長/全国在宅療養支援診療所連絡会会長)
秋山正子氏((株)ケアーズ 白十字訪問看護ステーション統括所長)
松田晋哉氏(産業医科大学公衆衛生学教室教授)
要介護者の急増や急性期病院の機能不全などの悲観シナリオを回避する上では,在宅医療の充実や人材育成は喫緊の課題である。それはまた,超高齢社会にふさわしい医療・介護の在り方を模索することにもつながっていく。病院医療を含む地域包括ケアのネットワークをどう構築するのか。そしてそのめざす先はどこにあるのか。2025年の未来地図を描き出す。
喫緊かつ重要な2025年問題
辻 将来人口推計(グラフ解説図2)をみると,全体の人口が減少するなかで75歳以上人口は増加し続け,団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)となる2025年ごろには全人口の約2割に達します。集団としてみた場合,75歳を超えると心身の自立度が低下傾向となる。もちろん大変元気な方もいますが,集団としては虚弱となり,やがて亡くなるわけです。このような事態は人類が経験したことのないものであり,「2025年問題」とも言われるこのときに向けてどのような準備をするかが問われています。
特に,大都市圏の急性期病院は,入院患者の急増で機能停止する恐れがあります。つまり,通院困難な虚弱高齢者に対して,病院だけでなく,生活の場で高齢者を支える在宅医療が必要になる。このように医療の在り方自体も問われることになります。これこそが,2025年問題の本質だというふうに私は考えています。
新田 入院医療の受け皿が今後大幅に拡充されることは考えづらい。そうなると,2025年をめどに,在宅医療を含む地域包括ケアを普及・定着させる必要があります。特に在宅医療については,在宅療養支援診療所の医師はもちろんのこと,地域の開業医も担わなければなりません。ただ,このままでは難しいと感じています。なぜなら,診療所の多くが臓器別医療の延長線上にあるからです。別の言い方をすれば,専門医が家庭医教育を受けない状況で開業しているということです。
今後急増する高齢者は,例えば糖尿病や心臓病,整形外科疾患を併せ持つような人たちです。そのような高齢者を,いまの「専門医集団としての開業医」では診ることが困難ではないでしょうか。在宅医療に必要とされる能力の習得を個々人の努力に任せていては,2025年問題において必要とされるニーズに追いつかないだろうという危機感を持っています。
辻 医師の教育の問題についてさらに言うと,2025年から2040年をひとまずの勝負の時期と考えるならば,卒前教育の改革だけでは間に合わないのですね。切実な問題として,現在の開業医が在宅医療に取り組むための教育システムが必要であり,残された時間は少ないのです。
「地域全体を病棟」とみなし,協働する
辻 現在100万人を超えた年間死亡者数は今後さらに急増し,団塊の世代が90歳を迎える2040年には170万人近くに達すると予想されます。日本人の8割が病院で亡くなる今の状況のままでよいのかも問われることとなります(グラフ解説図6,7)。
松田 多死社会を迎えることで,これから日本人は,好むと好まざるとにかかわらず,ターミナルの一時期を在宅で過ごすことになるわけです。そうすると,いままでの「診療所からの往診としての在宅医療」ではなく,「入院医療の延長線上としての在宅医療」を想定する必要があるのだと思います。
辻 いわば地域を病棟化する必要があるのですね。そのときに求められるのが,「ソロプラクティスを主体とした日本の開業医の在り方で果たして対応できるのか」という課題の解決です。
新田 在宅医療の拠点として厚労省が2006年に制度化した「在宅療養支援診療所」には,必要に応じて他の医療機関等と連携を図りつつ,24時間体制で往診や訪問看護を提供できることを要件に診療報酬が認められており,全国で1万2000件を超える登録があります。ただ,看取りまで担う医療機関となると,現状では1割程度にとどまっています。一般の診療所にとっては,夜間に頻繁に呼び出されたりするのは負担が大きいのが一因です。
松田 かかりつけ医のみで24時間365日対応するとなると,無理がありますよね。病院ならば,最前線にいる看護師がナースコールやラウンドで異常に気付き,必要な場合に医師を呼びます。入院医療の延長線上としての在宅医療,つまり「地域全体を病棟とみなす」のならば,24時間体制で救急・ターミナル期に対応できる訪問看護の役割が重要となってくるのではないでしょうか(図1)。
図1 在宅医療を支える上で非常に重要な訪問看護師の役割 |
秋山 在宅医療は多職種連携が不可欠です。医師と看護師がパートナーとして手をつなぐことで医師の負担が軽減され,うまくいくケースはたくさんあります。
新田 私の経験上もそう実感しています。ところが,往診経験のない医師は,訪問看護の役割自体をよくわかっていません。まずは在宅医療の現場を経験し,訪問看護師と実際に連携してみることが大事です。
辻 「看護なくして在宅医療なし」ですね。
秋山 看護の立場で2025年問題を考えると,まずは人材育成が喫緊の課題となっています。訪問看護ステーションで働く看護職員は3万人ほどで,看護職員全体の約2%に過ぎません。これまでは基礎教育の臨床実習は病院主体で,そのまま病院に就職し,在宅看護に全く触れないままリタイアするパターンがほとんどでした。今後は,病院の看護師も退院支援にかかわり,在宅との連携を強めてほしい。また,訪問看護ステーションが新卒看護職員を採用し,病院と連携して育成する取り組みも検討されています。看護が変わることによって,病院が変わり,地域も変わっていくのだろうと思います。
急性期医療を組み合わせ,在宅医療を継続する
松田 カナダでも日本と同様,医師はソロプラクティスが中心で,やはり休日・夜間の在宅医療が課題となっています。私が視察したケベックでは,マギル大の家庭医療部門が連携の中核を担っていました。また,家庭医療部門の訪問看護師が開業医間の役割を調整し,カルテも共有することで,あたかもグループ診療のような体制を取っていました。ソロプラクティスをグループ化するには開業医同士の利害関係がネックとなりますが,大学を挟むことによって回避するのですね。さらにこのメリットは,急変時に入院機能の裏付けがあることです。
辻 「何かあれば入院できる」ということで患者も医療者も安心ですよね。
松田 はい。日本の地域ケアのモデルとされる「尾道方式」を見学した際にも感じたことなのですが,地域包括ケア時代の在宅かかりつけ医には「高齢者の立場に立って急性期医療を部分的に組み合わせ,在宅医療を維持していく」コーディネート能力が求められるのではないでしょうか。例えば,乳がん患者に皮膚の処置が必要となった場合は皮膚科医が,肺がん患者に人工呼吸器が必要となった場合は呼吸器科医が一時的に往診する。あるいは,必要に応じて短期間入院して,また在宅に戻す。そうやって専門医療を上手に活用するのです。
秋山 欧州の家庭医も,専門トレーニングを受けた上でその地域を任されて,ゲートキーパーとして専門医につなげる役目を果たしていますよね。
松田 ただそこで難しいのは,諸外国の
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
ピットフォールにハマらないER診療の勘どころ
[第22回] 高カリウム血症を制するための4つのMission連載 2024.03.11
-
医学界新聞プラス
[第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰に,どれだけ投与するのか?
『救急外来,ここだけの話』より連載 2021.06.25
-
医学界新聞プラス
[第1回]PPI(プロトンポンプ阻害薬)の副作用で下痢が発現する理由は? 機序は?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.07.29
最新の記事
-
2024.12.27
-
対談・座談会 2024.12.10
-
循環器集中治療がもたらす新たな潮流
日本発のエビデンス創出をめざして対談・座談会 2024.12.10
-
対談・座談会 2024.12.10
-
インタビュー 2024.12.10
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。