地域で活躍できる保健師を育てる(曽根智史,佐々木隆一郎,加藤静子,中板育美)
対談・座談会
2012.12.17
【座談会】 | |
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地域の健康課題を一手に担う保健師。求められる業務は幅広く,膨大だ。近年,地域住民ニーズの多様化・高度化,地域における保健師活動体制の改編など,保健師を取り巻く環境は大きく変化しているという。現場ではどのような変化が見られ,その変化に対応するためにはどんな保健師が求められるのか――。
地域保健の実践や,保健師の人材育成に携わる,異なる立場の4氏が,現場の変化と背景にある課題を読み解き,地域の健康を守ることのできる人材をどのように育成していくべきかを議論した。
被災地で示された保健師の力
曽根 2011年3月11日に発生した東日本大震災の後,被災地には全国から保健師が駆けつけました。被災地においては,保健師の力量が十分に発揮されましたね。
中板 保健師は皆「地域の健康課題をとらえる」という観点から,さまざまな人で溢れかえった避難所を“地区割り”し,一人ひとりの住民から健康状態を聞き出し,適切な保健医療につなげる役目を果たしました。
加藤 実際に支援活動を行った保健師によれば,発災直後から寝食を忘れて地域を走り回り,保健・医療の連携に貢献したといいます。有事の際でも臨機応変に対応できる力,自分の身を挺して地域住民を守ろうという精神には,同じ立場でありながら「保健師ってすごい」と驚いたものです。
中板 今回の震災時に限りませんが,大事なことだと感じたのは,どの地域から来た保健師でも同じ姿勢で一定の質を担保した保健活動が行えた点です。日本の保健師にとっては,健康教育をベースに平常時から当たり前に行っている活動だったからこそ,知らない土地であっても地域住民への働きかけをスムーズに実践できたのでしょう。
佐々木 これまで保健師が一貫して重視してきた個別支援が極めて優れたかたちで実践された事例と言えますね。
中板 海外から被災地に訪れた公衆衛生看護領域の視察者も,震災時の個別支援が被災地だから特別に行われたことではないと知り,「日本では素晴らしい保健活動がなされている」と。日本の保健師全員に聴いてもらいたいメッセージだと思いました。
複合的要因により解決困難な事例も
曽根 震災時にはその力量が認められた保健師ですが,現在,保健師を取り巻く環境が大きく変化してきていることが指摘されています。
地域で保健師が取り組むべき保健活動の方向性として厚労省が示した「地域における保健師の保健活動指針」(以下,保健活動指針)も,2003年の見直しから10年が経ちました。現在,厚労省の主導で平成24年度地域保健総合推進事業の一環として同指針の検討会が設置されており,あらためて現在の社会状況に沿った保健活動が展開できるように見直しが進められているところです。
この10年の間,地域の健康課題は多様化・複雑化したとも言われますが,具体的にはどのような課題が見られるようになってきたのでしょうか。
加藤 地域性もあると思いますが,私の実感からは,家族機能が崩壊しているケースや,経済的な理由により健康が阻害されるケースが最近特に増えているようです。
前者の場合は世代をまたいで問題化することもあり,機能不全の家庭で育った方が結婚し,新たに築いた家庭でも機能不全に陥ってしまうケースは非常に多い。虐待もこのような家庭で起こりやすい印象があります。また,後者の例としては,無保険者や非正規雇用者の感染症患者の増加がここ数年で特に目立つようになったと感じます。
中板 高齢化が急速に進む中で,独居の高齢者も増えていますよね。これらの方々の健康状態の把握や,疾患予防も保健師が取り組んでいくべきでしょう。
佐々木 現在の健康課題には,社会的要因や家族的要因などが複合的に絡み合い,解決が困難な事例も目立ってきているようですね。
組織再編により,地域の課題がとらえづらくなった?
曽根 複雑化する健康課題を前に,現在の保健活動体制ではうまく対応できていない面もあるようです。
中板 地域保健を担う組織体制の再編とそれに伴う保健師の役割の細分化が,その一つの理由に挙げられるかもしれません。
1990年代の地域保健法や介護保険法をはじめとした法制度の施行・改正により,医療・福祉とともに地域保健システムは大きく改変されました。都道府県と市町村の保健師の役割が明確に分担され,また保健師の活動体制は地区分担制から業務分担制に効率性を見いだし,母子保健対策,精神保健福祉対策,感染症対策などライフステージや疾患・障害別に規定された事業ごとに業務を線引きするシステムへとシフトしました。
曽根 その中で,保健師を介護部門,障害部門などの保健部門以外へ配置する,いわゆる「分散配置」も進みましたね。
中板 そうです。ただ,このような組織の細分化,および業務担当制への移行,分散配置は,保健師の保健活動の責任範囲を疾病管理や障害などの限られたものにしました。その結果,各部門を超える保健活動が行いづらくなり,また一人ひとりの保健師にも担当分野の部分的な最善のみをめざす傾向が見られるようになりました。換言すれば,現在は,地域の中で今何が起き,何が優先課題かといった地域全体をとらえる公衆衛生の専門的な視点が損なわれやすい体制になったと言えるかもしれません。
しかし,現在のように地域の健康課題が複雑化し,多領域によるアプローチが必要となるケースが増えてきている中では,むしろこうした業務の細分化,分散配置の状況を活用して,地域担当と多くの分散配置先の保健師が連携することで,層の厚い丁寧な保健活動体制につなげていくことが望まれます。
地域を広域的に見つめ,“のりしろ”としての役割を
佐々木 最近,特に現場の保健所保健師から,「私たちは何をすればいいのか」という声を聞くことが多くあります。保健活動指針では,保健所保健師の役割を「市町村の求めに応じて,広域的及び専門的な立場から,技術的な助言,支援及び連絡調整に努めること」としていますが,地域において果たすべき役割が本人たちにはわかりづらいものになってきているようです。
加藤 保健所保健師の役割は,各市町村の課題を把握して,ともに取り組んでいける解決策を模索・構築していくことでしょう。
しかし,先ほど中板先生がおっしゃったように市町村と保健所の役割が明確に位置付けられ,住民に対する直接的なサービス提供が市町村に一任されたことで,保健所が市町村とともに地域へ入る機会は減り,保健所と市町村の関係性を薄れさせる結果につながりました。その中では,連絡協議会といった互いの情報を交換する場が失われるなどの状況も見られ,保健所は管内すべての市町村を包含した課題をとらえることが難しくなり,ますます役割が見えづらくなっていると考えられます。
曽根 住民とのコミュニケーションの多い市町村のほうが地域に関する知識を持っているという意識からも,保健業務全体における自分たちの位置づけに不安を覚える保健所保健師も少なくありませ
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