“顔が見える”連携で臨む周産期のメンタルケア(新井陽子,小澤千恵,黒川理恵子,宗田聡)
対談・座談会
2012.11.19
【座談会】 | |
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出産は何にも代えがたい喜びを与えてくれるライフイベントだが,身体的・精神的負担や,産後の育児への不安・孤独感などからうつ状態となり,家族関係の悪化や子どもの虐待にまで至るケースも少なくない。近年では,厚労省による国民運動計画「健やか親子21」にて,「産後うつ」の罹患率(ベースライン:13.4%)減少が目標に掲げられるなど,国や地域行政による予防・介入の取り組みも拡大しつつある。本座談会では「産後うつ」などメンタル面でリスクをかかえた妊産婦への早期介入について,多職種が,ひいては地域全体が“つながる”支援の在り方を議論した。
“予備群”が増えている?
新井 私は,周産期メンタルヘルスの領域にかかわって10年ほどになります。この間の状況を俯瞰してみますと「産後うつ」を筆頭に,産前産後に何らかの精神症状を発現する妊婦さんが増えていることを実感しています。
こうした現状には,どのような背景があると考えられますか。
宗田 妊娠前からメンタルに何らかの問題をかかえる20-30代の方の数は,確実に増加していますよね。
新井 もともとうつや不安の要素を持った“予備群”が増えていて,妊娠で症状が,顕在化してくるということでしょうか。
小澤 学生時代や結婚前後に,カウンセリングや薬の内服経験があるけれど「今はもう大丈夫」と自負されている方が,妊娠後,具合を悪くしてしまうケースも多く目にしますね。
宗田 例え問診票に「既往はない」「薬を飲んだことはない」と書かれていても,掘り下げて質問するうちに「あれ?」と病歴に気付くこともよくあります。「妊娠する1年前には,薬は全部止めていました」という方も,よく聞くと完治したわけではなく,自己判断で飲まなくなったことを明かされたりします。
黒川 子どもの将来やご近所との関係を懸念して,病歴を明かしにくかったり,認めにくい心情もあるのかもしれません。家庭訪問をしても,初回からそうした事情を話される方は多くはないため,産科医療機関と連携を図り,注意深く様子を見ることが必要だと思っています。
協力者や相談相手がいないという不安感
宗田 高齢出産の増加も,背景として考えられます。2009年時点で,35歳以上で初産の方が22.5%を占め,その割合は今後さらに上昇するでしょう。年齢を重ねた分,社会経験を積んで余裕が出てくる面がある一方,自分自身にも,子どもに対する理想も高くなり,現実とのギャップに苦しくなることもあるかもしれません。
また,高齢の妊婦さんの場合,ご両親も高齢で,育児を手助けしてもらうことが難しいです。よく聞くのは「里帰り出産をしようと思っていたら親が倒れてしまった」というケース。まして核家族化で,きょうだいや親戚からのサポートも期待しにくいですよね。
黒川 サポートしてくれる人がいないと,母親の負担や不安も大きくなります。唯一の協力者となるご主人も多忙で,母親がほとんど1人で育児・家事を担う家庭はとても多く,「がんばっているけれどもう限界」「がんばりを労わってくれる人がいない」といった悩みをよく聞きます。
また,身近に相談できる人がいないため「子どもの平熱がわからない」「うまく抱けない」など,基本的な育児のやり方に自信が持てない。それがよりいっそう,不安を増大させているようにも見受けられます。
宗田 インターネットなどで信頼性が担保されていない情報が氾濫している一方,顔を合わせての情報交換やコミュニケーションが難しい時代です。出産後「1日も早く仕事に復帰したい」という方も多いですが,そうすると逆に,他のお母さんたちと話したり,同年代の子どもの様子を見る機会が限られてしまう場合もあります。
黒川 以前は出産後の入院期間が7日ほどあり,その間の育児教室や退院指導でほかの赤ちゃんやお母さんと交流する機会もより多く持てました。今は4日で退院ですから,そうした事情も影響しているのかもしれませんね。
EPDSの“独り歩き”
小澤 メンタル面の悩みをかかえる妊産婦の方が増えた裏には,私たち医療者の,高リスク者をキャッチするアンテナが育まれてきたという側面もあるでしょうか。
新井 確かに周産期のメンタルヘルスへの関心は,医療者,非医療者ともに深まりつつあります。最近は,若い女性向けのファッション誌などで産後うつの特集が組まれることもあり,その反響も大きいと聞いています。
EPDS(MEMO)によるスクリーニングも,ずいぶん普及してきました。
宗田 ええ。その反面,最近危惧しているのがEPDSの“独り歩き”です。もともとEPDSというのは,一人ひとり細かいチェックができない場合に,要フォローアップの方をピックアップするための簡易法です。しかしここ数年,うつの診断そのものや重症度判定,あるいは治療の効果を見るために使われている傾向があります。
9点というカットオフ値が注目されがちですが,これもあくまで目安値で,環境によってはもっと妥当な区分点があるかもしれません。「最初はこんなに点数が高かったのに,ここまで低くなって,回復してきた」という声も聞きますが,点数が低ければ必ず健康なわけではなく,むしろ赤ちゃんの世話でヘトヘトのはずなのに,極端に点数が低いのもおかしい話ですよね。
新井 一般的にみて,日本では点数を控えめに付けがちな方が多いですし,最近ではEPDSが何を調べるものかもよく知られてきて,“うつと判定されて心配されないように”と考えながら記入する方も,実のところおられます。あくまで,埋もれている高リスク者をピックアップするための1次ツールとして使うべきということですね。
小澤さん,黒川さんは,EPDSを現場でどのように利用していますか。
小澤 当院では産後,全員に構造化面接(MEMO)を行いますが,その導入として,EPDSを活用しています。
宗田 構造化面接は,リスク因子の多い周産期には全員に実施してもよいくらいだと思っていますが,行っていない専門施設もいまだに多くあります。「EPDSで高得点の人だけでも面接を行う」など,EPDSを普及の一助に使っていただくのはよい方法ですね。
黒川 私たちの場合,未熟児訪問時にはEPDSを,市の「こんにちは赤ちゃん事業」(MEMO)での訪問や,乳幼児健診ではフェイススケールを使用するなど,複数の評価方法を活用してSOSのキャッチに努めています。母親が気持ちを打ち明けやすくする手段の一つとして,EPDSを活用するとよいのではないでしょうか。
「食事を作れるか」に着目
新井 研究などでは,母親のうつ状態を示唆する態度として「赤ちゃんが泣いていてもあやせない,何も反応できない」「赤ちゃんの目を見て話せない」などが言われていますが,臨床での実感としてはいかがですか。
小澤 例えば10年前には,身なりを整えられないなど,“うつっぽい”ことが見るからにわかりやすかったのですが,最近では,お化粧やおしゃれがきちんとできていても,赤ちゃんには全くかかわれないケースが見受けられます。話を数分聞いて終わり,ではなく,ある程度時間をかけて面接したり,お子さんとお母さんの様子をよく観察すること
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