医学界新聞

対談・座談会

2012.10.15

【対談】

変容する社会と
パーソナリティ障害のかたち

牛島 定信氏(三田精神療法研究所・所長)
斎藤 環氏(爽風会佐々木病院・診療部長)


 パーソナリティ障害は,社会生活の中で"うまく対人関係を築けない人""何かとトラブルを起こす人"を定義付ける概念として,一般社会にまで認知が拡大しつつある。一方で,社会環境や,人々の精神構造を反映してその定義は移ろいやすく,疾患としての輪郭をとらえることは容易ではない。

 今回は,長年パーソナリティ障害の臨床に携わってきた牛島定信氏が,ひきこもりなど現代社会で"うまく生きられない"人々と向き合い続ける斎藤環氏と対談。現代社会の有り様に依拠して変化していくパーソナリティ障害の現在形を俯瞰した。


医療の外側で拡大する,境界性パーソナリティ障害の概念

牛島 現代的なパーソナリティ障害(Personality Disorder;PD)の概念は,それまで精神疾患の一つとみられていた「境界例」を,境界性パーソナリティ構造という人格構造上の障害として定義した1968年のオットー・ F・カンバーグ,そして,自己愛を全能的な未熟型から他者(自己対象)をも愛せる成熟型へと発達するものと考え,その発達が不完全な状態を,自己愛性パーソナリティ障害(NPD)ととらえた71年のハインツ・コフートに始まると言えるでしょう。

 これを日本におけるPDの変遷と重ね合わせると,カンバーグの概念は,60年代から急増した拒食症や過食症,手首の自傷,そして周囲を巻き込んで騒動を起こすような多衝動性障害の人々をよく説明するものと考えられます。

 しかし21世紀に入ると,境界性パーソナリティ障害(BPD)を外来で見かける機会が急に減ってきました。入院患者数も,減少したと言われていますね。

斎藤 確かに,80-90年代を通じて治療者にとって困った患者の代名詞だった"ボーダー"と定義される人々は,医療現場から遠ざかりつつあるように見えます。

牛島 その理由として,かつてはBPDの診断の目安であったはずの行為が,日常に埋没している状況があると思うのです。

 若い女性の手首自傷や過量服薬なども,近ごろでは発達上の一つの挫折ととらえられますし,人間関係が不安定で,男女問題を頻繁に起こすというBPDの特徴も,今はそれほど特殊なことではありませんよね。

斎藤 最近では女子中学生の約14%にリストカット歴があると言われていますし,かつて深刻な病状を表していた行為が,総じて非常にカジュアルにとらえられるようになっているのは確かですね。

 ただ,臨床で見かけなくなったぶん,一般社会で"ボーダー"という単語を耳にする機会は増えつつあると感じます。特にインターネット上でからんでくる人をボーダー扱いしたり,リアルな人間関係でみかける"困った人"について,ボーダーというレッテルを貼るようなシーンをよく目にします。BPDの概念が,臨床の診断枠の外側に,ある程度軽症化しながら拡大しつつある,と言えるのではないでしょうか。

ひきこもりの陰にある自己愛と回避傾向

牛島 もう一つ,60年代ごろから急増したのが,登校拒否や,笠原嘉先生の提唱した「退却神経症」から,全面的なひきこもり状態まで発展するタイプの人々です。こちらにはコフートのNPDの理論が当てはまると思いますが,いかがですか。

斎藤 同感です。典型的なNPDとは言えないまでも,自己愛を生涯発達し続けるものとみなしたコフートの理論から言えば,人と接しない環境に長く置かれたために,自己愛が未熟で誇大なままとどまり,「プライドは高いが自信がない」という意識のまま,ひきこもっているケースがあると考えられます。

牛島 家族とさえ口をきかないようなひきこもりの人がいる一方,不定期なアルバイト程度はできるけれど正職にはつけず,長いスパンで見たときにはほとんど社会人としての役割を果たしていない人たちもいます。そういう人は,PDの視点からはどうとらえられるでしょうか。

斎藤 そうしたケースに関しては,ひきこもりから抜け出そうにも抜け出せないというより,失敗を恐れる回避傾向が目立つ気がします。いわゆる回避性PDと言えるかもしれません。

牛島 恥をかくのを恐れているわけですね。

斎藤 ええ。高い理想を掲げる一方,恥をかくこと,批判されることを恐れ,今の自分を無条件に受け入れてくれる場所にだけ行ける。一見すると,すべてのことから完全にひきこもっている人に回避性PDの診断基準が当てはまるように考えがちですが,そうではなく,デイケアに何年も熱心に通いつつなかなか卒業できない"主"のような人たちのなかに典型的な回避性PDが含まれているというのが,臨床上の印象と

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