医学界新聞

連載

2012.10.01

〔連載〕続 アメリカ医療の光と影  第231回

「最先端」医療費抑制策
マサチューセッツ州の試み(1)

李 啓充 医師/作家(在ボストン)


2994号よりつづく

 民を主体とした米国医療保険制度の二大問題が「無保険社会」(国民の6人に1人が無保険)と「高騰し続ける医療費」(医療費はGDPの約18%)であることは論をまたない。

 2006年,マサチューセッツ州は,「無保険社会」を解消すべく,全米に先駆けて医療保険制度改革を断行した。(1)州民に対して医療保険加入を義務化,加入しない場合には税制上のペナルティを科す,(2)州による保険購入あっせん(州民が保険会社や商品ごとに異なる保険料・給付ベネフィットを比較した上で保険を購入できる「保険交易所」の設置),(3)医療保険購入に対する公費支援,(4)メディケイド(低所得者用公的保険)受給者拡大等から成る同州の改革が,2010年に成立した「オバマケア」のひな形となったことはこれまで何度も述べてきた通りである。改革は即座に効果を挙げ,同州における無保険者率は改革前の7.4%(2004年)から改革後(2010年)1.9%へと激減した。

「無保険社会解消」以上の難題

 一方,同州における医療制度改革では,米医療制度のもう一つの大問題,「高騰し続ける医療費」は,手つかずのまま残された。「無保険社会の解消」という難題に果敢にタックルしたとはいえ,「医療費抑制」は「無保険社会の解消」以上に困難な課題であった。それだけでなく,保険会社,病院・医師等のサービス供給者,雇用主,患者(消費者)……と,利害を有する関係者は多岐にわたり,その調整は困難を極めた。まずは無保険社会の解消を最優先として,医療費抑制は「今後の課題」として先送りされることになったのである。

 しかし,マサチューセッツ州は,全米の中でも「医療費が特段に高い」ことで悪名を馳せてきただけに,いつまでも「手つかず」でほっておくことはできなかった。一人当たりの医療費支出で見たとき,同州平均の9278ドルは全米平均の6815ドルを36%も上回り全米2位の高さとなっていた(註1)。さらに,民間保険の保険料で見たとき,雇用主を通じて加入する被用者医療保険の保険料も,自営業者等が個人加入する個人保険の保険料も,マサチューセッツ州は全米一高かった。前者の場合,家族加入の年額保険料が全米平均の1万5022ドルに対して同州平均は1万6953ドルと2000ドル近く上回った(註2)し,後者の場合,加入者一人当たりの年額保険料5244ドルは全米平均2580ドルを倍以上上回った(註3)。

 マサチューセッツ州では,医療費(保険料)支出が企業経営や家計を圧迫,「保険料負担が重いから人を雇うことができない」とか,「月々の保険料を払うために食費を削らなければならない」とかいった事態が現出していただけに,医療費抑制は早急に解決しなければならない課題となっていたのである。

医療費抑制の「暗号」解読(?)

 「皆保険制実現」をめざした医療保険制度改革を断行してから6年が経った2012年8月6日,マサチューセッツ州知事デバル・パトリックは,7月末に州議会を通過したばかりの「医療費抑制法」に署名すると,「われわれは医療費抑制の『暗号』解読に成功した」と高らかに宣言した。

 同法では,医療費支出の伸び率を州総生産額(Gross State Products, GSP)と連動させ,2013-2017年は医療費の伸びをGSPの伸び率以内に,そして2018-2022年にはGSPの伸びに対して少なくとも0.5%下回るよう定めていた。パトリックは,今後15年で2000億ドル(約16兆円)医療費を節減することが可能になったとしたが,いったい,マサチューセッツ州はどんな方法を使って止めどなく増大し続けてきた医療費を抑制しようとしているのだろうか?

 さらに,同法に知事が署名した際の式典には,州議会だけでなく,患者団体・医療団体・経済団体の関係者も列席したが,いったい,パトリックは,どうやって利害が相反するこれら関係者の合意をとりつけたのだろうか?

 「医療費抑制」は,米国に限らず,ほとんどすべての先進国が共通に抱える難題である。マサチューセッツ州が取り組もうとしている「最先端」の医療費抑制策の中味,そして,この抑制策がどのような経緯で実現されるに至ったかについて,今回も含め,数回のシリーズで概観する。

この項つづく


註1:数字は2009年。ちなみに全米1位はワシントンDCの1万349ドル,日本は2008年の数字で2878ドル。
註2:数字は2011年。米国では雇用主と被用者の保険料負担割合は通常3対1であり,特に中小の雇用主にとって保険料負担は重くのしかかっている。
註3:数字は2010年。「加入者一人当たり」平均額は大人も子供も合わせて平均した額なので,成人が個人で加入する場合,保険料はここで示した数字より高くなる。また,4人家族で加入した場合の保険料もここで示した数字の4倍とはならないので注意。

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