医学界新聞

寄稿

2012.09.24

【寄稿】

急変をみのがさない,重症化を予防する
症状別アセスメントのエッセンス

齋藤 美和(さいたま赤十字病院看護部CCU師長・集中ケア認定看護師)
山本 由美(公立昭和病院看護部ICU担当師長・集中ケア認定看護師)


 急変の予測や重症化の防止には,病態生理や疾患に関する知識を持った上で,患者の状態を綿密に観察することが大切です。本稿では,臨床の場面でよく見かける症状や症候の変化について,事例をもとにどうとらえ,どのような判断から,どう対応すべきかを解説します。一緒に考えながら,急変を見逃さないアセスメント力を磨いていただければ幸いです。


症例】A氏,70代男性(入院時体重60 kg,身長170 cm)
既往】高血圧(内服薬治療中),慢性閉塞性肺疾患(COPD)
主訴および現病歴
意識障害・発熱。入院1週間前より具合が悪く,当日は昼から38℃の発熱があり,20時過ぎに39.9℃へ上昇,意識朦朧となり妻が救急車を要請した。
入院後の経過
敗血症に伴うショックと診断。大量輸液と気管挿管を行い,22時10分にICUへ入室。人工呼吸器管理,全身管理が開始された。
人工呼吸器条件:CPAP+PSV 15 cm H2O,Peep 8 cm H2O。FIO2 0.5
輸液管理:補液,カテコラミン製剤,鎮静鎮痛剤,2種類の抗菌薬使用
バイタルサイン:意識レベル E2-VT-M3(Glasgow coma scale),鎮静深度Richmond Agitation and Sedation Scale -4,Behavioral Pain Scale 4,血圧 111/51 mmHg,心拍数 102回/分,体温 38.0℃,呼吸数 16回/分,1回換気量 402 mL,分時換気量 6.37 L,PIP 23 cm H2O,SpO2 99%,心電図異常なし
血液ガス分析:pH 7.323,PaO2 129 mmHg,PaCO2 58.3 mmHg,HCO3 27.3 mmol/L
血液検査:K 3.4 mEq/L,Na 139 mEq/L,AG 9.9 mEq/L,Lac 0.9 mEq/L,Cl 106 mEq/L,Hb 9.9 g/dL

場面1
 入院翌日8時30分,胸腹部レントゲンポータブル撮影のために,30度まで挙上してあった体位を水平位に戻した。撮影が終わり,再び体位を30度まで挙上したその直後,A氏の体動が大きくなり,呼吸数が30回/分に増加,1回換気量210 mL。SpO2は95%へ突然低下した。両側下葉coarse cracklesを聴取し,気管吸引では粘稠度の強い痰が吸引された――。

Q.このSpO2の低下は,なぜ引き起こされたのか?
⇒体位・体動・気道分泌物がすべて影響したと考える。

【問題の整理と予測】
 体位調整により気道分泌物がドレナージされ,気道が閉塞し低酸素が起こる。ここで有効な喀痰がなされない場合,無気肺や二次的合併症が起こる。また,低酸素が改善されなければ,各臓器への酸素供給量が減少する。なお,A氏はCOPDの既往があることから,低酸素状態を悪化させやすいことにも注意する必要がある。

【解説】
 SpO2が低下する要因として,肺炎による気道分泌物の貯留・停滞が挙げられます。本例では,体位を動かしたことにより喀出できていない気道分泌物が末梢気道を閉塞し,肺胞を虚脱させたと考えられます。低酸素状態となったA氏は,呼吸困難感・苦痛が増強,体動が激しくなりました。体動が大きくなったことで呼吸パターンに変調をきたし,さらに酸素消費量を増大させるという悪循環につながっています。

 A氏はCOPDの既往があることから,低酸素状態のさらなる悪化の防止を考慮し,気道分泌物の貯留による換気障害に直ちに対応する必要があるでしょう。また苦痛に伴う酸素消費量の増大は,さらなる低酸素状態を引き起こすことを念頭に置き,心身安静の保持に努め,無理のない範囲で排痰を目的とした体位ドレナージや呼吸ケアの実施が必要です。

【アセスメントの視点】
 気道閉塞を予測するためには,副雑音の聴取,呼吸困難感による脈拍・呼吸回数の増加,人工呼吸器のパラメータによる気道内圧の上昇,一回換気量減少など,バイタルサイン測定時のフィジカルアセスメントで得られる情報収集が基本となります。また,モニター上で痰の貯留状態を観察することも可能です。普段から見ている情報を統合させてアセスメントすることにより,異常を早期発見できるのです。

 ただし,酸素飽和度測定は測定部位が末梢のために,SpO2値として表示されるのは90-120秒後とされています。このため,低酸素をSpO2の数値のみで直ちに発見することは難しいと理解しておく必要があります。

場面2

 10時からの1時間尿量が,それまでより半分量になっているのが気になった。しかし,その他の所見に大きな変化はない。前担当者より「尿の出方にムラがあるときは,右側臥位をとると良いことがあった」という情報があったため,体位を仰臥位から右側臥位に変更した。すると,血圧は100/51 mmHgから80/40 mmHgへと低下。看護師が慌てて体位を仰臥位に戻すと,血圧は回復した――。

Q.この血圧の低下は,なぜ引き起こされたのか?
⇒体液バランスと体位管理が影響したと考える。

【問題の整理と予測】
 A氏の体液バランスは崩れかかっている状態にある。このような状態では,循環動態が不安定に陥りやすいため,体位管理の実施には注意が必要。

 また,体液バランスの是正のため,医師へ報告し,輸液負荷などを実施することになるが,看護ケアによるさらなる負担を与えないようにすることも大切。

【解説
 血圧低下の要因として,体液バランスが崩れ,循環血液量が減少している状態が挙げられます(血圧は,心拍出量と末梢血管抵抗の積で求められます)。敗血症の病態は,高炎症性サイトカインの影響による血管透過性の亢進です。その結果,血管水分がサードスペースへ移行し,これが非機能的細胞外液として浮腫や胸水となって出現します。

 また,一酸化窒素が体内で誘導されることで末梢血管抵抗の低下を起こし,循環血液量が著明に低下。その結果として尿量が減少したと考えられます。本例では,尿量が減少したことだけをとらえ,体液変化の起きているA氏を安易に右側臥位にしたことで,腹部臓器の重量が下大静脈を圧迫し,右心房に戻る血液量が低下。それが心拍出量の低下から血圧の低下へとつながりました。

 体液変化に伴って右心房に戻る血液量が一時的に低下すると,血圧の変動に対して交感神経,副交感神経,レニンアンジオテンシンなどのホルモン系が反応し,血圧は調節されます。本来この反応は数分で起こりますが,A氏は予備能力が低下しているため,この反応が遅れていたと考えられます。

【アセスメントの視点】
 敗血症は,血圧低下による灌流不全と,微小循環障害や酸素需給不均衡,細胞の酸素利用障害などの病態から,組織が低酸素の状態となり,多臓器不全に至る可能性もあるため,早期の対応が必要です。敗血症の看護に当たるためには,重症敗血症および敗血症性ショック治療のための国際ガイドライン「Surviving Sepsis Campaign Guidelines 2008」の「early goal directed therapy」などに示される初期治療の指標を理解しておかねばなりません。治療に伴う症状の変化から,いま何が起こっているのかをアセスメントするためにも必要です。

 敗血症により循環動態が不安定な患者の看護は,病態や治療を理解した上で,根拠あるケアであるかを慎重に考えて実践することが求められます。特に呼吸循環を維持するために実施する侵襲的な看護ケアには,その都度必要性をアセスメントした上で行うべきと言えるでしょう。

 集中治療領域の看護では,患者の障害を最小限にし,早期回復をめざします。そのためには,患者の症状を主体とした情報の中から,病状の変化を的確に捉え,緊急性を予測し,根拠ある看護を提供する必要があります。症状の要因がさまざまに絡み合い,複雑な症状や病態へと変化する場合もあることから,本稿で示したように解剖生理を基礎とした病態生理や疾患の理解を深めていかねばなりません。

※本稿は,第39回日本集中治療医学会学術集会で発表した,日本集中治療医学会看護部会認定看護師活動支援小委員会主催・集中ケア認定看護師会共催の,集中ケア認定看護師による実践講座『急変をみのがさない,重症化させないための症状別アセスメント――アセスメント能力を養おう』の内容を基に作成したものです。


齋藤美和氏
1997年大宮(現さいたま)赤十字看護専門学校卒後,さいたま赤十字病院入職。救急病棟・ICU・CCUを経て,2012年より現職。集中ケア認定看護師,呼吸療法認定士。

山本由美氏
1989年都立北多摩看護専門学校卒後,公立昭和病院に入職。脳神経外科・ICUを経て,2009年より現職。集中ケア認定看護師,呼吸療法認定士。