未破裂脳動脈瘤の自然歴の悉皆調査(森田明夫)
インタビュー
2012.09.17
【interview】
「未破裂脳動脈瘤の手術が年々増加するなか『明確な根拠を示さなければ』という思いを多くの脳神経外科医が持っていたこと,皆の共通して解決したい課題であったことが,成功の一番の要因ではないかと思います」
森田 明夫氏(NTT東日本関東病院脳神経外科部長/UCAS Japan事務局長)に聞く
経過を見るか,治療に踏み切るか。開頭するか,血管内治療にするか。未破裂脳動脈瘤が見つかったとき,医師は複数の選択肢のリスクとベネフィットを考慮して患者に最も資する判断を行う必要があるが,その判断根拠はこれまで確立されてこなかった。患者と医師を共に悩ませてきたこの課題の解決に向け,日本脳神経外科学会では,未破裂脳動脈瘤の自然歴の悉皆調査「UCAS Japan」(MEMO)を実施。結果はこのほど米『New England Journal of Medicine』誌(以下NEJM誌)に掲載され1),今後,臨床現場において瘤の破裂リスク推測への活用が期待される。本紙では,UCAS Japan事務局長の森田明夫氏に,調査の経緯や結果報告までの道のりと,今後の研究・治療の展望を聞いた。
経過観察か? 治療か?臨床判断の根拠を求めて
――未破裂脳動脈瘤が見つかった場合,現状ではどのような選択肢が考えられるのでしょうか。
森田 大きく分けると,経過観察と治療の2つの選択肢があります。
経過観察は,瘤の拡大率などに留意しつつ,一定の間隔で検査を続けます。治療に踏み切る場合,1つ目の選択肢は開頭手術で,主に瘤自体をクリッピングする手術と,新たな血管ルートを作って親動脈ごと瘤を潰すバイパス術とに分けられます。2つ目は血管内治療で,コイルによる塞栓術,コイルと血管内ステントを併用する方法,そして最も新しい,親動脈にステントを留置するだけで瘤が自然と閉塞する"flow diverter"という方法の3つが選択の柱となります。
――選択肢が多くあるなか,実臨床では,何をよりどころに治療方針を決めるべきなのでしょうか。
森田 患者さんが瘤の存在をどうとらえているかということが,まず大きく影響します。破裂を心配するあまり生活態度が180度変わってしまう方がいる一方,医師の言葉ひとつですっかり安心する方もいる。告知から時が経つほど心配が薄れていく方,悩み続けてやせ細ってしまう方,見ていると本当にさまざまです。
――個々人の意向をきちんと把握することが重要になりますね。
森田 ええ。患者さんが抱くそうした主観を踏まえた上で,今後の破裂率,治療した場合の合併症リスクなどの客観的に分析されたデータを根拠に,治療方針を決めるのが理想です。
しかし,その根拠がこれまで十分ではなかったことが,判断を難しくする一因になっていました。
――なぜ十分なデータがなかったのでしょうか。
森田 動脈瘤は,形も場所も人によって千差万別です。日本でこれまで行われてきた,後向き研究のシステマティックレビューや単施設での限られた症例の集計では,信頼に足るデータを導き出すには至らなかったというのが実情です。
対して欧米では,ISUIA(国際未破裂脳動脈瘤調査)という大規模研究が行われ,結果がNEJM誌[1998;339(24):1725-33]やLancet誌[2003;362(9378):103-10]で公表されています。特に2003年のデータは,約1600例を平均4年にわたって追跡した前向き研究です。
しかし,それらの研究では,小型の動脈瘤,あるいは脳前方の動脈瘤の破裂率がかなり低く示されており,これまでの日本での調査結果や臨床での感覚からはかけ離れたものでした。そうした点からも,日本において瘤の自然歴をきちんと調査し,質の高いデータを集める必要性を強く感じ,それがUCAS Japanを実施する原動力となりました。
1円玉と比較して,瘤のサイズを計測
――そうして行われたUCAS Japanでは,ISUIAを大きくしのぐ6697例の前向き調査が実現し,今後の臨床判断に資する解析結果が示されました(表)。
表 部位・サイズ別の瘤の年間破裂率(%/年) |
森田 世界一とも言われる脳ドックやMRIの普及率が,調査の広がりを後押ししたのは確かでしょうね。実際,登録症例の約90%が,スクリーニング的な検査で偶然発見されたものです。
オンライン登録のはしりだったので,登録の方法なども試行錯誤しました。調べたい項目はたくさんあったのですが,忙しい臨床の合間を縫って登録作業ができるよう,最小限に絞りました。まだカットフィルムが主流だったため,直径がちょうど2cmの1円玉と比較して瘤のサイズを測るよう定めたのも印象に残っています。
――いろいろな工夫があって,これだけのデータが集まったのですね。
森田 ええ。しかしなにより,未破裂脳動脈瘤の手術が年々増加するなか(2010年は約1万6000例),「明確な根拠を示さなければ」という思いを,多くの脳神経外科医が持っていたこと,皆の共通して解決したい課題であったことが,成功の一番の要因ではないかと思います。
研究を世界に発信するために必要なこと
――今回の結果はNEJM誌に掲載されましたが,世界に発信できる質の高い研究にするポイントは,どのような点にあると思われますか。
森田 "Pre-specified",つまりプロトコルを作った段階で,最終的なアウトカムやエンドポイントまで,その解析方法も含めて決めておく必要があると思います。"Post-hoc",つまり症例を集めた後で,"後付け"で解析方法を...
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