ピンチはチャンスに変えられる!(塚原知樹)
寄稿
2012.09.10
【投稿】
"逆境"の米国臨床研修のなかで得た自己実現
ピンチはチャンスに変えられる!
塚原知樹(アイオワ大学腎臓内科フェロー)
「自分がいる臨床研修プログラムの存続が危ぶまれる」。そんな経験を持つ人はいるでしょうか。米国には,約8800のACGME(卒後医学教育認可評議会)認定プログラムがあり,そのうち毎年約1%が閉鎖。レジデント・フェローを合わせた約11万人のうち,毎年約2000人はプログラムの閉鎖などの理由により他の研修プログラムへ移籍している,というデータがあります(ACGME 2009-2010年次報告より)。私はその"一歩手前"の体験をしたので,エピソードとそのなかで得ることのできたものを紹介します。
病院の経営難,大きく変わる研修環境
私は2008-11年,米国ペンシルベニア州ピッツバーグにあるアリゲニー総合病院という市中病院で内科レジデントとして過ごしました。近隣には同じhealth systemの姉妹病院・西ペンシルベニア病院があり,どちらにも55人のレジデントが在籍していました。
2010年のある日,いつもどおり仕事をしていると,「全health systemにかかわる発表があるので,職員は講堂に集まってください」という院内アナウンスが響きました。講堂のスクリーンには,深刻な表情を浮かべるCEOが映し出されました。彼の口から発表された内容は,「経営難のため,姉妹病院の入院病棟とERを閉鎖する」というもの。そして,姉妹病院に在籍するレジデント55人は,すべて私たちの病院に引っ越してくるといいます。つまり,それまで55人の研修医で回していたプログラムを,倍の110人で回すことになったのです。
それに応じて,病院は研修の質を可能な限り落とさぬようにカリキュラムを変更。ACGMEの認可も下り,新たなプログラムを開始しました。まず,研修医が2倍に増えたぶん,配属先を増やさねばなりません。従来研修医のいなかった入院診療チームへの配属や,新たに研修医がローテーションする部署をつくるなどの対応が図られました。
しかし,病院の規模に対して,研修医の数が過剰なのは明らかです。当然,一人ひとりの研修医が担当できる患者数や当直日数は減りました。最もその変化が顕著に表れたのが,研修医数が4-5人から7-8人と増えたMICU(内科ICU)です。受け持ち患者数はおよそ半分に,当直の頻度は4-5 日に一度から7-8日に一度にまで減りました。さらに,優れた教育者でもあった多くの指導医たちが他の病院に移ってしまいました。
これらの変化に研修医は皆,驚くとともに落胆しました。かといって,他のプログラムに移籍するための空きポジション探しや手続きを行うのは大変なことで,実際に移籍した研修医はいませんでした。残ったはいいものの,元からいた研修医たちと,新たに姉妹病院から来た研修医たちの間で,「相手のほうが優遇されている」と互いに不満を言い合ったり,診療の進め方などの些細な違いにもめたりと,不和が起きてしまいました。
「米国の医学教育は優れている」。そう聞いていたにもかかわらず,理想と現実のあまりの差に私もがっかりしました。しかし,そんな気持ちを変えてくれたのが,V. E. フランクル著『A Man's Search for Meaning』(邦題『夜と霧』みすず書房)です。過酷な状況を生き抜くために,(1)人生の意味を探すこと,(2)自分の内面を豊かにすること,(3)将来を考えること,の3点が大事と指摘する本書は,「こんなときだからこそポジティブな気持ちで研修に臨まなければ」と考えを切り替えるきっかけとなったのです。その後,実際に私のレジデンシー生活は,周囲を巻き込みながら大きく変わっていきました。
逆境の研修生活だからこそ
よき医師,そしてよき教育者になりたい。それが私の目標です。米国にいる以上,そのためには英語の習得が不可欠です。私は,勤務後に毎週1回,「Toastmasters Club」というpublic speakingの自助グループに参加し,夜勤の空き時間には当直室で米国文学を読みました。回診中でも,わからない口語表現や慣用句はネイティブの医師から教わり,コツコツ英語を学んでいきました。その努力の甲斐あって,当初,指導医から「language and cultural barrierの克服」を課題として挙げられていた私が,「外国出身の研修医がlanguage and cultural barrierを克服するために何かアドバイスはない?」と逆に指導医から相談されるまでになりました。
また,以前抱えていた「優れた教育者がいなくなってしまった」という暗い気持ちも,「では,自分がその理想のよき教育者になればいい」と考え直しました。入院患者を受けるときや回診中のちょっとした時間に後輩に教えてあげることはもちろん,業務が落ち着いているときには医学生と後輩を連れ,勝手に"教育回診"をしたこともあります。「自分が学んだことは,すべて後輩に教える」を徹底したことで,自分の学びも一段と深めることができ,卒業間近には後輩たちから「Best Teacher Resident」の一人として選ばれるうれしい結果につながりました。
さらに,せっかく2つのプログラムが1つになったのだからと,どちらの病院出身だろうと関係なく相手に関心を持つことを心がけました。そのために,例えば診療チームで実験的に「medical-free zone」という時間を作りました。忙しいなかでも,メンバーたちとお茶を飲みながら家族や趣味などの個人的な話をしたのです。この時間は,さまざまな地域の出身者たちからその土地の文化を教えてもらえる有益なものになったばかりか,当初派閥ができて打ち解けられなかった研修医同士が親しくなるきっかけにもなり,一つ屋根の下で学び合う関係を築くことに寄与しました。
乗り越えて得られた"自己実現"
2011年6月に迎えた卒業式,私は「Professionalism Award」を受賞しました(写真)。本賞は,最終学年の研修医の互選によって,「最も"professionalism"を体現している者」として選出された研修医に与えられる賞です。賞牌を受け取ったのは,くしくも1年前に衝撃の発表が行われた講堂。ステージ上から会場を見渡すと,研修医とその家族,指導医,他職種の職員たちなど数百人にも及ぶ方たちが拍手を送ってくれていました。私だけではなく,皆がめげずに乗り越えた1年間。その頑張りに意味があったことを伝えたくて,私はとっさに以下のスピーチをしました。
写真 左:「Professionalism Award」受賞スピーチのようす/右:賞牌 |
「ある日,病院の図書館にあまりにも古い椅子があったので,いつ作られたものか調べてみると,椅子の裏にニューヨーク州で1919年に検針されたと書いてある。この椅子を購入した当時の人は,病院やそれを取り巻く社会状況を予想できなくとも,"あること"だけは『変わらない』と確信していたのではないでしょうか。それは,いくら年月を経ても,世界のどこからか誰かがやって来て,この椅子に座り,よき医師になるべく努力し,そして人類に貢献してくれるだろう,ということです。今後も病院を取り巻く状況は変わるかもしれません。しかし私たちが目標を見失わない限り,この病院は存続するでしょうし,この病院で学んだことを永遠に誇りに思うでしょう――」。
*
その後,このhealth systemは大手保険会社に買収され,閉鎖されていた姉妹病院の入院病棟とERは再開されました。しかし,両病院の臨床研修プログラムは今や1つのものとなり,さらに発展しています。同院を離れた私も新たな環境で臨床経験を積み,知識をどんどん吸収しています。よき教育者になるためのプログラムにも参加予定です。
米国の内科臨床研修を通して学べる医学知識・臨床経験は数多くあるでしょう。しかし,私にとっては,逆境がなりたい自分を認識するチャンスとなりました。その場その時にベストを尽くすことで危機を乗り越え,次へとつながっていった経験こそが,最も大事なものでした。なぜなら,この経験は,私の自己実現過程そのものだからです。
塚原知樹氏
2005年慶大医学部卒。飯塚病院,手稲渓仁会病院を経て,11年アリゲニー総合病院/西ペンシルベニア病院内科レジデンシー修了。13年にアイオワ大腎臓内科フェローシップと同FACE(Fellows As Clinician Educators)プログラムを修了予定。12年より米国腎臓内科フェローが学んだことを綴るブログ『Renal Fellow Network』に参加している。総合内科と腎臓内科で"Clinical Educator"になることが現在の目標。 |
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