自殺は予防できるのか(高橋祥友)
寄稿
2012.07.16
【寄稿】
自殺は予防できるのか
フィンランドに学ぶ,長期的視点での自殺予防対策の必要性
高橋祥友(筑波大学医学医療系教授・災害精神支援学)
わが国では1998年以来,年間自殺者数3万人台が続いており,この数は交通事故死者数の6倍以上に上る。さらに,未遂者数は少なく見積もっても,既遂者数の10倍は存在すると推計されている(40倍という推計すらある)。そして,自殺や自殺未遂が生じると,その人と強い絆のあった複数の人々が深刻な心理的打撃を受ける。したがって,自殺とは死にゆく3万人の問題にとどまらず,わが国だけでも年間百数十万人の心の健康を脅かす深刻な問題であるのだ。
このような事態を直視し,2006年には自殺対策基本法が成立し,自殺予防は社会全体の責任であると宣言がなされた。2007年には自殺総合対策大綱が策定され,全国的にもさまざまな対策が実施されてきたが,なかなかその効果が現れないというのが現状である。策定から5年を経て大綱の見直しが進む今,あらためて自殺予防を問い直してみたい。
自殺予防における二本柱
世界的に見て,自殺予防は2つの大きな柱で活動が進められるのが通例である。つまり,メディカルモデル(medical model)とコミュニティモデル(community model)の双方が重要で,両者の間で密接な連携を取り合って,長期的な視点に立って活動を進めるべきとされている。国連から発表された国のレベルにおける自殺予防のガイドラインでもこの点が強調されている。
自殺の背景には,うつ病,統合失調症,アルコール依存症などの精神障害がしばしば存在しているが,それに気付かないことで自殺の危機が生じている。そこでメディカルモデルは,自殺につながりかねない精神障害を早期に発見し,適切な治療を導入することによって自殺予防の余地が十分に残される点を強調している。しかし,メディカルモデルだけでは十分ではない。
一方でコミュニティモデルとは,一般の人々に対する啓発である。21世紀の現在でも精神障害に対する偏見は強く,何らかの問題を抱えていても,なかなか専門家のもとを受診しようという態度に出られないのが現状である。そこで,問題を早期に認識して,適切な援助希求に出るようにという点を強調する。そして,どこで適切な援助が求められるかという情報も幅広く伝えていく。
メディカルモデルとコミュニティモデルとの間で緊密な連携を保ちながら,自殺予防対策を長期的視点で進めていくことが重要である。
長期的視野で自殺率を大幅に減少させたフィンランド
国のレベルで自殺予防対策が成功した例として,しばしばフィンランドが挙げられる(図)。かつて,フィンランドは欧州の中でも自殺率が高い国として知られていた。1980年代半ばから,国を挙げての自殺予防対策が始まったが,それには外圧と内圧があったという。外圧とは,WHOから自殺予防対策を取るように再三提言されたことである。一方内圧とは,保健大臣のE.クースコスキが自殺予防に強い関心を持っていたことである。
図 フィンランドと日本の自殺死亡率の比較 |
フィンランド保健省・日本の厚労省資料より |
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