みちのくの地でジェネラリストを育てる(千葉大,菅家智史,佐々木隆徳,山田哲也)
対談・座談会
2012.06.11
【座談会】 みちのくの地でジェネラリストを育てる | |
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起伏に富んだ土地に集落が点在する東北地方。過疎化・高齢化が進む地域も多く,家庭医や病院総合医など,臓器横断的な視点を持ったジェネラリストへのニーズが高まりつつある。東日本大震災による地域医療への深刻な影響も懸念されるなか,さまざまな事情から他地方と比べて立ち遅れていたジェネラリスト育成体制の整備が,今こそ求められていると言えよう。住民のニーズに応えたジェネラルな診療ができる医師を,地域の特性を生かしながらどう育てていくべきか――。“みちのく”(東北地方太平洋沿岸の4県)でジェネラリスト育成に携わる若手医師4人が,自身の歩んで来た道も振り返りながら率直な議論を交わした。
ジェネラリストとしての働き方を見いだして
佐々木 私も含め,今日の出席者は全員が東北地方で育ち,東北地方の大学を出て,東北地方で働いています。まずは皆さんが医師としてどのように歩んできたかということと,現在の働き方について教えてください。
千葉 若いころから好奇心は旺盛でしたが将来設計は曖昧で,卒業後はいったん呼吸器科に進んだものの,相変わらずいろいろな領域に首を突っ込んでいました。そこでプライマリ・ケアや救急について知ったことと,地元で臨床研修の整備に携わりたいと考えるようになり,機会を得て八戸市立市民病院に赴任した次第です。
当院では今年度,救急と周産期医療を二本柱とする家庭医療後期研修プログラム1)で日本プライマリ・ケア連合学会(以下,PC連合学会)の認定を得て,来年度から研修可能な方を募集中です。
山田 父親が,バリバリの脳神経外科医から家庭医療にシフトした姿を見て,私自身「専門分野を極めるより地域でいろいろな人を診ていきたい」と思うようになりました。
ところが,そうしたスキルは大学にいるだけでは学べないと次第にわかり,県外の学習会への参加などでモチベーションを保ちました。初期研修時に医療崩壊の現場にいたことでジェネラルへの思いはいっそう強まり,現在は「岩手イーハトーブ総合診療医育成プログラム」2)で後期研修を行うとともに,総合診療医が活躍する他地域の病院も参考に,PC連合学会の認定取得を目標にプログラム整備を進めたいと考えているところです。
菅家 私も学生時代に「分野に偏らない診療を学びたいな」と思っていました。ただ学内では情報が得られず,北海道の勤医協中央病院に見学に行ったところ,プライマリ・ケアを志していた吉本尚先生(現・三重大)に出会い,ジェネラリストの道を歩き始めました。
福島医大には葛西龍樹教授の赴任をきっかけに戻り,クリニックの家庭医療科立ち上げなども経験した後,約1年前から“福島県内で一番のへき地”と言われる只見町の国民健康保険朝日診療所に勤務しています。PC連合学会認定家庭医療専門医を昨年取得し,今年度からは大学での役職も得て,只見町での医療と学生・研修医の教育,二足のわらじでまい進するつもりです。
佐々木 私も皆さんと同様,学生のときからジェネラリストを志向しつつも,具体的にその働き方に触れる機会がなく過ごしていました。初期研修のローテート先でも各科それぞれ面白い経験をして,進路が定まりきらず悩みました。でも2年目に,寺澤秀一先生(福井大)の講演がきっかけでER型の診療スタイルを経験し,しっくりくるものを感じたんです。卒後4年目からは自身の研修と並行し,ERの後期研修の整備を始めました。
一方で急性期以後の患者さんにも包括的にかかわりたい気持ちも強まり,それが結実したのが「みちのく総合診療医学センター」3)です。家庭医療・総合診療・ER診療を学べる体制を整え,本年4月から始動しています。
家庭医療から救急医療まで4人のスタンスは異なりますが,それぞれがジェネラリストとして働きつつ,後進の育成にも本格的に取り組んでいこうという状況ですね。
身体を動かさないと,仕事じゃない?
佐々木 医師も病院も少なく,集落も点々と離れている東北地方は,幅広いタイプの患者さんを診られるジェネラリストが活躍できるフィールドであり,潜在的な需要も大きいはずです。急性疾患をカバーする救急医療はある程度発達しています。しかし,その後に続く慢性期の患者さんや,住民の日常的なケアを担う家庭医や総合医については,働き方が想像できない,あるいは身近に感じにくい場合が多いと,皆さんのお話を聞いていて感じます。
また実際,PC連合学会認定の後期研修プログラムが全国に161あるなかで,東北地方は11にとどまっています(図,2012年度認定分までの合計)。これには,どのような原因があると思われますか。
図 PC連合学会認定後期研修プログラム数 |
2012年度本認定分まで。前年度より,全国で18,東北地方は3つプログラム数が増加した(PC連合学会のウェブサイトより,2012年5月25日現在)。 |
千葉 慢性的な医師不足のなか,臓器別の専門に特化した医師がある程度“自動的”に生まれてくる既存の教育システムがあったこと。また,地域の病院と大学の医局とが交渉し,何とかバランスの取れた医師の割り当てを行っていたこと。そうした状況に,ジェネラリストという新たな概念を持ち込みにくかったのは確かです。
まして,ジェネラリストの教育には診断学や医療面接の技法など,ただひたすら身体を動かして働くだけでは,身につかないスキルが特に多い。ある意味で“ゆとり”のある環境が必要になり,そのぶん一時的にでも皆の負荷は増えます。そうした状況に耐えられるだけの“余裕”が,東北は特に乏しかったのが正直なところでしょうか。
山田 診療所や地方の小規模病院などで一手に地域住民の健康を引き受ける“スーパードクター”ももちろんおられますが,ごく少人数で非常に広い地域をカバーしており,教育やシステム整備までは手が回らないのが現状だと思います。
菅家 研修医も,医師不足のプレッシャーのなか「とにかく早く動けるようになって現場に貢献しなければ」と,焦りを強めている場合が多いですね。
千葉 ですから,「診断がつかないから文献を調べます」というやり方は,研修医にあまりリスペクトされない(笑)。業務の振り返りを試みても,彼らは「振り返りシートなんて書いている暇があったら,患者を見に行きたい」という感じで,なかなか定着しません。
挿管や中心静脈などの手技をことさら重視するのも,同じ理由からと感じます。「手技を行うだけでなく,適応を考えるのも仕事のうちだよ」と,言い添えるようにはしているのですが。
山田 「EBMに照らし合わせて考える」「内科学を突き詰めて適切な診断を考える」といった習慣を身につけておかないと,卒後3-4年目で医師としての成長が足踏み状態になる。そのことは自分自身が痛感しており,後輩たちが同じ轍を踏まないよう,研修を組み立てていくことが大事だと考えています。
佐々木 外来・往診・病棟の繰り返しでいつの間にか研修期間が過ぎてしまわないよう,調べたり,振り返りをする時間も,義務として盛り込んでいく必要がありますね。
菅家 まず「教育的ゆとりを持たせる」ルールを作ってしまって,部門全体,病院全体に周知させていく。数年は大変だと思いますけれど,周囲の理解を得て文化として確立されれば,それが研修の魅力として広がっていくように感じます。
千葉 そこに,患者さんのためにフットワーク軽く動けることや,緊急時の「瞬発力」など,“東北マインド”的な長所も魅力として組み込めば,特色ある教育体制を作っていけるのではないでしょうか。
暴露の時期が早いほど,インパクトも大きい
佐々木 福島医大の地域・家庭医療学講座は,プライマリ・ケアに特化した,まさにジェネラリストを育てる新しい講座ですね。教育拠点も地域にいくつも作られていますが,手ごたえはいかがですか?
菅家 発足から6年が経過し,プライマリ・ケアに興味を持ってくれる人の数はどんどん増えてきていると思います。医学部6年次に行う2週間の地域実習も,20-30人が希望してくれます。将来の進路にかかわらず,多くの人が現場に飛び込んできてくれること自体,かなりの収穫だと感じています。
千葉 やはり暴露の時期が早いほど,与えるインパクトも大きいと思うのです。当院の臨床研修センター長(今明秀氏)も今,秋田大で救急の講義を受け持っていますが,実際に同大からの研修希望者が増えています。
そうしたオフィシャルな場での情報発信に加え,個々人のネットワークで作るカジュアルな集まりからも発信をしていけると,学生にとってもより参加しやすく,貴重な情報交換の場になるようです。
佐々木 この春発足した「東北若手医師ネットワーク」4)の会合にも,東北大の学生たちが来てくれていました。
菅家 “雲の上”の偉い先生よりは,近い世代の話のほうが,リアリティを持って聞けるのは確かですね。本学にも「プライマリ・ケアを学ぼう会」という学生団体がありますが,そうした団体などを通して,学生との接点はもっと増やしていきたいです。
「ジェネラルな方面に進みたい」と考えたとき,学生は必ず一度は,出身地で学べるところがないか探すはずです。全国各地に優れた指導医・プログラムが増えつつある今,人材を集めるには,それぞれの地域に縁のある人に積極的にアピールしていくことが重要だと感じているところです。
地域で働く楽しさとやりがいを伝えたい!
山田 地域で地域の医師を育てるという点から言うと,「地域枠」など,その地域で医師として働く予定のある人たちをいかに育てていくのかも,一つの課題になるのではないでしょうか。
岩手県では,初期研修は,各県立病院・大学病院・他市中病院の研修担当者が一体となってワーキンググループを立ち上げるなどして,プライマリ・ケアやワーク・ライフ・バランスにも目を向けた研修体制が整えられてきましたが,問題は後期研修です。従来の「大学の医局に所属し,専門に特化した医師を育てる」教育システムはあっても,地域のニーズに応えて活躍できる,ジェネラルな医師を育てる“受け皿”がほとんどないのです。
千葉 青森県では,「地域枠」の第1期生がマッチングで県外に出てしまうというできごとがありました。後期研修までの一貫した卒後教育体制が整備されていないことも原因の一つだと思うので,人材の流出を防ぐためにも,ジェネラルな後期研修プログラムの整備が急務と考えています。
また,制度上の準備にとどまらず,もっと前向きに,地域住民の期待が大きいこと,楽しく働けることを伝えていくことで,「専門性が身につかない」「へき地へ飛ばされる」といったネガティブな思い込みを,何とか一掃できないかと感じています。
菅家 確かに地域で働くことになった医師たちのキャリアをどう充実させていくか,その期間をいかに楽しく過ごしてもらうか,ということは,重要なポイントですね。
只見町も,人口5000人の町に医師4人といういわゆるへき地ですが,私は今の仕事環境に,得ようにも得られないと思うほどの魅力を感じています。それをより多くの人と共有していけたらと思って,今,医学生のほかに,福島医大病院の2年目研修医の研修も1か月単位で年に数名受け入れています。
佐々木 菅家先生が“今が楽しい”と言われる,その姿を見せて「こんな風になれたらいいな」と思ってもらうことが,まずは第一歩になりますね。
間口は広く,仲間を増やして少しずつ“余裕”を作ろう
菅家 これまで私たちは,「ジェネラリストとは何ぞや」と問い続けているようなちょっと“物好き”な人を,主な育成対象と見てきたように思います。そういう人もいてもらわないと困るのですが,「昔お世話になった町医者の先生のような仕事がしたいなぁ」「地元が田舎なので,プライマリ・ケアを勉強しておいたほうがいいかなぁ」といったライトな感覚の人たちに“居場所”を提供するというスタンスも,仲間を増やす意味で重要なように感じているんです。
山田 「特別な人が来る,特別な分野」という考え方から,転換する時期に...
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