対人関係のカギは“自分の心”にある(名越康文)
2012.05.28
対人関係のカギは“自分の心”にある
医学書院ナーシングカフェ『名越康文連続講義』より
新人看護師の離職や職員のストレスマネジメントという観点から,近年,対患者や医療者間のコミュニケーションの在り方があらためて問われている。『自分を支える心の技法――対人関係を変える9つのレッスン』(医学書院)には,医療現場に代表される対人関係ストレスの強い場面での自己コントロール法が,精神科医・名越康文氏独自の視点からまとめられている。
本紙では,名越氏を講師に招いて開催された医学書院ナーシングカフェ『名越康文連続講義』(4月11日開催)のもようをお伝えする。
医療者こそ病んでいる
医学書院で連続講義をさせていただくことが決まったとき,最初に考えたのは「医療者こそ心を病んでいる」ということでした。それは個々の医療者がうつ病を患っているといった話ではなく,「病院という場」そのものが病んでいる,ということです。そういう大変な場で働いているということを自覚して対策を打っておくことが,この仕事を続けていく上で大事ではないか,と考えました。
僕は大阪府立中宮病院(現大阪府立精神医療センター)で精神科救急を13年ほどやった後,個人クリニックを開業しました。いま振り返ってみても,病院ほど,心に“怒り”をためやすい職場はなかったと感じています。患者・医療者関係はもちろんのこと,医師・看護師の関係,その他もろもろの人間模様が,「過酷な人間関係の縮図」を描いていたように思うんです。
「病院で死ぬこと」の不全感
親や親戚から愛情を受けて育ち,夢を追いかけ,あるいは破れ,仕事に取り組み,結婚し,子どもを育て,時には友人の借金を肩代わりし,裏切られ,親を介護し,いつしか病に襲われる。そんなスペクタクルに満ちた人生を締めくくる最後の場が,いまの病院のような場所であっていいはずがないということは,誰しも一度は考えると思うんです。これほど豊かな国であるにもかかわらず,どういうわけか死ぬときは病院のベッドの上という現実に,医療者も患者も潜在的にはものすごい不全感を覚えていて,それが「病院という場」の病みにつながっている。
このことで一番不利益を被っているのは,もちろん患者さんです。しかし,そういう場所で働き続けなければいけない医療者も,やはり大変だと思うんですね。ちょっと他の環境では考えられないくらい,大きなストレスを受けながら働かざるを得ないんです。
経験的に言っても,ある程度の期間,医療に携わっている人は医師であれ看護師であれ,疲れているか,すさんでいるかのどちらかです(笑)。でも,宗教者のように「死」を取り扱う専門家じゃない僕らが,病院という場で疲れ果ててしまうのは,無理もない話だと思うんです。
究極のストレス対応は「怒りを払う」こと
じゃあ,そういうストレスがかかりやすい現場で働く医療者に必要なことは何か。古典的な表現をすると,「ストレス」と「ストレス因」は違いますよね。人の感受性は個々に違いますから,どんなストレス因でストレスを受けるかは人によって違う。毎晩,犬の鳴き声で眠れなくて困っている人にとっては犬の鳴き声はストレス因ですが,愛犬家にとってはストレス因にはならないでしょう。
つまり,あるストレス因をその人の心がどう捉えるかが,受けるストレスを左右する,ということです。さらに付け加えれば,僕らの心は,外部状況とはほとんど無関係に勝手にストレス因を作り出し,それを勝手に大きくしてしまうことだってしばしばあります。
いずれにしても,結果として心に生じたストレスを,僕は仏教心理学の知見に倣って「怒り」と呼んでいます。この場合の「怒り」というのは,怒りと聞いて誰もが思い浮かべる「カッ」となる怒りから,「不安」「暗さ」「見下し」といった,一般的には怒りと見なされないものまで,さまざまなものを含んだ概念です。
こういう,心の中に浮かんでくるさまざまな怒りを認識し,消していくというのが,僕の考えるストレス対応の基本です。怒りを消すことによって,心の中が少しだけ明るくなる。そうすると...
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