変わりゆく米国卒後研修(島田悠一)
寄稿
2012.05.14
【寄稿】
変わりゆく米国卒後研修
チーフレジデントの経験から
島田悠一(ベス・イスラエル病院内科/ジョンズ・ホプキンス大公衆衛生学修士課程)
米国の卒後臨床研修は,今まさに変革期にあります。最近起こった多くの変化の中でも,「1年次研修医の連続勤務16時間制の導入」と「フェローシップ(後期専門医教育課程)応募時期の変更」は最も大きなものとして挙げられます。
ここでは,米国の教育病院でチーフレジデント(初期研修医の管理・教育担当医)として働く中で垣間見ることができた米国卒後臨床研修の変化について,上記の2つを中心に,臨床現場での対応や研修医の反応を交えて報告します。
ACGMEが規定する無理のない研修環境
米国の卒後臨床研修では,ACGME(卒後医学教育認可評議会)という第三者機関によって,表1のような規則が定められています。この規則を破ると非常に厳しい罰則や罰金が研修病院に科されます。当院にも最近査察が入ったのですが,査察員は夜勤チームを含む院内のすべての研修医と10分間以上面接し,規則に反しているところがないか聞き出していました。米国の研修医の勤務時間や入院・受け持ち患者数には規則が多くあり,それにより無理なく必要な研修を受けられる環境を確保しています。
表1 ACGMEによる規則の例(文献1より抜粋) |
研修医の疲労の蓄積に対して手厚く保護している米国の研修ですが,もちろん日本の初期臨床研修に比べ欠点もあります。具体的には,引き継ぎが多くなるため情報の伝え漏れが生じる,自分の下した臨床判断の結果を追いにくい,自分の患者さんはいつでも自分が診るという主治医としての責任感が育ちにくい,等が挙げられます。
16時間制への対応
1年次研修医の連続勤務16時間制は,2011年7月から新たに追加された規則です。当院では,近くの大規模な市民病院が2つ倒産したことにより,入院患者数が従来の3-5割増しになったという事情もあるのですが,この変化に当院の研修プログラムがどう対応し,研修医の生活はどう変わったかについて紹介します。
1.完全ナイトフロート制の導入
研修プログラムがまず採用した"策"は,ナイトフロート(NF)という夜勤専門チームを作ることです。ただ,このNFの研修医もACGMEの規則に則り週1日は休みを取らなければいけません。ここで着目したのが選択や外来の研修期間にある研修医たちでした。
内科の1年次研修医は,3分の1を外来で(彼らは指導医の監督下に自分の外来ブースを持ち,卒業まで継続的に外来主治医として診療します),また年間1か月を選択実習に費やすことが決められています。そこで,平日と日曜の夜はNFチームが,また土曜日の夜は選択・外来期間中の研修医が勤務することで対応しました。
2.Attending Directed Serviceの導入
NF制の導入で16時間制は遵守できたものの,入院患者数の増加に伴い表1の規則(5)と(6)に違反してしまう可能性が出てきました。これに対しては,新たに3つの病棟をAttending Directed Service(ADS)に変えることで対応しました。
ADSとは,比較的軽症例に対してフィジシャン・アシスタントやナースプラクティショナーが日常の細かな診療を担当し,彼らを指導医が監督して治療方針を決定するというものです。これにより研修医の負担を減らすことができました。
3.研修医の反応
この一連の変化に対する一年次研修医の反応はさまざまでした。最も多かった意見は,引き継ぎの回数が増えることに対する懸念でした。これに対してチーフレジデントは,表2のように引き継ぎの内容を標準化することでうまく意思疎通が図れるよう指導しました。余った時間の使い方は人それぞれのようで,患者さんの疾患に関する教科書を読んだり,趣味や家族との時間を過ごしたり,後述するフェローシップへの応募のために小規模な臨床研究を企画して進めていったりする研修医もいるようです。
表2 「SIGNOUT?」の語呂を使った引継ぎチェックリスト(文献2より) |
フェローシップの応募時期が8か月遅くなった
米国の内科初期研修におけるもう一つの変化は,フェローシップへの応募の時期が今年から8か月遅くなったことです。これまでは初期研修開始1年4か月後にフェローシップへ応募していましたが,3年目の初めまで応募が先延ばしされました。この変更が日本の医学部卒業後に米国で初期研修を始める医師(以下,留学医と略)に,どのような影響を与えるかを考えてみたいと思います。
1.留学医に不利だったこれまでのフェローシップ・マッチング
米国医学校の卒業生は,多くの場合医学部課程の前後またはその間に1-2年のまとまった時間を研究に費やしており,すでに成果を論文として発表している人も少なくありません。それに対して留学医の多くは,MD-PhDコースの卒業生やポスドクで渡米してから応募するような場合を除いて,渡米時までに研究経験をあまり積んでいないという状況がありました。
そもそも留学医は,初期研修に何とかマッチしても言葉の壁やビザの問題,環境やシステムの変化への対応など不利な点があり,日本での経験に基づく臨床能力が認められてくるのは多くの場合2年目以降になります。しかし,特に競争率の高い科や施設のフェローシップに応募する場合,応募者のほとんどは臨床では良い評価を得ているので,その点ではなかなか差がつきません。論文の有無や質,または研究指導教官からの推薦状が最終的な合否を分けることが多くあります。新しい環境での臨床研修と並行して一から研究を始めざるを得ないほとんどの留学医にとって,渡米後1年数か月でフェローシップに応募していた従来のスケジュールは不利だったと言えるでしょう。
2.応募時期の変更が留学医に与える影響
今回の変更により,2年次修了までに研究成果を出せばフェローシップ・マッチングで考慮してもらえるようになりました。このことは,研修開始時点で研究経験のない留学医には多少有利になったと考えられます。
そもそも週80時間制があるため,米国研修医の勤務時間自体は日本と比べ少なく,留学医の中には初期研修と並行して研究の成果を出している人もいるようです。逆にPh.D.を臨床留学前に取得していたり,ポスドク後に米国で研修を始めたりする場合には,研究面での差が一般的な応募者と詰まってしまうためこの変更はやや不利に働く可能性があります。
*
以上のように,米国の卒後臨床研修制度は躍動的に変わり続けており,これからも試行錯誤を続けながら時代の要請に対応していく姿勢は変わらないと思います。米国臨床留学に興味を持つ医師・医学生にとっては,留学に伴うメリット・デメリットのバランスも微妙に変化してきています。また,新たな勤務時間制限が加わりフェローへの応募時期が遅くなったことで,各人の現状と目標に合わせた最適な留学開始時期も変わってくることと思います(註)。本稿が米国臨床留学の現状を知っていただく一助になれば幸いです。
註:米国臨床留学の準備,実際,マッチングの詳細などについては,米国臨床留学フォーラムをご参照ください。
文献
1)http://www.acgme.org/acWebsite/dutyHours/dh-ComparisonTable2003v2011.pdf
2)http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2305855/table/Tab2/
島田悠一氏 2007年東大医学部卒。旭中央病院,東大病院にて初期研修後,渡米。11年アルバートアインシュタイン医大ベス・イスラエル病院にて内科研修修了。現在,同院にてチーフレジデントとして勤務するとともにジョンズ・ホプキンス大公衆衛生学修士課程に在籍している。12年7月よりハーバード大ブリガム・アンド・ウィメンズ病院循環器内科フェロー。 |
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