医学界新聞

取材記事

2012.02.20

講演録

教室と臨床をつなぎ,看護教育に変革を
「パトリシア・ベナー博士来日講演会」開催


 医学書院看護特別セミナー「パトリシア・ベナー博士来日講演会」(座長=高知県立大・南裕子氏,通訳=医療福祉ジャーナリスト・早野ZITO真佐子氏)が,『ベナー ナースを育てる』(医学書院)の発刊を記念して,2011年11月に横浜・京都の2会場(全3回)で行われた。

 本セミナーは2部構成となっており,1部ではベナー氏が臨床看護師や看護教員に向けた講演を行い,2部では参加者からの問いにベナー氏が答える対話形式で進行。会場には,看護理論家として著名なベナー氏の話を聞こうと,全3回の講演で延べ3000人の参加者が集まった。本紙では,2011年11月19日,国立京都国際会館(京都市)で行われたベナー氏の講演「看護教育と看護実践において,臨床的な知識を発達させるには」の講演録をお届けする。


米国カーネギー財団では,看護師,医師,聖職者など5つの領域における専門職教育に関する研究を10年かけて実施しました。看護領域では,教室と臨床での教育の現状について調査しました。本日は,その研究を基に,看護教育と看護実践で身につける知識をどのように統合し,看護師を育成していくべきかについてお話しいたします。

「状況下におけるコーチング」が看護師を育てる

 複雑かつ非常にリスクの高い実践が求められる看護師は,患者への適切な看護ケアに関するエビデンス基盤を構築し,さらに特定の状況下における「重要性と非重要性の識別力」を身につける必要があります。つまり,急を要する重要なものは何か,それほど重要ではないものは何かを迅速に判断する能力が要求されるのです。

 では,看護師を養成していく上で,どのような指導が効果的なのでしょうか。ここで例を提示します。これは,「看護師になるということ,あるいは看護師らしく考えることをどのようにして学んだか」という問いに対する,ある学生の回答です。

 私たちの臨床指導者はいつも病棟にいます。その日受け持った患者のあらゆることについて,私たちに質問を投げかけるのです。ですから,検査結果,診断に関する病態生理,そして治療の合理性について学ばなければなりません。もし,私たちが何かの理解に苦しんでいると,調べてみるようにと資料を提供してくれます。そして,臨地実習の最後の日にも,まだ理解できないことがあるようなら,臨床指導者は,それを臨地実習グループ全体の学習機会にするのです。また,私たちが実習室で学んだ手技をより自信を持って行い,経験を積むことができるように,何かできる支援がないかと目を向けてくれています。さらに,私たちの質問にもいつでも答えられる態勢をとってくれています。

 この回答は,臨地実習の際に,教室で知識として学んだことを目の前の臨床状況と結びつけたり,逆に臨床で経験したことを教室での講義と結びつけたりと,知識を実践の場で活用していく方法を示すことが効果的な指導法だと示唆していると言えます。

 このような「状況下におけるコーチング」は看護領域における代表的な教授法で,個々の状況や対象者,目的に即して行う必要があるでしょう。初めて臨地実習に臨む学生や経験の浅い看護師に指導する場合であれば,臨床状況をどのようにとらえ,どうかかわっていくべきかを学習者側にもわかるように,指導者自身の思考を声に出して伝える。ある程度の経験を持つ看護師が次に取るべき行動を模索している場合は,彼らが今持っている知識を見極め,その知識と臨床状況をどのように関連付けて考えるとよいのかを教えるのです。

 例えば,調査の中で出会ったある教師は,モルヒネを投与されている患者をケアする学生に対し,下記のようにコーチングを用いていました。

 教師は,「患者にモルヒネが過剰に投与されていたとしたら,どのような徴候や症状に注意しなければならないか」を学生に尋ねる。学生は正しい返答をし,モルヒネの効果を抑える麻薬拮抗薬の必要性も理解していた。教師は,さらに「その麻薬拮抗薬がどこにしまわれているか」と聞くと,学生は「鍵のかかった戸棚にしまわれている」と正確に答えた。そして最後に,教師は「その戸棚の鍵はどこにあるか」についても尋ねた。

 看護師には,関連性のある医療情報を十分に把握し,それを実践的な知識に置き換える能力が必要です。この事例では,患者に投与されている薬が過剰であった場合に行わなければならないすべてのステップを,学生に考えさせるよう導くことに成功しています。このように個々の状況や対象,目的に応じてコーチングを使い分けていくことが看護領域の指導者には求められるのです。

教室での授業でも臨床状況を想定する

左から早野氏,ベナー氏,南氏。
 こうした指導は,臨地実習や臨床教育の中だけではなく,普段の教室での授業の際にも同様に用いられるべきです。特定の状況を想定し,模擬患者や人体モデル(シミュレーター)を利用したり,「その薬をなぜ投与するのか」「副作用として何が考えられるか」「副作用にどう対処するか」といった質問を学生に投げかけたりすることで,実際の臨床ではどのような事態が起こるのかを知り,“臨床的想像力”を養うことにつながるはずです。臨床と教室での授業により関連性を持たせるために,刻々と変化し,展開していく状況を描いた事例研究やシミュレーションを積極的に導入し,現場を実感できるいきいきとした授業にしてほしいと思います。

 また,学生たちの臨地実習後のカンファレンスも有効に活用してください。実習後のカンファレンスを講義のようなかたちで進める教師もいますが,一人ひとりの学生が臨地実習で経験してきたことを語り合うほうが学生にとって有意義なものになります。その日接した患者に関することや,患者へのケアを通して学んだことなどを振り返り,他の学生と語り合うことが経験の幅を広げ,学びを深め,その後の実践の改善へとつながるのです。

倫理的想像力をはぐくみ,在るべき看護師像を考える

 臨床現場に出れば,医療チームの一員として倫理的に難しい問題と対峙することもあるため,看護師は“倫理的想像力”を備えることが必要です。

 調査を通して多くの学校を観察する中,ワシントン大の看護倫理学者,サラ・シャノン(Sarah Shannon)氏が,学生たちの倫理的想像力を養う上で非常に優れた授業を行っていたので紹介しましょう。

 彼女は,授業の中に学生同士のディスカッションを多く取り入れています。過去には,例えば遷延性植物状態にある若い女性への輸液と経管栄養の中止に関する議論で,家族間の対立のみならず,宗教的,政治的な問題にまで発展し,全米をも二分する議論を引き起こしたテリー・シャイボ(Terry Schiavo)氏の事例をテーマとして取り上げたこともありました。

 具体的な事例をテーマにしたディスカッションを通し,学生たちからいろいろな意見を引き出しながら,自分たちがどのような考えを持っているのかを把握させ,今まで存在すら認識していなかった価値観や考え方を彼女は明らかにしていきます。

 このような授業の展開の方法は,人々の間には多様な考え方や視点が存在することを示し,倫理的想像力を育てていきます。また,それと同時に,自身が専門職として果たすべき役割への理解を深めることにもつながるのです。シャノン氏は学生たちに常に言っています。「問題はあなたについてじゃないのよ。患者と家族についてなの。あなたが個人的にどう考えるかなんてことはどうでもいいことなの。重要なのは,あなたが看護師として,専門職的にどのような行動をとるかということです」と。彼女はディスカッションを通し,“患者の善”のために,看護師は倫理的かつ実践的にどう考え,どのような働きを臨床現場で行えばよいのかを学生に伝えているのです。

臨床的な知識は実践の中で身につくもの

 皆さんが持っている臨床で得られた実践的な知識を何か思い浮かべてみてください。それらの多くは,特定の患者や状況といった前後関係や脈絡とは切り離すことができないもののはずです。 つまり,臨床的な知識を身につけるためには,概念的な知識の指導だけではなく,経時的に変化する実際の臨床現場で,特定の患者や状況についての思考・理解・推論を経て,結論を導き出していく実践の経験が不可欠だということです。

 これは看護ケアの技術に限った話ではなく,患者やその家族の心に寄り添うといった人間的な側面でのケアにも該当します。例えば,病気に対して大きな無力感を抱き,その無力感を怒りとして表出する患者と共にいるためには,看護師はどのように振る舞うべきでしょうか。このような場合に求められる行動も,特定の臨床状況で経験を積み重ねていく中で学んでいくべきものです。

 看護師は,移り変わる状況下で実践を展開し,経験を積み重ね,そこからさらに新たな知識を創出していく実践者であることが重要だと思います。

看護実践に言葉を与えよう

 現在,臨床現場や教育現場では標準化が行われています。現段階で標準以上の実践をしている場合,それは臨床的な知識をさらに発達させ得るものとして奨励されるべきでしょう。一方,中には標準以下の実践もあるはずです。そうした実践は,少なくとも標準のレベルまで改善される必要があります。そして,私たちは優れた実践から学ぶことと同様に,「良くなかった実践」からも反面教師として学んでいく姿勢を持つことが重要です。

 看護教育の指導者や臨床現場でリーダー的立場となる方たちの重要な役目は,それらの看護実践を言語化していくことです。実践を通して学んだことを認識し,明確に表現していく。それらが他の人に伝わっていくことによって,さまざまな場所での優れた看護実践の創出へとつながっていくのです。

 最後に,アメリカの著名な教育者・哲学者のジョン・デューイ(John Dewey)氏の言葉を引いて本講演を終了します。

「もし,今日の学生を昨日の方法で教育したら,私たちは彼らの明日を奪うことになる」

 どうもありがとうございました。

(了)

 『看護研究』誌に講演録を掲載!
弊社発行の『看護研究』誌45巻2号(2012年3月下旬発行予定)では,講演録のかたちでより詳しく掲載予定です。こちらもぜひご覧ください。


パトリシア・ベナー氏
米国カーネギー財団上席研究員。カリフォルニア大サンフランシスコ校看護学部名誉教授。米国看護アカデミー(the American Academy of Nursing)フェロー。王立看護協会(the Royal College of Nursing)名誉フェロー。
バサディナ大で看護師になる教育を受け,カリフォルニア大バークレー校で博士号を取得。カリフォルニア大サンフランシスコ校看護学部で研究に従事。社会科学者,人文学研究者であり,経験豊かな看護師,専攻科長経験のある教授でもあった。
著書は,『From Novice to Expert: Excellence and Power in Nuring Practice』『Educating Nurses: A Call for Radical Transformation』(邦題『ベナー看護論 初心者から達人へ』『ベナー ナースを育てる』,ともに医学書院)など多数。

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