直感的診断の可能性(志水太郎,松本謙太郎,徳田安春)
寄稿
2012.02.13
【寄稿】
直感的診断の可能性
DEM International Conferenceに参加して
志水太郎(カザフスタン共和国ナザルバイエフ大学客員教授)
松本謙太郎(National Medical Clinic Family Practice)
徳田安春(筑波大学附属病院水戸地域医療教育センター教授/水戸協同病院総合診療科)
決断時の「直感の重要性」
われわれは今回,2011年10月に米国シカゴで行われたDiagnostic Error in Medicine(DEM)のInternational conferenceに参加した。本総会は,Society of Medical Decision Makingの分科会として4回目の開催となる。医療現場において重要なテーマとなる「診断エラー1)をいかにして減らすか」,それがDEMで扱われる主なトピックだ。会場では症例を題材に検討が行われ,さまざまな認知エラーとその解決策が熱く議論された。
数々のセッションのなかでも特に衝撃的だった演題は,Gary Klein氏の基調講演『What Physicians Can Learn from Firefighters』だった。Klein氏は医師ではなく心理学者であり,多分野の現場における決断に関する研究を通して,決断時の「直感(intuition)の重要性」を提唱している2)。氏の講演のなかで最も印象的だったのが以下の式だ。
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一見当たり前のようにも見えるが,診断学の観点から重要な示唆をはらんでいると感じた。以下,この式より着想を得たわれわれの考察を述べる。
診断プロセスは2つの要素で構成される
「臨床推論」と一般に呼ばれる診断のプロセスは,「Dual processes model」といい,ふたつの要素から成ると説明される3)。ひとつは直感的思考(Intuitive process;System 1),もうひとつは分析的思考(Analytical process;System 2)である(表)。
表 直感的思考・分析的思考の診断プロセスの特徴 |
直感的思考は,医師が豊富な臨床経験に照らし合わせた潜在意識下で行われる直感的メンタル・シミュレーション(intuitive mental simulation)に基づく診断であり,認知心理学ではヒューリスティックス(heuristics)とも呼ばれるものだ。具体的には,典型的な臨床症状・所見から診断をズバリ当てる「パターン認識」,またはヒューリスティクスと似た手法で迅速な診断を可能にする「クリニカルパール」などが該当する4)。熟練した医師は,豊富な臨床経験から得意分野の「症候学」をマスターしており,それらのプロセスを経て,的確かつ迅速な診断を行うことが多い。Klein氏が強調するのも,この直感的思考である。弱点としては,経験に基づく直感,言わば直線的な思考過程故に,経験が未熟な場合には数々の認知バイアスの影響を受けやすいことが挙げられる。
一方,分析的思考は,ロジカルで周到に準備されたフレームワーク(VINDICATEなど)やアルゴリズム,Bayesの定理(検査前確率と尤度比で検査後確率を求める方法),そしてネモニクス(mnemonics;AIUEOTIPSなどの語呂合わせ)などを利用して診断を詰めていく診断思考である。直感的思考に比べ,より論理的かつ体系的なアプローチのためにミスが少なくセーフティネットとして用いられる診断法である反面,医師が記憶をたどる労力や分析に時間がかかり,時に直感的思考よりも効率が落ち,過剰な検査オーダーが行われたり,逆にシンプルケースではエラーを来したりするデメリットがある3)。
無意識のうちに直感・分析を使い分けている
性質を異にする特徴を持つ両者であるが,一体どちらの方法が優れているのか。診断のスピードと網羅性のトレードオフの間で,臨床家はどちらを採用すべきなのだろうか。
そこで,われわれ自身の日々の経験の積み重ねや,あるいは診断の名手として有名なローレンス・ティアニー医師らの推論の追体験から考えてみると,あることに気付くだろう。それは,日々の現場においては,「直感」と「分析」のどちらか一方を採用しているわけではなく,多くの場合,病歴上のコンテクスト(文脈)や現場の状況に応じて,両者を無意識のうちに使い分けているということだ。つまり,診断が比較的容易な症例・過去に経験のある症例であれば直感的思考に基づいて診断することが多いのに対し,困難な症例・未経験の症例であれば分析的思考を優先させる,または直感的思考と分析的思考を協働させながら診断を追い詰めていく。このような使い分けを無意識のうちに行っているのだ。
意識的な使い分けが診断能力を洗練させる
誰もが悩むような難症例が,時に「一発診断」として迅速に診断される。これはスピーディさが売りの直感的思考がきっかけとなることが多い。この思考プロセスの正体こそが診断におけるアート・暗黙知のひとつなのだが,その詳細がいまだ解明されていない現在,この迅速かつ鮮やかな診断技術は臨床家にとって羨望の対象だ。
実際に直感的思考に基づく診断を目の当たりにすると,この思考の持つ臨床的意義は大きいと感じる。一刻を争うような現場を過ごす臨床家にとっては,ある程度の妥当性を担保した迅速性のほうが,網羅性や論理性よりも優先されるケースもあるからだ。
こうした点から,鑑別を論理的に過不足なく挙げるという診断スタイル一辺倒ではなく,直感的思考をより重視した臨床スキルの開発,そしてその教育に本腰を入れることも重要と言えそうである。直感的思考に基づいた診断技術を能動的に磨くことによって,「直感⇔分析」のDual processingを相補的に意識して使い分けることも可能になるはずだ。それによって医師の診断技術に多様性と柔軟性が生まれ,臨床家の診断能力はより洗練されたものとなる。直感的思考の"急所"と懸念されるバイアスの交絡についても,主に認知エラーによるバイアス回避の方法(分析的思考)でもって適切にその弱点を補完でき,直感的思考が「危険な賭け」となることもないだろう。
直感的診断の技術を磨いていくためには,素晴らしいクリニカルパールを数多く蓄積し共有することや,日々の臨床経験を十分に積み,鋭い観察力でヒューリスティックスを見つけようとする地道な努力が大切となるだろう。
診断技術の向上がもたらす社会的効果
昨今,診断のアート・暗黙知の解明に関する議論が熱を帯びてきている。今後,この形而上学的な概念を教育・伝達可能な具体的な形にまで一般化させることで,医療の質,特にプライマリ・ケア領域における医療の質の向上が期待できる。その恩恵は,「地引き網診療」ともやゆされる検査偏重の医療に歯止めをかけ,患者一人ひとりの健康改善はもちろん,医療経済的,医療従事者の人的・時間的コストの大幅な削減にもつながることが予想される。
われわれの活動母体であるSociety of Diagnostic Medicineは,今回DEMの承認を受け,このたびDEM Japan chapterを内部分科会として発足させることとなった。
代表者:徳田安春 連絡先:demjapan@gmail.com |
文献
1)Kohn LT, et al. To Err Is Human: Building a Safer Health System. National Academies Press; 2000: 1-287.
2)Klein G. The Power of Intuition: How to Use Your Gut Feelings to Make Better Decisions at Work. Crown Business; 2004.
3)Norman G. Dual processing and diagnostic errors. Adv Health Sci Educ. 2009; 14(suppl 1): 37-49.
4)ローレンス・ティアニー著, 松村正巳訳. ティアニー先生のベスト・パール. 医学書院; 2011.
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