MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
2012.02.06
MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
幻聴妄想かるた
解説冊子+CD『市原悦子の読み札音声』+DVD『幻聴妄想かるたが生まれた場所』付
ハーモニー(就労継続支援B型事業所) 編著
《評 者》大野 更紗(作家(『困ってるひと』)/自己免疫疾患系難病患者)
フリーダムすぎるカルタで新年の頭をかち割ろう
私は自己免疫疾患系の難病患者であるので,正直,精神障害を持つ人の苦しみや困っていることというのは経験則の範疇でしかない。代弁などできないと思う。私も「妄想」についてはなかなかいい線をいっている気がする。しかし重要なポイントである「幻聴」を聴いたことはまだ無い。惜しい。
精神障害を持つ人たちにとって,「幻聴」や「妄想」は,空気のようなものなのかもしれない。当たり前過ぎて,言語化する必要性をあまり感じないのだと思う。「言葉にしてほしい」というのはむしろ,幻聴力も妄想力もイマイチ不足し,脳みそがすっかり固くなってしまった,凡庸な日本社会の側の願望なのかもしれない。近年,精神障害の領域を中心に「当事者研究」の試みは各地に広まっている。この「幻聴妄想かるた」は,東京・世田谷区にある精神障害者の人たちのための作業所,「ハーモニー」の当事者研究から生まれた。フリーダムすぎるメンバーによって制作された,ワンダホーなカルタである。
一人暮らしの方にはCD付録を
カルタであるから,遊ばなくては意味がない。しかし私は一人暮らしだ。一人でカルタを読み上げ,一人でカルタ取りをするなど,ご近所に不審だと思われるに違いない。うっかりヘルパーさんに目撃されたら,「ああ,更紗ちゃん,ついに……」と誤解されてしまう。しかし,このカルタは私のような独居者にも優しい配慮がされている。付録に,あの大女優,市原悦子さんによる読み上げCDが付いているのだ。CDプレーヤーに読み上げ役を任せて,何枚か札を取ってみた。
「ヘリコプターとジェット機は アメリカ軍諜報機関 監視されている」
根拠はまったく無いが,超重要人物になった気がしてきた。
「うたがわれ 続けて 20年」
20年も疑われ続けるなどと,ずいぶんと熱心なファンがいるものである。
「まい日 金縛り状態」
私も毎日身体じゅう痛むので,「そうそう!」と思わず興奮して札を握りしめてしまった。気分がすっとするいい札だ。
憑き物落としに
このカルタの箱を開けて,付録のDVDを観たり,解説書を読むのももちろんためになる。「精神障害の方の気持ちを理解しなければ」とか,「社会的に弱い立場に置かれている方々のホンネを学びたい」という崇高な志を十二分に満足させてくれる,書籍としても優れたものであると思う。
しかし,あくまでカルタなのだ。繰り返しになるが,遊ばなくては意味がない。家族,友人,彼氏彼女と仲良く輪を囲み,この訳のわからない意味不明の,不審すぎる言葉の数々を読み上げることに醍醐味がある。せっかくの正月だというのに,テレビを観て寝っころがるのみしか余暇を楽しむ術を知らぬ「常識のあるお父さん」をたたき起こし,幻聴力の衝撃に触れさせてみるのもよい。カルタなど鼻で笑い,ゲームにいそしむ「空気を読める息子さん」を強制的に引っ張ってきて,妄想力の混乱に陥らせてみるのもよい。
不安に眠れぬ夜を過ごす人。精神科のクリニックを受診する人。学校や職場のストレスで心身の体調を崩す人。そういった話は「普通の話題」として頻繁に耳にする。うつは,ふつうだ。いやむしろ,こんな矛盾と不条理だらけの社会で,うつにならないほうが,どこかおかしくなってしまっているのかもしれない。
肩の力を抜いて,大きな声で,幻聴妄想かるたを読み上げよう。頭はさらに混乱し,訳がわからなくなり,そしてついには「ぶっ」と笑ってしまう。さっきまで自分の心をがんじがらめにしていた憑き物を落としてくれる。これぞ,激動の2012年新春にふさわしき,正統派カルタである。
(解説冊子)頁120 定価2,415円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01485-4
Stuart Porter 著
武田 裕子 訳
《評 者》前野 哲博(筑波大大学院教授・地域医療教育学)
徹底的に初学者の視点に立った研究の入門書
研究は研究者がやるもので,臨床医がやるものではない――学生時代・研修医時代,私はそう思っていた。大学の先生からは,「臨床医だからこそ研究に取り組むべきである」とよく言われていたが,当時はどうしてもそう思えなかった。
そんな私も,後期研修が終わるころ,次第に研究に興味を持つようになり,軽い気持ちで研究に取りかかった。実際に取り組んでみると,その奥の深さに驚き,研究とはこんなに大変なものかと愕然とした。ようやく一つの論文を仕上げてみて,やっと臨床医が研究に取り組む意義を実感できたが,もし,こんなに苦労することを最初から知っていたら,研究をやってみようとは思わなかったかもしれない。
思えば,研究のプロダクトである論文はいくらでも読む機会があるが,そのプロセスについて学ぶ機会は少ない。研究の進め方について書かれた本もあるが,研究をライフワークにしている研究者が,同じような道を選ぼうとしている人に向けて書かれたものが多いのではないだろうか。
本書は,まさに昔の私のような,初めて研究に取り組むことになった臨床家を対象に書かれている本である。その特徴は,何といっても徹底的に初学者の視点に立っていること。なぜ研究するのか,なぜ研究を苦手にしている学生が多いのかというテーマに始まり,指導教員との上手なつきあい方,研究テーマの選定,研究方法の考え方,レビューの書き方,先行研究の探し方……というように,研究のプロセスに沿ってわかりやすく述べられている。特に,研究倫理や質的研究については多くのページを割いて,丁寧に説明されている。
本書の特筆すべき点は,研究の入門書であるのに,研究に苦手意識のある人向けに書かれていることである。初学者はどこでつまずくのか,どこで不安に感じるのかを筆者が熟知した上で,極めて実践的でツボを押さえたノウハウがふんだんに記載されている。ユーモアにあふれた比喩もわかりやすく,こなれた読みやすい訳文と相まって,初学者でも肩肘張らずに読み通すことができるだろう。
医師に限らず(本書の著者は理学療法士である),臨床にかかわるすべての医療者で,研究に興味を持ったら,まず気軽に手にとってみてほしい。本書はそういう一冊である。
B6・頁256 定価2,625円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01181-5
八重樫 牧人,岩田 健太郎 監修
亀田総合病院 編
《評 者》青木 眞(サクラ精機(株)学術顧問/感染症コンサルタント)
サイズからは想像もつかない,マニュアルを超えた内容
優れた研修病院には,それぞれが置かれた地域や患者層にマッチした独自の診療文化・スタイルともいうべきものがあり,これが国際標準化機構(ISO)などでは評価できない形でその施設の診療の質を大いに高めている。
そしてこれらの施設には,長年,培われた有形・無形の診療上の知恵が集約され,それを何とか霧散させず次世代に語り継ぎたいという熱意による診療マニュアルが必ず存在する。古典的なものとしてはワシントン大学の『ワシントンマニュアル』,聖路加国際病院の『内科レジデントマニュアル』などが挙げられ,“母校”沖縄県立中部病院にも同様のものがある。最近勃興が著しい新しい研修病院にも,歴代,屋根瓦方式で養われた研修医・レジデントたちにより練り上げられた秘伝のマニュアルがあり,その形はA4の紙に印刷されたものをホッチキスでとめただけのものから,院内ネット上のフォルダにまとめられたパワーポイント形式のものまで,その形態はいろいろであるが,若々しい診療上の熱意と良心が結晶化している。ここには「良き医師として患者を助けたい・役に立ちたい」という強烈なベクトルが充溢しており,同時に,その施設がいかに粗野な野戦病院であっても言語化できない「温もり」「優しさ」がにじんでいる。「自分の体調・気分・能力に左右されずに良質な診療を毎日提供したい」という臨床医であれば誰もが自然に持つ本質的な願いによる産物である。
さて前置きが長くなったが,ここで『ザ・亀マニュ』(正式名『総合診療・感染症科マニュアル』)の登場である。監修はいつもお世話になっている八重樫牧人先生と岩田健太郎先生。そして編集はなんと亀田総合病院である。タイトルからして以前から「感染症教育は優れた総合診療教育の一環としてのみ可能」という監修者らの主張が具現化したものともいえるが,本書の特徴を「感染症を総合診療に組み込んだマニュアル」と表現しては的外れとなる。それほど,本書は極めて小柄でありながら大きな構造物を内在させている。まずマニュアルが陥りやすい近視眼的な料理本cookbookで終わっていない。日常臨床で必須となる多くの「原則」が本書前半のかなりの部分を占めており,その原則を医師はその経験の多寡を問わず生涯忘れてはならない。その意味では本書はマニュアルではなく手のひらにのる成書である。
感動するたびに書評用に付けた付箋が数十枚となったが,残念ながら紙面の関係で「女性の健康」といったヘルスメンテナンスからEBMまで視野に収めた本書をすべて紹介することはかなわない。極めて優れた点のほんの一部を紹介する。
*検査判断の原則:検査結果で診療行為がどのように変わるかを考えよう。
*一般外来診療の原則:患者は医師に直接クレームを付けることは少ない。苦情の投書に目を通し,コメディカルに寄せられる患者の言葉に敏感になるようにする。
*在宅診療の原則:終末期に起きる変化は“本人は苦しくない”ということをご家族に説明し,家族の不安をできるだけ取る。
本書は,小さな宝石箱のようなマニュアルである。このマニュアルを読んで心が温かくならない医師は,役職が院長でも教授でも医師を辞めたほうがよい。研修委員長は「大人買い」の予算を準備されるようお勧めする。
三五変・頁464 定価2,625円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00661-3
兼本 浩祐 著
山鳥 重,河村 満,池田 学 シリーズ編集
《評 者》鈴木 國文(名大教授・精神神経科学)
知識や理論を臨床と結び付ける方法を伝える格好の書
とにかく面白い本である。最初の頁から最後までワクワク感を失うことなく一気に読むことのできるまれな専門書の一つと言っていい。
なぜこの本がこれ程に面白いのか。それは,豊富な臨床例を踏まえ,その臨床場面から立ち上がる疑問を出発点に,その疑問について,単に教科書的理解でよしとするのではなく,手に入る理論のすべてを動員し,できる限り飛躍することなく疑問を埋めていく,そうした歩みを,この本は忠実に実行しているからである。難解な理論でけむに巻くようなところは一つもない。そのため,この本は,一人一人の精神科医が,さまざまな知識,さまざまな理論をどのように臨床と結び付けていけばいいのか,そのことを伝える格好の導きの書となっている。
例えば,一足の靴について,それを靴と言い切ることができず,「靴のようなもの」としか認識できなくなった「連合型視覚失認」の症例を診たときの驚きから,著者は,「普通の人が一足の靴を見てそれを靴と呼び,何の過不足も感じないで済ますことができるのはなぜか」という問いを立てる。こうした問いを立てることは,哲学者ならともかく,普通の臨床家には,決して容易なことではない。たいていの場合,「これは連合型視覚失認である」という記述で終わってしまうのである。著者は,その症例の抱える困難から,脳の機能について,さらには脳が機能する際の言語の役割について,丁寧な推論を重ねる。そのスリリングな歩みは,精神について考える際に踏まえなければならない基本的な哲学的前提と,脳科学の最新知見の両方を,極めてわかりやすい形でわれわれに伝えてくれている。
著者,兼本浩祐という人は,どんな場面で雑談をしていても,常に相手を聞き入らせる不思議な技を持った人である。あるとき,彼が「意味のない無駄話ならいくらでも続けることができるよ」と言うのを聞いたことがあるが,彼の話は,よく聞いていると,それぞれの断片がどんな遠いところからでも必ず核心へとつながっていく,そういう仕組みになっている。実は,無駄な話が一つもないのである。そう言えば,この本にも無駄なことが少しも書かれていない。理論のための理論のような無駄な論立てが,一切ないのである。
心の文法で読み解くべき事柄,脳の文法で読み解くべき事柄,その二つがどのようにつながり,どのように離れているのか,もちろんこれは,今日の科学における最大のハードプログラムの一つである。この問題に正面から向かい,これだけ平易に論述することは,てんかん学というフィールドでこの問題を考え続けてきた著者でなければ成し得ない仕事と言えよう。しかも,この書で使われている日本語はきれいである。今,物事を頭に整理して入れようとするとき,どのような言葉を使えばいいのか,ここでの論述はその見事な範例と言えるだろう。
単に精神科医だけでなく,心を扱う多くの人に読んでほしい一書である。
A5・頁212 定価3,570円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01330-7
田中 和豊 著
《評 者》岩田 充永(名古屋掖済会病院救命救急センター副センター長)
臨床医の基礎体力を獲得するため,熟読に値する書
ある往年の大投手は,プロ野球で活躍を期待される若手投手から「直球で勝負できる投手になるためにはどうしたらよいでしょうか?」と尋ねられ,「徹底的に走り込むこと!」と答えたそうです。これは真の実力をつけるのには近道がないことを示しています。
しかし,真の実力がつくまで時間は待ってくれず,直球で勝負できるレベルに達していなくても,「このコースに投げれば打たれない」という投球術を駆使してプロ野球の世界を生きている投手はたくさんいます(多分……)。
国家試験に合格して間もない時期から救急外来に放たれる(!?)臨床研修医は,いきなり登板を命じられマウンドに登る投手のようなものです。「まだ,直球で勝負できるような実力は僕にはありませんから……」という言い訳は許されません。そのような厳しく過酷な現実の中で,「この主訴のときにはこの疾患を考えて,この検査とあの検査をやっておけばよい」というマニュアルや,「この症状でこの所見の場合は○○(重篤な疾患)の可能性があるから要注意!!」というパターン認識を駆使して切り抜けようと試みている方も多いのではないでしょうか? これは,いわばピッチャーの「投球術」に当たるもので,大変役に立つものですが,投球術だけで切り抜けられるほど臨床の世界が甘くないのも現実です(長年,救急外来で働いていると本当に身に沁みます……)。
本書『問題解決型救急初期診療(第2版)』は投手の走り込みに当たる“臨床医の基礎体力”を身につけるための書籍です(マニュアル本サイズではありますが,決してちまたに溢れるマニュアル本ではありません)。胸痛,腹痛,頭痛から外傷まで臨床医として遭遇する事態に対して,病態生理や病理を重視した“本道”のアプローチが記載されています。世の中にはたくさんの病気がありますが,病態生理や病理に基づいた“本道”の思考を修得できれば患者に不利益を及ぼすような失敗を避けることができます。
活字を読まなくなったとやゆされる世代には厳しい要求かもしれませんが,ぜひ,一文一文を味わって,熟読・読破してください(国家試験が終わって最後の春休みを謳歌している医学部6年生の課題図書にしようかなあ~)。臨床医の出発時に本書によって基礎体力(臨床の基本的な思考能力)を身につけた者は,直球勝負ができる体を作り上げた投手が実践で投球術を体得するがごとく,臨床研修の現場でクリニカルパールを蓄積していくことができると思います。そうなれば鬼に金棒,皆さんの臨床医としての人生は充実したものになるでしょう。
「もう,臨床研修なんて終わっちゃったよ~」という皆さん,決してあきらめることはありません。われわれの世代には,「後輩に教えるふりをして,自分が勉強する」という得意技があるじゃないですか! 「君たちにとって非常に役立つ本だから,一緒に読んであげよう」と研修医と勉強会を開いて,さあ,一緒に勉強しましょう!
B6変・頁608 定価5,040円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01391-8
松井 敏幸,松本 主之,青柳 邦彦 編
《評 者》坂本 長逸(日医大教授・消化器内科学)
疾患の特徴が理解できる優れた教科書
福岡大学の松井敏幸先生,青柳邦彦先生,九州大学の松本主之先生が『小腸内視鏡所見から診断へのアプローチ』と題した小腸疾患診断学の教科書を医学書院から出版した。ご存じの方が多いとは思うが,福岡大学,九州大学は小腸疾患の診療ではわが国をリードする大学であり,消化器疾患症例を1例1例大事に解析する手法はいまや両大学の伝統と言ってもいいであろう。同じく福岡大学(当時)の八尾恒良先生,九州大学(当時)の飯田三雄先生は2004年度に両大学の膨大なデータを集約し,これまでとは比較にならないぐらい広範な小腸臨床に関する学術書『小腸疾患の臨床』(医学書院)を出版したが,今回の『小腸内視鏡所見から診断へのアプローチ』はそれに続く両大学の小腸疾患診療に関する学術書第2編と言える。
この2つの学術書の明確な違いは,2004年から7年を経て出版された『小腸内視鏡所見から診断へのアプローチ』では,小腸疾患画像診断学がこの間にいかに進歩したかを見てとれることであろう。さらに付け加えるなら,私はこの学術書ほど小腸疾患に関する画像を豊富に掲載している書物を知らない。豊富な症例と画像が本書の特徴であり,特筆すべきことと言える。つまり,疾患単位で記述された最初の小腸疾患学術書『小腸疾患の臨床』を,より実臨床に即して,今日のダブルバルーン小腸内視鏡,カプセル内視鏡画像とともに記述したのが本書と言える。
もう少し本書の内容を紹介すると,本書は診断の進め方,小腸X線検査,カプセル内視鏡検査やダブルバルーン内視鏡検査の実際を総論でかなり詳細に紹介し,次いで内視鏡所見ごとに,所見から見た診断へのアプローチ,その所見を呈する小腸疾患,および鑑別診断と鑑別診断のポイントが記載されている。X線や内視鏡所見から診断にアプローチしようとする試みであり,極めて実臨床に即して書かれている。所見は,例えば粘膜下腫瘍を来す疾患,アフタを来す疾患,浮腫を来す疾患など,小腸の画像診断に実際にかかわっている先生にしか記述できないであろうと思われる内容となっている。したがって,このような所見にしばしば遭遇する小腸を専門とする先生には,なるほどとうなずける内容であり,これから小腸疾患診断学を学ぼうとする先生には必須の学術専門書と言えるだろう。この点も本書の特徴であるが,さらに特筆すべきは,所見から見た診断へのアプローチに続いてそれぞれの所見を呈する症例の内視鏡画像が100ページ以上にわたって掲載されていることである。しかも,写真が実に美しく,症例が豊富で,おそらくこれ以上に多くの小腸疾患症例の内視鏡画像やX線画像を示した教科書は他にはないであろう。つまり,症例の内視鏡画像のページを見るだけで,疾患の特徴が理解できる優れた小腸疾患内視鏡診断学教科書と言える。
このように,本書は専門家,これから小腸疾患診断学を学ぼうとする先生,あるいは日常臨床で消化管内視鏡検査に携わる先生方には,ぜひ一読していただきたい専門教科書となっている。
B5・頁192 定価12,600円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01446-5
ローレンス・ティアニー,松村 正巳 著
《評 者》平岡 栄治(神戸大病院総合内科)
カンファレンスに参加しているように診断学の世界に引き込まれる
本書の著者は,おそらくその名前を知らない内科医,研修医,学生はいないと思われるカリフォルニア大学のローレンス・ティアニー先生とそのご友人であり自身もご高名な総合内科医である金沢大学の松村正巳先生である。
3部から構成されており,第1部はティアニー先生の診断哲学がまとめられている。病歴をとる際の患者観察の重要性,病歴の中には収穫の多い病歴と収穫の少ない病歴がありそれを見極めることの重要性などなどが具体例をもって説明されている。さらにどの本にも書かれていない診断に役立つクリニカルパールが書かれている。「多発性骨髄腫の3つのNoは発熱なし,アルカリフォスファターゼの上昇なし,脾腫なし」といった具合である。
第2部は金沢大学で実際行われたティアニー先生とのケースカンファレンスを合計14例出され,ティアニー先生の思考過程が詳述されている。一貫していることは病歴からかなり診断が絞られることである。11のカテゴリーでもれなく鑑別疾患を挙げ,病歴が終わるころにはかなり鑑別が絞られる方法は見事である。さらにコラムにて松村先生が身体所見や病気に関する解説をされている。ケースからその患者の診断までの過程を学ぶと同時に疾患についても学べるように構成されていて非常に勉強になる。
第3部では,ティアニー先生へ松村先生がインタビューされ,会話形式でティアニー先生の個人史やいい医者になるための読者へのアドバイスが書かれている。
ティアニー先生は皆様ご存じのとおり診断の神様と呼ばれ,米国内のみならず世界各地でケースカンファレンスをされ,“診断学”を教育されている。本書を読むとケースカンファレンスに参加したことがない人もまさしくカンファレンスに参加しているようにティアニー先生の診断学の世界に引き込まれるだろう。学生,研修医のみならず内科医,指導医にも一読を勧める。
A5・頁208 定価3,150円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01440-3
石井 均 著
《評 者》田嶼 尚子(慈恵医大名誉教授/糖尿病・代謝・内分泌内科学)
歩む道の先に光があることを感じさせてくれる良書
糖尿病診療においては,患者の考え方や生活背景など,個人個人が置かれた状況を尊重することや,医療者と患者の双方向における意思の疎通が欠かせない。しかし,このような側面はサイエンスとしては取り扱いづらく,近代医学ではともすると後回しにされてきた。この点についても知りたいと思っている諸兄姉にとって,このたび上梓された『糖尿病医療学入門――こころと行動のガイドブック』はまたとない良書である。
糖尿病と心理に関する第一人者である石井均先生が,長い間にわたって,感じ,考え,そして実践してこられた経験のすべてが盛り込まれているからである。加えて,人と人との信頼関係や心の問題を取り込んだ新たな糖尿病医療体系を「糖尿病医療学」と名付け,これを興したいという著者の強い信念が流れている。
とはいえ,糖尿病の診療において大切な基礎知識を持たずに,医療学を論ずるわけにはいかない。そこで基礎編のPart1では,血糖コントロールについて患者が知っているべきことが簡潔にまとめられている。この章を読むと,医学的な要因のみならず,行動学的な要因が血糖コントロールに影響することがわかる。例えば,SMBG(血糖自己測定)をすることができると確信し,それを実践して,血糖コントロールが改善すればSMBGを継続するという行動につながる,などがその一例である。
Part2では,糖尿病の治療に対する行動を決定する上で重要なのは,患者自身の管理行動であり,患者がどう考えているかが重大な要因であることが説明されている。ここのキーワーズは,エンパワーメント,セルフエフィカシー,ストレス,QOLなどの外来語であるが,著者はその一つ一つについて,医師,看護師,患者の三者間に誤解が生じることがないように,丁寧に解説している。
第3章の実践編は,著者の“本領発揮”といえよう。糖尿病療養行動の促進,援助をいかに行っていくのかが,かゆいところに手が届くように記されている。このようなことが大切だったのだと,今更ながら思い知らされること満載である。第4章は,“糖尿病者のこころを支える”と題し,医療学を興そうと考えるに至った筆者の心の経緯が示されている。その文章の一つ一つの言葉に,著者の心の叫びが込められており,心を打たれる。
本書の対象は,糖尿病患者にとどまらない。根底に流れている石井哲学はもっと普遍的だからである。誰しも,「理不尽だと感じる状況」から抜け出したいのに,具体的な方法がわからないという状況に置かれたことがあるだろう。そのような場合に本書をひもとけば,解決のヒントが見つかるかもしれない。また,歩む道の先に光があることを感じさせてくれるだろう。糖尿病を持つ人が勇気付けられ,彼らを取り巻く人たちを温かな気持ちにさせてくれる本書が,多くの方々にとって座右の書となることを願ってやまない。
B5・頁268 定価4,725円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01332-1
Rita Charon 著
斎藤 清二,岸本 寛史,宮田 靖志,山本 和利 訳
《評 者》江口 重幸(東京武蔵野病院副院長・精神医学)
「物語能力」の重要さを説く,この領域への最良の導きの書
臨床の前線で日々働く医療者にとって,医療と文学を結びつける発想や,病いや苦悩は語りであるとする言説などは,およそ悠長で傍観者的見解と思われるかもしれない。臨床場面は死や不慮の事故などのハードな現実と皮接しているからだ。実際そのような感想を面と向かって言われたことも何度かある。しかし,例えば狭義の医学的な枠組みから外れた慢性的病いを抱えて毎日やりくりしながら生活する患者や家族,あるいは彼らを支えケアする人たちを考えていただきたい。彼らが科学的な根拠のみを「糧」にしているのではないのは明らかであろう。病いを抱えながら,苦悩や生きにくさを日々の生きる力に変換していく根源の部分で「物語」が大きな役割を果たしているのである。
患者や家族の経験にさらに近づくために,こうした「語り」に注目したアプローチが医療やケア領域に本格的に現れるようになったのは,1980年代からである。本書はその最前線からもたらされた最良の贈り物である。
医師でもあり文学者でもある著者のリタ・シャロンは,さまざまな文学作品や人文科学の概念を駆使しながら「物語能力(narrative competence)」の重要さを説く。それは医療者が患者に適切に説明したり,事例検討の場で上手にプレゼンしたりする能力のことではない。病いや苦しみや医療にはそれらがストーリー化されているという本性があり,その部分にどれだけ注意を払い,正確に把握し,具体的に対処できるかという能力のことである。それに向けて著者が長年心を砕き,文学作品や「パラレルチャート」を含む多様な臨床教材を使用しながら医学教育の場でも教えてきた成果のすべてが,惜しげもなくここに示されている。
物語=語り(narrative)は分断された医療を架橋する(第2章)。そして医療は物語的特徴であふれていて(第3章),医療者-患者関係を良好にするのみならず,苦悩の証人となり(第9章)その根底の倫理的な部分(第10章)にも深くかかわってくるのである。
今日の医療の現状は,患者を中心とするものからはるかに遠く,徹底した生物医学に貧しい医療制度が絡み付いたものであるという指摘が常套句のごとくなされてきた。「患者や家族の声に耳を傾けなさい」という勧めも後を絶たない。しかし,こうした部分の根幹を変える力は,善意に満ちた心掛けや名人芸的な対話技術というより,それを支える方法論によってもたらされるものなのではないか。それが著者の言う「物語能力」,つまり物語=語りを適切に扱うことができる,理論的=実践的能力なのであろう。
原著は2006年に刊行された。それから5年を数えるが,本書以上の関連書が現れる予兆はいまのところない。本書は医学的物語論のいわばK点を刻むものなのである。原著より小ぶりな体裁ながら,美しい装丁をそのまま生かし,しかも詳細な文献を含む全訳が盛り込まれている。邦訳も日本においてnarrative-based medicineを長らく牽引してきたベストの翻訳陣によって担われている。
本書は医療やケアの重みや広がり,それにかかわる者の困難のみならず勇気や喜びをしっかりとわれわれに示してくれる,この領域への最良の導きの書である。
A5・頁400 定価3,675円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01333-8
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