医学界新聞

2012.02.06

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


幻聴妄想かるた
解説冊子+CD『市原悦子の読み札音声』+DVD『幻聴妄想かるたが生まれた場所』付

ハーモニー(就労継続支援B型事業所) 編著

《評 者》大野 更紗(作家(『困ってるひと』)/自己免疫疾患系難病患者)

フリーダムすぎるカルタで新年の頭をかち割ろう

 私は自己免疫疾患系の難病患者であるので,正直,精神障害を持つ人の苦しみや困っていることというのは経験則の範疇でしかない。代弁などできないと思う。私も「妄想」についてはなかなかいい線をいっている気がする。しかし重要なポイントである「幻聴」を聴いたことはまだ無い。惜しい。

 精神障害を持つ人たちにとって,「幻聴」や「妄想」は,空気のようなものなのかもしれない。当たり前過ぎて,言語化する必要性をあまり感じないのだと思う。「言葉にしてほしい」というのはむしろ,幻聴力も妄想力もイマイチ不足し,脳みそがすっかり固くなってしまった,凡庸な日本社会の側の願望なのかもしれない。近年,精神障害の領域を中心に「当事者研究」の試みは各地に広まっている。この「幻聴妄想かるた」は,東京・世田谷区にある精神障害者の人たちのための作業所,「ハーモニー」の当事者研究から生まれた。フリーダムすぎるメンバーによって制作された,ワンダホーなカルタである。

一人暮らしの方にはCD付録を
 カルタであるから,遊ばなくては意味がない。しかし私は一人暮らしだ。一人でカルタを読み上げ,一人でカルタ取りをするなど,ご近所に不審だと思われるに違いない。うっかりヘルパーさんに目撃されたら,「ああ,更紗ちゃん,ついに……」と誤解されてしまう。しかし,このカルタは私のような独居者にも優しい配慮がされている。付録に,あの大女優,市原悦子さんによる読み上げCDが付いているのだ。CDプレーヤーに読み上げ役を任せて,何枚か札を取ってみた。

 「ヘリコプターとジェット機は アメリカ軍諜報機関 監視されている」
 根拠はまったく無いが,超重要人物になった気がしてきた。

 「うたがわれ 続けて 20年」
 20年も疑われ続けるなどと,ずいぶんと熱心なファンがいるものである。

 「まい日 金縛り状態」
 私も毎日身体じゅう痛むので,「そうそう!」と思わず興奮して札を握りしめてしまった。気分がすっとするいい札だ。

憑き物落としに
 このカルタの箱を開けて,付録のDVDを観たり,解説書を読むのももちろんためになる。「精神障害の方の気持ちを理解しなければ」とか,「社会的に弱い立場に置かれている方々のホンネを学びたい」という崇高な志を十二分に満足させてくれる,書籍としても優れたものであると思う。

 しかし,あくまでカルタなのだ。繰り返しになるが,遊ばなくては意味がない。家族,友人,彼氏彼女と仲良く輪を囲み,この訳のわからない意味不明の,不審すぎる言葉の数々を読み上げることに醍醐味がある。せっかくの正月だというのに,テレビを観て寝っころがるのみしか余暇を楽しむ術を知らぬ「常識のあるお父さん」をたたき起こし,幻聴力の衝撃に触れさせてみるのもよい。カルタなど鼻で笑い,ゲームにいそしむ「空気を読める息子さん」を強制的に引っ張ってきて,妄想力の混乱に陥らせてみるのもよい。

 不安に眠れぬ夜を過ごす人。精神科のクリニックを受診する人。学校や職場のストレスで心身の体調を崩す人。そういった話は「普通の話題」として頻繁に耳にする。うつは,ふつうだ。いやむしろ,こんな矛盾と不条理だらけの社会で,うつにならないほうが,どこかおかしくなってしまっているのかもしれない。

 肩の力を抜いて,大きな声で,幻聴妄想かるたを読み上げよう。頭はさらに混乱し,訳がわからなくなり,そしてついには「ぶっ」と笑ってしまう。さっきまで自分の心をがんじがらめにしていた憑き物を落としてくれる。これぞ,激動の2012年新春にふさわしき,正統派カルタである。

(解説冊子)頁120 定価2,415円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01485-4


ここからはじめる研究入門
医療をこころざすあなたへ

Stuart Porter 著
武田 裕子 訳

《評 者》前野 哲博(筑波大大学院教授・地域医療教育学)

徹底的に初学者の視点に立った研究の入門書

 研究は研究者がやるもので,臨床医がやるものではない――学生時代・研修医時代,私はそう思っていた。大学の先生からは,「臨床医だからこそ研究に取り組むべきである」とよく言われていたが,当時はどうしてもそう思えなかった。

 そんな私も,後期研修が終わるころ,次第に研究に興味を持つようになり,軽い気持ちで研究に取りかかった。実際に取り組んでみると,その奥の深さに驚き,研究とはこんなに大変なものかと愕然とした。ようやく一つの論文を仕上げてみて,やっと臨床医が研究に取り組む意義を実感できたが,もし,こんなに苦労することを最初から知っていたら,研究をやってみようとは思わなかったかもしれない。

 思えば,研究のプロダクトである論文はいくらでも読む機会があるが,そのプロセスについて学ぶ機会は少ない。研究の進め方について書かれた本もあるが,研究をライフワークにしている研究者が,同じような道を選ぼうとしている人に向けて書かれたものが多いのではないだろうか。

 本書は,まさに昔の私のような,初めて研究に取り組むことになった臨床家を対象に書かれている本である。その特徴は,何といっても徹底的に初学者の視点に立っていること。なぜ研究するのか,なぜ研究を苦手にしている学生が多いのかというテーマに始まり,指導教員との上手なつきあい方,研究テーマの選定,研究方法の考え方,レビューの書き方,先行研究の探し方……というように,研究のプロセスに沿ってわかりやすく述べられている。特に,研究倫理や質的研究については多くのページを割いて,丁寧に説明されている。

 本書の特筆すべき点は,研究の入門書であるのに,研究に苦手意識のある人向けに書かれていることである。初学者はどこでつまずくのか,どこで不安に感じるのかを筆者が熟知した上で,極めて実践的でツボを押さえたノウハウがふんだんに記載されている。ユーモアにあふれた比喩もわかりやすく,こなれた読みやすい訳文と相まって,初学者でも肩肘張らずに読み通すことができるだろう。

 医師に限らず(本書の著者は理学療法士である),臨床にかかわるすべての医療者で,研究に興味を持ったら,まず気軽に手にとってみてほしい。本書はそういう一冊である。

B6・頁256 定価2,625円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01181-5


総合診療・感染症科マニュアル

八重樫 牧人,岩田 健太郎 監修
亀田総合病院 編

《評 者》青木 眞(サクラ精機(株)学術顧問/感染症コンサルタント)

サイズからは想像もつかない,マニュアルを超えた内容

 優れた研修病院には,それぞれが置かれた地域や患者層にマッチした独自の診療文化・スタイルともいうべきものがあり,これが国際標準化機構(ISO)などでは評価できない形でその施設の診療の質を大いに高めている。

 そしてこれらの施設には,長年,培われた有形・無形の診療上の知恵が集約され,それを何とか霧散させず次世代に語り継ぎたいという熱意による診療マニュアルが必ず存在する。古典的なものとしてはワシントン大学の『ワシントンマニュアル』,聖路加国際病院の『内科レジデントマニュアル』などが挙げられ,“母校”沖縄県立中部病院にも同様のものがある。最近勃興が著しい新しい研修病院にも,歴代,屋根瓦方式で養われた研修医・レジデントたちにより練り上げられた秘伝のマニュアルがあり,その形はA4の紙に印刷されたものをホッチキスでとめただけのものから,院内ネット上のフォルダにまとめられたパワーポイント形式のものまで,その形態はいろいろであるが,若々しい診療上の熱意と良心が結晶化している。ここには「良き医師として患者を助けたい・役に立ちたい」という強烈なベクトルが充溢しており,同時に,その施設がいかに粗野な野戦病院であっても言語化できない「温もり」「優しさ」がにじんでいる。「自分の体調・気分・能力に左右されずに良質な診療を毎日提供したい」という臨床医であれば誰もが自然に持つ本質的な願いによる産物である。

 さて前置きが長くなったが,ここで『ザ・亀マニュ』(正式名『総合診療・感染症科マニュアル』)の登場である。監修はいつもお世話になっている八重樫牧人先生と岩田健太郎先生。そして編集はなんと亀田総合病院である。タイトルからして以前から「感染症教育は優れた総合診療教育の一環としてのみ可能」という監修者らの主張が具現化したものともいえるが,本書の特徴を「感染症を総合診療に組み込んだマニュアル」と表現しては的外れとなる。それほど,本書は極めて小柄でありながら大きな構造物を内在させている。まずマニュアルが陥りやすい近視眼的な料理本cookbookで終わっていない。日常臨床で必須となる多くの「原則」が本書前半のかなりの部分を占めており,その原則を医師はその経験の多寡を問わず生涯忘れてはならない。その意味では本書はマニュアルではなく手のひらにのる成書である。

 感動するたびに書評用に付けた付箋が数十枚となったが,残念ながら紙面の関係で「女性の健康」といったヘルスメンテナンスからEBMまで視野に収めた本書をすべて紹介することはかなわない。極めて優れた点のほんの一部を紹介する。

*検査判断の原則:検査結果で診療行為がどのように変わるかを考えよう。
*一般外来診療の原則:患者は医師に直接クレームを付けることは少ない。苦情の投書に目を通し,コメディカルに寄せられる患者の言葉に敏感になるようにする。
*在宅診療の原則:終末期に起きる変化は“本人は苦しくない”ということをご家族に説明し,家族の不安をできるだけ取る。

 本書は,小さな宝石箱のようなマニュアルである。このマニュアルを読んで心が温かくならない医師は,役職が院長でも教授でも医師を辞めたほうがよい。研修委員長は「大人買い」の予算を準備されるようお勧めする。

三五変・頁464 定価2,625円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00661-3


《神経心理学コレクション》
心はどこまで脳なのだろうか

兼本 浩祐 著
山鳥 重,河村 満,池田 学 シリーズ編集

《評 者》鈴木 國文(名大教授・精神神経科学)

知識や理論を臨床と結び付ける方法を伝える格好の書

 とにかく面白い本である。最初の頁から最後までワクワク感を失うことなく一気に読むことのできるまれな専門書の一つと言っていい。

 なぜこの本がこれ程に面白いのか。それは,豊富な臨床例を踏まえ,その臨床場面から立ち上がる疑問を出発点に,その疑問について,単に教科書的理解でよしとするのではなく,手に入る理論のすべてを動員し,できる限り飛躍することなく疑問を埋めていく,そうした歩みを,この本は忠実に実行しているからである。難解な理論でけむに巻くようなところは一つもない。そのため,この本は,一人一人の精神科医が,さまざまな知識,さまざまな理論をどのように臨床と結び付けていけばいいのか,そのことを伝える格好の導きの書となっている。

 例えば,一足の靴について,それを靴と言い切ることができず,「靴のようなもの」としか認識できなくなった「連合型視覚失認」の症例を診たときの驚きから,著者は,「普通の人が一足の靴を見てそれを靴と呼び,何の過不足も感じないで済ますことができるのはなぜか」という問いを立てる。こうした問いを立てることは,哲学者ならともかく,普通の臨床家には,決して容易なことではない。たいていの場合,「これは連合型視覚失認である」という記述で終わってしまうのである。著者は,その症例の抱える困難から,脳の機能について,さらには脳が機能する際の言語の役割について,丁寧な推論を重ねる。そのスリリングな歩みは,精神について考える際に踏まえなければならない基本的な哲学的前提と,脳科学の最新知見の両方を,極めてわかりやすい形でわれわれに伝えてくれている。

 著者,兼本浩祐という人は,どんな場面で雑談をしていても,常に相手を聞き入らせる不思議な技を持った人である。あるとき,彼が「意味のない無駄話ならいくらでも続けることができるよ」と言うのを聞いたことがあるが,彼の話は,よく聞いていると,それぞれの断片がどんな遠いところからでも必ず核心へとつながっていく,そ...

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