医学界新聞

寄稿

2012.01.30

特集

「いきいき百歳体操」の健康戦略


  高齢社会において介護予防の重要性が増すなか,高知市が開発した「いきいき百歳体操」が注目されている。現在この体操は,高知県内はもとより,北海道から九州まで多くの市町村に広まっており,「住民主体」という地域展開手法もあわせて影響を及ぼしている。本紙では,高知市内の体操実施箇所を取材するとともに,高知市保健所の取り組みを探った(【関連記事もご参照ください】)。


写真(1):ビデオ映像を観ながらの「いきいき百歳体操」。いすを使って行う簡単な運動を中心に構成。皆で「1,2,3,4」と声を合わせることによって一体感も生まれる。
写真(2):体操終了後の茶話会。ここでの世間話が楽しみで来る人もいるようだ。
写真(3):2011年10月7日に開催された第8回いきいき百歳体操大交流大会。参加者数730人(百歳以上2人を含む)。

 「次はいすからの立ち上がり運動です。この運動をやることで,いすからの立ち上がりが楽になるのはもちろん,転びにくくなります」。

 ビデオ映像のガイダンスに続き,「1,2,3,4」の掛け声とともに参加者がいすからゆっくりと立ち上がり,「5,6,7,8」で座った。0から2.2kgまで10段階に負荷を増やすことのできる重りが会場に用意されており,各自の判断で手足に装着している。準備体操に始まり,7種類の筋力運動,整理体操のストレッチを合わせた40分間のプログラムをこなすと,参加日や使った重りの本数をそれぞれが記録。こうして,取材日の「いきいき百歳体操」は終了した。

 高知市にあるこの宅老所では,2004年度にこの体操を始め,今も週2回の活動を継続している。近所の高齢者の通所手段は,徒歩・自転車・家族の送迎などさまざま。毎日来る人もいれば,週1回の人もいる。そして,普段そこに行政職員の姿はない。「サポーター」(後述)を中心に,住民らが役割分担を行って運営している。

体操を介護予防推進の柱に

 高知市は介護保険制度施行後,要支援・要介護認定者が急増したことを踏まえ,高齢者の運動機能向上に着手。米国国立老化研究所が作成した「高齢者のための運動の手引き」を参考に,高知市保健所長の堀川俊一氏が理学療法士らとともに開発したのが「いきいき百歳体操」(以下,「百歳体操」)だ。

 前年の試行実施により運動能力や自覚的健康感の向上などの効果が実証されたことを受け,2003年度の高齢者保健福祉計画より「百歳体操」を介護予防推進の柱に据えた。「3年後には20か所で実施」を当初の目標に定めたが,徐々にその評判が広まり,目標の4倍以上の数字を達成。現在は市内285か所で体操が実施されている()。また,口腔機能向上を目的とした「かみかみ百歳体操」も開発し,2006年度から地域に展開。こちらも順調に実施箇所を増やしている。「開始当初はそれほど手応えがなかったし,こんなに普及するとは正直思っていなかった」とは堀川氏の弁だ。

 いきいき・かみかみ百歳体操実施箇所数の年次推移(高知市)

「住民主体」の活動をサポートする体制づくり

 地域展開においては,保健師の果たした役割が大きい。老人クラブや民生委員,町内会などの地区組織への働きかけ,市民対象の健康講座などを通して介護予防を啓発し,体操の効果(特に活用したのは,参加前後の高齢者の変化を撮ったビデオ映像)を示して健康教育を行った。

 ただし,百歳体操のモットーは「住民主体」。行政は体操を主催せず,住民からの「私たちの地域でもやりたい」という声を待つ。開始の条件は,(1)最低週1回3か月以上続けること,(2)希望者が誰でも参加できること。行政が貸し出すのは,体操に必要な重りとビデオテープのみ。「実施場所がない」「いすやビデオデッキといった物品がない」などの課題があれば,住民と保健師で知恵を出し合い,解決策を共に探る(現在の実施場所は,宅老所,公民館,病院・診療所,小学校,神社など)。

 体操開始後も,「住民主体」の方針は続く。初めの4回は保健師や理学療法士が技術支援を行うが,それ以降は地域住民のみで実施。行政は,体操の技術指導や宣伝活動を行うボランティア(「サポーター」と呼ばれる)の養成,民生委員や町内会役員などの窓口(「お世話役」と呼ばれる)との連携など,あくまでも「サポート体制づくり」に徹する。

継続の工夫と効果

 2003年度から現在までで,体操を中止したのは数か所のみというのも驚きだ。継続のための行政介入としては,職員による定期的なフォロー(実施状況,体操の仕方のチェック,体力測定)のほか,「サポーター・お世話役交流会」を年に1回開催し,運営上の悩みや工夫を共有している。また,体操継続の意欲向上を主眼とした「いきいき百歳体操大交流大会」を年1回開催。この交流大会の運営も,行政職員だけ行うのではない。サポーター・お世話役,体操参加者らを交えた実行委員会を結成し,住民のアイディアを取り入れる形で,認知症予防の啓発,ポスターによる活動紹介,自慢大会などが企画される。

 体操の継続による効果も示されている。体操開始時,開始後6か月・12か月後の体力測定値の比較では,30秒間いす立ち上がり回数比較において,要介護認定の有無や年齢階級によらず,開始時に比べて有意な改善が認められた。

 また,参加者へのアンケート調査結果によれば,「体力がついた」「階段の上り下りが楽にできるようになった」など運動面のほかに,「気持ちが明るくなった」「友人・知人ができた」など精神・社会面での効果も認められたという。実施主体の判断により,体操終了後は茶話会や食事会,趣味活動,保育園児との交流会などが企画されており,高齢者の集う場が各地に生まれているようだ。

 現在直面している問題は,参加者が減ってきた実施箇所がいくつかあること。参加者全体の平均年齢も高まってきており,新規参加者の確保と栄養サポートが今後の課題だという。

開く

医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。

医学界新聞公式SNS

  • Facebook