医学界新聞

対談・座談会

2011.11.28

座談会

社会の要請に応える
次代の救急医療の在り方とは

杉本壽氏(星ヶ丘厚生年金病院院長/大阪大学名誉教授)=司会
堀進悟氏(慶應義塾大学教授)
行岡哲男氏(東京医科大学主任教授/東京医科大学病院院長)
坂本哲也氏(帝京大学主任教授)


 救急外来受診患者の増加,重症救急患者の受け入れ不能といった救急医療をめぐるさまざまな問題は,いまや医療の枠を越え,社会全体が抱える課題であり,よりよい救急医療体制の在り方が模索されている。そういったなか,救急科専門医は救急医療のプロフェッショナルとしてどのような役割を果たしていくべきだろうか。

 本座談会では,このほど刊行される『今日の救急治療指針(第2版)』(医学書院)の編集を務めた4氏が,これからの救急医療の在り方を議論した。


杉本 従来日本における救急患者の診療は,各診療科が個別に行ってきました。現在の救急医療体制につながる大きな転機となったのは,1964年の救急医療機関告示制度の発足です。1960年代に入り,交通事故,労働災害などによる多発外傷患者が急増し,質・量ともに単科では対応しきれなくなったことで,系統立った組織づくりが進められるようになりました。

 1970年代後半には救急医療を専門とする医師が生まれ,治療に関しても,それまでの経験に基づいた診療から,病態解析による論理的なアプローチへと転換が図られるようになりました。さらに1990年代に入ると,現在の重症救急システムが完成しました。

 しかし近年,少子高齢化,産業構造の変化などに伴い,これまで大多数を占めていた外因性救急患者に代わり,脳卒中や急性心筋梗塞など内因性救急患者が急増するとともに,産科救急や小児救急の人員不足も大きな社会問題となっています。

 これからの救急医療はどのような役割を担っていくべきなのか,まずはこれまでの歩みを振り返りながら,考えてみたいと思います。

プロフェッショナルの誕生が救急医療を変えた

 1960年代の救急医療は一過性の医学に過ぎませんでした。というのは,救急医療に専念する人,つまりプロフェッショナルがいなかったからです。これは日本に限ったことではなく,欧米においても救急医が誕生したのは1970年代に入ってからです。このころから救急医というプロフェッショナルの集団が活躍するようになり,救急医療のレベルは確実に向上したと言えます。

 そもそも日本の救急医はよく3つの世代に分けられます。第一世代は1967年に大阪大学医学部附属病院の特殊救急部を立ち上げた杉本侃先生や,1977年に日本医科大学の救命救急センターを創設した大塚敏文先生に代表される,救急医療のさきがけとなった先生方です。第二世代は,その後各地で救急部門が立ち上がったのを契機として,何らかの専門領域を持ちながら救急科に転向した医師たち。そして第三世代は医学部を卒業してすぐに救急医をめざした世代です。坂本先生はこの第三世代に当たりますよね。

坂本 私は1983年の大学卒業と同時に救急部に入局しました。そのころの救急医は重症救急患者の診療が中心で,軽症患者の診療は各診療科が行っていました。杉本先生がお話しされたように,急増してきた交通事故による重度外傷患者の診療体制が不十分であり,ここに特化した新たな組織が必要になっていたのだと思います。救急医療を専門とする医師がより重症救急に特化していったことは,救急医にしか担えない特殊な専門分野として,救急医学が認知されるきっかけになったのかもしれません。

 しかし当時,医師の大半が救急医療に携わるなか,「救急部の医師は"救急医"と名乗ってはいるけれど,重症救急という救急医療の一部にしか携わっていない」ととらえられていたのも事実です。ある有名な救命救急センターを持つ病院長に「気の利いた外科医がいれば,救急医療は十分可能」と言われたこともありますし,救急医の存在は医師の間ですらまだまだ認められていない時代でした。

杉本 そのような時代を経て,各診療科の専門分化という新たな課題が生じてきました。

坂本 重症救急にとどまらず,軽症あるいは中等症の救急患者の診療に対する救急医のニーズが次第に増してきた。「診療科に縛られず,救急患者を総合的に診て,その症候から最適な診断・治療を選択する」という一つの学問としても,救急医学は成熟してきたと言えます。

 2000年代に入ってからは,慶応義塾大学をはじめ北米型ER(以下,ER)を立ち上げる医療機関が出てきたことで,疫学的なエビデンスに基づいて症候を解釈するという科学のメスが入り,学問としての発展にもつながったのではないでしょうか。

社会が「救急医」を認知

 社会が「救急医」の存在を受け入れたことも,日本の救急医療の発展において不可欠な要素であったと思います。1980年代の終わりに起きた救急救命士の法制化をめぐる議論のなかで,欧米の救急医療体制に関する情報が入ってきたことにより,国際標準の救急医療体制が社会の側から求められるようになった。それに伴って,「救急医」という言葉が国民に急速に認知されていきました。これは非常に大きな意味を持ったのではないでしょうか。

行岡 おっしゃるとおりです。救急医療では,地域でどのような患者さんが発生するかを把握し,いかに適切に治療するかが問われるため,いち早く地域に目を向け,社会のニーズに沿う形で進化してきたと言えます。

 1991年の救急救命士法の制定後,救命救急センターの設立をはじめとした重症救急の体制整備,いわば従来の陣地防御から,機動防御としてプレ・ホスピタルケアに重きを置くようになりました。この戦略転換の背景には,1990年代以降に急性期における治療が急速に進歩し,時間的制約に目が向けられるようになってきたことが挙げられます。

坂本 私も救急救命士の誕生以降,メディカルコントロール体制の強化に携わってきましたが,いくら名医が病院で待機していても,ゴールデンタイム内に治療に当たることができなければ最適な治療を提供できないこと,プレ・ホスピタルケアとの密な連携によってこそ治療の質が大きく向上することを,医療者全体が共通認識として持つようになりました。

行岡 病院の外に目を向けたことで,救急搬送や病院選定の在り方,さらに救急診療部門の体制などをあらためて検討する機会ともなりました。これは,救急医療の発展において非常に大きな財産だと思います。

 社会とのかかわりという点で私自身が大きな衝撃を受けたのは,米国外傷外科学会が専門医制度を創設したときのことです。外傷外科学会ですから,当然その名称は「trauma surgery」だと思っていたのですが,「acute care surgery」だというのです。つまり彼らが議論の中心に据えたのは,「社会が求める医師をつくる」ことであり,だからこそ,より包括的な「acute care surgery」と名付けたのでしょう。自分たちが何をやりたいかではなく,社会が一体何を求めているのかを議論することは,客観的に自分たちを見つめる目がなければできないものです。

多様な患者の診療を担える救急医の育成を

杉本 お話しいただいたように,これまで救急医療は救命救急センター,三次救急など重症救急に主眼を置いてきました。しかし,重症救急患者は救急患者全体の1%程度で,大半が初期,二次救急の患者さんです。また一方で,軽症だと思われていた患者さんが,実は重症である場合もあります。

 日本社会の年齢構成,疾病構造,産業構造も大きく変化するなかで,これまでのような初期,二次,三次という分け方でよいのか,あるいは各診療科で対応できなくなってきた初期,二次救急の患者さんにいかに医療を提供するかなどを再考し,救急医療の新たなフレームワークを構築することが求められているのではないでしょうか。先生方は,これからの救急医にはどのような役割が求められているとお考えですか。

坂本 私は,重症を含めてあらゆる救急患者を診る総合的な力を持った医師が必要になっていくと考えています。

行岡 同感です。超高齢社会を迎え,これまでの救急医療体制では複数の疾患を抱えた患者さんの行き場がなくなってしまうことも懸念されます。そういった事態を避けるためにも,急性期全体を総合的に診られる専門家は不可欠です。

坂本 ERがそのような医師を育成するモデルとなるのかもしれませんが,日本ではまだ一部の施設で導入されているのみです。

杉本 これまでの救急医学は重症患者の病態解析を中心に発展してきたので,基礎医学的な知識を含め,比較的自然科学としてのアプローチがしやすかったと言えます。ERの場合は,重症救急とは少し異なる視点が必要にも思いますが,実際にERを運営されている坂本先生,堀先生はどのような印象をお持ちですか。

重症救急とER,それぞれに求められる視点

坂本 重症救急の場合は,議論を演繹的に積み重ねて「こういう症状であれば,こんなバイタルになるはずだ。だからこの薬剤を投与しよう」というふうに治療を組み立てます。一方,ERではまず症候に注目し,「この年齢でこういう症状であれば,この疾患が多い」など,疫学的アプローチで治療が選択されるように思います。

 ICUやCCUで診る疾患は重症であっても,診断がある程度決まっているので一定の治療の流れに乗りやすいですが,ERを受診する患者さんはあまりに多様です。ですから,すべての診療科における緊急性を要する治療についての知識とともに,基礎医学の知識が重視されるのではないかと思います。

 またERでは,患者さんが抱える社会的な問題にも目を向ける必要があります。こうした患者さんの多様性とともに,時間的制約があるのがERと言えます。ERは,「最初の10分で何をするか」「時間を優先した検査の出し方をどうするか」など,一般内科外来の治療アプローチとも異なる性格を持ちます。このようなERに向いているのは,教えることや話すことが好きな人です。つまり患者さんの大多数が初対面であり,診る患者さんの数も多いですから,相手とすぐに打ち解けるための...

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