医学界新聞

2011.11.07

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内


専門医をめざす人の精神医学 第3版

山内 俊雄,小島 卓也,倉知 正佳,鹿島 晴雄 編
加藤 敏,朝田 隆,染矢 俊幸,平安 良雄 編集協力

《評 者》融 道男(東医歯大名誉教授/メンタルクリニックおぎくぼ院長)

最新の精神医学の情報に感銘

 専門医制度は提唱以来約半世紀を経て,ようやく軌道に乗ってきている。第3版は半数以上の章で筆者が交代し,全体的に書き直された。増ページを含めた大幅な改訂がなされ,一層充実した新しい教科書を読んだ。最新の情報に感銘を受けたページが多々あった。私は,その中から,若い精神科医に読んでいただきたい項目として3か所を選んだ。

 まず,新井康允による『性機能』(92-99ページ)では,男女の性差から始める。『精巣と卵巣の分化』について,図1-37に性腺原基の性分化を基礎的によくわかるように解説している。「思春期発動に最も重要な役割を果たすのは,視床下部にあるゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)を産生し放出するGnRHニューロンの働きである」。と図1-38で下垂体系を含めたGn分泌調節の働きが性機能調節にフィードバック作用で重要な役割を果たしていることを示している。

 『月経周期の内分泌』について,卵巣ホルモン(エストロゲン,プロゲステロン)と下垂体前葉ホルモン(LH,FSH)を図1-41に適切に図解している。『更年期』は「卵巣機能(エストロゲン)の衰退である。女性の多くの臓器・組織にエストロゲン受容体が存在しているので」「臓器・組織に急性,慢性のさまざまな障害をもたらす」。また,サルの実験を引用し「アカゲザルの妊娠中の母親にアンドロゲンを注射」すると,「生まれた雌の子ザルの遊びパターンが雄の子ザルのパターンを示すようになる」。「幼児期の遊びのパターンの性分化に胎児期のアンドロゲンが鍵を握っていることを示している」。おわりに,「空間認知能力の発達に胎児期のアンドロゲンが重要な鍵を握っている可能性を示している」。性機能について,新所見を含めて興味深い章である。

 次に,臺弘が書いた『精神医学の基本』(122-125ページ)を読んだ。専門医制度は日本精神神経学会の長崎総会(1968年)で臺理事長が発議したことから始まっている。また臺弘の『精神科治療の3本柱』は,「薬物療法と精神療法と生活療法」である。「生活療法」を提議して,「百姓・二宮尊徳をその開祖として注目した」。「二宮は道徳を説くとともに生活の基礎の経済要件を整えた」。また,「不時の必要や飢饉に備える長期的展望も心得ていた」尊徳は,多くの町村を復興させた。患者さんについては,「精神障害者の苦労は〈暮し下手〉と〈生き辛さ〉といわれる」。

 「若い精神科医」についても書いている。「先輩や同僚からの貴重な手本に学ぶ」が「手痛い失敗を悔む場合もあろう。同時に当人は患者が誰にも勝る先生であることを悟るに違いない」。また,「治療の現場で自分の〈心〉と〈体〉が相手の〈心〉と〈体〉に協応して作りあげる構えこそが,臨床医の生活場面となる」。私にとっても,これは,臨床精神科医として大いにためになる文章である。

 最後に,牛島定信による『対象による諸問題』(261-267ページ)については,精神療法の中で『3)統合失調症』を選んだ。ここには専門医をめざす若き精神科医が常に心掛けておくべき心得がよく示されている。「ひと口に精神療法といってもさまざまである」。「統合失調症の精神療法を行うときに重要なことは,神経症と違って現実検討能力がないという認識である。したがって,内的な不安や葛藤を暴いたり,年齢相応の社会的役割を強いたりすることの危険については,十分に承知しておかねばならない」。また,「社会のしくみに十分に対応できる自我の状態にないために,薬物療法や個人療法はもちろんのこと,体系的な社会療法を準備しておく必要がある」。「すべてが悪意をもった人間であるという恐怖に包まれているので,いわゆる常識的なかかわり方では不安,恐怖を招きやすい」。そして,「自我が弱体化しているので,周囲が守ってやるような治療構造が求められる」。牛島の,『1)神経症性障害』『2)パーソナリティ(人格)障害』『4)気分障害』の精神療法も短くても深い内容で参考にすべきである。

B5・頁848 定価18,900円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-00867-9


上肢運動器疾患の診かた・考えかた
関節機能解剖学的リハビリテーション・アプローチ

中図 健 編

《評 者》福井 勉(文京学院大教授・理学療法学)

丁寧な観察眼と機能解剖に則してまとめられた良書

 本書は作業療法士である中図健先生をはじめとした5名の執筆者が上肢運動器疾患に絞って,治療概念を披露された意気軒昂な良書である。

 頚椎,肩関節,肘関節,前腕,手関節,指関節の6章から成り,おのおのの章は「基本構造」「おさえておくべき疾患」「臨床症状の診かた・考えかた」「治療方法とそのポイント」「ケーススタディ」の5項目から。「基本構造」は解剖学と運動学であり,多くの図を駆使したわかりやすいレビューで構成されている。「おさえておくべき疾患」では臨床上,頻繁にみる症例を中心に疾患の定義・成因・好発年齢・予後,および整形外科的な診断基準や臨床症状,通常よく行われる治療方法について述べられている。

 しかし恐らく,本書の最も特筆すべき内容は,各章における「臨床症状の診かた・考えかた」「治療方法とそのポイント」にあると思われる。筆者の症状のとらえかたは臨床経験のある読者が最も興味をひかれる部分であろう。疼痛や可動域の解釈,可動域拡大を考える際の留意点,浮腫の解釈,thinking pointと称する筆者のクリニカルリーズニングのポイントがさまざまな個所で見られる。読んでいて最も納得させられるのは,筆者の丁寧な観察眼とあくまでも機能解剖に則するという観点である。理論的飛躍をしないような決意が感じられる。そして「あきらめないぞ」というような強い意思やチャレンジ精神も感じられた。本書の思考回路で臨床を実践することにより,取りこぼしの少ない,確実に臨床結果につながるような経験を積むことができるであろう。

 また本書は少人数の勉強会にも適していると思われる。疾患の基本的内容を把握する上で,まずは本書をテキストとして完全に消化して,お互いに人前で説明をしてみたら理解が深まると思う。また症例に対する自分のクリニカルリーズニングの思考回路のガイドとして本書を用いて実践したらいかがだろう。そういう経験を積み重ねることができれば,最後の「治療方法」にぜひ挑んでほしい。筆者も恐らく多くの経験値から自らの考えかたを築いていったのではないだろうか。

 「このような思考方法を積み重ねていけば,新しい知見を得ることができる」,そのような想起をさせてくれる本はほかにあまりないように思われる。

B5・頁280 定価4,830円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01198-3


プロメテウス解剖学アトラス
解剖学総論/運動器系
第2版

坂井 建雄,松村 讓兒 監訳

《評 者》熊木 克治(新潟大名誉教授)

伝統と革新を兼ね備えた解剖学アトラス

 G. Thieme社といえば,古くからのドイツの名著,解剖学教科書『Rauber/Kopsch』を出版している。一方,図と説明が見開きとなった新様式の『Taschenatlas der Anatomie』も発行し,伝統と革新を兼ね備えた信頼できる出版社である。

 本書の,LernAtlas der Anatomie(物事を知る,考える)という冠をつけて,的確なたくさんの説明がある点と,その努力と工夫を高く評価したい。書物を読まなくなった今の学生にも将来必ずや大きな糧になると確信している。このたび刊行となった第2版では,大きな改訂として臨床的重要テーマ(関節に関する疾患と画像診断,末梢神経障害とブロック,筋肉の作用と障害など)をいち早く追加した点は特筆に値する。

 "プロメテウス"解剖学アトラスという神秘的で重々しい書名も,読者の誇りとやる気を起こさせるものだ。プロメテウスが造り出してくれた"人"はその形だけではなく,火を手に入れて新しい知恵を創造していく素晴らしい能力を授かって進歩してきた。解剖学がたくさんの人体の名前を覚えるだけの暗記の学問ではなく,人体の神秘を発生学,比較解剖学,局所臨床解剖学などを通して,考える科学であることを象徴したものとしてピッタリである。名前だけでなく,それにふさわしい新しい創造の部分を備えた内容に,教えられることが多い。

 つい最近,芸術解剖学の巨匠R. B. Haleが人体の描き方のコツを説明する最終講義のビデオ解説を観る機会があった。足の描き方を説明するとき,ankle systemとheal systemという2つのねじれを分析している。このアトラスでも,科学的に分析するという基本が貫かれている点がノミナの羅列ではない大きな可能性を示している。

 理学療法士の友人の一人が,膝関節の腫脹について大腿四頭筋と神経支配様式を解析してその原因の手掛かりを探っている。その解剖学的研究にも,また患者さんへの治療や説明の現場でも,この"プロメテウス"が大いに役立ち,信頼されているという。

 上肢を局所解剖学的に示す図を見たとき,そのユニークなアングルに驚かされ,なるほどと膝を打つ思いだった。すなわち,上腕,前腕,手を通して観察するとき,屈側または伸側で示す解剖学的肢位を脱却し,前腕は内側にねじった回内位の自然の状態に配置して局所解剖学的に,骨,筋,神経などを連続的,総合的に説明している点が実に画期的で新鮮である。

 このアトラスは『頸部/胸部/腹部・骨盤部』『頭部/神経解剖』『解剖学コアアトラス』『コンパクト版』も訳本が出版されており,シリーズとしていっそう充実したものになっている。また,監訳者はわが国でも有数の解剖学者であり,誠に人を得た翻訳である。

 最後に,質問点もないではないが,伝統あるドイツの解剖学者,錚々たる日本の解剖学者,そして多くの読者が議論を練り上げてより充実したものに発展することを願うものである。

A4変・頁616 定価12,600円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01068-9


イラストレイテッド泌尿器科手術 第2集
図脳で学ぶ手術の秘訣

加藤 晴朗 著

《評 者》筧 善行(香川大教授・泌尿器科学)

切り分けられた手術場面の豊富なイメージで困難手術にも対処できる刺激的な手術書

 これは通常の手術書とは全く異なる,加藤晴朗先生の歴戦記ともいえる書である。

 昨今は腹腔鏡手術の頻度が増え,手術前後の予習・復習は自分やほかの術者の動画を利用される先生方が多いと思う。加藤先生自身も動画による予習・復習の効果を大いに認めておられる。一方,本書はすべて開放手術に関する加藤先生の豊富なイメージ図により構成されている。もちろん動画とは全く異なる教材であるが,手術がいくつかの場面に切り分けられ,設計図を見ているような心持ちにさせられる。

 加藤先生は,術者は手順に沿った場面ごとのイメージ図を徹底的に暗記して手術に臨むべきだと述べておられる。このような考え方は,漫然と開放手術をしていた時代よりも,腹腔鏡手術の時代になってむしろ意識されるようになったコンセプトではないだろうか。要するに一つ一つの作業にけりをつけて前へ進むやり方である。

 多くの手術書は標準的な解剖学的事項に基づいた,最もスムーズに進行した手術を想定したイラストと記述で構成されている。個々の症例でのバリエーションや障害は各自が臨機応変な対処を行いなさい,といういわば総論を提示し各論は読者にお任せするスタンスである。本書はそれとは全く逆の切り口になっていて,全編これ各論,という編集スタイルである。これを単なる症例の記録ではないかと批判される方もおられるかもしれない。しかし,私はそうは思わない。ある程度の経験を積んだ指導医クラスの先生方にも読み応えがあり,刺激的な手術書である。開放手術に対してあらためて意欲をかき立てられる内容といえる。一つ一つのイメージ図はプロの画家に依頼された妙にリアルなものとは異なり,どこかDr. Blandyの手術書に通じる線描画である。各臓器にはもともと輪郭はないのであるが,加藤先生の経験と自信に裏付けされた線で区切りや仕分けがなされている。

 もともと前作が発刊されたときには第2集は予定されていなかったため,初回本では第1集とは命名されていなかった。あまりに評判が高く,なおかつ加藤先生の飽くなき挑戦心と職人魂により次々とイメージ図が集積され,とうとう今回の第2集の発刊に至ったようである。第1集と膀胱全摘や前立腺全摘などのテーマは重複しているが,中身は少しずつ異なっていて,加藤先生自身の経験の蓄積も垣間見られる。また,第2集では腎部分切除術にかなりのページ数が充てられており,大変参考になる記述が満載である。折しも腎癌における部分切除の適応拡大が叫ばれているなか,第2集の目玉ともいえる部分である。それら以外にも膀胱腟瘻や尿道断裂の手術など各術者がそれほど多く経験できない困難手術にも紙面が割かれていて大変参考になる。

 困難な手術を終えられた直後に,一心不乱になって手術を回想し,一つ一つ記録にとどめてこられた加藤先生の姿勢には脱帽するほかない。伊能忠敬の日本全土の地図作成に匹敵する根気と「図脳」力である。第3集,第4集が待望される。

A4・頁352 定価15,750円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01103-7


図解 腰痛学級 第5版

川上 俊文 著

《評 者》山下 敏彦(札幌医大教授・整形外科学)

患者さんが知りたい,医師が知りたい「腰痛の"?(ギモン)"の答え」がここにある

 本書の初版が発刊されたのは1986年である。筆者は初版以降,改訂のたびに本書を買い替えており,もう20年以上も愛読していることになる。当時まだ研修医だった筆者にとって,図が多くコンパクトに腰痛を解説した本書は,非常に魅力的だった。初版から4版は,各項目が基本的に見開き2ページ(左が図,右に解説文)にまとまっており,日常の腰痛診療で疑問に思うこと,より詳しく知りたいことに明解に答えてくれた。筆者の患者への説明(ムンテラ)は,ほとんど本書の内容を基にしていた。したがって,川上俊文先生は,筆者にとっての腰痛診療の先生であるといっても過言ではない。

 今回の改訂で,本書は思い切ったバージョン・アップを遂げている。筆者が気に入っていた見開き2ページの形式が廃止されたのはやや残念だが,図と写真が多用されている特長は変わらないし,2色刷りで読みやすく工夫されている。そして,何より内容がより広範かつ多角的なものとなりボリュームも大幅にアップしている。もはや,これまでの一般向けの解説書というイメージはなく,腰痛に関する立派な「成書」であるといってよい。疼痛の神経学的・薬理学的メカニズムから脊柱のカイネティクスまで,最新の知見が取り入れられており,川上先生のup-to-dateな文献・情報の収集力,分析力には感服する。しかし,初版以来貫かれてきた,語りかけるような平易な記述は健在である。布団の硬さからタバコや性生活の可否に至るまで,外来で患者から訊かれて答えに窮するような質問も,Q & A形式にして随所にまとめて掲載されている。このような,どの教科書を捲っても書いていないことこそ,実は患者や一般臨床医が知りたいことなのである。

 本書のもう一つの特長は,川上先生ご自身が実際に行われた臨床研究のデータや,さらには先生ご自身が経験された数度の腰痛体験が随所に提示されていることである。すなわち,本書は実際の臨床で先生が獲得されたエビデンスに基づく「生きた」知見・情報に満ちており,従来の紋切り型の記述や定説の復唱にとどまる教科書の対極にあるものだといえる。エビデンスといえば,欧米の腰痛ガイドラインが思い浮かぶが,先生はそれらをそのまま受け入れるのではなく,ご自身の臨床経験に照らし合わせ,日本の現状により適合した治療体系を提唱しておられる。

 このたびの,装いも内容もグレードアップした『図解 腰痛学級 第5版』は,まさに川上先生の腰痛診療・研究の集大成といえるものである。本書は,一見すると患者・一般向け実用書ともとれるが,実際には,医師が患者に腰痛を説明するため,いやむしろ医師自身が腰痛を理解するための本である。もちろん腰痛治療にかかわるコメディカル・スタッフにとっても大いに役立つだろう。本書は,これから腰痛を勉強しようとしている研修医には「入門書」として,日常の腰痛診療で壁にぶつかった専門医には「手引書」として,そしてすべての人にとって面白く読める腰痛の「読み物」として,迷わず推薦できる一冊である。

B5・頁328 定価3,990円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01237-9


レジデントのための
血液透析患者マネジメント

門川 俊明 著

《評 者》柏原 直樹(川崎医大主任教授・腎臓・高血圧内科学/川崎医大レジデント教育委員会 委員長)

レジデントの立場に立って書かれた心優しい必読の入門書

 いまや血液透析療法は専門医の手に委ねるべき特殊なものではない。透析患者の数は増加の一途をたどっており,専門性のいかんにかかわらず,レジデントはさまざまな診療現場で血液透析患者の診療に携わることを避けては通れない。主病が別であっても受け持った患者が透析中であったり,重症化した際に血液浄化療法を余儀なくされることもしばしばである。

 透析患者を受け持った途端に,具体的な透析スケジュール,食事内容,合併する貧血の管理などに直面することになる。不幸にして透析療法の実際は,学生時代にはほとんど教えられていない。さあ,どうするか。取るべき方法は,(1)専門医・指導医の指導を仰ぐ,(2)書物を読む,のいずれかである。しかし,身近に専門医を見つけることができないことも多く,また自ら基本がわかっていないと,適切な指導を受けることすらままならない。書店に並ぶ血液透析の本は専門医を対象に書かれたものが大半であり大部に過ぎる。間に合わない。

 このように,血液透析療法が普遍的な治療手段であるにもかかわらず,適切なテキストがないため,レジデントは困惑を余儀なくされていたのである。血液透析患者のマネジメント力を身につけることは,例えば「抗菌薬の使用法」「胸部X線写真の読影法」を修得するのと同様に必須である。一方であまりに細部,専門的な知識や技能の修得は不要である。

 本書はレジデントの目線に立って書かれた待望の書である。著者は腎臓内科をローテートしてくる新人レジデントを相手にして,この領域の指導を10年近く行っており,そのエッセンスが凝縮されている。この領域の知識をまったく持っていないレジデントを想定して,「血液透析の原理」から説き起こし,マネジメントにおいて必要な具体的事項に至るまで,必要な知識が過不足なく簡潔にまとめられている。

 記述は極めて平易であり,無駄がない。予備知識を持たない初心者レジデントを相手にして,理解度を確かめながら,理路整然と解説をする著者の姿が思い浮かぶ。読者を置き去りにすることがない。平易であると同時に,本書は心優しいテキストと言える。

 血液透析に関して,まったく何も知らなくても,本書を通読することで,レジデントに必要なこの領域のほぼすべてを理解することができる。忙しいレジデントも,余暇を使って3-4時間もあれば十分に通読可能である。

 著者は先端的な研究業績を有する優れたscientistでもある。またインターネットを介した医療情報の利用法にも精通している。本書が経験則に偏せず,最新の臨床研究,正確な理論に基づいているのは,physician scientistとしての著者の面目躍如たるところである。本書は極めて「わかりやすく」書かれているが,これは卓越した知的能力の発露なのである。

 このような指導医を身近に持てるレジデントは幸福である。指導する立場の医師であってもレジデントをいかに指導するかを学ぶことができよう。本書をレジデント,研修医のみならず,血液透析療法を指導する立場の医師,コメディカルスタッフなど,およそ血液透析にかかわる医療者すべてに,必読の入門書として強く推薦したい。快著であり,名著である。

A5・頁200 定価2,940円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01387-1


消化管造影ベスト・テクニック 第2版

齋田 幸久,角田 博子 著

《評 者》森山 紀之(国立がん研究センターがん予防・検診研究センター長)

日常の消化管撮影,診断の向上に貢献する良書

 『消化管造影ベスト・テクニック』は1991年に初版が刊行され20年にわたって広く愛読された良書であり,今回改訂され,新たに第2版が出版されることとなった。著者の齋田幸久先生,角田博子先生は放射線学会でもこの方面での著名な方々であり,齋田先生はライフワークとして消化管のX線診断に長年携わってきたこの領域の第一人者である。

 近年,CT,MRI,PETなどの新しいコンピューター技術を駆使した新しい診断法の進歩には著しいものがあり,消化管X線診断を第一に志す者は減少傾向にある。さらに,この領域の検査としては内視鏡の有用性が高くなり,この領域の主力の検査となりつつある。しかしながら,消化管疾患の数の多さと比較すると,訓練された内視鏡医の数は十分ではなく,医師1人当たりの検査可能な人数も限られたものである。このため,検診の場など,多くの人数の検査を行う場合にはX線検査が主力となっている場合が多い。

 消化管X線診断学については,白壁彦夫先生,市川平三郎先生をはじめとして多くの諸先輩達が築き上げてきた世界に誇る二重造影法とその読影哲学がある。齋田先生と私も若いころにこれら先人諸先生の教えを共に受け,大きな影響を受けた。空気とバリウムを用いて行われる二重造影法によって得られた画像上に描出されている所見については,すべてがどのような現象によって描出されているのかを説明することが可能であり,このことは,ほかの多くの画像診断とは異なる画像上の特性と考えられる。二重造影画像における読影では,まず第一歩として,得られた画像上の所見をどれだけ多く拾い上げることができるかが問題となる。次に,これらの個々の所見がどのような病態,形態を反映しているのかを考え,組み立てることになる。これらの所見は消化管の前壁,後壁の位置によって異なり,folds,隆起,陥凹がX線の照射方向と粘膜面でのバリウムの厚さ,量によってどのように描出されているかを正しく理解することが要求される。これらの画像上の所見を拾い上げ,正しい診断を行うためには,多くの所見を含んだ優れた画像が必要となる。

 消化管X線診断がCTやMRIと大きく異なる点は,術者が自分の判断と技術によって画像を作るという部分が非常に大きな比率を占めていることである。このため,撮影者はできるだけ多くの画像情報を含む画像を要領よく撮影する技術を身につける必要がある。具体的には各消化管の立体的な解剖を熟知し,バリウムの特性と画像との関係,体位による画像の変化などを考えながら画像を作ることとなる。本書は,著者らの長年の経験に基づき,どのように消化管X線撮影を行うかを多くの図,写真を用いてわかりやすく,初心者から中級,上級の医師,技師に,その技術に応じて対応できる内容となっている。本書が読者諸氏の日常の消化管撮影,診断の向上に大きく貢献することを確信する。

A5・頁128 定価5,040円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01188-4


成人の高機能広汎性発達障害とアスペルガー症候群
社会に生きる彼らの精神行動特性

広沢 正孝 著

《評 者》青木 省三(川崎医大教授・精神科学)

混迷を切り開く記念碑的な著作

 最近の成人の精神科臨床は,予想外の展開をすることがある。幻覚妄想状態にある患者さんが,一瞬にして,あるいは短期間の経過で幻覚妄想が消えることがある。同時にあるいは後に,高機能広汎性発達障害やアスペルガー症候群がはっきりと姿を現してくることがある。統合失調症との鑑別や合併などの判断が難しいが,実際,統合失調症ではない例もまれならずある。抑うつ状態や躁状態が改善したとき,同様に発達障害と診断せざるを得ない例がある。それだけでなく,強迫性障害,摂食障害,パーソナリティー障害などさまざまな従来診断がつけられる精神病像の背景に,高機能広汎性発達障害やアスペルガー症候群を認めることが決してまれならずある。成人期の臨床は,高機能広汎性発達障害やアスペルガー症候群を絶えず念頭に置いて行わざるを得なくなったのが現状である。本書は,このような臨床の,時代の,必然的な要請に応えるべく記されたものであり,これまでの研究から出発し著者オリジナルの地平を切り開く画期的なものである。

 本書の特徴の一つは,著者が,自分で治療を担当し,長期間,経過を追った症例を記していることである。著者が細やかに正確に観察すると同時に,精神療法的に関与を粘り強く行っているのがよくわかり,その中で患者さんが変化し,安定した状態や生活を取り戻していくのがわかる。読者はそれぞれの症例記述から多くの治療的な示唆を得るであろう。もう一つの特徴は,著者は広汎性発達障害と統合失調症についてのこれまでの論文と著書を丁寧に読み込み,症例をいかに理解するかについて記している。また,随所に挿入されているキーワードの解説は,重要な概念について簡潔的確にまとめられており,読者が混乱に陥るのを防いでくれる。

 しかしそれだけではない。本書の最大の特徴は,丁寧な症例記述とこれまでの精神病理学や心理学などを正確な紹介を踏まえた上で,独自の世界に陥らないように細心の注意を払いながら思索を展開し,著者独自の発見,PDD型自己に至るところにある。格子状の構造をしたタッチパネルでウインドウを開いていくような,PDD型自己という在り方を,高機能広汎性発達障害・アスペルガー症候群の自己としてとらえる著者の論は説得力がある。というか,著者の述べるPDD型自己を通して見たときに,今まで断片的でまとまらなかった現象が,意味を持った流れとしてとらえられることがわかる。一つのウインドウを開くと,幻覚や妄想を持つ人物が現れ,そして何かの機会にウインドウを閉じられると瞬間的に消えていく。一つのウインドウの中のある人物像が現れ,次の瞬間,別のウインドウの別の人物像が現れてくる。それは解離や抑圧などの既存の防衛機制で説明することのできない現象である。

 目の前の患者さんをとらえ理解しようとしたとき,このPDD型自己という概念は有用である。というかこれ以上に説得力を持つ自己概念はないであろう。何よりも患者さん自身がこのように自己の在り方を語るし,このような自己という概念を持ったとき,初めて目の前の不思議な現象に説明がつき納得がいく。

 読みながら私は,近年のテレビ・ゲームやコンピュータやケータイという機器に囲まれた環境の中で,遊び,コミュニケーションをし,育ってきた世代は,オン・オフが明瞭で,次の画面に切り替わることを繰り返してきたわけであり,考えてみれば,進化した機器に対応するような,タッチパネル型,PDD型自己を,大なり小なり発展させているのかもしれない。そのようなPDD型自己に負荷がかかったとき,思わぬウインドウが開かれるというのが,現実という時代ではないかと思う。そう,突然,思わぬウインドウまでもが開かれるのが現代ではないか,と想像したりする。

 最後に,本書を読むと,著者の臨床姿勢がぼんやりと,時にははっきりと見えてくる。精神症状をきめ細かく観察し把握する,個人の生物学的特質・特性を把握する,患者さんを取り巻く環境を理解する,患者さんの心理をできる限り理解しようとする,患者さんとの接点を探り丁寧に粘り強く精神療法的アプローチを試みる,必要に応じて薬物療法を行う,社会資源につないだり利用したりする……,そこに見えてくるのは,bio-psycho-socio-spiritualという多面に働きかけるという,極めて完成度の高い,一人の専門性を持った,職人としての精神科医である。若い精神科医には精神科医のモデルともなるものである。その誠実な臨床姿勢には本当に敬服する。

 本書は考え抜かれた一文一文から成り立っている。著者は計り知れない時間と渾身のエネルギーを注ぎ込んだに違いない。だからこそ,強い説得力を持つものとなっている。本書は,成人期の高機能広汎性発達障害・アスペルガー症候群についての,その混迷を切り開く,記念碑的な著作である。傍らにおいて,じっくりと読み込んでいただきたい。

B5・頁192 定価3,570円(税5%込)医学書院
ISBN978-4-260-01100-6