炎症性腸疾患(松井敏幸,平田一郎,松本主之,渡辺憲治)
対談・座談会
2011.10.17
【座談会】
炎症性腸疾患
診断・治療の最前線から見つめる,理想の診療の在り方とは
松井敏幸氏(福岡大学筑紫病院副院長消化器内科教授)=司会
平田一郎氏(藤田保健衛生大学医学部教授・消化管内科学)
松本主之氏(九州大学大学院医学研究院講師病態機能内科学)
渡辺憲治氏(大阪市立大学医学部講師消化器内科学)
患者数は増加の一途をたどり,もはや特別な疾患とは言えなくなった炎症性腸疾患(inflammatory bowel disease,以下IBD)。従来,専門施設だけで管理・治療されてきたIBDだが,患者数が14万人を超える今日,一般病院や開業医のもとで診療を行うことも要求されつつある。
本座談会では4人のIBD専門医を迎え,これからのIBD診療の在り方を議論。大きく変わりつつあるIBDの診断・治療,そして今求められる,専門医と一般内科医との診療連携を展望した。
松井 炎症性腸疾患(IBD)と総称される潰瘍性大腸炎とクローン病は,ともに厚労省の特定疾患に指定されていますが,患者数の増加により専門医以外が診療に当たることも珍しくなくなっています。
平田先生,まず現在の日本におけるIBDの状況を教えてください。
欧米を追いかける日本のIBD患者数
平田 日本のIBD患者は,潰瘍性大腸炎,クローン病ともに1970年代から急増傾向を示すようになりました。2009年の特定疾患医療受給者証交付件数による統計では,潰瘍性大腸炎が約11万3000人,クローン病が約3万1000人で,IBD患者数は合計14万人を超えています。1991年ではそれぞれ約2万6000人,約7000人と,IBD患者数は3万人強でしたので,患者数はこの20年間で5倍弱となりました。
松井 海外の動向はいかがでしょうか。
平田 欧米では,1945年ごろからIBD有病率の急増が始まっています。2003年度の統計から見た米国のIBD患者数は,潰瘍性大腸炎約71万人,クローン病約60万人の合計約130万人です。これは同時期の日本のIBD患者数の約16倍に当たり,日本の患者数は急増しているとは言っても米国とは差がある状況です。
一方,韓国の統計と比較すると,2007年度の時点で韓国の潰瘍性大腸炎の有病率は日本の約3分の1,罹患率は約4分の1,またクローン病では有病率が日本の約2分の1,罹患率が約3分の1で,まだ日本に追い付いていないもののIBD患者数の急増が見られるようです。東南アジア全体でもIBDは増加傾向ですが,やはりまだ日本のレベルには達していません。
松井 それでは,IBD患者の増加はいつまで続くのでしょうか。
平田 実は現在,欧米のIBD発生率(罹患率)は横ばいになりつつあり,日本も将来横ばいになると予想されています。IBDには,まず潰瘍性大腸炎から増加が始まり,約10年遅れてクローン病が増加するという特徴があります。日本の潰瘍性大腸炎の上昇カーブは,現在なだらかになってきています。
松井 先生方の施設では,IBD患者の増加を実感していますか。
渡辺 大阪市大病院は,大阪のIBD診療の中心的な施設と認知されているため,他施設からの紹介が恒常的に多いのですが,患者数自体も増えています。
松本 九大病院消化管内科では,入院患者の4-5割は重症のIBDで,外来に至っては診療の大部分がIBDと言っていいほどです。患者数増加の結果,すべての患者を外来で対応することはできず,軽症患者は紹介元の施設で治療を行う状況になっています。
松井 専門施設の診療体制は追い付かなくなっているのですね。
遺伝子研究が進むもIBD発症の原因は不明
松井 IBD患者は文明国に多いと言われていますが,発症原因はどこまで解明されているのでしょうか。
平田 疫学的には,清潔な生活環境がIBD発症リスクの1つとなっているようです。塩素消毒水道水の普及,腸管感染症の減少,歯磨き粉のシリカ粒子などのほか,脂肪や糖分の多い加工食品を摂取していることがリスク因子として挙げられています。
松井 食品のリスクは,具体的にはどの程度解明されているのですか。
平田 経験的な報告が多く,エビデンスのあるデータは少ないのが現状です。
松井 タバコの影響はいかがでしょう。
松本 タバコは潰瘍性大腸炎の発症抑制因子というデータがある一方,クローン病では増悪因子と有意差を持って証明されています。
松井 もう一つ,病因を考える上で大事なものに遺伝がありますが,IBDには家族集積性があるのでしょうか。
松本 常染色体優性のような強い遺伝性はおそらくないと思いますが,IBD発症者の同一家系内における発症リスクは高く,親子間よりも同胞間でそのリスクは高いと言われています。
松井 関連する遺伝子も最近わかってきていますね。
松本 ゲノムワイド関連解析の進展により,IBDの原因遺伝子や疾患感受性遺伝子が明らかになってきています。特に2008年以降の研究で,欧米人とアジア人では疾患感受性遺伝子が大きく異なることがわかってきました。
クローン病に限ると,欧米人では約30種類の疾患感受性遺伝子が見つかっていますが,日本人にはその多くが関連せず,日本人固有の疾患感受性遺伝子があるとも言われています。しかし,不思議なことに遺伝子が異なっても最終的な臨床症状は等しいため,まだ不明の部分が多いのが現状だと思います。
IBD診療の入り口「診断」でつまずかないために
松井 潰瘍性大腸炎,クローン病ともに罹病期間が長いという特徴がありますが,入り口の診断を的確に行うことはやはり大切となりますね。
松本 ええ。特に潰瘍性大腸炎は感染性腸炎との鑑別に注意が必要です。これはわれわれ専門医が実際に遭遇することですが,内視鏡所見が少し違っても生検組織で合致する所見があり「潰瘍性大腸炎」という診断名で紹介された患者が,しばしば感染性腸炎,特に細菌性の急性感染性腸炎の治癒期であることがあります。これはおそらく,大腸内視鏡が普及したことで炎症を見つける機会が増え,さらに生検組織でも矛盾しない病理診断が下されるため誤診に至ったのだろうと思います。
平田 IBDは慢性疾患です。感染性腸炎は,腸結核,アメーバ赤痢を除けばほとんどが急性疾患です。ですからまずは問診できちんと病歴を聴取することが大事です。ただ典型的な病変を形成していない発症早期のIBDでは,鑑別が難しいのは事実ですから,その場合,経過を診ていくことが重要です。
渡辺 活動性が高くなければ少しゆっくり構えて,最初のボタンをかけ違わないようしっかり確定診断を行うことが大切になりますね。
松井 実際の診断はどう行うのでしょうか。
渡辺 患者の症状と内視鏡やX線造影検査などの画像診断,そして病理組織を組み合わせて診断します。クローン病で鑑別診断困難例の場合,上部消化管病変を確認することも重要となります。また,IBD専門の外科医は「内科医も必ずお尻を診よ」とよく言いますが,これは難治度の高い痔瘻など特有の肛門病変がクローン病の診断に有用であることを意味します。
膠原線維性大腸炎の動向
松井 クローン病や潰瘍性大腸炎と鑑別すべきIBD関連疾患として,膠原線維性大腸炎(collagenous colitis)が最近日本でも報告されてきていますね。
平田 欧米では,膠原線維性大腸炎とlymphocytic colitis(リンパ球性大腸炎)を併せてmicroscopic colitisと総称しています。microscopic colitisの有病率は欧米では比較的高く,近年の米国の患者数は約30万人です。これは米国のIBD患者数の約4分の1に当たり,決してまれな疾患ではありません。またその2.6%がIBDへ移行すると言われています。
膠原線維性大腸炎自体は1976年に初めて提唱された疾患ですが,日本での認知度は低く最近になってその認識が普及してきました。現在でも日本の患者数は少なく,論文報告数からみるとおそらく数百例程度だと思います。
松井 日本の患者数は少ないとのことですが,今後も同様の状況が続きそうですか。
松本 これは非常に難しい問題です。現在日本で診断される膠原線維性大腸炎の大部分は薬剤関連と考えられています。実際,薬剤性消化管障害としての側面のみが注目され,薬剤に無関係な症例がどれほどあるかはわかっておらず,まだまだ症例が集積されていない状況だろうと思います。
松井 IBDと同様,欧米から20年遅れで今後増える可能性も秘めているのでしょうか。
松本 その可能性は十分あります。
鑑別診断困難例に有効な小腸内視鏡
松井 診断技術の面では大腸内視鏡,小腸内視鏡とも大きく進歩しています。
渡辺 はい。大腸内視鏡の画質は大きく向上し,拡大機能や画像強調の機能が備わってきました。これにより,潰瘍性大腸炎関連の癌の診断における色素・拡大内視鏡の有用性が検討されています。また小腸の観察を可能とした,ダブルバルーン内視鏡が日本で開発されています。
松井 クローン病の場合は,小腸が罹患していることも多いため,小腸病変の観察は重要ですね。
渡辺 実際,私の施設で手術が必要なクローン病患者の責任病変を調べると大腸よりも小腸が圧倒的多数を占めます。小腸クローン病の診断は難しく遅れがちとなり,狭窄や瘻孔に至ってしまう例も多いです。小腸の観察は,欧米ではCTやMRIが主流ですが,日本では小腸造影に加えて内視鏡も積極的に用いられています。
松井 内視鏡が造影検査より有利なのはどのような場合ですか。
渡辺 小腸内視鏡が確定診断に必要な症例はそれほど多くはありません。鑑別診断が困難でX線造影ではなかなか病変を描出できない軽症ないし早期の症例の場合に,内視鏡で確定診断します。あるいは小腸病変の生検をし,非乾酪性類上皮肉芽腫の検出を行うケースもあります。そのほか,小腸病変で狭窄を来した症例にバルーン拡張を内視鏡的に施し,できるだけ手術を回避する方向で治療を試みることも高い頻度で行われています。
松井 小腸内視鏡のもう一つの選択肢として,日本にも導入され始めたカプセル内視鏡があります。このカプセル内視鏡の現状を教えてください。
渡...
この記事はログインすると全文を読むことができます。
医学書院IDをお持ちでない方は医学書院IDを取得(無料)ください。
いま話題の記事
-
医学界新聞プラス
[第1回]心エコーレポートの見方をざっくり教えてください
『循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.04.26
-
医学界新聞プラス
[第3回]冠動脈造影でLADとLCX の区別がつきません……
『医学界新聞プラス 循環器病棟の業務が全然わからないので、うし先生に聞いてみた。』より連載 2024.05.10
-
医学界新聞プラス
[第1回]ビタミンB1は救急外来でいつ,誰に,どれだけ投与するのか?
『救急外来,ここだけの話』より連載 2021.06.25
-
医学界新聞プラス
[第2回]アセトアミノフェン経口製剤(カロナールⓇ)は 空腹時に服薬することが可能か?
『医薬品情報のひきだし』より連載 2022.08.05
-
対談・座談会 2025.03.11
最新の記事
-
対談・座談会 2025.04.08
-
対談・座談会 2025.04.08
-
腹痛診療アップデート
「急性腹症診療ガイドライン2025」をひもとく対談・座談会 2025.04.08
-
野木真将氏に聞く
国際水準の医師育成をめざす認証評価
ACGME-I認証を取得した亀田総合病院の歩みインタビュー 2025.04.08
-
能登半島地震による被災者の口腔への影響と,地域で連携した「食べる」支援の継続
寄稿 2025.04.08
開く
医学書院IDの登録設定により、
更新通知をメールで受け取れます。